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2022年2月23日水曜日

◆岩政大樹が語った「ライセンス制度への本音」と日本サッカー“指導者育成”の問題点「これをやれ、わかりました、では頭打ちに」(Number)






 2018年の現役引退後、解説者だけでなく、書籍や動画など、さまざまなメディアでサッカーを表現してきた岩政大樹。論理的な視点と明確な言葉でピッチ上の現象を伝えてきた論客は、2020年にS級ライセンスを取得すると、2021年に上武大学サッカー部の監督に就任。プロチームの監督へと歩みを進める岩政に、自身のこれまでのキャリアと、日本の指導者ライセンスや指導者育成の現状について話を聞いた。(全2回の1回目/後編へ

※2021年12月上旬に実施された本稿の取材時点で来季の去就は未定だったが、取材から約1週間後、2022年シーズンは鹿島アントラーズのトップチームコーチに就任することが発表された。

◆◆◆

――監督の評価というのは、どのカテゴリーにおいても難しいものですよね。どうしても勝敗に注目が集まります。

 たとえば日本代表に日本人監督を起用するときに、Jリーグで優勝していることを評価する傾向もありますが、日本代表はワールドカップにおいてはダークホースという位置づけ。強豪クラブを率いた監督がはたしてふさわしいのか、という見方もあると思うんです。違う評価体系で語らなければいけない側面もあるはず。監督を評価する基準というのは、優勝する戦力を抱えている指導者と、そうでない指導者とでも違うだろうし、J1とJ2、J3というカテゴリーでも異なるものです。

 もちろんプロですし、勝負事なので勝つことは重要ですが、それが評価基準のすべてになるのは少し違うとも感じます。選手の場合は、能力が成長するにつれて上のカテゴリーへと移籍し、海外へ行くというような道があるけれど、指導者はそうなっていないと感じることはあります。

――浦和のリカルド・ロドリゲス監督やFC東京のアルベル・プッチ監督など、J2からJ1へ、という例はありますね。そういったケースにしても、「評価する側」の力量が問われてくるわけですね。

 そうですね。おそらく監督がどう介入したかによって、ピッチ上がどう変化したのかを評価できる人がまだ少ないんじゃないでしょうか。だから、勝敗という目に見える部分での判断になってしまうのかもしれません。しかしヨーロッパならば、たとえ勝っていないチームでも、こういう戦力で、こういう現状のなかで、何を生み出し、チームをどう変えたのかというところを見て、サッカー的な観点から監督を選べる人間が少なくないと思います。

――今、欧州では選手以上に監督がシーンをけん引しているという印象があります。しかしJリーグの日本人監督では、戦術的なフィロソフィーを明確にしている指揮官は少ない。

 日本では、プロの指導者になる前に自分の戦術を確立する場所が少ないと感じています。本来ならプロへ行く前に自分のチームを持ち、試行錯誤しながら自分のサッカーに確信を持つことで、監督としてのスタイルができあがっていくはずなんです。それを見た強化担当者が「このサッカーを自分のチームでやらせてみたい」という流れにならないと、なかなかヨーロッパのようにはならないのかなと思いますね。


「監督と選手とでは頭の回し方が逆なんです」


――ドイツの指導者ライセンス制度では、ライセンスを取得後、そのカテゴリーで指導実績を積まないと次へ進めないというように、時間をかけた指導者育成が行われていますね。

 日本サッカー協会でもここ数年、上位のライセンスを取得するためには、指導経験を積むことを重要視しています。僕自身も現場で経験を積み、いろんなことにトライし、失敗しながら指導者としての成長を感じています。

――昨年11月に、指導者ライセンスの取得条件の一部緩和が発表されました。B級ライセンス取得時の成績が優秀であれば、日本代表20試合出場歴によって、A級取得に必要な「1年以上の指導実績」が免除されると。若い監督が少ないことへの危惧をJFAの反町康治技術委員長が語っていましたが、欧州で若手とされる30代の監督のほとんどは、選手としてのプロ経験がない、あるいは短い現役時代を終えて、指導者へと転身しているパターンです。

 これまで“指導経験重視”と言っていたのは、ヨーロッパの指導者ライセンスの制度が、実績重視でより厳しくなってきているという流れに、日本も合わせてきたからに他ならない。今回の緩和によって、「指導経験よりも代表戦20試合のほうが監督をやるうえで重要なんだ」というふうに捉えられかねないので、その点は危惧しています。

――本田圭佑選手のように、ライセンス制度の不要論を掲げる人もいますが、選手と監督はまったく別の仕事だという意見もあります。岩政さんはどう考えていますか?

 選手と監督は別モノだと考えています。同じ言葉を伝えるにしても、選手同士の場合は、それぞれ個人にフォーカスしているんです。しかし監督は全体から個へと入っていくことがほとんどです。コーチは個人から入っていくこともあると思いますが、監督と選手とでは頭の回し方が逆なんです。ミーティングでチーム全体に言葉を伝えるときも、監督はいかに選手たちの考え方を揃えられるのか、という観点から言葉を選びます。

 もちろん、監督にも選手時代の経験が役立つ場面はあります。見てきた風景がたくさんあり、多くの監督と仕事もしてきた。試合の流れや空気を読むような感覚は、トップクラスを経験していない人にはわからない感覚だと思いますから。ただ、戦術的に整合性を持ち、チームをマネジメントしていくというのは、選手とは別の能力が問われる部分です。それを学び、指導実績を積んで自分のスタイルを確立するうえで、ライセンス制度の正当性は別にして、時間や経験、そしてマインドセットは必要だと思いますね。




「これをやれ」「わかりました」が多い指導現場


――岩政さんは鹿島時代にC級を取得して、B級以降はどのようにライセンスを取得されたんですか?

 B級以降は岡山を退団したあとだったので、Jリーグの選手コースではなく、一般のコースを受講したんです。町クラブや中体連、高体連で指導されている人たちと一緒だったので、いろんなサッカーの現状を知る機会になりました。そこで感じたのは、僕は長く選手をやっていたから「選手側がどう受け取るか」を常に考えるんですが、指導者はどうしても伝えたいことに注力してしまい、選手の視点が薄れてしまうこともあるんだな、と。

――指導経験が長いと、つい“指導者目線”ばかりになってしまいがち、ということですね。

 ライセンス講習の指導実践はA級だと20分、S級だと1時間ほどです。そのなかで選手に体現してほしいことを伝えるとなると、ケーススタディというか、「センターバックがボールを持ったら、サイドバックはこう動いて、ボランチはこんなふうに」という話が多くなってしまう。それは指導者としては理解できるんですが、選手にしてみれば「その次はどうしますか?」となる。すべてを指示することなんてできない。だから、現象という結果の前段階で鍵になる言葉、フレーズを提示することで、選手がプレーしたときに自然とその現象が生まれてくるデザインをすることが指導だと思うんです。特にB級やA級の現場では、「これをやってくれ」「はい、わかりました」という指導スタイルが多いなと感じました。

――それではいわゆる“指示待ち”の選手になってしまう。

 これはメキシコU-24代表コーチの西村亮太さんから聞いた話なんですが、メキシコの選手たちは練習メニューであっても「なぜこれが必要なんですか?」と疑問をぶつけてくるそうです。それに対して納得のいく説明ができないと、選手たちは動かない。だから、自然と指導者も鍛えられているんだと感じました。日本の場合は疑問を呈する選手もいないだろうし、「黙ってやればいい」と言ってやらせておける。これでは指導者も試されないし、整合性をつけて選手たちに戦術を伝える言語化能力も必要ない。「これをやれ!」「はい、わかりました!」というのは、ある種日本の文化だと思うんです。

――自分で考える余地があることを嫌う人もいるでしょうし。

 そうですね。指示されたことをやり切るほうが心地良いと感じる人もいるでしょう。これをダメだというわけじゃないけれど、ある一定のところで頭打ちになるのが、今の日本の立ち位置だと思う。そこまでの進歩はむしろ速いんですよ。高度経済成長期と同じで、ある程度のレベルまでは「はい、わかりました!」の文化のほうが速い。アジアのトップまですごい速さで来て、世界でもそれなりに戦えるところまで来たけれど、そこから先へ行けないというのが課題だと思うんですよね。このフェーズから今後どんなふうに日本サッカー全体が転換するんだろう、と考えると、難しさも感じます。





指導者・岩政大樹が「議論」を求める理由


――指導者育成はライセンスや評価体系の問題だけではなく、選手も含めた日本の社会性や文化も大きく影響していると。

 たとえば、ライセンス講習の現場はディスカッションに多くの時間を割きます。そのとき、誰かの指導実践に対して「良かったんじゃないですか?」とフワッとした感じで終わることも少なくない。でも「もっとこうすればいいんじゃないですか?」と意見を出し合って、改善できることにこそ議論の意味があるはずなんです。だから僕は、いつも「議論をしたい」という方針で行くんですよ。

――でも、また文化の話ですが、日本人はディベートが得意じゃないですよね。批判されたと捉えてしまう人も少なくない。

 議論して改善できれば、同じカリキュラムでも得られるものが変わってくるはずです。ヨーロッパでやっていることをただやっても、日本という文化を考えたら、同じ結果は得られない。戦術を分析して終わりではなく、指導者がケースバイケース、個々のパターンについて話しているとしたら、もっと原則的なものをチームへ落とし込めるような問いかけをする。ライセンス講習でそういった時間を重ねて、指導実績のなかで自分の指導スタイルを固め、確信を持てるまで昇華できるように手助けしてあげないといけないと思います。メキシコの例と同様にヨーロッパでは、指導者を鍛えてくれる環境があるけれど、日本はそういうわけじゃない。これは選手にとっても同じでしょう。

――指導者を育てる人、評価する人、子どもたちの厳しい眼。日本にそういう環境が整わないと、指導者育成もできない。

 特に評価の部分が一番の課題じゃないでしょうか。指導者を評価する“眼”の質を上げていくこと。ラルフ・ラングニック(マンチェスター・ユナイテッド暫定監督)も練習試合をした相手の監督を登用したという話を聞いたことがありますけど、そんなこと日本ではないでしょう? ただ単にこれまでの繋がりがあって、リストが上がって、どこかを優勝させたという結果だけで決まってしまう。より具体的なサッカーのスタイルや、ピッチ上で表現されているものによって、監督が評価されていくことが必要だと思いますね。

◆◆◆


新監督が来日できず…監督代行として迎える開幕


 オミクロン株による感染者急増が予想されるため、昨年末、国は水際対策を強化し「外国人の新規入国停止」を実施。鹿島を率いることが決まっていたスイス人監督、レネ・ヴァイラーほか、外国人スタッフが来日できないなか、岩政はチームの指揮を任された。





 監督はオンラインでのミーティングを実施し、動画で練習などもチェックしているが、チームがスムーズに新シーズンを迎えられるよう多くのことを岩政に託しているようだ。2月13日、いばらきサッカーフェスティバル2022の水戸ホーリーホック戦後、岩政は現状についてこう語った

「今は、僕から毎日トレーニング内容などをレネ監督に報告ベースで話をして、アドバイスをもらうという形です。なので、監督から必要以上に要求を出してくることはありません。そこは現場を尊重してもらっているというのが現状としてあります」

 監督の来日は3月以降になると見られ、入国後には隔離期間もある。2月19日に開幕を迎えるJリーグは、ルヴァンカップなどを合わせて、1カ月で7試合を消化する予定だ。

 岩政の指導者としてのJリーグでのチャレンジは、代行ながら“新人監督”としてスタートすることになった。<後編へ続く


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◆岩政大樹が語った「ライセンス制度への本音」と日本サッカー“指導者育成”の問題点「これをやれ、わかりました、では頭打ちに」(Number)