タイムアップの笛が鳴り、審判がそれを告げる。
そのとき、カシマスタジアムは静まり返った。メルボルンビクトリーの選手たちが互いに抱擁し、スタンドからは、10人にも満たないメルボルンのサポーターたちの歌声が響く。
1月28日、AFCチャンピオンズリーグ2020プレーオフ。一昨年の大会王者である鹿島アントラーズは、0-1で敗れ、本戦に出場することもなく、2020年のタイトルをひとつ落とすことになった。
「タイトルを1個失っているので、決勝戦に負けたのと等しい。今年2回決勝戦に負けているので、もちろんショックは大きい。でも、次に進まなくちゃいけない。この苦しい状況から逃げちゃいけないと思うので、次に向かって、またやるしかないと思います」
今季から新キャプテンに任命された三竿健斗の言葉が、この1敗の大きさを物語っている。
「リフォームじゃもう無理かな」
2019年Jリーグ首位を走りながらも終盤に失速し、3位で終えた鹿島は、天皇杯を残して大岩剛の監督退任を発表。天皇杯決勝戦を前に鈴木満フットボールダイレクターは、新たなチームについて次のように語っている。
「主導権を持ち、主体性を持ったサッカーに変えていきたい。ここ2、3年は受けて相手にポゼッションを渡したなかで、どうするかというサッカーになってしまったので。主導権を持ったサッカーというか、そこが今回のキーワード。
(大岩)剛も、そういう風にしたかったと思うけれど、けが人が多数でたり、選手が入れ替わるなかで、よくはやってくれたと感じている。でも少し方向性というか狙いというか、変化をつける時期だとは感じています。個の能力、個の判断だけじゃなくて、もう少し組織力を高めていくようにしないといけない。選手任せでサッカーをしていても勝てない時代になってきた。アントラーズのベースは残しつつも、ちょっといろんな変化をもたらしていけば」
そしてこう続ける。
「Jリーグの環境は急速に変わっている。今までこうやってきたから、同じ方法で成功できるとあぐらをかいていればどんどん取り残される時代になってきている。ここ数年、リフォームリフォームでやってきたけれど、もうそれでは、間に合わないところに来ている。なので基礎だけ残して家を建て替えようかなと。そういう編成をしようと思っています。
変わるというか、やっぱり変えなくちゃいけない部分がある。リフォームじゃもう無理かな。新築しないといけないかな」
合流から10日しか時間がなかった。
天皇杯で優勝していれば、ACLは2月10日のグループリーグからの参加だった。シーズンは2月8日のゼロックス杯でスタートするため、1月中旬を目途に新監督での始動を予定していた。しかし元日の天皇杯決勝に敗れた鹿島は、リーグ3位でACLプレーオフ出場権を得たため、1月28日に初戦を迎えることになった。始動は1月8日に前倒しを余儀なくされた。
とはいえ、選手たちには最低でも2週間程度のシーズンオフを得る権利があるし、なにより休暇とリフレッシュがなければ、ケガのリスクだけではなく、メンタル面での問題が生じる可能性も高まる。
毎年1月下旬にACLのプレーオフが実施されるようになり、しかも4枠のうち2枠がプレーオフに参加(以前は1枠だったが、アジア内での国別ランキングによってストレートイン枠が減った)するようになって以来J上位チームの始動は早まり、シーズンオフが短くなる傾向は続いている。
2019年も、前年CWCに出場した後にACLプレーオフに参戦した鹿島のシーズンオフは短いものだった。
「シーズン前のキャンプで身体づくりをする時間が限られて、その結果、けが人が増えたとも考えられる」と鈴木は語っていた。
しかし結果的には2020年シーズンのオフはさらに短くなってしまったため、昨年主力として戦った選手は始動時期をずらし、1月16日にチームへ合流した。つまりACLの準備はわずか10日間しか時間がなかったことになる。
監督は鹿島の理想に一致する人選。
「ボールを握り、ゲームを主導する、主導権を持って戦いたい。ボールのないときはアグレッシブな守備でボールを奪いにいく」
新監督となったアントニオ・カルロス・ザーゴは、自身の理想のサッカーについてそう語っている。1996~97年には柏レイソルでのプレー経験を持ち、ASローマ時代にはセリエA優勝経験を持つ元ブラジル代表CB。
2009年よりブラジルで監督のキャリアをスタートさせ、ローマやシャフタールドネツクでアシスタントコーチを務め、2015年からはブラジル全国選手権セリエBやセリエCのチームで監督を務めてきた。ヨーロッパでの指導経験を持つブラジル人という、鹿島の理想に合致する人選だ。
「理想のチームを作るには準備期間は短いけれど、要求に対する選手たちの意欲がとても素晴らしい。100パーセントではないが、できることはやった。アントラーズにはタイトルが必要だというのはみんながわかっている。プレーオフはタイトルへ向かう道。まずはそこを突破することがもっとも重要だ」
新体制発表会見でそう語った新監督にACLの前日会見でチームのポイントを聞くと、「ボールを持つことでゲームコントロールすること。ボールを失っても素早くプレスをかけること。ホームというアドバンテージを生かし、主導権を持って戦いたい。できないこともあるかもしれないが、時折はやってきたことが表現できると思う」と話してくれた。
緊張からなのか性格なのかわからないが、会見で笑顔を見せることはなかった。
メルボルンはシーズンの真っ只中。
一方対戦相手のメルボルンはシーズン真っ只中。リーグ戦では3連敗しているが、コンディションは上々だ。
「私たちはたくさん試合をしているが、鹿島には時間がなかった。そのアドバンテージを生かしたい」とカルロス・サルバチュア監督は戦前語っていた。
強風による横殴りの雨が吹き付ける中、試合が始まった。鹿島の先発メンバーには、6人の新加入選手が含まれていた。コンディションを考慮したのかもしれないが、連係面ではやはりそう簡単にうまくいくはずもない。
それでも前線からのプレス、ボールを保持して高い位置で試合を進めるという狙いはある程度成功し、チャンスも作っていた。
しかしメルボルンも対応し、普段使っている4バックから鹿島戦のために3バックに変更し、時間帯によっては5人がDFラインに並んで守り鹿島にゴールを許さない。
そんな前半の展開に「ボールを保持することがゲームの主導権に繋がるのか?」という不安が浮かんだ。
「典型的なサッカーの負け方というか」
コンディション面でのアドバンテージを持つメルボルンが、実質的にはゲームの主導権を握っているのではないかという危惧だ。前半を無失点で凌ぎ、コンディションの差が出る後半に勝負をかけるプランは現実的だ。
後半立ち上がりから、メルボルンは積極的に攻めに出る。鹿島が素早い攻守の切り替えでボールを奪おうとしても、ファールをとられてペースを取り戻せない。そして54分、元浦和レッズのアンドリュー・ナバウトのシュートが決まり、メルボルンが先制。その後は鹿島の攻撃時間が続き後半だけで12本ものシュートを放ったが、相手GKの好守もあり、同点に追いつくことはできなかった。
「最後に決め切ることができなかった。足りないのはそこだけだと思う。自分たちで蒔いた種だと思うし、典型的なサッカーの負け方というか。あれだけ、ボールを支配して決定機を作っても、決めなければ何もない。逆に相手は、チャンスでもなんでもないシュートが入っちゃうというのが、サッカーの恐ろしいところだと思います」
土居聖真はそう試合を振り返った。新顔が並ぶ攻撃陣をポジショニングとパスでまとめた土居だったが、その労力は報われなかった。
内田篤人「失ったものは大きい」
監督の求めるサッカーを体現できたとポジティブに捉える選手もいたが、三竿は「内容も悪いし、結果も悪い」ときっぱり言った。
「映像を使ったり、組み立ての練習である程度こういうふうに動かすというのはあったけど、大きなピッチでの練習もやっていなくて、今日は前との距離感を遠く感じてしまった」とも振り返っている。メルボルンとの大一番の前には、親善試合をする時間的余裕もなかったのだ。
土居や三竿、そして犬飼智也は、短い準備期間というハンデを認めようとはしなかった。内田篤人もその1人だ。
「チャンスがいっぱいあって、入らない試合は負けちゃう。今日はそういう試合じゃない? でも、『そういう試合じゃない?』で、片づけられないんだけどね、今日の試合というのは。
失ったものは大きい。チーム立ち上げの最初の試合という中でも、今までは勝ってきたから。一発勝負は強いっていうチームだったしね。俺は試合に出てないから言えないけど、自分たちがどうリアクションしなくちゃいけないかっていうのは、出ていない俺らがやらなくちゃいけないと思う」
そしてこう続けた。
「すごい雨にもかかわらず、今日もゴール裏にはいっぱいお客さんが入ってくれて。本当に感謝しているし、同時に申し訳ない。最後スタンドへ挨拶へ行ったとき、ブーイングじゃないというのが悲しかった。鹿島は負けて頑張れよって言われるチームじゃないから、ちょっと悲しかった。でも、そういうふうになっちゃったのが申し訳ない。
ただ、僕はサポーターの厳しい眼があって成長できたし、選手はそうやって育つから。他のチームから来た選手もいるし、若い選手も見ているからね。厳しい眼であってほしいという気持ちはある」
三竿「ブーイングされて当然の内容だった」
三竿もいう。
「拍手とか起こってましたけど、逆にその拍手に対して申し訳ないですし、ブーイングをされて当然の内容だったので、そういうふうに気を使わせてしまって、申し訳ないなと思います。
期待もその拍手には込められていると思うので。その拍手を裏切らないように。みんなでもっと精度を上げて、チームがひとつになって精度を上げていきたい」
終わってみれば勝っている、という美学。
鹿島の強さの根底には、「リアリスト」という姿がある。勝つためにどうすべきかを逆算し、方法を模索し続ける。試合の流れが悪ければ、ファールでそれを止めることも厭わない。また相手の出方に応じてプランを修正する力も選手たちは備えていた。内容は最悪でもポゼッション率が低くても、被シュート数が多かろうと関係ない。
「終わってみれば勝っている」
それが美学だと話す選手も少なくなかった。そのふてぶてしさが鹿島アントラーズでもあった。
しかし、海外へ移籍する選手が増加し、育成の時間が確保できない。補強選手が増えれば、選手任せでは立ち行かない。組織としての戦略、チームモデルが必要だ。そういう意識のもとで、「変わらなければならない」と2020年シーズンは舵を切った。
そうなれば、チーム作りにも時間が必要だろう。リフォームではなく新築なのであれば、当然のことだ。それをサポーターも理解しているからこその、激励の拍手だったのだろう。スタメンに生え抜きの選手は土居だけだった。チームは確実に変動している。
監督の評価はまだできないが……。
始動から3週間ほどで、監督の評価はできない。それでも、プレーオフに敗れるという痛手は小さくはない。
「監督が求めるサッカー」より、「勝利」を手繰り寄せるエゴが足りなかったのだろうか?
勝利に対する気迫がシュートの精度にどう影響するのかはわからない。ただひとつ思うのは、「鹿島らしい」試合ではなかったということだ。
しかし同時にこうも思う。“決勝戦”に2連敗している姿は、もう鹿島らしさを求める段階ではないのかもしれないと。
鹿島の栄養はタイトルそのものである。
2001年のチャンピオンシップ第1戦。ジュビロ磐田に2点リードを許しながら、後半に2点を決めてドローで終えると、第2戦では延長戦の小笠原満男のVゴールで王者になった。
「僕らは華麗なサッカーをしていると言われるけれど、勝つのは鹿島」と磐田の藤田俊哉が悔やんでいた姿は今も忘れられない。
「タイトルがクラブの栄養だ」と鈴木は話していた。その栄養を得るために鹿島は変わろうとしている。その先がどうなるのか。ACLがなくなったことで、チーム作りの時間が生まれたと考えることもできる。
シュートが決まっていれば、勝てた。確かにそれも事実だ。しかし、負けてしまった。
「不甲斐ない。でもこれが僕たちの実力。目をそらしちゃいけない。逃げずに、できるだけタイトルをとり、最後には大きく成長した姿を示したい。逃げずにやり続けたい」
三竿の言葉がすべてだろう。
◆鹿島が失ったACLのタイトル。 「決勝戦に負けたのと等しい」(Number)