日刊鹿島アントラーズニュース

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2017年1月4日水曜日

◆山本脩斗という献身 ~鹿島アントラーズ・山本脩斗~(J SPORTS)


「もう休みたいです」と笑いながらミックスゾーンを去っていく。痛む左ヒザでジャンプして叩き込んだ先制ヘッドの感触は、まだ頭にしっかりと残っていただろうか。11月23日の川崎フロンターレ戦から、1月1日の川崎フロンターレ戦まで絶え間なく続いた10連戦。最後の1試合を除き、その全ての試合に「出続けなきゃいけないという使命感」でフル出場を続けてきた鹿島アントラーズの左サイドバックは、今まで一番充実していたというシーズンを自らのゴールと優勝という最高の形で締め括ってみせた。

等々力陸上競技場でフロンターレを破り、埼玉スタジアム2002で浦和レッズを下して、年間王者に輝いたJリーグチャンピオンシップ。開催国枠での出場ながら、相次いで大陸王者を撃破し、最後は世界の“超”トップクラブと言って差し支えないレアル・マドリーを土俵際まで追い詰め、準優勝を勝ち獲ったFIFAクラブワールドカップ。そしてサンフレッチェ広島、横浜F・マリノスに競り勝ってファイナル進出を決めた天皇杯。11月下旬から12月下旬までにアントラーズが戦った9試合のすべてで、スターティングメンバーに名前を連ねていたのが山本脩斗だ。本人は「左サイドバックはいなかったので、ケガできないというのもありました」とサラッと話すが、それこそシーズンの開幕からチームで最も替えの利かない選手として、石井正忠監督が信頼を寄せ続けてきたのが山本である。

「高校時代や大学時代の友達には『違和感がある』と言われますね」と語るように、そもそもは攻撃的な中盤の選手だったが、そんな彼がJリーグ王者で不動の左サイドバックを託されているのだから人生はわからない。「始めて数年はやっぱり『前に行きたい』という気持ちはありましたけど、今は本当にバランスを考えて、試合の状況を見ながらやっています」という左サイドバックを本職としてプロ入りしたと言っても、今となっては疑う人の方が少ないかもしれない。とにかく数多くの実力者を抱えるアントラーズにおいても、山本だけはほとんどフル稼働に近い形で1シーズンに渡り、定位置を守り続けてきた。

ただ、「決勝で負けた後は悔しかったし、『またこの場に戻って勝ちたいな』という気持ちはありましたけど、あの経験ができたというのは自分にとってもプラスでしたし、肌で対面してみないとわからないようなこともいっぱいありました」というクラブワールドカップの期間中に異変は起きる。アフリカ王者のマメロディ・サンダウンズを下した一戦から、左ヒザが小さな悲鳴を上げ始めた。それでも自分以外に左サイドバックがいないことは、自分が一番よくわかっている。「今までにないぐらいの連戦で、相手もレアルみたいに自分たちより上のチームに対してやるということは凄くハードでした」という強度の高い試合が続く中で、チームも白星を重ねていく。2016年のラストゲームとなった天皇杯準決勝のF・マリノス戦で再び痛めた左ヒザは限界に近付いていたが、シーズンラストゲームとなる元旦のファイナルでも、山本はキックオフの笛をピッチの、もちろん左サイドバックの位置で聞くことになる。

「前半の15分くらいから、ボールを蹴ったり走ったりした時になかなか力が入りにくくて『ちょっと感覚が違うな』と。それが自分の中でメチャクチャ気になっていて、『難しいかな』という感じはあった」という。正直に言って、素人目にはそんな状況に陥っていたようには全く見えなかった。おそらくは「出続けなきゃいけないという使命感」だけでプレーしていたのだろう。フロンターレ以外にも向き合う相手の加わった山本を、しかしサッカーの女神は見捨てていなかった。42分。アントラーズにCKのチャンスが訪れる。キッカーの遠藤康が蹴り込んだボールを、「最初からこのあたりに来るんじゃないかというのがあった」という山本が頭で合わせる。左スミを襲ったボールはGKに触られながらも、左ポストの内側を叩いて、ゴールネットへ転がり込む。「ドンピシャでした。気持ち良かったですね」と笑顔を見せた左サイドバックの先制弾で、アントラーズが1点をリードして前半が終了した。

ハーフタイムが明けると、アントラーズに交替があった。第4の審判員が掲げたボードに記されていた番号は、替わって入るファン・ソッコの14と山本の16。聞けば自ら指揮官に交替を申し出たという。「悔しさもありましたけど、チームのことを考えたら替わるのがベストかなと思ったので、仲間を信頼して監督に言いました」とその時を振り返る山本。左サイドバックのポジションは、怒涛の10連戦で初めて彼以外の選手が務めることになった。

「チームが勝って欲しいという、『頑張ってくれ』という気持ちで」ベンチから戦況を見守る。同点に追い付かれ、延長戦までもつれ込んだゲーム展開の中で、「いつもとは違うなかなかない気持ちでした。しかもこういうタイトルが懸かった試合だったので、そこまで冷静ではなかったですね」と自らの感情を表現してくれた山本。94分にファブリシオが勝ち越しゴールをマークしたアントラーズは、残り時間をしたたかに消し去って勝利を告げるタイムアップの笛を聞く。終わってみれば見事にリーグとの二冠を達成。最高の形でアントラーズと山本の2016年シーズンは締め括られた。

試合後。ミックスゾーンで優勝の感想を問われた山本はこう語る。「チャンピオンシップを勝ち獲って、クラブワールドカップも良い経験はできましたけど、決勝で負けてしまって悔しい想いをしましたし、今日もここで終わったら意味がないし、勝たなきゃいけないというのはみんなで話していたので、それを獲れたのは大きいと思います。ただ、ウチのチームはたぶん『勝って嬉しい』じゃなくて、『勝ってタイトルをまた味わいたい』と思う選手がほとんどだと思うので、また次のタイトルを獲るために気持ちを新たに、シーズンが始まったら慢心せずにやっていく必要があるのかなと思います」。既に視線はその先を見据えていた。この言葉に不動の左サイドバックとしてアントラーズを支えている男の自信と矜持を見た気がした。

昨年の7月。山本にインタビューをした際、最後にこういう質問をぶつけた。「夢ってありますか?」と。「それは難しいですねえ。この年になってくると聞かれないですから」と苦笑しながら2分くらい熟考した後、彼はこう答えた。「ああ、鹿島でリーグ優勝して、ACLも獲って、クラブワールドカップの決勝でバルセロナのメッシと対戦して勝ちたいですね。僕は普段そこまでサッカーを見ないですけど、バルセロナの試合とメッシは見ていて『楽しいな』と思うので、そういう舞台で勝ちたいですね」。

あのクラブワールドカップ決勝の激闘のさなか、私はこの言葉を何度も思い出していた。バルセロナではなくレアル・マドリーであり、メッシではなくクリスティアーノ・ロナウドではあるが、もしかしたら彼の夢に近い形が現実になるのではないかと。残念ながら世界一には届かなかったが、これで山本は自らが思い描いていた夢に、以前よりずっと現実味を持って再びチャレンジする機会を得たとも言えるだろう。鹿島でリーグ優勝して、ACLも獲って、クラブワールドカップの決勝でメッシと対戦して勝つ。半年前は「まあ夢なんでね」と少し笑いながら話してくれたその“夢”までの距離も、この1ヶ月を経験した今なら、もはやそこまで遠いものではないのかもしれない。

http://jsports.co.jp/press/article/N2017010319210302.html

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