8月4日、合流初日。練習前に監督、コーチ、選手の前で言葉をかけた。
「1位以外は意味がない」
「常に勝つための生活をしなければならない」
「常に勝つための準備を怠らず、真剣に練習に取り組むこと」
「一度優勝すれば、またもう一度と欲が出る」
「サッカーに不可能はない。まずは自分たちが可能だと信じることから始まる」
伝えられたメッセージはシンプルだった。「勝利のために、全身全霊で取り組め」。その一言に集約されるものが並んだ。
ジーコが鹿島アントラーズにテクニカルディレクター(TD)として帰って来た。
'02年以来のTD復帰と深いチーム愛。
「16年ぶりに戻れて非常にうれしく思っています。クラブから協力してほしいということに対して、全身全霊をかけて結果として示せればと思います」
2002年以来の鹿島TD復帰に、「まさか戻って来るとは思っていなかった」とジーコ本人も驚きを見せるとともに、「このクラブを作り上げた1人として、離れていても常に気にかけて情報を把握していた。僕の人生の一部であるアントラーズの手助けになれれば」と深いチーム愛を表した。
テクニカルディレクターといっても、クラブによって役割は変わるもの。ジーコ自身、今回の就任は、監督を支えながらチームをより良い方向へ導いていくため、と説明する。
TDは監督の代わりではありません。
「監督の示した練習メニューに対して、選手がどう応えているか、正確に練習が行われているか。チームの弱点に対してどう補強していくか。監督やスタッフと密にコミュニケーションをとって調整をする役割。与えられた期間の中で、早急に改善しないといけないところと中長期的なものを見極めていきたいと思っています。
TDは監督の代わりではありません。これまでもアントラーズで同役職として仕事をしましたが、一番大切なのは、監督とTDの信頼関係。そこに信頼があれば、いいコミュニケーションが取れるし、お互いにいい仕事ができる。あくまで監督のサポートをする役割なので、そこに対して全力を注ぎたい」
シーズン途中の加入となり、難しいミッションであることは間違いない。それでも「アントラーズでなければ断っていた」というオファーを快諾した。
「問題がなければ呼ばれていないはず。早急に見つけたいと思っています」
「チーム全体が締まった」(山本)
覚悟を持った決断だった。
TD就任後、アントラーズの練習グラウンドにはいつもジーコの姿がある。試合日でも、ホームであれば午前中にクラブハウスで行われるメンバー外の練習にも顔を出す。
「いつも見ているよ」
暗に込められたメッセージが、選手だけでなくクラブ全体に良い影響を与えている。
山本脩斗は、「合流してすぐに『このチームは勝たなければいけないチーム』と言ってもらって、チーム全体が締まった。改めてアントラーズはタイトルを獲らなければいけないチームだと感じた。でも、普段は前に出て話をするわけでもなく、静かに後ろから見守っている感じ」と言う。
加入12年目を数える遠藤康は、チームの変化を「七味唐辛子」と表現した。
「選手たちも意識する部分があるけど、一番はスタッフ。監督、コーチだけでなく、フロントも含めてクラブ全体がピリッとしている。チームは選手だけでなく、フロントはもちろんサポーターも含めて成り立っているものだから。その意味ではいい形になった。普段の雰囲気に、七味唐辛子のようにピリッとスパイスがある感じ。大人にはそれが必要でしょ」
ユニフォームを着られる誇りを。
静かに、そっと、選手たちを見つめている。ただそれだけで、チームに刺激が加わった。
「近年、サッカーを取り巻く環境が劇的に変化しています。放映権などのピッチ外を含めた時代の変化に限らず、僕自身、人生そのものが変化していると感じている。まさか7人の孫に恵まれるなんて思ってもいなかったですから(笑)」
ジーコは、そんなサッカー界の変化に、どう対応していくのか。
「サッカーにおいて根本的なところは変わりません。ただ、今の若い人たちにどう伝えるか。これは、簡単なようで難しい。昔のことでしょうと言われないように伝えながら、いかに彼らの才能を開花させるか。このクラブの歴史を伝えた上で、アントラーズのユニフォームを着ることに誇りと自覚を持たせないといけません。それを何カ月かかったとしても必ず伝えていきたい」
歴史を築いたのは僕だけでない。
今年65歳となるジーコだが、情報発信に対して柔軟な姿勢で今の時代に即応している。自身のSNSがいい例だろう。自らの言葉で、多くの情報を発信している[Instagram:zico_oficial、Facebook:ZicoOficial、Twitter:@Galinho1953、YouTube:Canal Zico 10]。TD就任後、選手に対してメッセージを送るだけでなく、フロントスタッフにも、これからのアントラーズについて話をする機会を設けた。
ではジーコは、アントラーズの未来像をどう描いているのだろうか。
「このクラブが勝者たる歴史を築き上げたのは、僕だけではなくて、監督、スタッフ、フロントが全身全霊でこのクラブを強くしようと思った結果が数々のタイトルにつながってきたわけです。まずは勝って常にタイトルを獲ること。そして、アントラーズは個の台頭を目指しているクラブではなく、チームとしての台頭を目指すクラブです。誰か1人が試合を決めるのではなく、組織としていかに強くなるかが最大の課題となります」
ロナウド、メッシ、レアルが手本。
タイトルを獲り続けるために必要な姿勢とは。今のサッカー界に例えて、いいお手本となる存在を挙げた。
「'16年のクラブW杯では結果として準優勝でしたが、本来、そこからもう一度同じ舞台に出て優勝したいという気持ちになるはずです。ただ、それがどういう理由か、あの世界2位の時点からチームは衰退している。今のサッカー界には一番の見本がいます。C・ロナウドとメッシです。過去10年のバロンドールはほぼ2人がとっている。クラブで考えれば、レアル・マドリー。直近5年で4度のチャンピオンズリーグを制覇しました。どちらも満足することなく、また次へという意識を持ち続けた結果です。
常に満足することなくタイトルへ向けて勝つための準備を怠らず、しっかりと真剣に取り組んでいく。それが結果に表れるということを、もう一度クラブの伝統として、再確認しなければいけないと思っています」
シンプルに柔軟に。ジーコは時代に合わせた形で、これまでの経験を伝えていく。タイトルという目標に向かって。
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◆鹿島帰還のジーコが求める自覚。 見守り刺激を与える「七味唐辛子」。(Number)