日刊鹿島アントラーズニュース

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2018年9月2日日曜日

◆昌子源の悔しさに学んだ高校3年生。 “鹿島のCB”を背負う男、関川郁万。(Number)



関川郁万 Ikuma.Sekigawa


 8月下旬の猛暑の残る中、ある高校生に会うために千葉県にある流通経済大柏高校サッカー部グラウンドに足を運んだ。

 その高校生とは……来季の鹿島アントラーズ入りが内定している3年生CB関川郁万。

 屈強なフィジカルを持った選手達が多い流通経済大柏の中でも、関川の存在感は際立っている。熱気をはらんだピッチでの練習風景を見学していても、その負けん気の強い表情と佇まいは異彩を放っていた。

 練習後、グラウンド横の仮設スタンドでジックリと彼に話を聞いたのだが、インタビューの最後、妙に印象的な言葉を残していった。

「CBとして鹿島アントラーズに入団するということが、どういうことなのかを改めて感じました」

 この言葉の真意に触れる前に……関川にとってプロ内定が決まってから今日に至るまでが、決して平穏で楽しい日々ではなかったことを伝えておきたい。


輝かしい経歴で楽しいはずの日常が……。


 関川は身長は182cmとCBとしては大柄ではないが、並外れた跳躍力とフィジカルの強さを活かしたヘッドが武器で、対人能力も高く、気迫を全面に出して守備を統率するハイレベルな選手だ。

 名門・流通経済大柏で1年生の頃からCBとしてレギュラーを張り、一昨年度はインターハイ準優勝し、AFC U-16選手権(インド)に出場する日本代表に高体連から唯一選ばれるも、直前合宿で負傷し、辞退を余儀なくされている。

 昨年度はインターハイ優勝に貢献し、選手権でも決勝進出の立役者の1人となっていた。

 輝かしい経歴を築きながら、ついに高校最後の年となった2018年。

 選手権で負った膝の怪我を手術したことで、6月上旬まではプレーすることができなかったが、5月には高体連に所属する選手としては一番乗りとなる鹿島への入団が内定。早々の鹿島入りは、それだけ大きな期待の現れでもあった。

 だがその頃から関川には、昨年までは感じていなかったプレッシャーが重くのしかかるようになってきたのだという。


これまでにない注目を浴びる恐怖が。


「1、2年生の頃は自分が日々成長している実感があったし、周りの評価も気にすること無く、自分のことだけに集中できていた。正直『自分のプレーを出して、チームに貢献できればそれでOK』とだけ思っていました。今年に入ってからも、怪我でプレーできていなかったので、リハビリに集中することができた。でも、いざ復帰してみると……周りの雰囲気が全然違った。

 すでにプレミアリーグが始まっていて、インターハイ予選も始まる直前の重要な時期での復帰だったので、正直戸惑いました。チームの期待、関係者の方々の期待、相手選手からの目……。これまで経験したことが無いほど、敏感に感じました」

 彼が実戦復帰したのは、インターハイ予選準々決勝の市立柏戦のこと。

 選手権決勝の前橋育英戦から実に5カ月ぶりの実戦とあって、試合勘を取り戻せていない彼のプレーは精彩を欠いた。その試合はなんとか勝利をものにしたが、続く準決勝の習志野戦では、大きな落とし穴が待っていた。


敵の作戦は「関川を狙え!」。


 習志野との試合は、勝てばインターハイ出場(今年まで千葉は2校がインターハイ出場)という重要な一戦だったが、立ち上がりから関川は不調に見えた。身体が重いようで、簡単にかわされたり、裏を取られるシーンが目立った。

「練習に復帰した週は身体も軽くて、『このまま行ける』と思っていたのですが、実戦に復帰したら思うように身体が動かないと感じました。徐々に身体の重さを感じるようになって、それを一番感じたのが準決勝でした……。

 プレー的にもそうなのですが、まだ目が慣れないと言うか、選手権のときのように頭は働いているのに、目や身体がついて来ないという状況でした」

 関川のコンディションの悪さを習志野はすぐさま見抜き、ベンチからの指示も「関川を狙え」。その習志野の狙いは的中し、試合を決定付けた決勝弾は関川のゾーンが起点となって生まれてしまった。

 0-1で迎えた前半アディショナルタイム1分でのこと。

 味方が自陣で敵MFにボールを奪われ、ドリブルで仕掛けてきたのに対し、関川は反応が遅れた。そのまま不用意に食いついていってしまい、かわされてから裏のスペースを突かれての失点。

 後半に1点を返すも、このゴールが決勝点となり、流通経済大柏は1-2の敗戦。前年度王者がインターハイに出場できないという波乱が起こったのだ。


「狙われたのは、自分の弱さがあったから」


「僕自身何もできなかったし、すべてで負けた印象です。

 ボールを運んできた相手選手に対して、『クリアできる』と安易に思ってしまい、あまりにも不用意に行き過ぎてしまった……。(前半アディショナルタイムという)時間帯もそうだったし、もっと全体を考えて冷静に判断をしてプレーすべきでした」

 復帰直後の難しさを感じると共に、周囲から自分にのしかかっていた巨大なプレッシャーも痛烈に感じる試合となった。

「習志野は明らかに僕のところを狙ってきているのが分かった。復帰直後だということに加えて、僕がイライラしてしまう性格であることを分かっていたので、余計に狙ってきたのだと思います。狙われたのは、自分の弱さがあったから。

 自分はアントラーズに内定している分、試合を観に来てくれている人に『さすが関川だな』と言ってもらえるようなプレーをしなきゃと思ってしまった。でもとにかく身体が重いし、思うようにプレーできない。試合が経過していくにつれて、『まずい、まずい……』と思っていきました」


“鹿島内定の関川郁万”への期待。


 心と身体がバラバラで、気持ちばかりが焦っていく。

 春先から試合に出ていれば、そこまでの混乱は起きなかったはずだ。しかし、ずっと実戦から遠ざかっている内に、「選手権でのインパクトがより大きくなってしまったのだと思います」(関川)。

“鹿島内定の関川郁万”に対する注目度と期待値が信じられないほど膨らんでしまっている周囲の状況に、関川は冷静さを保つことができなかったのだ。

「関川ってこんなものなんだね」

 試合後、周囲の厳しい声が彼の耳にも届いてきた。

「もう情けないというか、『あ、俺ってこんなに簡単にやられてしまうんだ』と思いましたし、習志野戦からしばらくは……正直いろんな感情がわき起こりました」

 だがそんな時、鹿島の偉大な先輩が、そのプレーをもってして関川に大きな「教え」を与えてくれたのだ。

 ロシアW杯で見た鹿島のCBである昌子源が見せたプレーが、関川にとって大きな衝撃となったのだ。


昌子源と自分の気持を比較すると……。


「当初は(昌子選手は日本代表の)スタメンじゃなくて。W杯初戦で事実上スタメンを獲ったばかりという状況だったはずで、想像を絶するプレッシャーがあったと思う。

 でも、コロンビア戦、セネガル戦と素晴らしいパフォーマンスを見せて、『さすがアントラーズの選手だな』と思いました。

 アントラーズは伝統的に優秀なCBを何人も育てている。大岩剛監督もそうですが、その人たちに共通するのが『メンタルの強さ』。プレッシャーをはね除けて、かつ勝利への執着心を前面に出す。『これが鹿島のCBが持たなければならないメンタリティーなのか』と痛感しました。

 それに……ベルギー戦の決勝ゴールを浴びてしまった後に、昌子選手が悔しさを身体全体で表現していた。あそこまでの感情表現は本気を出し切った人にしか出せないものだと思いました。

 練習参加やリハビリの時にも昌子選手とは一緒だったのですが、Jリーグの試合では負けた後のロッカールームでは無口になっている印象が強かった。なので、あそこまで泣き崩れるとは思わなかった。じゃあ自分が習志野戦に負けた後に、あそこまでの感情表現ができたか、と聞かれると……。

 昌子選手は敵のゴールの直前に、コーナーからのボールを決めて試合を終わらせる気持ちで上がって行っていた。クルトワにそのボールをキャッチをされてから、全力疾走で自陣のゴール前まで走って……。(GKを除いて)最後の1人になるまで追いかけ続けたけど、あと一歩が届かなかった。だからこそ、あの悔しがり方になったんだと思う。あのシーンを、追いかけなくて遠目で観ていただけだったら、あそこまでの感情表現にはならなかったと思うんです。

 もし習志野戦の時の僕のように、何もできなくて、しかも失点の原因にもなったのに、あの昌子選手と同じような悔しがり方をしたら『ただのカッコ付け』というか、『悔しがっているフリ』になってしまうと思うんです。

 本気の、心からの悔しさじゃない。はっきり言えば、悔しがるに値する『本気のプレー』ができていなかったんじゃないかって」

 昌子が示したスピリットに、関川は震え上がった。

 あの姿こそ、日の丸を背負うということ、鹿島のCBになるということなのだと――。

「意識が変わりました。心構えと言うか、なぜ自分がアントラーズからオファーをもらって入ることになったのかを、もう一度考え直す機会になりました」


「さすが関川」のプレーを連発!


 インターハイ予選の後、シーズン前期のラストゲームとなった7月15日のプレミアイースト第9節・鹿島アントラーズユース戦で、関川は気迫のディフェンスを見せた。

 結果、1-0の完封勝利。

 まさに「さすが関川」というプレーを見せたわけだが、この試合で今度は左足首をねん挫する。だが、この怪我で1カ月近く離脱した後の再復帰戦となった8月25日のプレミアイースト第10節の清水エスパルスユース戦でも、DFラインをしっかりと統率して0-0のドローと2試合連続の完封を果たした。

「どんなに点が入らなくても焦れずに守り続けるのがCBの仕事。ゼロで抑えれば、延長戦を含めて、90分、120分間の試合で負けることは絶対にない。それぞれの状況に応じた意識と頭の回転の速さが大事になって来ると思う。その状況に適したプレーでチームを引き締められる存在になりたいです」


昌子、そしてチョン・スンヒョンの気迫。


 冒頭で紹介した彼の言葉を覚えているだろうか。

「CBとして鹿島アントラーズに入団をするということが、どういうことなのかを改めて感じました」

 会話の中で一番熱がこもっていたこの言葉は、昌子だけでなく、新加入した韓国人CBのプレーにも反映されていた。

「目標でもあった植田直通選手がベルギーに移籍をしてしまったことは残念なのですが、代わりに加入したチョン・スンヒョン選手のプレーを観て、心から『凄い選手だな』と思ったんです。入団したばかりなのに、『前からずっとこのチームにいるよ』と思わせるくらいフィットして、DFラインを統率している姿は凄く刺激になりました」

 秋田豊、大岩剛、岩政大樹、昌子源、植田直通、そしてチョン・スンヒョン。この系譜に関川郁万の名前を刻むべく、「偉大な教え」を胸に彼は今を精一杯生きている。

 何事にも屈せず、闘志をむき出しに戦う鹿島のCBの血を滾らせて――。




◆昌子源の悔しさに学んだ高校3年生。 “鹿島のCB”を背負う男、関川郁万。(Number)


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