浦和レッズは2022シーズンの新体制発表記者会見を行い、犬飼智也は新天地での決意を語った。ミスが多かった松本山雅の若手DFは、鹿島アントラーズで主力を担うまでに成長を遂げている。そして、犬飼は野心と覚悟を持ってライバルクラブへの移籍を決断した。(取材・文:元川悦子)
移籍を決断した一番の理由
「オファーをいただいたときは正直、悩みました。ただ、浦和さんからの熱意に心が躍ったというのが一番の移籍の理由です。チームは『3年計画』を立てていて、集大成の年に本気で自分を獲りにきてくれたことに感謝していますし、それにしっかり応えないといけないと思っています」
12日に行われた浦和レッズの2022年新体制発表記者会見。13人の新加入選手の中、報道陣の取材対応に真っ先に現れたのが、28歳のDF犬飼智也だった。
2018年から4年間プレーした鹿島アントラーズでAFCチャンピオンズリーグ(ACL)制覇を経験し、最終ラインの統率役に君臨した男が、ライバルクラブに移籍する決断を下したことは、多くの人々を驚かせた。
しかも、浦和には2021年天皇杯制覇の原動力となった岩波拓也、アレクサンダー・ショルツという鉄壁の両センターバック(CB)がいる。犬飼と言えども定位置を約束されているわけではない。その競争含め、彼は前向きに捉え、新天地に赴くことを選んだという。
「競争も楽しみの1つで、彼ら2人、新加入選手もそうですけど、新たな環境に身を置くことで自分自身、より成長できるんじゃないかと。そう思って挑戦することを決めました」と本人は偽らざる本音を口にする。
思い切って新たな環境に身を投じるのがプラスに働くという事実は、彼自身がキャリアの中で実感してきたこと。それを最初に体感したのが、2013年6月にレンタル移籍した松本山雅だった。「日本屈指のサッカーどころ」である清水エスパルスのアカデミー育ちの犬飼が、当時まだ「不毛の地」という位置づけだったJ2の松本へ行くというのは、大きな決断に他ならなかった。
「犬飼病」と呼ばれた時代
当初、20歳の若武者は安定感を欠き、失点に絡むミスを犯すことも少なくなかった。ふとしたところで集中力が切れる場面も散見され、周囲からは「犬飼病」とも揶揄された。それでも、指揮を執る反町康治監督(当時)は「ワンちゃん(犬飼)には才能がある」と言い続け、決して外すことなく、チャレンジ&カバーや立ち位置という基本から叩き直し、試合で使い続けた。
妥協を知らない指揮官の要求は厳しく、犬飼も半べそをかきながら食らいついた結果、2014年のJ1初昇格の原動力に。その急成長ぶりは目を見張るものがあった。「あの1年半があるから今がある」と本人も痛感しているに違いない。
その後、古巣・清水に復帰して3シーズンを戦い、常勝軍団・鹿島の一員になった。しかし、大岩剛元監督やレジェンド・小笠原満男、内田篤人の求める基準は反町監督以上に高かったはずだ。
加えて言うと、移籍当初は昌子源、植田直通という代表CBコンビがいたため、犬飼は控えに回ることも少なくなかった。同年夏に植田が欧州移籍に踏み切った後もチョン・スンヒョンが加入。彼らの壁に阻まれ、この年は最後までレギュラーの座を掴み切れなかった。
偉大なる先人の背中
しかしながら、ACLやFIFAクラブワールドカップといった重要な大会に帯同し、独特の緊張感を味わったのは貴重な経験と言っていい。そのクラブワールドカップでは小笠原の現役ラストマッチとなった3位決定戦・リーベルプレート戦に先発。常勝軍団の意地とプライドを示す偉大な先人に胸を打たれたことだろう。
自覚を深めた翌2019年からはレギュラーに定着。ともに最終ラインを担った内田からもさまざまなことを学び、逞しさを増していった。
年を追うごとに町田浩樹、関川郁万ら若手とコンビを組むケースも増え、「自分が引っ張らなければいけない」という意識も高まった。そういった統率力やけん引力は反町監督に怒られていた頃の犬飼には見られなかったこと。心身ともに成長した今だからこそ、あえて浦和で勝負したいと思えたのかもしれない。
「今年は29になる年。そういう面を含めて、浦和は僕にオファーをしてくれた。自分はチームがよくなるようなアクションを起こしていきたいし、喋ることもそうですし、普段の練習や生活面でもそういう存在でなければいけないと思っています。浦和を背負う覚悟を持ってきたので、リーダーシップを持ってやりたいです」
こうキッパリと言い切ったあたりが頼もしさを感じさせる。槙野智章に代わる新たな最終ラインのリーダーとして、リカルド・ロドリゲス監督や西野努テクニカル・ダイレクターからの期待も大きいはずだ。
「こだわってやっていきたい」
「僕のプレースタイルとリカルド監督のサッカーは合うのかなと素直に思いますし、より自分の特徴を出しやすくなる。そういうコンセプトを早く理解できるように自分自身、トライしていきたい。15日の最初の練習からがアピールになると思うので、既存の選手や新加入の選手と切磋琢磨して、日々のトレーニングを大事にしていきたいです」
日常の重要性というのは、清水や松本山雅、鹿島で実感してきたこと。1日1日を確実に積み重ねていくことでしか、サッカー選手は飛躍を遂げられないし、タイトルもつかめない。特に鹿島時代には小笠原の姿勢を見て、そのことを強く感じたに違いない。
彼が引退してから3年間は栄冠を手にすることはできなかったが、その悔しさを浦和でなら晴らせる可能性は十分ある。今季はJ1やYBCルヴァンカップなどの国内タイトルに加え、ACLにもチャレンジできるのだから、すべてを取りにいく覚悟を持って挑むつもりだ。
「タイトルというのは日々のトレーニングでやったことが1年間の積み重ねとして結果に出る。日常にこだわってやっていきたいと思います。まずはプレーを認めてもらえるように頑張ります」
そう気合を入れる犬飼は果たして岩波、ショルツの間に割って入れるのか。京都サンガとのJ1開幕戦でスタメンの座をつかめるのか。熱いバトルから目が離せない。
(取材・文:元川悦子)