また、鹿島アントラーズが動いた。
すでに来季加入選手として明治大学からDF常本佳吾とGK早川友基、大阪体育大からDF林尚輝の3人の大学生の獲得を発表していたが、9月30日に昌平高校からMF須藤直輝と小川優介の2人の加入内定をリリースした。
これで来季の新加入選手は5人となった。
鹿島は今季、FW染野唯月、MF荒木遼太郎、松村優太、GK山田大樹と、4人の高卒ルーキーが加入している。近年は生え抜き選手の早期の海外移籍なども重なり、思い切った獲得に至った経緯がある。今回の大学生3人に関しては、チームの年齢バランスを考えても即戦力候補としての期待が窺え、若手補強はひと段落かに思われた。それだけに同じ高校からの同時獲得(DF植田直通、FW豊川雄太を大津高校から獲得した以来)には少なからず驚きもあった。
須藤に関しては、「是が非でも欲しい存在」だったことは言うまでもない。高校3年生の世代では“顔”とも言われる目玉選手の1人だった。
大宮アルディージャジュニアユースで10番を背負い、早くからその才能に期待が集まっていた須藤は、ユース昇格を断り、同じ埼玉県の昌平高に入学すると、1年から10番を託された。卓越した個人技とアジリティーに加え、広い視野を持ち、情報収集能力と処理能力に長けたアタッカーだ。主にトップ下、サイドハーフとしてアタッキングエリアで才能を輝かせてきた。
当然のように早い段階でJクラブのスカウトたちは獲得に向けて動き出していたが、以前当連載で紹介したように、学業優秀でもある須藤は今春まで大学進学との狭間で大きく揺れていた。新型コロナウイルス感染症拡大の影響を受けた自粛期間が明け、鹿島ともう1つのJ1クラブから正式オファーが届いたことで、夏にプロへ進む意思を固めたという。
「8月に(Jクラブの)練習こそ参加できなかったのですが、施設見学だけはすることができました。そこでプロの雰囲気を感じたことで、『大学はいつでもいけるな』と思ったんです。それにサッカー推薦で大学に進学すると、学部も決められてしまったり、自分が学びたいことを学べないとも思ったんです。プロのキャリアを終えてから、自分が専攻したい学部に行ってやりたいことを学んだ方が、絶対に自分にプラスになる。プロをやりながらも、意識を高く持てば語学の勉強もできるし、自立してやっていきたいなと思った」
二者択一の中で須藤は鹿島を選んだ。その理由を続ける。
「今季アントラーズに入った4名は、すでに全員がリーグ戦に出場し、活躍している。若手があそこまで活躍できるということは、いいチームの証なんだなと感じていました。鹿島のサッカーはポゼッションの質も高く、スペースへ入っていくところは僕も持ち味を出せるんじゃないかなと思いました」
悩みに悩んだ末に決めた名門クラブへの入団。才能溢れる司令塔の覚悟は、今後の活躍を予感させるものだった。
一方、前述した驚きの大半を占めたのが、小川の獲得だろう。
166cmの小柄なボランチ。昌平高の下部組織にあたるFC LAVIDAジュニアユース出身で、両足での正確なボールコントロールを駆使したドリブルを武器に、高2からボランチとして昌平サッカーの中核を担ってきた。昨秋から「ドリブルばかりに頼って、困ったら周囲に預けていたのでは上で通用しないと思った」と、長短のパスを駆使してゲームメイクを意識し出したことで、メキメキと頭角を現してきた印象だ。
その変化にいち早く目をつけていたのが、鹿島の椎本邦一チーフスカウトだった。筆者が昌平の試合を訪れると、必ずと言っていいほど椎本の姿があった。
昨年12月のプリンスリーグ関東参入戦。この試合で椎本が目当てにしていた須藤は未出場に終わったが、エース不在の中でも一際高い技術を見せ、ゲームをコントロールしていたのが14番の小川だった。
「小川の存在は知っていたけど、中盤の底からボールを運べるし、パスも出せて、ゲームにアクセントを加えるプレーに衝撃を受けた。でもその時は『身体も小さいし、大学に行った方がいいのかな』と思っていました」
それ以降、試合会場で話を聞くたびに「どうしても小川に目がいってしまうんだよね」と話すほど、椎本は小川の魅力に引き込まれていた様子だった。
確かにここ1年の小川の成長は目覚ましい。本人も語ったように以前はショートパスが多く、ダイナミックさに欠けている印象があった。だが、昨年度の選手権を境にドリブルで1人交わしてからサイドへパスを付けたり、DFラインの裏へ絶妙なタイミングでパスを通すようになった。
その変化は武器であるドリブルにも現れた。密集地帯でボールを受けても上半身をピンと伸ばした状態で足元に正確にボールを置く。そこからプレスに来る相手の動きを見てからクイックで逆を突くドリブルを仕掛けたり、ツータッチ目でタイミングをずらしてから浮き球やライナーのパスを繰り出すなど、明らかに攻撃時の選択肢が増えていたのだ。
「見れば見るほど大島僚太(川崎フロンターレ)に見えてくるというか、なかなかお目にかかれないタイプだと確信に変わっていった。とあるスカウトと、視察していた大学の試合で昌平の話になった時、『昌平に大島僚太みたいな選手いますよね』って言ってきたことがあった。『大島が高校から入ったばかりの頃の姿に似ているんですよね』と言うので、やっぱりそう思うだろ、と嬉しくなりましたね」(椎本)
小川自身もお手本とする選手に、スペイン代表のチアゴ・アルカンタラとともに大島の名前を挙げている。
「本当にうまいし、なんと言っても駆け引き上手。どんな状況でも相手が見えているので、冷静にプレーしているのが見ているだけで分かるし、1回のトラップで相手を外せるのが魅力なんです」
大島を憧れの選手に挙げる選手は多い。だが、なかなか“元祖”を彷彿させるプレーを見せられる選手は少ないだろう。大島のプレーを意識したことは大きいだろうが、周囲にそう言わしめることは誰しもができることではない。
プロになる覚悟を決めたことで心身ともにさらに成長した須藤、そしてメキメキと頭角を現した小川。椎本からすれば、鹿島のエンブレムをつけてプレーする2人の姿がより具体的に浮かび上がっていったはずだ。
今季は大卒を3名、昨季は4名の高卒選手を獲得していることもあり、“2枚獲り”は決して容易ではなかった。しかし、椎本は覚悟をもって決断した。
「クラブの強化責任者にお願いしたら、快く承諾してもらった。小川に関してはいかに鹿島で育てていけるか。今季加入した高卒の4選手と来年入る選手たちが、3年経った時に生え抜きの選手として鹿島の血を引き継いでいってくれるんじゃないかなと期待しています。鹿島の魅力は新卒の選手を生え抜きで育てて、世代交代をしっかりと遂行していく。それをクラブの伝統の1つとしてずっと大事にしてきました。ルーキーで獲得した選手が主軸に育っていくクラブにもう一度なるというヴィジョンが鹿島にはあります」
大きな期待を背負う小川だが、本人にとってこのオファーはまさに「青天の霹靂」だった。
「8月下旬の練習終わりに藤島(崇之)監督に呼ばれて、『凄いところからオファーがきたぞ』と言われて、鹿島アントラーズの名前を聞きました。正直、監督が何の話をしているのか分からなかったし、腰が抜けそうになるくらいびっくりしました」
この時、小川はすでに関東1部の大学から誘いを受けていた。頭に進学しかなかったのは、同期のエースの須藤、そして先日アルビレックス新潟に内定したFW小見洋太の2人がいたから。「彼らこそプロにふさわしい選手だと思っていて、僕はその部類に入っていないと思っていた」と謙遜する。
自分はないと思っていたところに突如やってきた大きなチャンス。それを断る理由は1つもなかった。
「僕みたいな選手が日本のトップクラブであるアントラーズに行っていいのかと正直思いました。でも身体の小さい僕を必要としてくれたことが素直に嬉しかったし、アントラーズに選ばれたということは、僕が何かを持っているのだと信じたい。そこに自信を持たないと、この先やっていけないと感じたので、覚悟を固めました」
「目を奪われる」のは安部裕葵の時も
正式にリリースされた鹿島の2枚獲り。そこには「いい選手は獲れるだけ獲る」という安易な考えは一切なく、クラブの緻密な強化ヴィジョンと、長い年月をかけて培ってきた先見の明が裏付けとされている。鹿島スカウトとして26年のキャリアを持つ椎本は言う。
「2人とも技術があって判断が的確にできる。須藤はすでに一定の評価を得ていていましたが、小川に関しては他のスカウトも評価はしていた中、体のサイズから獲得まで踏み出せない背景も知っていました。我々も当初は踏み出せなかったですが、彼にはそれを補ってあまりあるものがある。安部裕葵(現バルセロナB)の時も、周りの評価はそこまで高くなかったけど、やっぱりボールを受けたときの大胆さと繊細さは魅力的だった。小川や須藤にも安部のような『目を奪われる選手』の要素を感じています」