日刊鹿島アントラーズニュース

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2014年5月14日水曜日

◇W杯予備登録7人に憲剛、南野、細貝ら(ゲキサカ)


http://web.gekisaka.jp/news/detail/?138826-138826-fl



 日本サッカー協会は13日、ブラジルW杯の日本代表予備登録メンバー30人を発表し、前日12日に発表された本登録メンバー23人以外の7選手が明らかになった。

 23人からは外れたものの予備登録に入った選手はGK林卓人(広島)、DF駒野友一(磐田)、DF水本裕貴(広島)、MF中村憲剛(川崎F)、MF細貝萌(ヘルタ・ベルリン)、FW豊田陽平(鳥栖)、FW南野拓実(C大阪)の7人。

 また、ブラジルW杯に向けて日本代表に帯同するトレーニングパートナー2人も決定。東京五輪世代となるU-17世代からDF坂井大将(大分U-18)、FW杉森考起(名古屋)の2人が選ばれた。トレーニングパートナーは今月21日に始まる国内合宿からアメリカでの事前キャンプまで日本代表に帯同。チームがブラジルに向けて出発するタイミングで日本に帰国する。

 国際サッカー連盟(FIFA)に23人の本登録リストを提出する期限は6月2日となっている。基本は12日に発表した23人を登録するが、万が一、今後、新たなケガ人が出た場合、6月2日までは予備登録30人の中からしか代替選手を選べず、6月3日以降は各チームの初戦のキックオフ24時間前まで(日本の場合は日本時間6月14日午前10時まで)「30人の予備登録にかかわらず、だれとでも交代できる」(原博実専務理事)レギュレーションとなっている。

 とはいえ、6月2日までにケガ人が出た場合でも、6月2日にFIFAに提出する23人のリストはケガ人を含めたメンバーにしておき、6月3日以降に選手の入れ替えをすることも理論上は可能で、30人の枠にこだわる必要はあまりなさそうだ。

◆茨城空港、鹿島アントラーズ移動展示「出張!カシマミュージーアム」開催(FlyTeam)


http://flyteam.jp/news/article/35343

茨城空港で2014年5月12日(月)から6月2日(月)まで、鹿島アントラーズ移動展示「出張!カシマミュージーアム」が開催されています。展示場所は空港ビル1階です。

これまで鹿島アントラーズが重ねた優勝16回の「16冠フォトパネル」をはじめ、初代、2代目のユニフォームなども展示されています。

「出張!カシマミュージーアム」はこれまでにも茨城県庁をはじめ、茨城県の各地をめぐり、ジーコ選手、アルシンド選手など創設メンバーたちのなつかしの写真などを披露し、人気の催しとなっています。
期日: 2014/05/12 〜 2014/06/02

◆【磐田】宮崎、2か月ぶり実戦復帰!アシストも決めた(報知)


http://www.hochi.co.jp/soccer/national/20140512-OHT1T50189.html

 ◆練習試合 磐田5―1静産大=45分×2本=(12日・大久保)

 磐田は12日、控え組中心に静産大と練習試合を行い、左膝外側半月板損傷で長期離脱していたDF宮崎が約2か月ぶりに実戦復帰した。左SBで先発し、45分間プレー。積極的にサイドを駆け上がり、前半33分には絶妙なクロスを送り、MF上村のゴールをアシスト。「やっと戻ってこれた。少しずつ感覚は取り戻している」と手応え。18日の富山戦(富山)でのリーグ戦復帰を目指す。

◆伊野波「磐田からの出場光栄」(ニッカン)


http://www.nikkansports.com/brazil2014/news/p-sc-tp0-20140513-1300234.html

 W杯ブラジル大会日本代表メンバーが12日に発表され、磐田市内で、選出されたJ2磐田の伊野波雅彦(28)が会見した。中2でブラジルに短期留学。ジーコのサッカースクールで、利き足とは逆の左足でのキックを教え込まれ、現在のユーティリティー選手としての原点になった。これで、磐田は5大会連続で代表を輩出した。

 伊野波は浜松市内の自宅で一報を聞き、その後クラブで会見した。「小さいころからの夢だったW杯出場にうれしい気持ちでいっぱい」と心境を明かし「磐田でW杯出場ができるのは光栄。ジュビロからW杯代表が継続して出ていることを次の世代につなげられてよかった」と話した。

 小3でサッカーを始め中2の春、両親がブラジルでの短期サッカー留学を勧めた。「遠いし、怖いし」と二の足を踏んだが、ジーコ氏の門をたたいた。利き足の右でしか蹴っていなかったが、ジーコ氏から「左足の練習をしろ」と右足禁止で左足ドリブル、キックの練習を延々と続けた。「それがなかったら、今ごろこんなにきれいに左で蹴ることができていなかった」。センターバック、両サイドバック、ボランチと4つの守備的ポジションをこなすユーティリティー性の原点にもなった。

 「世界を目指すには各ポジションで世界基準に」。鹿島時代は、10年W杯日本代表のDF岩政大樹の隣でセンターバックを極め、磐田でも練習でなるべく左足を意識した。さらに持ち味のスピードに磨きをかけるべく「1歩目の速さ」も追求してきた。

 昨季チームはJ2降格、今年はW杯イヤーだったがチームに残った。「チームをJ1に戻すことが優先だったから」。ザッケローニ体制後、常に代表に招集され複数のポジションで結果を残し、J2だがW杯代表の座をつかんだ。ブラジル留学を機に本気でサッカー選手を目指し始め、その土地でのW杯に「何かの縁だと思う」と話す。

 チームにはFW前田遼一(32)DF駒野友一(32)とW杯最終予選をともに戦った仲間がいる。「本当はみんなで一緒に行きたかったですけど、その分、自分の決意をもってやっていく必要がある」。日の丸の重みを背負いブラジルに向かう覚悟だ。【岩田千代巳】

<磐田の過去のW杯選出選手>

▼98年 FW中山雅史、MF名波浩、MF服部年宏 

▼02年 FW中山雅史、MF服部年宏、MF福西崇史

▼06年 GK川口能活、DF田中誠、MF福西崇史

▼10年 GK川口能活、DF駒野友一

◆W杯代表選出の伊野波雅彦「ジュビロ磐田から出場できることは光栄」(サッカーキング)


http://www.soccer-king.jp/news/japan/national/20140513/189429.html


W杯代表メンバーに選出された伊野波雅彦(右)[写真]=getty Images


 日本代表を率いるアルベルト・ザッケローニ監督は12日、ブラジル・ワールドカップに臨む代表メンバー23名を発表した。

 ジュビロ磐田から唯一選出されたDF伊野波雅彦は12日、クラブを通して次のようにコメントをしている。

「小さい頃から夢だったW杯で、初出場する権利をもらい、すごく嬉しい気持ちでいっぱいです。本当にプロになってからいろんなクラブを渡り歩いてきて、そのチームで様々な方と出会い、今自分がここに入れることをすごく感謝しています。この伝統のあるジュビロ磐田でW杯に出場できるということは非常に光栄です。ジュビロから毎回W杯に出場しているという意味でも自分が次の世代につなげることができればと思います。本当に、今まで携わったチーム、関係者、全ての方に感謝したいと思います」

――代表に選出された嬉しい気持ちもあると思いますが、同時にやはりこれから戦っていかないといけないという気持ちもありますか?

「もちろん選ばれたからには今後、見る目がさらに厳しくなると思いますし、入ったから満足ということでは済まされない立場だと思います。ここから1カ月しっかり準備し、選んでもらった分いいプレーができるようにしていきたいです。そういった覚悟でいます」

――本日の発表はいつ、どのような状況で耳にしたのでしょうか?

「家で見てました。自分が入っても入っていなくても悔いはなかったですし、今までの経験を含め監督に感謝しています。嬉しかったですが、そういった気持ちもありました」

――どういったプレーで日本代表に貢献したいですか?

「センターバックを含め、サイドバック、3バックになった時のポジションだったり、もちろんスタメンを目指しますが、チームがどういう状態になっても対応できるように準備していく必要があると思います」

――中学時代にブラジルにサッカー留学していたと思いますが、改めてブラジルに対する思いは?

「中学時代に初めてブラジルへ行きました。それまで本気でプロになろうとは思っていなかったのですが、初めてブラジルへ行き、マラカナンスタジアムでフラメンゴとボタフォゴの試合を観客として見ました。その試合に10万人近くのサポーターの方たちが来ていて、そこで初めて本気でプロになりたいと思いました。その舞台に立てるかどうかはまだわかりませんが、そこに戻れるということは自分の中でも何かの縁だと思っていますし、自分の中ではすごく価値がある場所と言うか、人生を変えてくれた場所でもあるので、そこで自分の力を発揮できるように頑張りたいと思います」

――メンバー入りを受け、どなたかに喜びを報告されましたか?

「メールをたくさんいただいたのですが、まだ返信していない状況です(苦笑)これからしっかりと返信したいと思います」

◆大迫 W杯で点取って(読売・茨城)


http://www.yomiuri.co.jp/local/ibaraki/news/20140512-OYTNT50542.html



 サッカーのワールドカップ(W杯)ブラジル大会に出場する日本代表選手23人が12日発表され、県内ゆかりの選手の中では、昨季までJ1・鹿島アントラーズで活躍したFW大迫勇也選手(23)(独・1860ミュンヘン)が初めて選出された。鹿島在籍時から応援しているサポーターらは、世界最高の舞台に挑む大迫選手にエールを送っている。

 大迫選手は鹿児島城西高から2009年に鹿島に入団。昨季リーグ戦ではチーム最多の19得点を挙げた。

 大迫選手がよく通ったという鹿嶋市内の韓国料理店を経営する花見優子さん(40)は、代表選出のニュースを聞き、「選ばれると思っていた」と喜んだ。

 鹿島入団直後、先輩選手に連れられて来店し、その後は後輩選手もよく連れてきてくれる常連客だった大迫選手。店員にはいつも礼儀正しく、チームメートからも「サコさん、サコさん」と呼ばれて慕われていた。 花見さんは、海外への移籍に悩む姿も間近に見ていただけに、「『成長のために』と、鹿島を飛び出して海外に行ったんだから、レギュラーを勝ち取って、とにかく勝つように頑張ってほしい」と話した。

 鹿島のクラブハウスに来ていたサポーターからも期待の声が上がった。横浜市鶴見区の高梨博幸さん(70)は、「12年のロンドン五輪の日本代表から落選した時の悔しさを覚えているから、テレビで名前が呼ばれた時は込み上げるものがあった。ブラジルで点を取って、日本を代表するFWになってほしい」と話した。

◆強気の大迫、大久保に“挑戦状”「1トップが一番いい」(サンスポ)


http://www.sanspo.com/soccer/news/20140514/jpn14051405000005-n1.html



 ブラジルW杯日本代表のMF長谷部誠(30)=ニュルンベルク=らドイツ勢3人が13日、全日空機で羽田空港へ帰国。

 日本代表入りした1860ミュンヘンのFW大迫は、大久保に“挑戦状”だ。柿谷に加え、大久保の選出で1トップ争いが激化。1月に移籍した1860ミュンヘンではトップ下でもプレーしたが「1トップが一番いい。自分は点を取るために選ばれた。(ポジション争いは)つきもの」と強気に言い切った。2012年ロンドン五輪は直前で代表から落選。「前回落ちて味わった気持ちを忘れず戦いたい」と闘志を燃やした。

◆五輪落選乗り越え…大迫「結果を出す自信はある」(スポニチ)


http://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2014/05/14/kiji/K20140514008156120.html



 日本代表FW大迫勇也はW杯でもゴールにこだわる。ロンドン五輪は落選の憂き目にあったが、それを乗り越えてのブラジル切符。

 「反骨心というか、もっとうまくなろうと思ってここまで来た。力を試すのが楽しみ。結果を出す自信はある。ゴールを取るために選ばれたと思うから、そこはぶれずにやっていきたい」と帰国早々、目を輝かせた。
 12日のメンバー発表の時間は、ドイツのホテルにいたが「ホテルの電波が悪くて」時間差があったもよう。ザッケローニ監督の発音(ヨザコ=そして大迫の意)が聞き取りにくかったことが話題となったが、それも「あとからみんなに言われました」と明かした。吉報を知ると「まず奧さんに電話した」と真っ先に3月に結婚した麻未夫人に報告したという。今回は同じFWに大久保が選出されたが「誰かを意識してとかではなく、自分がピッチでどれだけできるか」と力を込めた。

◆W杯メンバー選出の大迫、五輪では直前に落選「反骨心持ってやってきた」(サッカーキング)


http://www.soccer-king.jp/news/japan/national/20140513/189454.html


取材陣の用意した「男気」タオルを手に撮影に応じた大迫


 ブラジル・ワールドカップに出場する日本代表23名が12日に発表されたが、メンバーに選出された1860ミュンヘン所属のFW大迫勇也が、シーズンを終え、13日に帰国した。

 記者団の取材に応じた大迫は、「素直に嬉しいですし、ここからの勝負だと思うので、気を引き締めて頑張りたいなと思います」と初のワールドカップに向けて意気込みを口にすると、「楽しみというのはすごく大きいですし、自分の力を試す楽しさもある。今は本当に挑戦したいなという気持ちでいっぱいです」と意欲を語った。

 発表の瞬間は、「ホテルの電波が悪くて、ちょっと遅れて知りました」と明かした大迫。誰に最初に報告したかについては、「奥さんです」と3月に結婚したばかりの麻未夫人と答えた。

 今シーズンは1月にブンデスリーガ2部の1860ミュンヘンに移籍。ワールドカップ直前の移籍だったが、「日本で勉強できない苦しさであったりはあっちにあった。そういう苦労をすることで、自分の幅は広がったかなと思います」とコメント。クラブではトップ下でもプレーしたが、「ワントップが一番いいですし、ゴールに一番近いんで。点を取るために選ばれたと思っているし、そこは絶対にブレずにやっていきたいです」と話した。

 大迫自身は2012年のロンドン・オリンピックで大会直前に代表メンバー落ちをする経験を味わった。「悔しい思いをした分、反骨心というか、もっとうまくなろうと思ってここまできた」とこれまでを振り返り、「僕も五輪で落ちて、そういう経験を味わったので、気持ちはすごくわかるし、本当に気持ちを忘れずに戦いたいなと思います」と、残念ながら選外となった選手たちの想いも背負って戦うことを誓った。

 また、約5カ月ぶりの帰国となったが、「すぐ行きたいです」と古巣・鹿島アントラーズ訪問に意欲を見せると、コンディション調整のために、自主トレを予定しているとしつつ、「鹿島のほうも使いやすいので、顔を出したいなと思いますね」と、古巣への愛着も語っている。

◆岩政大樹がW杯に臨む後輩内田にエール「どんな男になるか楽しみ」(サッカーキング)


http://www.soccer-king.jp/news/japan/national/20140513/189365.html


自身2度目のワールドカップに臨む内田篤人 [写真]=Getty Images


 タイのBECテロ・サーサナFCに所属するDF 岩政大樹が13日、自身のブログを更新し、ブラジル・ワールドカップに臨む日本代表メンバーに選ばれたシャルケに所属する日本代表DF内田篤人に言及した。

 代表メンバーは、前日の12日に発表。「昨日の夜、そのニュースを見ていたら、アツトが、『4年前に一緒に出られなかった人もいるんで、そういう人の思いも背負って。』というような話をしていました。僕はありがたい話だなと思うと同時に、4年前のW杯がアツトにとって大きな傷、痛みとして残っているのだと思いました」と記すとともに、鹿島アントラーズ時代の後輩との思い出を振り返った。

「スピードと持久力があるのはすぐに分かりましたが、線は細く高卒でもあったため、数年後に出てきてくれればな、くらいな印象でした」と、内田が鹿島に加入した2006年当時について触れ、「開幕の数週間前、僕は当時のアウトゥオリ監督に呼ばれ、『右サイドはウチダでいく。サポートしてやってくれ。』と言われました。僕は驚きとともにやりがいを感じました。完全にスイッチの入った僕は、まだ若かったこともあって随分厳しく当たった気がします」と明かした。

「開幕までの期間、今思えば僕は強く言い過ぎた気がしますが、アツトも苦しんでいました。しかし、開幕戦の広島戦でどんどん前に仕掛けて、PKまで誘発するのを後ろから見ながら、僕は少しにやけてしまったのを覚えています」と思い返す岩政は、「僕の言葉を受け止めるところとうまく受け流すところのバランスを取れる頭の良さがありました。自分のことをよく分かってるんだろうと思います」と内田を評す。

「2年目、2007年には僕の要求をほぼ完璧にこなしていました。僕があそこまで多くを要求し、プレーを共有した選手はいません」と振り返るとともに、日本代表でも活躍しはじめた内田に対しての思いを、「アツトはこの世界を自分の足で歩くことをどんどん覚えて、僕は兄のような気分でアツトを見守るようになりました」と表現した。

 岩政は、鹿島でのリーグ優勝や2010年のワールドカップでともにメンバーに入りながら出場がなかったことなど、苦楽をともにしてきた内田に対し、「僕はアツトがこれからどんな男になるかを楽しみにしています」と期待を寄せる。「そして、今大会のアツトの『No Pain No Gain』を応援しています」と、自身のブログの名前を交えて、2度目のワールドカップに臨む内田にエールを贈った。

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