日刊鹿島アントラーズニュース

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2018年12月2日日曜日

◆脳を活性化する「ライフキネティック」の凄み(東洋経済オンライン)



深井正樹 Masaki.Fukai





「サッカー日本代表が世界で勝つには、もう認知能力・判断力を上げるしかないと思っています。

技術は世界のトップクラス並と言われていますし、フィジカル面だって圧倒的に弱いのかといったら、今はそこまで大差ない。身体能力は海外の大柄な選手にも引けを取りません。

そう考えたら、日本が世界の上位に食い込んでいくには、『脳』にフォーカスしたトレーニングを取り入れるしかないんです。僕はライフキネティックと出会って、日本サッカー界を変えるにはこれしかないと思いました」

鹿島アントラーズ、ジェフユナイテッド市原・千葉などで14年にわたり、Jリーグで活躍した深井正樹氏(現・ジェフ千葉普及コーチ)は、ドイツ発祥の脳活性化プログラム「ライフキネティック」との出会いにより、日本サッカー界の課題と未来への指針をこう見出した。


全世界で活用が進むライフキネティックとは


ライフキネティックとは、簡単な動きで脳を活性化させることを目的としたプログラム。ドイツ有数の運動指導者の1人であるホルスト・ルッツ氏が開発し、脳科学研究者や学習指導研究者との共同開発で独自のプログラムを開発している。

認知機能や学習能力、そして運動のパフォーマンス向上など、さまざまな効果を理論的に導き出したうえで成果へとつなげていくトレーニングで、注目が集まっている。

発祥地のドイツを中心としたヨーロッパ諸国はもちろん、アメリカや日本でも導入が始まっており、世界各国で広がりをみせている。

スポーツ界のあらゆるジャンルで導入が進んでいるが、特にドイツのプロサッカーリーグでは多くのチームがこのプログラムを活用。香川真司選手が所属するドルトムントも、ユルゲン・クロップ氏(現・リヴァプール監督)が監督として率いていた時代にトレーニングメニューに取り入れた。それもあって、2010年からリーグ2連覇を果たしている。

国内においては、深井氏が所属するジェフ千葉(普及育成)、そして来シーズン6年ぶりとなるJ1昇格を果たした大分トリニータ(トップチーム、普及育成)。さらには野球、水泳、格闘技、ソフトテニスなど、団体から個人まで幅広い競技に導入されている。

深井氏は引退後、古巣のジェフ千葉で普及育成コーチを務め、今年5月からライフキネティックアンバサダーとしても活動を開始した。

きっかけは、同チームで同じく普及コーチとして指導している伴英氏の存在だった。伴氏は、もともとライフキネティックトレーナーとしても活動しており、一緒にクラブの練習メニューを作っている際、脳活性化プログラムの話を聞いたという。

「めちゃくちゃいいメソッドじゃん!」

そう思った深井氏は、実際に体験会に参加し、自身もトレーナー資格を取得しようと勉強に励むようになった。

「ライフキネティックを学んでいくうちに、より多くの人たちに知ってもらって、それを活用してほしいと思うようになりましたね。スポーツだったら競技力向上のために、高齢化が進む社会では、認知機能低下予防・介護予防を目的としてトレーニングを取り入れてほしいなって」(深井氏)

アンバサダー就任後は、チームのスクールでトレーニングを実施し、各地方に赴いて定期的に体験会を開催するようになった。最近では、一般企業からも「ライフキネティックを教えてほしい」と依頼がくるようになったそうだ。

「ライフキネティックの魅力は、誰でも楽しく、簡単にできるところ。

企業内での体験会では、普段顔を合わせない他部署の初対面の社員も多く集まるのですが、トレーニングをしていくうちにすごく仲良くなるんです。体験会では毎回、その場はすごく和んで、笑顔が絶えない空間になりますね」(深井氏)

トレーニングそのものも、実際にやってみるとまったく難しくない。体験会でよく行われるのは、赤・青・黄色の3色のボールを使ったトレーニングだ。参加者数名で輪を作り、はじめは赤いボール1つを使って適当に投げて渡していく。その際、「〇〇です」と自分の名前を言いながら投げるのがルールだ。

ある程度時間が経ったら、次に黄色いボールを投入。黄色の場合は、“投げる相手”の名前を言いながら渡すことが条件となる。最後に追加する青いボールは“次に投げてほしい人の名前”を言いながら渡さなくてはならないため、3色のボールが目まぐるしく飛び交うと、何を言えばわからなくなってしまい、脳が混乱してしまう。

だが、それがこのトレーニングのミソだ。

自分の目で見てボールの色を認識し、その指示が何だったかを思い出して相手に投げる、という動作を同時に行うことで、脳を最大限に活用することができる。それを何度も繰り返していくことで、認知機能や視覚機能を高めることができるのだという。


眠れるパフォーマンスを引き出す視野拡大の重要性


ライフキネティックの考え方としては、そのトレーニングにおいて2つ以上の比較的単純な運動・思考を同時に行うことを基本としている。

サッカーの練習に置き換えると、足で蹴ってドリブルをしながら、手でもバスケのドリブルをしたり。あるいはリフティングをしながらお手玉をするなど、応用の仕方によってはあらゆる競技に合ったトレーニングが生み出される。

深井氏も、トレーニングを作る際は必ずテーマを決め、さまざまなサッカー要素を取り入れているという。

「特にライフキネティックの練習でテーマとして掲げているのは“つねに上体を上げてドリブルをできるようにする”ということ。ドリブルって、走りながらボールを扱って、周りを見ながらいろんなことを考えないといけない。普通に考えたら、サッカーってすごく難しい。

初心者や子どもたちなら、なおさら下を向いてボールを見ないとドリブルできません。だからドリブルをしながら何かほかの動きをする、というトレーニングはつねに取り入れています」(深井氏)

ドリブルやフェイントといった技術は、練習を積み重ねれば自然と上達し、視線も前に向くようになるとよく聞く。だが、必ずしもそうではない。逆にサッカーを始める頃から上体を上げる癖をつけることで、トップスピードでドリブルしながらでも、自然と周りを見ながらボールコントロールができるようになると深井氏は考える。

実際にライフキネティックを教えているジェフ千葉のスクールでも、そういったトレーニングを毎回取り入れた結果、選手たちのプレーはガラリと変わったという。ある日、指導している子どもの親が練習を見学に訪れた際、深井氏にこう話した。

「なんか最近、あの子、周りが見えるようになって、すごくプレーが変わりましたね」と、明らかにプレーが変化していたのだ。





ドイツのノイビーベルクにあるミュンヘン連邦軍大学では、2009年にギュンター・ペンカ教授のもと、ライフキネティックトレーニングの効果を30人の被験者(主にスポーツ学生)を対象に、平衡能力・目と手の協応・目と足の協応について検証。その結果、被験者の直立平衡感覚が改善されたと証明している。

目と手の協応と目と足の協応課題での処理速度は8.38%~11.32%増加し、課題が複雑になるほど改善されている。

ライフキネティック公認マスタートレーナーである中川慎司氏は、トレーニングによって視野が拡大する影響についてこう話す。




「視野の広さは、普通に生活していたら、どこからどこまで見えているのかを意識しないと思います。だから実際に視野が広がっても、すぐには気付かない。

でもトレーニングをする前と、ある程度の期間実施した後の視野の広さを調べると、何十センチも広がっている人も中にはいます。

自分でわかるようになると、“あぁ、視界が広がるとこんなに景色が違うんだな”って実感できるようになる。特に『目』に関しては結果が出やすいので、たくさんの方から反響をいただきますね」(中川氏)

深井氏も、実際にトレーニングを広めていくなかで、教え子のパフォーマンスが著しく向上する姿を何度も目の当たりにした。相手選手の動きを広い視野で知覚し、状況変化に瞬時に対応する。

そんな場面を見てきたからこそ、「日本サッカーが本当に世界一を目指すなら、個人的にでもいいから選手は取り入れるべき」だと深井氏は断言するのだ。


障がい者の行動範囲を広げ、生活そのものを変えていく


また、深井氏は、2018年6月にCPサッカー日本代表に対してライフキネティック教室を開いた。CPサッカーとは「脳性まひ者7人制サッカー」のことで、杖なしで、歩行・走行可能な肢体不自由者を対象とした競技。

東京パラリンピックの競技種目からは外れてしまったが、1984年よりパラリンピックの正式種目として採用されていた。

教室を開催したのはこの1度だけではあるが、深井氏は実際に指導するなかで、確かな手応えをつかんだ。

「CPサッカーの選手は、症状が重い順からFT1、FT2、FT3の3つのクラスに区分されているのですが、試合中は7人中で必ずFT1を1人以上、FT3については1人以内のメンバーで構成しなければなりません。その中でライフキネティックを教えると、やはり重度の選手はなかなか動くことができませんでした。

それでも、“わかんねー”とか言いながら、すごく楽しそうなんです。その姿を見て、この選手たちなら、やり続ければ絶対もっとできることが増えるだろうなって。だから続けてほしいと思いました」(深井氏)

パラアスリートを含め、障がい者は自分の中でどこか行動を制限してしまう。実際に聞こえなかったり、見えないのだから、仕方がない部分もある。サポートする周りも、危険なことをやらせることはしないだろう。

だが、練習や日常生活でやらないことを経験するだけで、多少なりとも脳は必ず刺激を受ける。

それによって昨日より今日、そして明日と、できることが増えていく。

「子どもの時は誰でも無茶したと思うんです。遊びの中で足を擦りむいたり、骨折したりして。でも大人になると、知らず知らずのうちに無茶なんてしなくなる。特に障がい者の方々は、無茶どころか、制限が非常に多いと思います。だからこそ、制限を取り払って挑戦してほしい。ライフキネティックは、そのきっかけとなるトレーニングでもあるんです」と中川氏。


「CPサッカーの選手は、症状が重い順からFT1、FT2、FT3の3つのクラスに区分されているのですが、試合中は7人中で必ずFT1を1人以上、FT3については1人以内のメンバーで構成しなければなりません。その中でライフキネティックを教えると、やはり重度の選手はなかなか動くことができませんでした。

それでも、“わかんねー”とか言いながら、すごく楽しそうなんです。その姿を見て、この選手たちなら、やり続ければ絶対もっとできることが増えるだろうなって。だから続けてほしいと思いました」(深井氏)

パラアスリートを含め、障がい者は自分の中でどこか行動を制限してしまう。実際に聞こえなかったり、見えないのだから、仕方がない部分もある。サポートする周りも、危険なことをやらせることはしないだろう。

だが、練習や日常生活でやらないことを経験するだけで、多少なりとも脳は必ず刺激を受ける。

それによって昨日より今日、そして明日と、できることが増えていく。

「子どもの時は誰でも無茶したと思うんです。遊びの中で足を擦りむいたり、骨折したりして。でも大人になると、知らず知らずのうちに無茶なんてしなくなる。特に障がい者の方々は、無茶どころか、制限が非常に多いと思います。だからこそ、制限を取り払って挑戦してほしい。ライフキネティックは、そのきっかけとなるトレーニングでもあるんです」と中川氏。




実際にケルン大学では、Dr.マティアス・グリュンケ教授のもと、9~12歳の学習に問題のある児童35人を対象に、ライフキネティックで注意と流動性知能(新しい問題を解決し、新しい状況に適応する能力)が向上するかを2011年に調査。

ライフキネティックグループとスポーツグループに分け、どちらのグループも週3回25分間の追加トレーニングとして、前者はライフキネティックを、後者は動作ゲームのような非固有のスポーツを5週間以上行った。

その結果、ライフキネティックグループはスポーツグループに比べて知能指数が約3倍の12.2%上昇。トレーニング前は平均以下の78だったにも関わらず、5週間後には通常範囲の87になっている。





発達障害の子どもへの教室も開催


実際にドイツのケルン大学などでは、発達障害の子どもたちへのトレーニングで大きな成果をあげている。日本においても、発達障害者に向けてあらゆるサポートを行っている日本発達障害支援協会もライフキネティックを取り入れ、幼児・児童を対象に教室を開いたという。

障がい者はもちろん、健常者やアスリートまで、日常生活を豊かにし、眠れるパフォーマンスを引き出す可能性を秘めるライフキネティック。

認知能力を高めれば健康寿命を伸ばすことも期待できる。アスリートであれば、どんな競技でも世界一を狙える位置に近づけるかもしれない。

このメソッドが日本において当たり前の存在になった時、どんな「進化」がもたらされるのだろうか。








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