「このクラブは勝たなきゃいけない。ただ、勝つために目先のことだけやってればいいかと言われれば違う。そこを中長期的な視点でやらないといけないと思います。勝つための最善はもちろん尽くしますけど、多少の我慢も必要になる。我慢できるか、その先にね、何が見えるかっていうのを考えながら、まずは自分たちがどういうスタイルでやっていくのかをまず示さないといけないですね。
◆【中後監督・中田FD就任「新・鹿島」の現在地】(サッカー批評)
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鈴木優磨・左MF起用の福岡戦は不発。「思った以上に前半は機能しなかった」と選手が振り返る、膠着状態の攻撃をどう活性化していくのか(サッカー批評)
「中後監督、羽田・本山コーチの体制は今季限り」と名言の中田FD。レジェンドに託されたクラブ再建の行方は(サッカー批評)
10月5日のアルビレックス新潟戦を4-0で勝利した翌日、ランコ・ポポヴィッチ監督と吉岡宗重フットボールダイレクター(FD)の退任という大ナタを振るった鹿島アントラーズ。10月9日の再始動時からは中後雅喜コーチが監督に昇格。クラブOBの本山雅志、羽田憲司両コーチもスタッフ入り。さらに中田浩二強化担当がFDに就任する形で新たなスタートを切った。
ラスト6試合を残した段階で、鹿島は勝ち点53の4位。首位・サンフレッチェ広島とは12差だが、鹿島の方が1試合消化が少ない状態だ。3位・町田とは同じ条件で6差。ACL圏内は十分に狙える状況だっただけに、ここから白星を積み重ねていく必要があった。
迎えた19日のホーム・アビスパ福岡戦。新潟戦の鹿島は3-4-2-1の新布陣を採用したが、今回は伝統の4バックに戻した。長期離脱中の濃野公人の代役右サイドバック(SB)には須貝英大が入り、ボランチは柴崎岳と知念慶のコンビで、三竿健斗は控えに回った。
そしてアタッカー陣は、トップ下の名古新太郎こそ前任者時代と同じだったが、右MFの藤井智也、左MFの鈴木優磨、1トップの師岡柊生という配置はサプライズ。中後監督も「優磨にとっては新たなチャレンジ」と語ったが、右の藤井がお膳立てして左の鈴木優磨が仕留めるという狙いがあった模様だ。
しかしながら、試合が始まってみると、新たな攻撃陣が思うように機能せず、攻撃面がノッキングしてしまったのだ。
「今週(ケガから復帰して)右だったんでちょっと驚いた部分もありました。特徴を出そうという気持ちで入ったんですけど、どうしたらいいのか分からなかったですね」と藤井は戸惑いを口にする。左の鈴木優磨も「右で起点を作って俺が仕留める形かなと思っていたけど、思った以上に前半は機能しなかった」と不完全燃焼感を吐露。3バック相手に懸命に体を張った師岡も「相手が硬くて厳しかった」と顔を曇らせた。
そういう状況だから、前半のシュート数が3本にとどまるのもやむを得ない。決定機と言えるのは、前半40分に名古のFKに知念が反応し、ゴール前でヘッドをお見舞いしたシーンだけ。このシュートはGK永石拓海の正面。惜しくも得点には至らなかった。
スコアレスのまま迎えた後半。中後監督は藤井と樋口雄太をスイッチ。これで流れが変わらないと見るや、今度は須貝と柴崎を下げ、三竿と徳田誉を投入する。徳田が最前線に入り、師岡が右へ移動するのは想定内だったが、三竿が右SBに入ったのは意外な形。守備力のある彼に右サイドの守りを託して、師岡に広いスペースを打開してもらおうという意図があったのだろう。
それでも得点機を作れないと判断すると、ラスト15分を切ったところで最後のカードを切る。師岡と名古を下げ、ターレス・ブレーネルと舩橋佑を起用。舩橋と知念をボランチに並べ、再び樋口を右MFに上げ、ターレスを左MFに配置する前任者時代には見られなかった形にトライしたのだ。
このようにさまざまなチャレンジを繰り返した結果、最終的には樋口と関川郁万が1本ずつシュートを放ったが、後半もその2本のみでタイムアップの笛。守備の方は安定感を増したものの、攻撃の推進力や迫力が感じられない内容に終わり、スコアレスドローが御の字と言っても過言ではなかっただろう。
「思った以上に右で深い位置を取れなかったっていうのが練習との大きな違いですね。練習だとトップ下の名古が流れて、それに相手がついていくかどうかという問題があったんだけど、その前段階として右サイドで植田(直通)君、ヒデ(須貝)、藤井のところでノッキングしてた部分があった。
きついボールが何個か連鎖しちゃうと前線で受ける選手は難しくなる。もうちょい間や中盤の選手を使いながらタテパス入れて背後という部分が足りなかった。もしくは、左からドリブルで押し込んで右を取る動きがあってもよかった。全員の反省点ですね」と鈴木優磨は新スタイルを実践する難しさを痛感した様子だった。
現状では指導経験の長い羽田コーチが戦術的なディテールを選手に伝えているという。羽田コーチはご存じの通り、大岩剛監督の下でパリ五輪代表コーチを務めており、厳しい要求を突きつけられる人材だ。それは鈴木優磨や植田直通ら年長者にとって、いい刺激になっているようだ。
「ハネさんはすごい僕に求めてきますし、ハッパもかけられている。もっともっと(自分たち)上の選手が見せていかないと下はついてこない。自分がもう1つ上がれるチャンス」と鈴木優磨は前向きに語っていた。
そんなポジティブなムードが生まれた点はプラス要素。それを追い風にして、鹿島は残り5試合でいかにして点を取れる形を構築していくのか…。今の彼らはJ1制覇は難しいにしても、ACL圏内はまだ手が届く。それを死守するためにも、ここからギアを上げていくしかない。
(取材・文/元川悦子)
(後編へ続く)
中後雅喜監督、羽田憲司・本山雅志コーチが加わった新体制で一歩を踏み出した鹿島アントラーズ。だが、この体制はあくまで暫定。それは19日のアビスパ福岡戦後に中田浩二新FDが明言したことだ。
「僕も10年近く、チームに関わっていろいろ見てますけど、クラブとしてどう戦っていくか、どういうスタイルでやるのかというのがないなと感じている。それは中長期的にやっていかないといけない。それが言語化できれば、見合った監督や選手を補強すればいい。『アントラーズはこう戦う』『こういうサッカーをやっていく』というのがあれば、一貫したサッカーができる。まずはそれを作ることが大事だと思います」と彼は語ったのだ。
上記スタッフのうち、中後監督だけは来季、再びコーチに就任するというが、羽田コーチは去就未定で、本山コーチは従来のアカデミースカウトに戻るという。そのうえで、新たな監督を招聘し、スタッフも増強することになる見通しだ。
新聞報道では、川崎フロンターレの鬼木達監督、あるいはパリ五輪の日本代表を指揮した大岩剛監督らの名前が挙がっているが、それについて中田FDは「言えることはない」と言葉を濁した。彼らのいずれかが指揮官になるのか、それとも全く別の人材を招聘することになるのかはまだ分からないが、重要なのは今、中後新体制で進めている攻守の方向性を生かしたサッカーを進めていくこと。そうしなければ、この3か月間は無意味なものになってしまうからだ。
■「クラブとしてどういうサッカーを今後、展開していくか」
「このクラブは勝たなきゃいけない。ただ、勝つために目先のことだけやってればいいかと言われれば違う。そこを中長期的な視点でやらないといけないと思います。勝つための最善はもちろん尽くしますけど、多少の我慢も必要になる。我慢できるか、その先にね、何が見えるかっていうのを考えながら、まずは自分たちがどういうスタイルでやっていくのかをまず示さないといけないですね。
自分の中ではそのイメージは多少ありますけど。僕だけが決めるものでもない。クラブとしてどういうサッカーを今後、展開していくか。その先にタイトルがあると思う。そのために、いろんな人とコミュニケーションを取らないといけない。経営陣とも話さないといけないし、サポーターの意見も必要かもしれない。僕らがやってた時と現代のサッカーは違うわけだし、それも加味しないといけないと思っています」
中田FDは神妙な面持ちでこう語っていたが、目指すべきスタイルを明示するという作業はそう簡単なことではない。鹿島のように過去5年間で5人も監督が代わっているクラブはなおさらだ。
2022年夏~2023年にかけて指揮を執った岩政大樹元監督も「自分たちのスタイルの重要性」を強調していたが、無冠に終わったことを重く見られ、結果的に解任されている。そういうことを繰り返さないように、クラブの体質改善を含めて、さまざまな角度から再出発をしなければならないだろう。
中田FDは10月5日のアルビレックス新潟戦の後、小泉文明社長から直々にこの重責を託されたという。彼ほどのレジェンドであっても、仮に結果が出なければ凄まじい批判にさらされる。それが鹿島のFDという仕事だ。
それを覚悟で彼は大勝負に出た。ならば、思い切ってリーダーシップを示せばいい。まだ強化担当としての経験値が少なく、人脈やネットワークも他クラブのGMに比べると乏しいかもしれないが、鈴木満アドバイザーらの助けを借りながら、迅速にアクションを起こすべきだ。
さしあたって、鹿島が目指すべき方向性をいち早く定め、クラブ内外に共有することが最優先課題。引退後、長くマネージメント畑を歩んできた中田FDにはそれができるはず。「中田ビジョン」が我々に示される日が早く訪れてほしいものである。
(取材・文/元川悦子)