日刊鹿島アントラーズニュース

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2016年12月1日木曜日

◆岩政大樹が岡山に持ち込んだ鹿島流。 勝利の秘訣は「まだ言いませんよ」。(Number)


http://number.bunshun.jp/articles/-/826976

鹿島で幾多のタイトルを手にした岩政大樹が岡山にもたらしたものは限りなく多い。「勝利の経験」はその最たるものだろう。

 1-1で迎えた後半のロスタイム、松本山雅はセオリーどおり、ファジアーノ岡山のパワープレーをほとんど完璧に跳ね返していた。

 だが、その“セオリーどおり”が裏目に出てしまうのだから、サッカーは恐ろしい。

「このままだとキツいな、と思っていたら勝っちゃうんですから、長年サッカーをやっていますけど、分からないですね」

 30分ほど前に終わった試合を、岡山のキャプテン、岩政大樹はそう振り返った。

 鹿島アントラーズ時代に大一番を何度も制してタイトルを掴み取り、海を渡ってタイでも優勝経験のある男をして「分からない」と言わしめた雨中の激闘――。そのエンディングは劇的というよりも、サッカーの怖さを浮き彫りにした。

松本がラインを上げた判断は間違っていなかった。

 J2・3位の松本と6位の岡山によるJ1昇格プレーオフ準決勝。松本のホーム、アルウィンで行われ、引き分けで終われば松本の勝ち上がりとなるこのゲーム。押され放しだった岡山が23分に押谷祐樹のゴールで先制すると、74分に松本がCKからパウリーニョが頭で決めて同点に追いついた。

 このまま終われば敗退となる岡山は、豊川雄太、藤本佳希らFWを次々と投入、センターバックの岩政大樹も前線に上げてパワープレーに打って出る。ラスト5分、松本のゴール前は、大混戦になった。

 それでも松本は、放り込まれるボールを跳ね返し続け、90+1分にはボランチの武井択也を送り込み、いよいよ逃げ切り態勢を整えた――その直後だった。

 相手陣内に向けて大きくクリアした松本の守備陣は、ディフェンスラインをグッと押し上げた。

 ディフェンスラインに吸収されていた中盤の選手たちも、このブレイクで本来のポジションを取り直した。

 ゴール前にへばりついたままでは、いつかはやられてしまう。相手をゴール前から遠ざけるためにも、大きく蹴り出し、ラインを押し上げた判断は、間違っていない。

 だが、そこに落とし穴があった。

矢島は豊川にすべてを託したつもりだった。

 90+2分、岡山のMF矢島慎也が前を向いたとき、松本のディフェンスラインの後方にはスペースが、ディフェンスライン間には隙間が生じていた。

 矢島が左足で柔らかいフィードを送ると、豊川がヘディングでボールをゴール前に落とす。そこに走り込んできたのが、赤嶺真吾だった。

 矢島は豊川にすべてを託したつもりだった。

「真吾さんの位置も見えていましたけど、トヨのほうが動き出していたというか、視野に入ってきたので。トヨが自分でいくかなと思っていました。真吾さんまで行く過程は自分の中にはなかったですね」

 豊川は赤嶺のことを信じていた。

「見えていましたね。ああいう状況になっても真吾くんは見ていてくれるから、こっちはすごく動きやすい。それが点につながってよかったと思います」

岩政「ディテールをちりばめて試合をした」

 赤嶺は豊川が投入されたときから、この瞬間を待ちわびていた。

「トヨが入ったときから、あのスペースを狙っていました。本当に良い落としが来ましたし、GKも出ていたので良かったです」

 赤嶺が左足でGKの伸ばした左足のわずか先にボールを通すと、岡山を決勝へと導く勝ち越しゴールが決まった。

 試合後の取材エリア。大半の選手が立ち去ったあとで姿を現した岩政は、噛みしめるようにして振り返った。

「今日はいろいろなディテールをちりばめて試合をした。その部分では少し上回ったかな、という気がします」

岩政が前線へ上がったもう1つの理由。

 そのいろいろなディテールの1つが、パワープレーにおける駆け引きだ。

「(松本の長身FWの)三島くんが出てきて、僕が下がっていると三島くんに前に残られるだろうと。逆に僕が上がれば(マークのため)下がってくれて、そうしたら相手は守るしかなくなる。僕がなんとかしようというより、ゴール前でごちゃごちゃさせて何かを起こすことが大事だったので、(前線に上がることを)判断しました」

 岡山のパワープレーを見ると、松本の長身センターバック飯田真輝を避けるように、手前にボールを放り込んでいる。それもディテールのひとつだったに違いない。

古巣・鹿島が川崎に勝つのを見て思い出したこと。

 こうした一発勝負の大一番を迎えるうえで、岩政にとって大きかったのは、同じく一発勝負のJ1チャンピオンシップ準決勝だったという。岡山と同じように成績下位の鹿島アントラーズが成績上位の川崎フロンターレのホームに乗り込み、1-0で勝ち切った4日前の試合が、岩政をおおいに刺激した。

「鹿島のあの試合を見て、自分の中で思い出したことがあった。それがヒントとなって今日戦いましたので、彼らに感謝したいですね」

 思い出したものとは何だったのか――。

「言いませんよ、来週(決勝)がありますから。来週もし勝って昇格したら言います」と岩政は笑って煙に巻いたが、一発勝負で起こり得ることについて、チームメイトには事前に伝えていたという。

「戦い方を変えるわけではないですけど、押さえるべきポイントはリーグ戦とは変わってきますから、そこを少し意識させながら。一発勝負で起こり得ることを想定すると分かるかもしれませんね。今日の松本にはやはり起こってしまい、うちには起こらなかった。鹿島にも起こっていなかったけど、川崎には起きてしまった。そこは、一発勝負の面白さだと思いますけどね」

 リーグ戦とは違って、負ければ終わりの一発勝負は、ゲーム終盤を迎えれば迎えるほどプレッシャーがのし掛かる。そこで焦ったり、混乱したりしないで平常心でプレーできるかどうか。そうしたメンタル面の持ちように関することなのか、あるいは、絶対に先制点を許さないゲーム運びに関することなのか……。

相手の時間帯を凌げばチャンスが来る、という確信。

 岩政がどんなアドバイスを送っていたのかは定かではないが、いずれにしても、ゲーム終盤の攻防に関して、入念に準備していたことは確かなようだ。

「残り10分で土俵に持ち込めば、それなりにやれることがあるというゲームプランでした。同点になったあと、僕は落ち着けというサインを出したんですけど、ピッチの中でも、全然下を向いていなくて、ここから始まるぞ、という感じだった」

 そう長澤徹監督がゲームプランについて明かせば、岩政も同調するように、ピッチ内における心理について語った。

「後半なかばぐらいまでイーブンでいくのが自分たちのプランでしたから、(追いつかれても)そこに戻っただけだったので、がっかりした部分はありますけど、やることは想定していた。最後いかに刺すか、というところに持っていくだけ。相手が押せ押せの時間帯を凌いで残り5分になれば、相手は下がって、うちのチャンスになると思っていた」

「引き分けでオーケー」が頭をよぎる怖さ。

 この試合を見て改めて思うのは、失うものの大きいチームの難しさだ。

 松本がリーグ戦で稼いだ勝点は84。1位のコンサドーレ札幌との勝点差はわずか1、2位の清水エスパルスとは同勝点でありながら、得失点差で負ければすべてが水泡に帰すプレーオフに回らざるを得なくなった。ましてや、リーグ終盤に順位を2位から3位に落とし、自動昇格を逃したわけだから、切り替えることの必要性を理解していても難しい。

 上位チームにとって引き分けでも勝ち上がれるレギュレーションも、心の持ちようを難しくする。試合が始まる前からなのか、リードを奪った瞬間なのか、同点のまま終盤を迎えたときなのか、どこかで「引き分けでオーケー」という判断を下さなければならないときが来る。その意思統一が少しでも乱れようものなら、綻びが生じてしまう。

 勝点65、6位でプレーオフに進出した岡山は、勝つしか道が拓けないため、戦い方や意思統一に迷いがない。矢島の言葉が彼らの立ち位置を端的に表している。

「プレーオフに出られたのも命拾いしたようなもの。開き直って戦えた」

 12月4日に行われるJ1昇格プレーオフ決勝は、4位のセレッソ大阪と6位の岡山による対戦になった。失うもののない岡山が再び下克上を果たすのか、3年ぶりのJ1復帰を目指すC大阪が、有無を言わさずねじ伏せるのか。松本とはまったくタイプの異なる相手に岡山がどのようなプランを練るのか、注目したい。

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