平畠啓史Jリーグ54クラブ巡礼 ひらちゃん流Jリーグの楽しみ方 [ 平畠啓史 ]
人口が減少する中でも成長を続ける鹿島アントラーズFC。さらに成長するには人材が必要。選手だけでなくマーケティング分野の人材に投資するのがアントラーズ流だ。10年後に向け、アントラーズは何を考えているのか。引き続き、同社の鈴木秀樹取締役事業部長に聞く。
中原:中編のお話では、マーケティングの結果をもとに、スポンサーの興味を引く提案をしながら、お客さんを引きつける仕掛けを次々とつくっていくということを教えていただきました。
いちばん印象に残ったのはやはり、将来を見据えてスタジアムのキャパシティー(収容人数)を4万人から2万5000人に落としたいというお話でした。私もその考えには大いに賛成で、人口減少社会に備えて戦略的に縮小すると同時に、付加価値が高いVIP席を5000程度まで増やすことで、かえって収益力が高まるのは正しいと思います。
VIPの接遇はVIPを知らないとできない
エアラインの最上級のもてなしを受けたことがあるとか、最上級のホテルに泊まってもてなしを受けたことがあるとか、そういう経験がない人がいくら考えてやったとしても、しょせんは陳腐なものにしかならないじゃない。そこが課題なんですよね。
だから社員には「どんどんいいサービスを体験しなさい」って言っているのですが、企業としてはそれを強いるわけにはいかないから、やっぱりなかなか難しいですよね。そんなことを言っていると、接遇は外注すればいいだろうって話になりかねないし……。
でもやっぱり、そこをわかっていないとね。うちがVIPに出す料理が本当においしいのか、おいしそうに見えるかもしれないけど、お客さんは本当にこれで満足しているのか。そこを真剣にやっていかねばならないんですよ。だからスタジアムを小さくして、収益を上げるっていうことはやりたいんですよね。
中原:VIPへのサービスとして、スタジアムの外で連動しているようなサービスはありますか。
「ヘリ送迎+ホテル+ゴルフ」の組み合わせも
鈴木:今シーズンから始める予定ですが、去年の12月2日の最終戦でVIPをヘリコプターで輸送するというテストをやりました。そうしたら東京の木場(江東区)から鹿嶋市のヘリポートまで25分で来ることができることがわかりました。
でも、お客さんがヘリコプターで飛んできて試合だけ観て帰るのでは、僕らにとってはあまり意味がないんですね。そこにどういった付加価値を付けるのかっていったら、例えば、近くの鹿島セントラルホテルに泊まって、翌日は近くの名門ゴルフ場で遊んでいきませんか、という提案をするわけです。
また、僕らが鹿島セントラルホテルの2部屋を年間で買い取って、VIP仕様に改装してアントラーズルームにする。それなりにお金はかかるけれども、それは計画として進めています。ホテルの原価やら何やらいろいろ計算していたら、今では意外にいけるという感触になってきましたね。
中原:私は、企業の経営者や経営陣というのは、10年あるいは20年スパンで未来を予測して対応していかねばならないと思っています。だから昨年も『AI×人口減少』(東洋経済新報社)や『日本の国難』(講談社現代新書)といった本を書いて、とりわけ世のなかの経営者と呼ばれる人々に警鐘を鳴らしているんですね。
中原:地方の企業経営者は10年後や20年後に人口が具体的にどれだけ減るのかということを意識しながら、戦略的に事業を縮小して利益が出やすい体質にしていかねばなりません。そうしなければ、多くの地方企業が生き残るのは難しいでしょうね。大きな変化に気づいたときには、すでに手遅れになっているわけですから。
鈴木:そのとおりなんです。僕らがいつも考えているのは、10年後の顧客を予想しなければこれからの商売はできないってことなんです。10年後の社会はこう変わっているだろうから、10年後のお客さんのライフスタイルはこう変わっているだろうという予測をしながら、今から準備をしていかなければならないわけなんですね。
今やっていることが10年後のために、来年やることが11年後のためにって準備をしていかないと、何か変わっているぞって気づいてからやっても、たぶん遅すぎるし、投資額も必要以上にかかってしまうと思いますよね。
だから僕は社員たちに「それをやることによって、10年後はどうなっているの」っていつも聞いているんだけれども、そうすると考える社員はきちんと考えているわけで、「10年後はこうなるから、今はこうやるんです」っていう感じになってきているんです。だから、アントラーズは会社としてもこれからも面白いですよ。
高額年俸の選手も魅力的だが、スタッフを充実させる
ただ、うちの売上高では三木谷浩史さん(ヴィッセル神戸オーナー、楽天会長兼社長)みたいに、30億円でアンドレス・イニエスタみたいな選手を取ってくるという考えを持てません。「それなら経営の体制づくりをもっとしっかりやりましょう」ということになって、今年はクラブスタッフを新たに数名採用しました。高額の選手を採るお金はないから、スタッフを充実させようということになって。
中原:そこが親会社から自立した経営ができている、アントラーズ流というところですね。
鈴木:ところで、中原さんは日本の人口はどのくらい減ったところで落ち着くと思っていますか。僕は7000万人くらいで幸せに暮らせる国を目指すべきなんじゃないかと思うんだけど……。
中原:出生率が今のまま1.4程度で推移するとすれば、2100年には6000万人を割り込む計算になります。計算上は100年経っても200年経っても、人口減少のスパイラルから抜け出せないということになります。
なんでこれだけ悪循環になってしまったのかというと、少子化が2世代にわたって続いてしまったからです。少子化を1世代だけで止めることができれば、まだ何とかなったと思うんですよ。ところが、今の状況から人口が減らないようにするためには、2世代連続で出生率が2.0を超えるようにならないといけないんですね。
まさに鈴木さんがおっしゃったように、人口が減少していっても幸せになれるような仕組みに変えていかないといけないと思います。まあ、人口が減っていくとはいっても、サッカーの顧客層の人数がそれに比例して減っていくかというと、私は必ずしもそうは考えていないのですが。
人口減の中では1人当たりGDPの増加を目指せ
鈴木:わかる、わかる。やっぱりサッカーがすばらしいエンターテインメント(娯楽)だとすると、なかなか減らないだろうって気はしますよね。
中原:これから日本人の働き方も柔軟に変わっていくなかで、定年も70~75歳ぐらいまで延びてきます。あるいは、そもそもフリーランスであれば定年がない。そういった流れのなかで、日本人の時間の使い方が仕事中心から、生きがいとか趣味にシフトしてくるのではないでしょうか。
だから政府や国に期待したいのは、国全体のGDPを伸ばすという目標は捨てて、1人当たりのGDPが減らなければいいという考えに改めてほしいということです。いくら経済成長率が高くたって、貧富の差が激しすぎるアメリカのような国になってもらっては意味がありません。あまり経済成長率に固執せずに、国民の生活が楽しくなる国づくりを目指してほしいですね。
鈴木:まさにおっしゃるとおりですね。
中原:この関連で言うと、アントラーズは観光業も本格的にやるというお話も聞いていますが、その経緯や今後の展開をお聞かせください。
鈴木:去年、スポーツ庁の会議に参加してきたんですが、スポーツを成長産業にしようという骨太方針のなかで、競技場をスタジアムに、体育館をアリーナに変えて、稼げる施設を目指そうという方針が示されたわけなんです。本業を支えるためにも、ビジネスに長けた人に投資する。
本業のサッカーを支えるために事業計画を練る
要するに、クラブチームはそのスポーツだけでは食い扶持を稼ぐことができないんですよ。だから僕らはハコモノのビジネスを始めているわけで、病院をやる、フィットネスクラブもやる、温泉もやると、どんどん多角化していかなければならないと思っています。
その一連の動きのなかで、DMO(その地域の観光資源に精通し、地域と協力して観光地づくりを行う法人のこと)をホームタウン、スポンサーと共に立ち上げて、外国人観光客を呼び込んで観光業もやるってことになったんですね。
だからサッカーとは違う分野で能力のある人、ビジネスに長けている人を会社にどんどん入れていかないと、本業のサッカー自体を支えられなくなるわけなんですよ。
中原:少しずつ投資をして人材を育てていかないと、時代の変化に対応できないということですね。
鈴木:そうそう。温泉をやろうとしたきっかけは堀江さん(堀江貴文氏)なんだけど、「お客さんがスタジアムに来る道中に温泉があったらいいよね」って言われて、それで1年くらい経ってから「やろう」ということになって、スタジアム内に今春オープンする予定です。
中原:鈴木さんはユーモラスにお話しになるので、多くの人たちがこの対談を読んで「面白い話だったなあ」と思ってくれることでしょう。しかしこれがそれだけで終わらないことを望んでいます。
このお話は一般の読者だけでなく、むしろ地方の企業経営者にとって非常に重要な話です。鹿島アントラーズの経営の要諦を、できるだけ多くの地方の経営者に学んでほしいと、心から願っています。
◆アントラーズが「観光業」までやってしまう理由(東洋経済オンライン)