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2022年10月1日土曜日

◆他サポが名物を“密輸”することも…「カシマサッカースタジアムの食べ物がうますぎる」のはナゼ? アントラーズの担当者を直撃(サッカー批評)






 スポーツ観戦を楽しむ行為の中で、“食”が重要な位置を占めるようになったのはいつからだろう。

 スタジアムでの観戦は非日常の空間を楽しむものであり、いわば“ハレの日”の行事だ。であれば、それに付随する食事もまた、特別なものになる。

 しかし、スタジアムグルメ(スタグル)が観戦の楽しみの中で大きなウェイトを占めるようになったのはここ最近のことだ。


かつてのスタジアムの食べ物は「特別」ではなかった


 かつてスタジアムで食べることができたものといえば、どこにでもあるタイプのカレーライスや焼きそば、フランクフルト、唐揚げやポテト(それも、必ずしも揚げたてというわけではない)といった、定番中の定番メニューがほとんどだった。それらは、いわゆる町内会のお祭りの主力メニューとそう変わらない。

 決してまずいわけではない。とはいえ、飛び上がるほど美味いわけでもない。そして割高。だが、ラインナップが決まっている以上その中から選ぶほかはない。

 スタジアムに存在した食べ物は、ほとんどがそういうものだった。もちろん、それらにまつわる思い出がある人も少なくないだろう。

 たとえば、子供のころに初めて観戦に訪れたスタジアムで母親に買ってもらったカレーライス。あるいは、旧国立競技場で行われたトヨタカップや元日の天皇杯決勝で暖を求めた、売店のカップラーメン。食べ物自体は特別なものではないにもかかわらず、しっかりと非日常体験と結びついている「忘れがたい大切な味」というのは、確かに存在する。

 ただしそれらは、食事の楽しさが主役の思い出というわけではない。

 しかし現在、各スタジアムには「あそこに行ったらあれを食べよう」と生観戦の目的のひとつになるレベルのスタグルが用意されるようになった。娯楽が多様化し、映像配信環境も整備されていく中で、各チームはより魅力的なスタジアムを作り上げようとしている。


カシマのスタグルが充実していった経緯とは?


 各スポーツチームが生観戦への付加価値を高めている現状よりも一足早く、スタグルの充実ぶりが評判になったのがJリーグの鹿島アントラーズだ。

 しかも、アントラーズのホームである茨城県立カシマサッカースタジアムは、場外のキッチンカーではなく、スタジアム内の店舗による充実ぶりが大きな特徴になっている。

 アントラーズはどのようにスタグルを充実させていったのだろうか。同クラブの施設管理チームのリーダーであり、スタジアムの副所長を務める萩原智行さんは、「2006年にアントラーズがスタジアムの指定管理者になったことが大きい」と語る。

「(内側の)売店というのはスタジアムに紐づいているものですから、指定管理者になったことで、売店さんとすべての面で直接やりとりすることができるようになりました」

 もともと地元の事業者が多く入っていたが、そのタイミングでホームタウン5市(鹿嶋、神栖、潮来、鉾田、行方)の商工会による紹介制度を導入。これが方向性を決定的なものにした。

 各市に店舗数が割り振られ、それぞれの商工会に登録している事業者が推薦を受け、アントラーズがそれを承認することでスタジアムへの出店が正式決定する。結果として、現在、カシマサッカースタジアムには大手チェーンの売店が存在していない。

 出店に際し、アントラーズ側から味やメニュー、価格についての要求をすることはないという。「商工会の推薦という時点で、クオリティと健全性は担保されている」ことに加えて、なにより「売店さん同士の自由な切磋琢磨」がより良いスタジアムを作ることに繋がるからだ。販売窓口の数やオペレーション方法、新メニューの販売や価格とボリュームのバランスなど、お店の自主性による工夫こそが何よりも大事だという。

 もちろん、守らなければならないルールは存在する。たとえば、スポンサー企業の同業他社の商品を販売しないことや、搬入時間やスタッフの数に関する規定。あるいは肉や魚は加熱調理が必須であるということや、賞味・消費期限の厳守、といった食の安全についてのもの。また待機列の作り方のような、スタジアムの安全性を確保することも求められる。


「焼きハマグリ」はNG? スタグルならではの配慮


 ここでも、指定管理者としてリアルタイムで直接やりとりができる強みがある。

 萩原さんは「ある売店さんから焼きハマグリを売りたい、と言われたことがあるんです」と、少し変わったエピソードを語ってくれた。もちろん、新メニューはお店の工夫の賜物であり大歓迎だ。加熱調理したメニューでもあり、なによりハマグリは地元・鹿島灘の特産品。観客にとっても、非常に魅力的な商品に思える。しかし、思わぬ落とし穴があった。

「こっちのハマグリって大きいんですよ(大人の握りこぶしよりも大きいことで有名)。もし殻を投げたら、凶器になってしまうのかな? と思いまして」

 両チームのサポーターが熱くなりやすいサッカーという競技を行う中で、安全で安心なスタジアムを作る、というのはそれだけ慎重さが求められるものなのだ。


他サポも“密輸”する名物・もつ煮の誕生


 そんなカシマサッカースタジアムで、最初に名物として人気に火がついたメニューはもつ煮だった。

「もつ自体の名産地というわけではないんです。ただ、鹿嶋という土地は海に近くて寒い日が多い。なにか温まれるメニューはないか、と色々出した中で当たったのがもつ煮でした」

 カシマのもつ煮が安くて多くて美味しい、という噂は他クラブのサポーターにも広まり、セキュリティ上の理由でコンコースを通り抜けることができないアウェイゴール裏のサポーターが、アントラーズサポーターに買ってきてもらう“密輸”も生まれた。Twitterが普及した時期とも重なり、美味しい食べ物を求めて敵味方が協力するその微笑ましい光景は、「カシマに行く=もつ煮を食べる」というイメージをさらに広めることになった。

 人気の売店のひとつ・鹿島食肉事業協同組合から始まった「もつ煮ブーム」は凄まじく、今やほとんどの売店でもつ煮が買えるようになった。

 ただし、今のカシマはもつ煮だけではない。もつ煮ブームによって、「スタジアムで名物を食べることを楽しむ」という土壌ができたことで、より売店側も力を入れ、相乗効果的にグルメが充実していくことになった。


「ご飯も美味しかったね」と満足できるスタジアムに


 アントラーズは年に1度、出店場所を決める抽選会を行っている(※同じ場所に留まることも可能)。「2010年ごろは、多くの移動がありました」と萩原さんが当時を振り返る。コンコースのより良い場所に出店することが、売上アップに直結するからだ。しかし「今は同じ場所で続けることを選ぶ売店さんが増えました」という。

「不利な場所でも、必ずその一品を食べにきてくれる、という“売り”のメニューを各売店さんが工夫して生み出したことが大きい。売れるものを作っていれば、お客さんはついてきてくれる、と。“いつもの場所”に来てくれるお客さんを大事にしている、ということでしょう」

 もつ煮、ハム焼き、ハラミメシ、カツカレー、ステーキ丼、しらす丼、トマトもつ煮、ジビエ串焼き、メロンまるごとクリームソーダ、究極のメロンパン……。挙げはじめたらキリがないほど、今のカシマサッカースタジアムは売店ごとに“売り”があり「カシマといえば?」に続くメニューが多様だ。

 自主性を重んじられ、工夫と切磋琢磨で充実してきたカシマサッカースタジアムのスタグルは、もつ煮の先に多様な進化があったように、これからもますます充実していくのだろう。『肉SHOCK!!』(リーグ戦ホームゲームに開催していた特別企画。今年4年ぶりに復活)のようなアントラーズ主導の企画によって特別メニューを作る機会もあり、新たな名物誕生のきっかけには事欠かない。

 萩原さんは言う。

「売店さんは素敵なスタジアムを作るための大切な仲間です。もちろんこちらから様々なルールを課してしまいますが、お互いのことを信頼しながらやっていきたい。クラブとしては、たくさん人を呼ぶ。そして売店さんには、たくさん売上を上げてもらう。試合の結果ももちろん大事ですけど、足を運んでくれたみなさんに『ご飯も美味しかったね』と満足して帰っていただけるスタジアムにしたい。そのための努力はずっと継続していきたいですね」

 インタビューを終え、取材陣には強い決意が生まれていた。

 カシマに行って、実際にスタグルを食べなければ、真の意味で取材したとは言えない、という強い決意=食欲が。


◆他サポが名物を“密輸”することも…「カシマサッカースタジアムの食べ物がうますぎる」のはナゼ? アントラーズの担当者を直撃(サッカー批評)