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2015年7月30日木曜日

◆鹿島・石井監督の会見で起きた拍手。 “ジーコ・スピリット”は再び宿るか。(NumberWeb)


http://number.bunshun.jp/articles/-/823827



 カップ戦ならともかく、リーグ戦でこれほど拍手が起こるのも珍しい。

 鹿島アントラーズの新指揮官、石井正忠監督の記者会見のことだ。

 過去2年無冠に終わり、今季も中位に甘んじていたトニーニョ・セレーゾ前監督が解任され、急きょコーチから昇格することになったのは、7月21日のことだった。

 そのわずか4日後に迎えたFC東京戦。試合前にはゴール裏のサポーターが新監督を勇気づける横断幕を数多く掲げ、ゲームも鹿島が2-1でFC東京を振り切った。

 報道陣から石井監督に贈られた拍手は、デビュー戦を白星で飾ったことへの祝福であり、常勝軍団の再建というミッションを託された、クラブ史上ふたり目の日本人監督へのエールであり、人間味あふれた記者会見に対する賞賛でもあっただろう。

 目尻の下がった優しい表情と「ホッとしている」という言葉で始まった会見は、随所に本音が見え隠れして、聞いていて微笑を誘われるものだった。

「やっぱりかなりの重圧で、逃げたいというわけではないが、そういう気持ちもちょっと」

「この何日間、振り返ろうとしても、あっという間に時間が過ぎてしまった」

「時間をおいてゆっくりやりたかったなっていうところからの気持ちなんじゃないかと」

 そんな微笑ましい会見の中で、個人的に強く耳に残ったのは「ジーコから受けた影響は何か」という質問に対する答えだ。新監督はきっぱりと言った。


紅白戦であっても、勝負にこだわるジーコ・スピリット。


「勝負に対する厳しさ、戦う姿勢ですね。ミニゲームであっても、紅白戦であっても、勝負にこだわるところ。その姿勢は教わりました。そこはうちのカラーでもあるので意識しているつもりです」

 公式戦はもちろんのこと、トレーニングの一環であるミニゲームも紅白戦も、勝負と名のつくものにはすべて勝つ。絶対に負けたくない。

 選手、スタッフの一人ひとりに激しく脈打つ勝利へのこだわり、あるいは勝者のメンタリティ――。それこそが、このクラブに息づく「ジーコ・スピリット」と呼ばれる精神だろう。


何度も世代交代を乗り越え、黄金時代を築き上げた。


 そこで思い出したのは、昨季限りで現役を退いたアントラーズのOB、中田浩二さんの言葉だ。中田さんは入団当時の練習の雰囲気について、こんな風に言っていた。

「紅白戦では削られるし、怒られるし、本番さながらに言い合いやケンカが始まるし。最初はやっぱり怖かったですよ。でも、そんな厳しい環境でできたのは幸せでした。怒られることによって“なにくそ”っていう気持ちが芽生えたし、あの環境で練習できたから試合で自分のプレーが出せた。だって、公式戦よりも紅白戦のほうが激しいんだから」

 中田さんは、こうも言っていた。

「勝利へのこだわりというのは、自分で感じ取らなければいけないことだし、言われたところで自分が感じなければ意味がない。先輩たちは本当に勝利にこだわっていたし、公式戦に出られなくても黙々と練習していた。例えば、コーチから“ベテランは上がっていいぞ”っていう声が掛かったのに、先輩たちは上がらない。そういう姿を見て、僕らも学んでいったんです」

 もっとも、練習を切り上げなかった先輩たちも、それを見て学んだという後輩たちも、「ジーコ・スピリット」や「勝者のメンタリティ」を簡単に手に入れたわけではない。

 ジーコが夏に引退した'94年と翌'95年は無冠に終わり、'03年から'06年までの4シーズンも主要タイトルから見放されている。

 だが、いずれの時代も世代交代の波を乗り越え、「強い鹿島」を取り戻し、黄金時代を築き上げた。こうした成功体験こそが、クラブの財産だろう。


“セレーゾ・チルドレン”の代表格、土居聖真。


 アントラーズが現在、再び困難な時期を迎えているのは、間違いない。ここ5年で内田篤人、大岩剛、新井場徹、興梠慎三、岩政大樹、大迫勇也、中田浩二といった主力選手が次々とチームを離れ、とりわけ昨季はトニーニョ・セレーゾ前監督によって20代前半の選手たちがスタメンに抜擢されるようになった。

「常勝軍団って言われるプレッシャーは、少なからずあります」

 そう明かしたのは、“セレーゾ・チルドレン”の代表格であり、アカデミー育ちの23歳、トップ下を務める土居聖真である。だが彼は、それを打ち消すように続けた。

「でも、それを背負いながら力に変えていくしか道はないと思うし、今は苦しい時期を迎えていますけど、たくさんもがいて、乗り越えたときに初めて常勝軍団になれるんじゃないかなって。

(ジーコ・スピリットや勝者のメンタリティを)教えてくれる人は誰もいないし、教えてもらうものでもないと思う。自分で掴みとって、身につけていかなければならないもの。そのためには本当に勝つしかないと思います」


石井監督はさっそく紅白戦でのスライディングを解禁。


 土居と同じく昨季、トニーニョ・セレーゾ前監督によってセンターバックに抜擢された22歳の昌子源は、逆に「プレッシャーはない」と言った。だが、その思いには土居と通ずるものがある。

「プレッシャー自体はそんなに感じてないです。そもそも、自分たちは常勝軍団じゃないと思っていますから。16個ものタイトルを獲って黄金時代を築いたのは先輩たちであって、僕らではない。そこにすがっていてもダメだし、僕らは今恥ずかしい結果しか残せていないので、再びそこに行くために、このメンバーで何かを築きたい、何かを変えていきたいっていう気持ちがすごくあります」

 アントラーズの創設メンバーとしてジーコとともにプレーし、その哲学に間近で接した石井監督は、さっそく紅白戦でケガ防止のために禁止していたスライディングを解禁したという。そのようにして彼は、チームに今一度激しさや厳しさ、勝利への飽くなき執念を、あの手この手で植えつけていくはずだ。

 だが、鹿島の未来を担う若者たちはすでに分かっている。それは監督に教えてもらうものでなく、自分たちで気づき、身につけていくものだということを。

 柴崎岳のミドルシュートで先制し、後半に入って一度は追いつかれたFC東京戦。81分にコーナーキックから昌子が叩き込んだ決勝ゴールには、わずかではあるが「ジーコ・スピリット」が宿っていたような気がする。