日刊鹿島アントラーズニュース
Ads by Google
2017年2月6日月曜日
◆柴崎も続けるか? テネリフェからビッグクラブへ羽ばたいた名選手たち(サッカーキング)
今冬、MF柴崎岳がスペイン2部テネリフェへ移籍した。
テネリフェはスペイン本土から1400キロほど離れたカナリア諸島を拠点としている。その地理的な事情と経済規模はチームを編成するにあたって難しさもあるようで、彼らは過去、中南米などスペインの他クラブではあまり見られない国の選手を獲得している。
特に目に付くのが、柴崎同様に「初の国外挑戦」としてテネリフェを選んだケースだ。おそらくは「有力選手の確保が難しいテネリフェ側の事情」と「海外あるいは欧州に挑戦したい選手側の思惑」が合致してのことなのだろう。
そこで今回は柴崎の出世を祈願する意味も込めて、「テネリフェを経由してビッグクラブに羽ばたいていって選手たち」を紹介する。
■フェルナンド・レドンド(元アルゼンチン代表MF)
テネリフェ在籍年:1990〜1994
レアル・マドリードでも大活躍した優美なレフティボランチで、“ El Principito(王子)”とも呼ばれた。
母国アルヘンティノス・ジュニオルスでデビュー後、初の海外挑戦としてテネリフェに加入。4年間レギュラーとして活躍し、レアル・マドリードに引き抜かれた。
■フアン・アントニオ・ピッツィ(元スペイン代表FW)
テネリフェ在籍年:1991~1993
現チリ代表監督で、現役時代はアルゼンチン出身ながらスペイン代表としてプレーしたFW。
母国ロサリオ・セントラルでデビュー後、メキシコのトルーカを経て、初の欧州クラブとしてテネリフェに加入。その後バレンシアを経て一度テネリフェに戻った後、バルセロナへジャンプアップを果たした。
■ヘラルド・トラード(元メキシコ代表MF)
テネリフェ在籍年:2000〜2001
ハードなプレッシングでボールを闘犬のように追い掛け回し、中盤を精力的に動く元メキシコ代表ボランチ。
母国プーマスUNAMでデビュー後、初の欧州挑戦としてテネリフェに加入。その後、セビージャへとステップアップを果たした。結局、欧州の水には馴染めなかったが、母国復帰後に加入したクルス・アスルでは10シーズンに渡ってプレー。昨年NASLのクラブを退団後、現在はフリーとなっている。
■オリヴァー・ヌヴィル(元ドイツ代表FW)
テネリフェ在籍年:1996〜1997
ドイツ代表としてワールドカップ2大会に出場した小柄なアタッカー。そんな彼はフランス系ベルギー人の父とイタリア人の母のもと、スイスで生まれた。
母国のセルヴェッテでデビュー後、初の国外移籍としてテネリフェに加入。1年でドイツのハンザ・ロストックへ移籍したが、その後レヴァークーゼン、ボルシアMGへと出世を果たした。
■ロンメル・フェルナンデス(元パナマ代表FW/故人)
テネリフェ在籍年:1987~1991
母国アリアンサでデビュー後、21歳の時に初の海外移籍としてテネリフェに加入。2年目にはキャリアハイとなる18ゴールを記録し、チームの1部昇格に貢献を果たした。スペインリーグの「Best South American」にも選出されると、バレンシアに引き抜かれた。
だが、アルバセテにローン中の1993年に自動車事故で死亡。27歳という若さだった。彼へのトリビュートとして、生まれ故郷のパナマ市にあるスタジアム名が「エスタディオ・ロンメル・フェルナンデス」になった。
■ロイ・マカーイ(元オランダ代表FW)
テネリフェ在籍年:1997〜1999
母国フィテッセでデビュー後、初の海外移籍としてテネリフェへ加入。2シーズンで21得点を記録し、デポルティーボへと引き抜かれた。
その後は“スーペル・デポル”のエースに君臨し、バイエルンでも活躍。現在はフェイエノールトのユースでコーチを務めている。
(記事提供:Qoly)
https://www.soccer-king.jp/news/world/esp/20170205/549500.html?cx_cat=page1
Ads by Google
日刊鹿島
過去の記事
- ► 2024 (1109)
- ► 2023 (1261)
- ► 2022 (1152)
- ► 2021 (1136)
- ► 2020 (1404)
- ► 2019 (2168)
- ► 2018 (2557)
- ▼ 2017 (2892)
- ► 2016 (2193)
- ► 2015 (1859)
- ► 2014 (2464)