鹿島アントラーズ初のヨーロッパ出身選手
アレクサンダル・チャヴリッチ(後編)
来日からまだ数カ月に満たないが、アレクサンダル・チャヴリッチが鹿島アントラーズに馴染んでいるのは、彼のパーソナリティーが大きい。クラブのスタッフに話を聞くと、3月8日の国際女性デーには自ら花束を購入し、クラブで働く女性スタッフ全員に手渡し、日ごろの感謝を示したという。
「ここ数カ月の間に二度、自分の人生を左右するような大きな決断をした」
その背景には、鹿島アントラーズで成功を掴もうとするチャヴリッチの姿勢が表われている。鹿島アントラーズへの思いとともに、SKスロヴァン・ブラチスラヴァで多くのタイトルを手にしてきたストライカーの言葉には、チームがしばらく遠ざかっているタイトル獲得への気づきが詰まっている。
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── ヨーロッパでのキャリアを振り返ったとき、ターニングポイントになったと感じている試合はありますか?
「キャリアを振り返って、厳密に分岐点を探していけば、いくつもの試合が思い浮かぶと思いますが、直近では2022年のUEFAヨーロッパカンファレンスリーグの予選です。(ズリニスキ・モスタルと対戦して)試合はPK戦までもつれたのですが、7人目までもつれたPK戦で、最後のキッカーを務めたのが自分でした。
SKスロヴァン・ブラチスラヴァはUEFAヨーロッパリーグやUEFAヨーロッパカンファレンスリーグへの出場に重きを置いているクラブだけに、その1本を決めるか決めないかで、クラブの命運が決まる状況でした。その責任のあるPKを蹴らせてもらうことができ、それを決めたことで、状況を大きく変えることができました。
今、自分が鹿島アントラーズでプレーしているように、人生は何が起こるかわからないから、おもしろいですよね。そうしたターニングポイントで大事になってくるのは、チャンスを掴む準備ができているか、できていないかだと思っています」
【ここ数年で向上したのがヘディングの技術】
── 自身のプレーについても聞かせてください。第4節の川崎フロンターレ戦ではドリブルで抜け出してゴールを決めたように、ドリブルやシュートの技術も高く、DFを背負ったポストプレーもできるなど、さまざまなプレーができる印象です。
「Jリーグはヨーロッパ以上に運動量を求められるリーグなので、個人的には走力に課題を感じています。昔の自分と比較すると、ドリブルやシュートといった技術は、以前よりも向上しているかもしれません。ただ、その技術も大きく変わったのではなく、経験を経て、ひとつひとつのプレーにおける状況判断が変わったことが大きいと感じています。
スペースに走り込むタイミングや、パスを受けるタイミングなど、その時々で最善の選択ができるようになったことで、プレーが改善されたと思っています。走る質や緩急、スペースを見つける能力など、細かく挙げればキリがないですけど、それもこれも状況判断における賜物だと思っています」
── 技術が向上したというよりも、判断スピードが向上したと?
「事前に状況を把握する能力が高くなった、と言えばいいでしょうか。周りが見えることで、素早く正しい判断ができるようになりました。
あと、ここ数年でもうひとつ向上したのが、ヘディングです。数年前まではまったくヘディングでゴールを決めることができなかったのですが、リーグ開幕戦でもヘディングから得点したように、徐々にヘディングでも得点を決められるようになってきました」
── その理由は?
「かなり練習したので、その成果だと思っています。クロスに合わせて入り込む動きも含めて、以前とは格段に向上したと思っています」
── インタビュー前に練習を見ていたのですが、ランコ・ポポヴィッチ監督と長い時間をかけて話している姿が印象的でした。
「自分が日本に来て、まだ間もないことを理解してくれたうえで、『もう少しリラックスしてプレーしてもいいのではないか』と、アドバイスをもらいました。そうした言葉をかけてくれるように、監督が自分の置かれている状況やプレースタイルを理解してくれていることが、Jリーグやチームにいち早く馴染むきっかけになっています。
監督が外国籍選手である自分たちに求める要求は高いですし、自分もそうあるべきだとは思っていますが、監督はそれらを踏まえたうえで、『肩の力を抜いてプレーすることも、時には大事なのではないか』と、アドバイスをしてくれました。
チームが勝利から見放されていた状況もあり、すべての試合でゴールを決めなければいけないと、身体に力が入りすぎていたのではないかと気づかされました。実際、ここ最近の試合では、ゴールを決めたい、得点したい、という思いが強すぎて、逆にゴールから遠ざかっていたので」
── 力が入りすぎると、持っている力を存分に発揮できない、と。
「それはサッカー選手だけでなく、ありとあらゆる職業に当てはまることかもしれないですね。欲張りすぎると、足もとがおろそかになり、大事なことを見落としてしまう。実際に自分も、ゴールを決めたいと思っている試合のときほど、パスが来なかったり、チャンスからも遠ざかってしまった経験もあります。
逆に、プレー自体は決してよくはなくても、余計な力みがないからか、自分の身体に当たってゴールが生まれる経験もありました。気負いすぎない。それが今の自分に必要なことのように思います」
── 3月のインターナショナルウィークでは、スロバキア代表からの招集を辞退して、鹿島アントラーズでのプレーに集中する決断をしたとのニュースを目にしました。
「ここ数カ月の間に二度、自分の人生を左右するような大きな決断をする機会がありました。そのひとつは日本に来るということと、もうひとつは日本に残るということでした。このふたつは短い期間で、自分の人生における大きな決断だったと思っています。
自分はアントラーズの一員ですし、今の状況を冷静に考え、判断し、日本に残ることが最善であると考えました。アントラーズの選手として、その選択をしたことに今も後悔は微塵もないですし、自分が下した決断がこのチームに対するリスペクトになるとも信じています。
日数が経った今も、その決断が間違っていなかったと思っていますし、それは自分の決断に対してサポーターたちが理解を示してくれたことで、なおさら実感しました。(3月30日の)ジュビロ磐田戦のあとには、サポーターたちがカシマスタジアムに掲出してくれた横断幕のメッセージについても聞きましたから。
自分の決断については、当然、賛否両論があることもわかっています。同じ状況に置かれたとき、僕とは異なる判断をする人もいるかもしれない。でも、自分はアントラーズに残ることがチームにより早く馴染むためには必要だと思ったし、自分のため、そしてチームのためになるとも思いました」
── その決断が容易ではなかったことは想像に難くありません。
「もちろん、代表チームの試合に出たくないとは微塵も思っていないし、言ってもいません。日本でプレーしていなければ、迷わず、代表の活動に参加したと思いますし、今後は異なる判断をするかもしれない。でも、今はそのタイミングではなかったというか......アントラーズでのプレーに集中することが、自分にとって最善だと思ったんです」
── ほかでもない自分の人生ですからね。
「おっしゃるとおりで、これは自分の人生であり、自分の選択であり、自分で決めることだと思っていました。
まだ、僕はアントラーズに何も残せていないし、アントラーズで何も成し得ていない。繰り返しになりますけど、僕はアントラーズにただプレーしに来たわけではなく、何かを勝ち獲るために、ここに来たと思っているので」
── SKスロヴァン・ブラチスラヴァでは6度のリーグ優勝を含め、数多くのタイトルを獲得しています。印象に残っているタイトルはありますか?
「すべてのタイトルが特別なものでしたが、そのなかでもやはり最初に獲ったタイトルは印象に残っています。連続してタイトルを獲り続けるのは、モチベーションも含め、決して容易ではないですが、ひとつ獲ることでチームも、自分自身も、メンタリティーが大きく変わったことを実感しました。
そのメンタリティーは、もしかしたら優勝した瞬間に得られるものではなく、タイトルを獲ったことを徐々に噛み締めていくことで培われていったものではないかと思っています。そうやって噛み締めていくからこそ、自分たちはできる、自分たちはやれるという自信に変わり、それを繰り返していくことで、ふたつ目、三つ目に手が届く。
だからこそ、ひとつ目のタイトルは自分にとっても印象深く、きっとアントラーズにとっても、ひとつ獲ることで変わるきっかけになっていくのではないかと思っています」
── 優勝を経験したことのあるアントラーズの選手たちが言っていた言葉のように聞こえます。
「個人的な見解ですが、優勝することによって、その自信が自分の血のなかに流れるのではないかと思っています。自分たちが勝者である自信は、自分のなかにも流れ、外に湧き出てくるし、周りからも勝者という目で見られることで、どんどん変わっていく。それが、僕が思う、勝者のメンタリティーだと感じています。
その姿をアントラーズが取り戻せるように、自分は全力でプレーし、チームのために力を発揮できればと思っています」
<了>
◆鹿島・新助っ人FWチャヴリッチが語るゴールの秘訣「欲張りすぎると、大事なことを見落としてしまう」(Sportiva)