「欧州の選手にとって(欧州)チャンピオンズリーグはレベルがグッとあがる。Jリーグの選手にとってACLの決勝はアジアで1番の舞台。そういう試合の前日練習でのピリピリした緊張感を経験できるというのは、若い選手にとってはすごくいいことだと思う。
こういう経験を積み重ねることで、明日の試合でも普通に入って、プレーできる選手になって行くんだと思うし。これから代表へ入ったり、海外へ出ていく若い選手にとっては、この決勝が入り口になるから」
11月2日、ACL決勝戦対ペルセポリス、ファーストレグ前日、内田篤人が語っている。彼自身は10月10日のルヴァンカップで負傷し、リハビリの真っ最中だ。しかし、ロッカールームや別メニューでのトレーニングを行いながらも、トップチームの様子を感じることはできる。
シャルケ時代には何度も欧州チャンピオンズリーグを戦い、W杯なども含めてビッグマッチの経験は多い。試合前日の緊張感から始まるメンタルコントロールは、平常心で試合に挑むうえで重要なポイントだ。何度もそれを経験してきた内田の言葉は重い。
「普通にできれば、やれると思う」と内田はアントラーズの勝利を予想した。
鹿島は落ち着き払っていた。
そして、迎えたファーストレグ。アントラーズの選手たちは、非常に落ち着いてプレーしていた。アグレッシブに試合を始めたペルセポリスの圧力にも慌てるところがない。GKのクォン・スンテは相変わらず好セーブでチームを救ってくれたし、昌子源を中心に守備陣も安定感を見せていた。
前半を0-0で終えると、アントラーズは後半に2ゴールを決める。10分余りの間に2失点したペルセポリスは、退場者を出すなどプレーが荒れた。ファールまがいの強烈なタックルや抗議など、イライラを募らせる相手にも鹿島イレブンは動じなかった。
2-0の完封で試合を終えたが、実は主力組が完封勝利したのは、9月29日の神戸戦以来のこと。ACL決勝へと駒を進めてはいたものの、10月は7試合を戦って2勝3分2敗。そのうちの1勝がACL準決勝のファーストレグであり、もう1勝は10月31日、控え組の選手たちを起用して戦ったセレッソ大阪戦である。普段出場機会のない選手たちが、「ここで勝って、ACL決勝へ繋げる」という強い気持ちのこもったプレーを見せてくれた。
「今日で引退が延びたんじゃないかな(笑)」
3日後にACL決勝戦を控え、大岩剛監督は大幅にメンバーを代えた。前線には若い選手の名前も並んだが、小笠原満男と永木亮太というベテランのダブルボランチと昌子が背骨となり、チームを支えた。久しぶりに試合間隔が1週間あったおかげか、選手たちのコンディションはよく、生き生きとプレーする若手が輝いていた。
そしてこの男も――。昌子が小笠原について話した。
「走行距離のデータでは、一番走っていたのは満男さんじゃなかったけど、俺には満男さんが一番走っているように見えた。俺なんかは試合中にいろいろ言うけど、球際ひとつとっても満男さんは背中で語る。今日の満男さんのプレーを見た若手が感じることっていうのは本当に大きかったと思う。そういう姿勢を見て、僕もここまで育ちました。
39、40になってもあのプレーができるというのは、俺は本当にすごいと思うし。あれは50だな、引退。今日で引退が延びたんじゃないかな(笑)」
久しぶりの完封勝利に、主力選手たちの気持ちも引き締まったに違いない。
「この勢いを決勝へ」
そんな気持ちですべての選手がACL決勝戦へと向かう。
ミスを責めるのは試合の後でいい。
しかし決勝戦ファーストレグは、「勢い」というよりも「落ち着き」が印象深い試合となった。セレッソ戦の闘志が「動」ならば、決勝戦の闘志は「静」だったように感じた。チームの空気を三竿健斗が証言している。
「今までは試合中に何かうまく行かないとき、誰かのせいにするというか『もっとやろうよ、やってくれよ』と思うことがあった。でもそうじゃなくて、たとえば誰かがミスをしたら、それを叱るとかそういうことを言うよりも、そのミスをカバーしてあげる。今チームにはそういう雰囲気がすごく強くあるんです。
水原戦で軽いプレーがあってピンチを迎えたとき、スンテが『大丈夫、大丈夫、怒るな』と言ってくれた。そういうときは誰かを責めるよりも、チームを落ち着かせるような言葉が大事だと思うようになった。心の余裕ができた」
三竿の言葉で、思い出した小笠原の言葉があった。今から10年前くらいだっただろうか。「ミスをした瞬間、一番それを悔いているのはミスをした選手本人。だから、そこで怒る必要はない。あとで話せばいいこと」
誰かが言葉で導くのではない。チームの空気が選手を育てるのだ。
非主力組を「勝ってこい」と送り出す。
11月6日の柏レイソル戦も、小笠原を中心に「非主力」と言われる選手がスタメンに並んだ。そして、金森健志、町田浩樹、山口一真がゴールを決め、3-2の逆転勝利を収めている。逆転弾を決めた山口は大卒ルーキー。プロ初ゴールだ。「これを外したらクビになるかもしれない」という覚悟と「だから絶対に決める」という強い気持ちが生んだ得点だと笑った。
先制しながらも2失点。うまく行かない守備を中盤の並びを微調整し、立て直したのは、小笠原を中心としたベテラン陣だった。
「小笠原、曽ケ端、遠藤(康)、永木は、今日だけを見ても非常に頼りになる。頼りになるという表現は失礼だが、非常に評価している。彼らの経験を若手が吸収していることが、成長できている要因、自信を持てている要因だと思う」
大岩監督も大きな信頼を寄せている。
ACL決勝を優先するための主力温存。だから、Jリーグは非主力で戦う、いわゆるターンオーバーのC大阪戦と柏戦。それでも「勝ち」を捨てたというわけではない。普段試合に出せる機会が少ない選手たちを「勝ってこい」と送り出したのだ。リーグ優勝は消えたものの、来季のACL出場権争いは熾烈だ。勝ち点を落とすわけにはいかない。
個人のアピール、ではない。
リーグ戦2連勝。この成果は非常に大きい。選手層が厚みを増すだけではなく、チームとしての方向性をひとつにしたからだ。C大阪戦後に昌子が語っている。
「試合に出たすべての選手が、この勝利の意味を理解してやっていた。このメンバーで勝てば、ACLにどれだけの影響を与えるのかを理解したうえで戦っていた。全員が割り切った考えをしていたんじゃないのかなと。
この試合で活躍してACLに出てやる、という考えを持った人たちじゃなかった。ここで、めちゃくちゃいいプレーをして勝って、ACLへ勢いをつけるという考えを持ってやってくれていた。それが、今日の結果を生んだんだと思います」
出場機会の少ない選手にとっては、絶好のアピール・チャンスだ。しかし、最優先すべきはチームの勝利だ。自分の良いプレーではなく、チームの勝ち。それが鹿島アントラーズというクラブの掟なのだ。
「初めてのアジアのタイトルが懸かった決勝で、俺が目立とう、点を獲ろう、MVPになりたい……選手たちにそういうエゴが出てくると、タイトルを逃すことになる」とジーコも言っている。
「誠実、尊重、献身」
この精神のもとに選手は集まり、チームがひとつになる。
昨季、1ゴールが足りなかった。
11月10日の決勝戦セカンドレグ。テヘランのスタジアムには8万人以上が集まる。完全アウェイの地で、果たしてタイトルを手にできるのか?
「ACLのタイトルは本当にチームの悲願なので、しっかりタイトルをとらなくちゃいけない。Jリーグも獲れないし、ルヴァンも落としました。だから、残りの2つ(ACLと天皇杯)は絶対に獲らなくちゃいけない」
自信に満ちた表情で、永木がそう語った。
昨季、あと1ゴール足りずにJリーグを獲れなかった。それを雪辱する大きなチャンスが訪れた。しかしまだチャンスでしかない。まだ何も手にはしていないのだから。
◆ACL決勝、の前にわかった強さの源。 鹿島で個人アピールは許されない。(Number)