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2019年8月8日木曜日

◆鹿島とメルカリの「挑戦的な身売り」。 100億円クラブへの期待と新しい経営。(Number)






血を繋げる。 勝利の本質を知る、アントラーズの神髄 [ 鈴木満 ]


 もしかしたらJリーグでは初めてではないだろうか。Jリーグに限らず、プロ野球も含めて日本のプロスポーツで初めての出来事かもしれない。

 クラブ経営が行き詰っていたわけではない。親会社が経営不振に陥ったわけでもない。今回の出来事を「身売り」と表したメディアもあったが、その言葉がこれほど似合わない親会社の変更も珍しい。

 あえて言うなら「挑戦的な身売り」。あるいは「前向きな身売り」。

 いずれにしてもクラブの側が主体的に親会社を決めた――「鹿島アントラーズの経営権譲渡」の第一報を聞いて最初に感じたのは、そんな斬新な驚きだった。


2012年、住金と新日鉄の合併。


 あらましを僕の理解(と想像も交えて)説明してみる。発端はアントラーズの親会社だった住友金属と新日鉄の合併である。2012年のことだ。

 この頃、鉄鋼業界は激動期だった。'90年代から続く長い「鉄冷え」(不況)、アジアの新興国をはじめとして激変する世界情勢。そんな中で再編の動きが起き、まずNKKと川崎製鉄が、次いで住金と新日鉄が合併して「新日鉄住金」となった。

 当時、対等合併と発表されたが、実質的には新日鉄による吸収という見方が一般的だった。そもそも両社の提携はこれより10年前、経営不振の住金に新日鉄が手を差し伸べたところから始まっていたからだ。

 その後、同社は日新製鋼も吸収。海外メーカーの買収も進めるなど国際競争力をつけると同時に、子会社間の統合も行い、経営と組織の強化にまい進する。そして昨年、一連の改革の仕上げともいうべき、社名変更を発表したのである。

「2019年から新日鉄住金は日本製鉄になります」

 昨年来、鹿島を訪れてそんな告知を目にするたびに「アントラーズにも変化が起きるかも」と僕は思っていた。


スポーツを支援してきた製鉄会社。


 改めて言うまでもなくアントラーズは住金サッカー部を前身とするチームである。新日鉄が主導権を握る新会社にとって特別な思い入れはない。

 誤解してもらっては困るから書き添えるが、新日鉄もスポーツの強力な支援者である。それどころか学生からスタートしたスポーツを社会人に広げるなど歴史的な貢献もしている。ちなみに前回の東京五輪で活躍したマラソンの君原健二や水泳の田中聡子などは新日鉄(八幡製鉄)の選手。サッカーでいえば宮本輝紀もそうである。新日鉄(八幡製鉄)のサッカー部は天皇杯も制し、草創期の日本リーグでは(4連覇した)東洋工業と優勝を争う強豪だった。

 しかし、平成になってからは釜石のラグビー部をはじめ、名門チームを次々と廃止。そこには合理化という直接的な理由だけでなく、鉄鋼マンだからこそのプライドのようなものもあったと思う。

 かつて「鉄は国家なり」といった。我々は国の礎を担っている。だから本業まい進。だから、やめるときはやめる。容赦なく運動部を廃部にした2000年前後の新日鉄にはそんな覚悟と迫力があった。

 それにエンドユーザー向けの商材を扱っている会社ではないから、プロチームを保有する意味がそもそもない。だから――日本製鉄へと生まれ変わるタイミングで、アントラーズとの関係も変わるかもしれない、そんなふうに予感していたのだ。


最適なパートナーの模索。


 一方、この間のアントラーズ。

 合併によって親会社が新日鉄住金となった2012年はクラブ初のOB監督、ジョルジーニョが就任。リーグは11位と振るわなかったが、リーグカップを優勝。その後もリーグ、リーグカップ、天皇杯を獲り、昨年はACLでも優勝。ついにアジアチャンピオンになった。

 この間、営業収入も40億円台から昨年度の73億円まで増収。チーム力だけでなく、クラブ力も確実に培っていった。どのタイミングで経営権譲渡の話が起きたのかはわからない。しかし、20冠を獲得してきた強いチームと、70億円を稼ぎ出す強いフロント。この両輪を備えていたアントラーズは慌てることはなかったはずだ。

 もしかしたら親会社との関係が住金時代とは変わる中で、クラブにとって最適なパートナー像をすでに模索し始めていたかもしれない。そう想像してしまうほど、アントラーズの事業は伝統的に先見性が高いからだ。

 たとえば、まだ現在のようなテクノロジーがない頃からCRM(顧客のデータ管理)を導入していた。マッチデー以外でもスタジアムで稼ぐためには? そのスタジアムにスタジオを作ったのは映像配信時代の到来より早かったはずだ。

 将来を見越しての計画的な取り組みはチーム作りだけでなく、事業においても同じなのである。だからアントラーズは強い。それも安定して強いのだ。


「自然発生的」に生まれた出会い。


 メルカリとの出会いは2017年だ。

 企画を出し合う。これまでとは違う新しい何かを生み出せそうか。ともに作業をする。その実行力はあるか。スピード感とクオリティは? 観察したはずだ。もちろん互いにだ。

 会見で「どちらからということはなく、自然発生的に……」とメルカリの小泉文明社長は語っていた。こういうことは恋愛と似ている。何となく好感。そこから始まり、あるとき真顔で告白する。それまでの間に互いの気持ちはだいたい確認できているものだ。自然発生的とはそういうことだろう。

 ただし、親の承諾は絶対必要。調べる。単年度赤字は出しているが、財務状況は問題なし。許可が出た。晴れて結婚……。

 いや、すべて僕の想像だ。でもフリューゲルスとマリノスが合併したとき、当人たちは蚊帳の外だった。親会社同士の密談の結果を決定事項として伝えられたのだ。

 今回はアントラーズが選んだ。しかも(報道によれば)アントラーズには他にも候補があったらしい。その中からクラブの未来に最適な、新たなパートナーを自ら選んだのだ。

 主体的に親会社を決めた、とはそういう意味である。


メルカリの創業は2013年。


 メルカリについても触れておかなければならない。

 創業は2013年、と書いて、住金と新日鉄が合併し、今回の顛末が始まったとき、この会社がまだ存在さえしていなかったことに改めて驚く。明らかに新興企業である。そのことを不安視する声も経営権譲渡を巡る反応の中にはあった。

 しかし、もしかしたらもう忘れているかもしれないが、楽天(三木谷浩史氏)がヴィッセル神戸の経営に乗り出したのは会社設立から7年目のことだった。そのヴィッセルがいまやリーグを牽引するクラブであることを思えば、会社に歴史がないことは何の問題でもない。そもそもIT業界自体が新しい産業なのだから「新興」なのは当たり前だ。


“タニマチ経営”からの変化。


 着目すべきはむしろ、彼ら新しいプレーヤーが日本のプロスポーツに変革をもたらしているということだ。

 プロ野球のオーナーは、それぞれの時代を象徴する先端的な業種が務めてきたが、旗揚げ時の巨人、阪神、阪急、中日など新聞と鉄道会社から、映画業界が隆盛した時期の大映、松竹、東映、さらに大洋、ロッテ、ヤクルト、日本ハムといった食品飲料までは主に広告媒体として球団を保有してきた(鉄道は乗客による実利と沿線開発)。

 言い換えれば、球団そのもので利益を上げるつもりはなく、あくまでも親会社の本業に活用してきたのである。

 それが2000年代に入って変わった。

 楽天、ソフトバンク、DeNAと新興IT企業が参入。球団そのもので利益を上げることを目指すようになった。つまり、それまでの“タニマチ経営”ではなく、“正しくビジネス”をするようになったのである。


Jリーグを儲かるビジネスに。


 会見で日本製鉄側が述べた「将来にわたって世界と戦えるチームにするためにも、アントラーズは企業価値をさらに高めていかなければならない。そのためには素材産業である当社よりも、そうした事業に精通している新しいパートナーを迎え入れる方が得策だと判断しました」とは、まさにそのことを指している。

 僕も大きく首肯する。そしてアントラーズなら、アントラーズがパートナーに選んだメルカリとなら、Jリーグを儲かるビジネスに変え、100億円クラブを実現できそうな気もする。

「挑戦的な身売り」と表したのはそんな期待があるからである。


鹿島アントラーズの新たな門出。


 最後に、ここまであまりにアントラーズを礼賛しすぎたので蛇足ながら。

 メルカリとのパートナーシップを恋愛になぞらえた。その例えで言えば、恋人と夫婦は違う。互いに相手を観察して結婚したつもりだったのに……ということはよくあることだ。

 同様にスポンサーとオーナーも違う。立場が変われば関係性も変わることもあり得る。特にテクノロジー系の会社と組むと、始めのうちはぞっこんになりがちである。だからハネムーンステージを過ぎるまで、成否の判断は待たなければならない。

 もちろん、うまくいかなければ離婚するという選択肢も……。いや、これは完全に蛇足。

 見事な身売りだった。前向きで、挑戦的で、主体的な、素晴らしい門出となった。


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