日刊鹿島アントラーズニュース

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2019年12月19日木曜日

◆町田浩樹選手インタビュー(読売新聞)



町田浩樹 Koki.Machida



 12月12日号の読売KODOMO新聞「まるごと!! ご当地新聞茨城編」では、サッカー・J1鹿島アントラーズ(茨城県鹿嶋市)のDFで茨城県つくば市出身の町田浩樹選手(22)がインタビューに答えてくれました。

東京五輪を戦う世代の日本代表にも招集されている町田選手。幼少期の思い出や茨城の魅力など、紙面に載せきれなかった町田選手とのやりとりを、一挙公開します!


――町田選手はプロ4年目。プロの世界はどうでしょうか。
 「結果を出さないといけない厳しい世界ですが、勝った時のうれしさは本当に大きいので、すごく充実しています。身長を生かした空中戦は、攻撃でも守備でも武器だと思っています。それと左利きなので、チームにエッセンスを加えられるようにとは思っています」


――サッカーはいつ始めたのでしょうか。
 「幼稚園の年中からです。両親が忙しくて、仕事の間に何か習い事をということで、やらされました。最初は大泣きして反抗したんですけどね。一回やったら、はまっちゃいました(笑)。それからは小学校や家の近くの公園で、夜遅くまでサッカーしていましたね」

――他に習い事はしていましたか。
 「小学校の時は水泳をやっていて、結構得意でしたよ。それから習字。利き手を左から右に直そうとしたんですけど、大筆は右、小筆は左っていう特殊なスタイルになってしまいました。あと、鉛筆は直らなくて左です」

――いつからプロへの夢が芽生えたのでしょう。
 「小学校4年の時、つくば市にあるアントラーズの下部組織に入りました。中学校ぐらいまでは、『なれたらいいな』ぐらいの気持ちだったけど、高校で寮生活になり、隣でトップチームが練習していました。それを間近に見て意識が変わりました」

――鹿島はこれまで一度もJ2に降格したことがありません。リーグ優勝8回、天皇杯優勝5回、リーグ杯優勝6回の、いわば「常勝軍団」ですよね。強さの源はどこにあると考えていますか。
 「選手だけじゃなく、スタッフやフロント、サポーターの方全員が勝ちに執着していると感じます。練習でもとっくみ合いになったり、言い合いになったりしたこともあります。それだけ要求が高く、本気でやっている証拠だと思います」

――来年はいよいよ東京五輪です。意気込みを聞かせてください。
 「五輪が近付くにつれて、注目が高まっていると感じますし、代表にも定期的に呼ばれるようになって、どんどん出たい気持ちが強くなってきました。やっぱり日本で開催するということは大きいです」

――子どもたちにメッセージをいただけないでしょうか。
 「うーん、難しいですね。結果が出なくてもやり続けることが大事かなと思います。努力、練習をしている途中って、すぐに結果は出ないですし、だから途中で諦めちゃうとかあると思うんです。でも、続けることで見えてくることもある。継続は難しいですが、続けてほしいと思う。サッカーに限らず、もちろん勉強も」

――ちなみに今回は茨城特集。茨城の魅力を伝えるとしたら、どんなところでしょうか。
 「つくばはすごくいいと思うんですけどね。自然もあって、大きなショッピングセンターもあるし、東京にもすぐ行ける。バランスの取れた町で、すごく好きですよ。これっていう観光地とかがないので、伝わりにくいかもしれないけれど、すごく住みやすい。鹿嶋市も、海外遠征から帰ってきたら落ち着きますし。港町なので、おいしいものはいっぱいありますよ!」

――どうもありがとうございました!

まちだ・こうき 1997年生まれの22歳。身長190センチ、体重80キロの左利き。空中戦の強さが武器で足元の技術も高い。2016年にアントラーズのトップチームに昇格した。


◆町田浩樹選手インタビュー(読売新聞)





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