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2018年9月17日月曜日

◇横浜F・マリノス降格危機のなぜ?(THE PAGE)






 マイクを介した声のトーンが、何の前触れもなくはね上がった。日産スタジアム内の記者会見室。ひな壇に座っていた横浜F・マリノスのアンジェ・ポステコグルー監督が、メディアから投げかけられた「リスク」という言葉に対して敏感に反応。珍しく感情を露にした。

 浦和レッズに1‐2で競り負けた16日の明治安田生命J1リーグ第26節。オーストラリア代表を率いてハリルジャパンとも対戦したこともある、53歳の指揮官を刺激したのは「野心的なサッカーでチャンスも作っているが、失点のリスクもある――」という質問だった。

「私たちのサッカーには、まったくリスクはないと思っている。今日も17回のチャンスを作り出し、相手は5回だった。これが20回もチャンスを作られれば、リスクがあると言わざるを得ないが」

 自信満々の言葉とは対照的に、8勝5分け13敗と大きく負け越したマリノスが置かれた状況は、J1残留へ向けて予断を許さなくなりつつある。勝ち点29でサガン鳥栖、柏レイソルと並び、得失点差でかろうじて上回って14位につけているものの、自動降格圏となる17位のガンバ大阪には勝ち点でわずか2ポイント差に追い上げられている。

 Jリーグが産声をあげた1993シーズンから参戦し、鹿島アントラーズとともに一度もJ2への降格経験のないトリコロール軍団を苦しめているのは攻守のアンバランスさだ。総得点でJ1最多の「43」を叩き出している一方で、総失点も同ワースト2位に並ぶ「45」を数えている。

 昨シーズンの第26節終了時の総失点が「21」だったから、マリノスの伝統として謳われてきた堅守がいかに崩壊しているかがわかる。実際、ワールドカップ・ロシア大会による中断から明けた初戦でベガルタ仙台に8‐2で大勝したかと思えば、直後にFC東京に2‐5、サンフレッチェ広島には1‐4と続けて惨敗するなど、大味で不安定な戦いをここまで続けてきた。

 昨シーズンまでとの違いは、就任1年目のポステコグルー監督が導入した斬新な戦術となる。最終ラインをハーフウェイライン付近にまで上げて相手を押し込み、守護神・飯倉大樹(32)もペナルティーエリアを大きく飛び出て広大なスペースをケア。足元の高い技術を生かしながら、11人目のフィールドプレーヤーとしてビルドアップにも積極的に参加する。

 押し込みながらも、一本のパスからあっさりと失点する。何度も繰り返されてきたシーンをシーズンの終盤になって目の当たりにしても、指揮官は強気な姿勢を崩そうとはしない。しかも、声のトーンを上げたまま、勝ち点を伸ばせない一因をピッチ上の選手たちの心にも求めた。

 両サイドバックは中盤でゲームメイクに加わり、相手に対して常に数的優位な状況を作っていく。開幕直後こそセンセーショナルを巻き起こしたスタイルはしかし、すぐに対策を講じられる。ボールを失った直後に、無人と化したゴールを超のつくロングシュートで何度狙われたことか。

 最終ラインの背後をロングパスで突かれるパターンも然り。レッズ戦の後半34分に喫した決勝ゴールは、センターサークル内から放たれたMF青木拓矢(29)の縦パスに、オフサイドぎりぎりで抜け出したMF武藤雄樹(29)に決められたものだ。

「このスタイルを見せるのはただ単にワクワクするサッカーをするためでも、攻撃的なサッカーをするためでもない。これが勝つことに一番近い方法だからであり、いま所属する選手たちで私がやろうとするサッカーはできると思っている」

「勝利のメンタリティーというところで、まだまだ足りない部分がある。これが初めての試合であれば選手たちを褒めていると思うが、こういう試合が何回も何回も起こっているなかで、チャンスでゴールを決め切る、あるいはシュートを止め切る部分で選手たちも責任を感じなければならない」

 試合後の取材エリアで、選手たちは各々に責任を口にしながら努めて前を向いた。
 8月にパルメイラス(ブラジル)から期限付き移籍で加入したDFチアゴ・マルチンス(23)は「見ての通り、明らかなミスがあった」と最終ラインの頭上を通された武藤への縦パスを悔やんだ。

「リスクがある、ないは関係なく、選手の立場としては監督が求めることをしっかりと実践して、日々成長していかなければいけない」

 森保一新監督(50)に率いられる新生日本代表に追加招集され、11日のコスタリカ代表戦で国際Aマッチデビューを飾ったMF天野純(27)は「最後のところで違いを出せなかった」と、得点に絡めなかった自らのパフォーマンスを責めた。

「2失点目も自分のプレスが甘かった部分がある。マリノスを勝利に導く個の力という部分で、自分がそれを出していかないといけない。ここから強くなっていきたい」

 ポステコグルー監督としても選手たちの発奮を促す意味も込めて、会見の席であえてメンタリティーに触れたのだろう。ただ、受け止め方によっては、責任を転嫁されているのでは、という誤解を招きかねない。
 実際、指揮官の言葉をメディアから伝え聞いたFW伊藤翔(30)は「こういう結果にしてしまったのは、もちろん選手ですけど」としながらも、さすがに驚きを隠せなかった。

「公の場で言うことではないのかな、と。熱くなるのはわかりますけど、そこは監督が自制してくれないと。(会見は)オフィシャル(・サイト)などに掲載されるんだろうけど、他の選手たちには聞かせたくないレベルの話ですよね。負けたという結果を次にどう生かすか、ということが今年はあまり反映されていない気がする。選手もそうだし、監督もそうだし、チームの全員が考えていかなければいけないことだと思っています」

 シーズンも残るは8試合。そのなかには上位につけるベガルタ仙台、北海道コンサドーレ札幌、FC東京との対戦もあれば、残留を争うガンバ大阪、V・ファーレン長崎、サガン鳥栖との直接対決も含まれる。クラブが一丸となって、目の色を変えて臨まなければ状況はさらに悪化しかねない。

「4万人以上も入ったサポーターの前で勝てなかったことをアンラッキーだったと思っているのか、あるいは本当に悔しがっているのか。この点はもう一度検証しながら見ていきたいし、本当に勝ちたい気持ちがある選手を今後は選んでいくと思う。メンタリティーの部分は必ず変えていきたい」

 会見の最後で、ポステコグルー監督は不退転の決意をにじませた。同じ失敗を繰り返したくないという思いから、伊藤も前出のコメントを口にしながらちょっぴり語気を強めた。勝ちたい思いは全員に共通するもの。胸突き八丁の終盤戦へ向けられた太く揺るぎないベクトルが、未曽有の大混戦となった残留争いで生き残るカギを握る。
(文責・藤江直人/スポーツライター)




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