世界中のほとんどの人は鹿島がどこにあるのかを知らないだろう。しかし、アジア最強のチームが鹿島アントラーズであることは、多くの者が知っている。2019年9月18日までは……。
この日、アントラーズはホームに広州恒大を迎えた。ACL(アジアチャンピオンズリーグ)準々決勝の2戦目。戦術的に最も優れた秩序を持つチームと、潤沢な資金を持った強靭なチームの戦いだ。1戦目の広州で行なわれた試合はスコアレスドローだったため、鹿島が準決勝に駒を進めるにはどうしても勝たなければいけなかった。しかし、結果は1-1の引き分けに終わり、鹿島は敗退した。
この夜、より優れたパフォーマンスを見せたのは鹿島の方だったし、MVPに選ばれたのは鹿島のレオ・シルバだった。シュート数も広州の6に対して鹿島は16と10本も多く、ボールポゼッションは鹿島の60%に対して広州が40%だった。
ブラジル人にとって最も重要なデータは、まずゴール枠に飛んだシュート数、その次に正確なパスの数となる。この日の鹿島のパス成功率はなんと80%、広州は73%だった。つまり鹿島はすべての数字において広州恒大を凌駕していた。広州が唯一、鹿島を上回っていたのはファウルの数だけ。しかし、それもうなずける。鹿島を止める方法はファウルしかなかったのだ。この夜、なぜ鹿島がアジアサッカーの雄と呼ばれているのかを、私は目の当たりにした。
鹿島スタジアムには、世界のサッカーの歴史を作ってきた2人の人物がいた。1人はベンチに、そしてもう1人はスタンドに。
ファビオ・カンナバーロは、彼が率いる広州恒大の準決勝進出が決まった後、こう語った。
「鹿島は掛け値なく今日のアジアで一番強いチームのひとつで、この鹿島対広州は、事実上の決勝だった。90分のハードな戦いを勝ち抜けたことは、我々に大きなエネルギーを与えてくれる。この先、最後の最後まで進んでいく自信を持つことができた」
広州の、事実上の決勝ゴールを決めたアンデルソン・タリスカは、ヨーロッパの多くのクラブがほしがるほどの選手だ。彼はこの試合をこう振り返った。
「まるで永遠に終わらない試合のように思えた。僕が決めたゴールで、多少は安心してプレーできるかと思ったのに、その平和な時間はたった11分しか続かなかった。すぐに鹿島に追いつかれ、僕たちはとにかくその後もずっと走り続けるしかなかった。今日の僕たちは本当に優秀で勇敢だったと思う」
鹿島が0-1でリードされていたハーフタイム。皆がトイレに行ったり、飲み物を買ったりしている時、突然、私の携帯が震えた。ジーコからのメッセージだ。
「リカルド、今日は毛糸の靴下を履いてきたか?」
皆さんにとってはあまりにも謎なメッセージかもしれないが、私にはすぐその意味がわかった。ブラジルでは、観戦に行けば必ずそのチームが負けるような疫病神的な人を”冷たい足を持っている”と言う。ジーコは私がその”冷たい足”だと言うのだ。だから毛糸の靴下をはいて足を温めなさい、と。1点ビハインドのこの時、ジーコは状況を憂いていたのだろうが、遠くブラジルから来ている私にこんなジョークを飛ばすのを忘れなかった。
だから、セルジーニョが同点ゴールを決めた時、私はすぐざまジーコにこう返信した。
「靴下は薄手でも、私の足はいつになく熱い! このまま進め、鹿島!」
実際、私はまるで鹿島が私の心のチーム、サントスでもあるかのように熱く声援を送った。鹿島の攻撃には飛び上がって手をたたき、鹿島のピンチにはハラハラして爪をかんだ。
しかし――鹿島はあと一歩のところで連覇の夢を逃してしまった。雨のそぼ降る寒い平日の夜にもかかわらず、スタジアムには1万5000人の観客が詰めかけ、絶えることなく声援を送っていたが、試合後はしんと静まり返り、まるでスタジアムの中で迷子になったかのようだった。
私も足早にスタンドを去った。私の横には鹿島の選手数人が座っていたが、彼らも茫然とした様子で階段を下りていった。彼らとはエレベーターでも一緒になったが、私は話しかけることができなかった。彼らの失望とフラストレーションを強く感じたからだ。
カンナバーロの采配は見事だった。ヨーロッパ随一のDFだった彼は、中国人選手たちのプレーもよく理解し、数人のブラジル人選手たちを有効に使っていた。パウリーニョはすばらしかった。中国代表でプレーするエウケソンには多少失望したが、中国人選手もよくやっていた。一方の鹿島は才能の宝庫だった。印象に残る選手は何人もいたが、特に後半から入った相馬勇紀はスピードがあり勇敢で、何度も広州を危険に陥れた。またMF名古新太郎、韓国人GKクォン・スンテも注目に値する活躍を見せていた。
私はジーコとの約束の場所に急いだ。この日のうちに東京に帰るので、あまり時間はない。ブラジルサッカーの、いや世界の至宝ジーコが姿を現した時、彼はいつもと変わらぬ笑顔で両手を広げ私を迎えてくれた。私は思わずぶしつけに尋ねてしまった。
「ジーコ、君は悲しくないのかい? 怒っていないのかい? 君のチームは敗退してしまったんだよ!」
質問というより、私の率直な思いだった。それに対し彼は、いつもと変わらぬ落ち着いた様子でこう言った。
「これがサッカーだよ。他に何が言える? サッカーは喜びを与えてくれる、すばらしい感動を与えてくれる。と同時に、悲しみも同じくらいに与えてくれる。それに私のチームはこんなにいいプレーをしたんだ。どうして悲しむ必要がある? 自分たちの選手が、持てるすべての力を出し切ってプレーしたのに、何を怒ることがある? 今日は5点入ってもおかしくなかった。もしあの最後のシュートが、最後のチャンスボールが入っていたなら、すべての状況も、今のこの私たちの会話もまるで違っていたろうが……でもまあ、それがサッカーなのだよ」
東京に帰る間にも、ジーコはいくつかのメッセージを送ってくれた。
「我々は準々決勝で手強いチームと当たってしまったし、審判のジャッジにも不満はあった。しかし、私は幸せな気持ちで家に帰ることにする。今日のサポーターはすばらしかった。本当のフェスタだった。監督もよい采配を見せてくれた。それに我々は敗退したとはいえ、決勝トーナメントでは一度も負けてはいない。選手たちは顔を高く上げて堂々とピッチを後にしていい。私はこのチームをとても誇りに思うよ」