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2019年3月7日木曜日

◆昌子源がフランスで大切にする事。 「ここは鹿島ではないと割り切る」(Number)



昌子源 Gen.Shoji


◆◆報知グラフ / 2019年1月号


 フランスリーグ1の古豪でもあり、歴史的に見れば、フランス随一のクラブと言っていい。現在はPSGが独走するリーグで3位と苦戦しているリヨンだが、それでも貫禄は変わらない。3月3日にそのホームスタジアムへ乗り込んだのは、15位のトゥールーズFCだ。

 開始10分にリヨンが先制、15分にトゥールーズが同点に追いついても、リヨン優勢の流れは変わらない。30分にやすやすと勝ち越し弾を決めると、35分にはPKで3点目をマークする。後半にも3回ゴールネットを揺らした。1本はオフサイドでノーゴールとなったが、5-1と圧倒した。

「レベルの差を前半から痛感してしまった。なんか、子どものように扱われて、非常に苦しかった。早く試合が終わってくれとこんなに思ったのは初めてだった。鹿島でレアルとやったときにもそんなふうに思ったけど」

 試合終了から約1時間後、ミックスゾーンに姿を見せたトゥールーズの昌子源はそう振り返った。1月に移籍してから約2カ月。カップ戦を含めて9試合にフル出場を続けて来たが、初めての上位チームとの対戦は昌子に大きな衝撃を与えた。

「やっとトップレベルのチームと対戦できる、リヨンとやれるというワクワク感はもちろんありました。徐々にフランスのサッカー、選手との間合いを掴めてきたなという手ごたえみたいなものを感じ始めていた。だから、すげー楽しみにしていた。ここで自分がいかにできるかと思っていたから。

 でもなんか、天国から地獄に落とされた。結構メンタル的に落ちるけど、次の試合まで1週間あるので、しっかり切り替えてやっていくしかない」

1対1の対応でもまったく歯が立たず。

 多分、ロッカールームで気持ちを整理するために必要な1時間だったのだろう。それでも、試合を振り返る言葉は重い。1対1の対応でも、まったく歯が立たなかった。もちろん体格差もあるし、スピードも違う。なによりも、日本人にはないアジリティを持った一流選手が相手だ。そう簡単に阻止できるわけではない。

 身体能力で劣ることは承知している。だからこそ、間合いを読む、考えることで、その差を埋めなくてはならない。それでもその判断を上回る能力が相手にはあった。

「日本にいた時と同じ対応の仕方をやっていると、ボールがとれない。相手はバランスを崩しているのに、最後に足だけが伸びてきて、知らない間にピョンってかわされている。こちらの感覚的には相手は体勢を崩しているし、マイボールやのに、足だけが残っているんです。

 今日も左のメンディは、左利きで左足にボールを持つ。絶対縦に来るってわかっているのに、クロスまで上げられてしまう。これは多分、日本にはいない相手。これを知りに来たわけだから。でも、いい経験をしたで終わらせられる点差じゃない。これから、このレベルの相手との間合いを掴めるようにならなくちゃいけない」

鹿島の選手は負けた後は笑えない。

 ポゼッション率は61パーセント対39パーセント。そして、シュート数は20本対5本。枠内シュートは10本対2本。データだけを見ても、その差は歴然だ。失点するたびに下を向き、どんどん気持ちが萎えている仲間に対して、昌子は英語やフランス語、知る限りの言葉を使って大きなジェスチャーで鼓舞したが、ピッチ上の空気は変わらなかった。

 大敗したにも関わらず、笑顔を浮かべながら日本人記者に愛想を振りまくチームメイト、 ロッカールームで選手たちを「よくやった」と励ます幹部。昌子はそんなチームの空気にも違和感を抱いているように見えた。

 鹿島アントラーズなら、こんな試合のあとは笑ってはいけない。笑えない。個対個でのプレーが主体で、カバーリングの意識も薄い。強敵を相手にしても組織力でどうにか耐えるという、鹿島や日本代表でやっていたサッカーとは全く違う。自分が立つ場所を改めて再確認するような、そんな試合だったかもしれない。

フィジカルで劣る昌子を獲得した理由。

 その試合から4日前の2月27日、昌子源はトゥールーズの練習場にいた。まだ2月だというのに、気温は20度を超えている。

 約2時間の練習では、ハーフコートを使ったミニゲームに時間を割いていた。その守備陣の中央に立つ昌子は、何本もロングフィードで攻撃を演出していた。そして、プレーが止まるたびに厳しい表情を浮かべる。なにか思案を巡らせているようだ。そんな昌子に対して、チームメイトたちは、すでに信頼感や尊敬の念を抱いているように見えた。

――移籍直後から先発起用が続いていますが、今、ご自身はどういう状態でしょうか?

「やはり、こちらは間合いが日本とは全然違う。懐も深いし、なかなかボールがとれない。そのうえ、冬だったこともあって、柔らかいグラウンドにてこずりました。ずるっとすべってしまうんですよ。そういういろんなことがあって、やっぱり不安にもなった。

 だから、監督のところへ行ったんです。『どうしたら、適応できるのか』って。普通監督と面談する選手って、起用法とかで文句をいうことが多いらしくて、監督は嬉しそうに驚いてました。『お前をとった最大の理由はパスが出せるから、後ろからのビルドアップができるからだ。1対1で吹っ飛ばされるくらい、こっちのフィジカルは強い。日本では小さくはなかったかもしれないけど、ここでは小さいし、スピードもここでは平均的だ。

 まずはそれに慣れろ、そのうえで、今持っている技術を活かせれば、おまえはフランスでトップのクラブにも行ける』って言ってもらえた」

――欧州のなかでもフランスは、強烈なフィジカルを持った選手が多いですよね。フィジカル面以外に、日本との違いはありますか?

「無名の選手でもすごいスピードだったりするから、驚くことはあります。こっちの選手は、チャレンジアンドカバーの意識がない。チャレンジだけです。それでチャレンジに失敗したら独走される。

 それで俺がカバーへ行ったら最初すごい怒られたんです。自分のマークを外すなと。でも、カバーを成功させられる自信があるから行っているので。成功すると、周りはびっくりして驚いている。基本的にハーフウェーラインでボールを取られても、そこでアタックしに行くという選択肢がなくて、ペナルティエリアまで下がる守り方なんです。だから、前で取れそうやなと思っても、なかなかそれができない」

欧州が日本の真上にあるわけではない。

――それでも、チャレンジ、ボールを取りにいかないと評価もされないでしょう?

「そうですね。行って抜かれるのは当たり前みたいなところもありますね。日本だったら、抜かれてしまえば『あいつ軽いな』ということになるけど、ここではそれは全然ノーマルなことで、しょうがないなと。だから監督もチームメイトも、僕がヘディングで勝てないことも当然だろうって感じなんです。まあ、190センチの選手同士が競うわけだから。俺が負けても問題にはならない(笑)」

――大岩剛監督が、「昌子は上のレベルへ行って引き出しを作っているんだろう』と言っていました。試合の結果なども結構把握されていましたよ。

「そうなんですか(笑)。でも、まだその段階には来ていないかな。ただ今思うのは、海外でプレーしてた選手がJリーグに復帰したら簡単にプレーできるだろうって思ってたけど、それはまったく違うなということですね。日本の延長線上、日本の上に欧州があるわけじゃない。上でも下でもないんだなと。

 比べるものでもなくて、まったくの別世界だというふうに思いますね。たとえば、うちの選手しか知らないけれど、彼らは本当に負けず嫌い。1タッチゲームなのに、2タッチしただろうってケンカになるほど(笑)。だけど、プレーやサッカーに対しては非常に原始的というか、シンプルなんです。

 たとえば、日本では最終手段だったスライディングが、こっちではファーストチョイスなんですよ。でも、相手もそれをかわすんじゃなくて真っ正直に突っ込んでくるので、結構それでボールが獲れることもある。そこで、ドリブルでかわすことができる選手が、リヨンやPSGにいる選手なんだと思う」

「めちゃくちゃキックが上手いな」

――欧州でも下位のクラブだと、選手の技術や思考力や発想力、そして視野などが、日本人選手に比べても低いと感じることがあるんですが、いかがですか?

「決定力が意外にないなと思うこともあります(笑)。攻めの部分では僕が起点になるんですけど、最近やっと、僕がボールを持ったときに、正確に出せるとわかっているからライン間で待っていてくれたりするし、『ここにくれ』と要求してくれる。それで、僕が試合でそこへパスを供給すると、『めちゃくちゃキックが上手いな、ボランチをやったらどうだ』って、言われたりして(笑)」

――言葉の壁はどうですか?

「わからないなりにフランス語と英語で頑張っています。わかっている単語だけでの勝負ですけど。『アレ』とか、『サバ』とか、『セボン』とか。まあまあという『タマル』も交えながら。あとは右、左、前、後ろもフランス語で使います。それでなんとか」

――他の選手へのダメ出しはできる?

「怒っている。納得がいかない。そういう感情は態度で伝えることができる。相手も言い返して来ますけど、言われっぱなしになることはないですね」

鹿島で培った「サッカーは勝ってなんぼ」。

――チームは今15位で、残留争いには巻き込まれていませんが難しい状況ですね。

「リーグ戦は6試合勝てていない。こんな状況は鹿島では経験したことがなかった。点が入らないし、1点とられたら、周りがすごい沈むんですよ。そういうところは負けず嫌いじゃないのかって。

 だから、高いプロ意識を持った選手は少ないのかなぁと思います、正直なところ。練習もいつもギリギリに来るし、ストレッチも何もしない。僕がストレッチをしていると、驚いてますからね。『だから源は怪我をしないんだな』って。そういう問題じゃないのに。

 でも彼らも怪我しないから、それでいいんだって感じなんでしょうね。もちろん中にはプレミアでプレーしていた選手もいますし、ボランチのヤニック・カユザックは手本になりますね。彼は大きくもないし、横幅もスピードもないけど、球際はびびらずに行く。ああいうところを僕が身につければと監督も言っているんだと思います。でもまあ、メンタル的にはしんどいなぁと感じることもあります」

――やっぱり鹿島と比べてしまう?

「そうですね。ホームシック感はないんです。ただ、鹿島の試合を見たら、帰りたいっていうか、勝ちたい、優勝したいという気持ちを思い出す。サッカーは勝ってなんぼやし、優勝経験したら、優勝してなんぼってなるし。でも鹿島とは180度違うチーム、残留争いするチームへ来たから。ここは鹿島ではないと割り切っている。

 幸い試合も週1なので、そういうことすら新鮮だし、毎日驚きもたくさんある。そういうのが楽しいですね。ただ、自分としてはこのクラブの環境、雰囲気に慣れたらダメだという意識を持っています。常に新しいことに挑戦したいと考えている。プレーもそうですし、ウェイトトレーニングをやったり、進化するための何かを探して、チャレンジしていかなくちゃいけないと」

柳沢や小笠原は、海外移籍を応援していた。

――海外移籍、ヨーロッパ、フランス……きっと来る前はキラキラしたイメージだったのではないですか? でもそうじゃない。

「ですね。来てみたら、キラキラ具合とか、夢みたいなのは、正直日本のほうがあると思う。(香川)真司くんみたいに、ドルトムントとか、マンチェスター・ユナイテッドってなったら、話は別ですけど。

 チームメイトに言われるんですよ。『日本でいくつタイトル持っていたの?』『6つは持っていたね』と答えると、『なんで、トゥールーズに来たの? もしかして、フランスでは無名だけど、日本では町歩けない選手じゃないのか』って(笑)。イニエスタが日本へ来たこともあって、日本の知名度はすごい。日本でプレーしたいっていう選手は多いですね」

――勝てないと勝利給も入ってこないし(笑)。

「確かに(笑)。でもここから先、自分がどこへ行くのかによっては、今は見えない世界、風景を目にすることもできるわけだから。それを味わいたくてここに来たという気持ちはブレてはいないから。

 たとえ、誰もが認める大きなクラブへの移籍ができなくても、海外へ移籍することに『失敗』はないと思うんです。日本でしか成長できないことと、ヨーロッパでしか成長できないことがあって、その両方を経験する、ヨーロッパを知るだけでも、選手としてはプラスになると思っています。

 こっちへ来る前に、ヤナ(柳沢敦)さんや(小笠原)満男さんと話したんですけど、『試合に出ている出ていないに関係なく、『海外へ行っただけで成功だと俺は思う』って。1カ月ちょっとですけど、日本と欧州との違いを色々気づくことができた。まだまだ、剛さんのいう引き出しを増やすというところまではいかないけど、それでも学びや気づきもあるんですよね。だから、失敗はないと確信しています」

「大事なのは、自信を失わないこと」

 日本ではなかなか感じる機会がないが、ヨーロッパでサッカーを見ていると、「格」や「クラス」の違いというのを目の当たりにすることは多い。どんなクラブでも優勝できるわけではないという明確な格差がそこにはある。タイトルを獲得すれば強化費も潤沢となり、それ相応の選手を獲得できる。そこには高いレベルでの厳しい競争があり、高い技術と意識を持った選手だけが生き残る。

 そしてそれは国内リーグだけでなく、各国リーグの間にもその格差は存在する。20代半ばのリヨンの選手たちは、誰もがプレミアリーグのような上のリーグへのステップアップを望む野心家たちだ。

 そう考えると、リーグ1の15位に位置するトゥールーズの選手にとっては、チャンピオンズリーグ決勝トーナメント進出クラス(例えばリヨン)ですら、遥かに遠いのかもしれない。

 日本とはいえ、その国のトップクラブで数々のタイトルを手にしてきた昌子は、意識の高い選手たちの中で、勝利をエネルギーにして成長してきた。そして大きな野心とともに、ヨーロッパへの挑戦を決意。そのチャンスに恵まれたのだから、遠い頂であっても、そこを目指すことを諦めるつもりはないだろう。

「大事なのは、自信を失わないこと。日本では抜かれることもなかった。それを簡単に抜かれてしまう。そういう経験をすれば正直へこむけれど、失点を経験して成長する。日本でもずっとそう言って来ましたけど、それはここでも同じ。トップクラスを経験したいから、ここへ来た。自信とプライドを持って、やっていくしかない」

 リヨンと対戦して味わった衝撃は大きい。でもこれは、鹿島にいれば味わえなかったものだ。下位チームでもがくこともまた、昌子を強くするはずだ。彼は驚くほど冷静に現実を受け入れていた。浮かれた様子は何もない。背負った危機感は昌子源の進化のきっかけになるだろう。


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