ビスマルクは「何でも食べた」 ミューレルは規律に感銘
Jリーグの歴史を語るうえで、外国籍選手の存在は欠かせない。プレーヤーとしての実力はもちろんのこと、日本の生活や文化に馴染もうと努め、活躍につなげた例は多い。「FOOTBALL ZONE」では、「外国籍選手×日本文化」の特集を組むなかで、かつてJリーグで活躍したブラジル人選手が好きな日本文化を挙げていく。(文=藤原清美)
■ビスマルク:食べ物
ヴェルディ川崎、鹿島アントラーズ、ヴィッセル神戸の合計10年間に渡って日本でプレーし、今は代理人としてJリーグのクラブとも繋がりを持つビスマルク。彼が日本の食について話し始めると、庶民的な話題が止まらない。
「何でも食べたよ。ナットウもウメボシも好き。リオデジャネイロでも、自宅の近くに日本食品を売る店があるから、キムチが入荷されていたら、その場で買い占めるんだ。3つあったら3つ、6つあったら6つ(笑)。それに、友達が来たらカレーライスを振る舞うために、家には欠かさずルーが買い置きしてある」
出張で日系ブラジル人の多いサンパウロに行くと、寿司や刺身に誘うブラジル人が多いが、ビスマルクはいつもしゃぶしゃぶの店に連れて行く。
「あの肉や野菜はもちろん、タレが好きでね。塩辛いのと、甘いのと、醤油味のもあって。みんなに『こんな美味しいものがあるのか!』と感激されるんだよ」
■レオナルド:素朴な暮らし
ブラジル代表として1994年ワールドカップ(W杯)優勝の直後に、鹿島アントラーズにやってきたレオナルドは、それ以前から日本文化に興味を持っていた。
「神社仏閣のような建築物や、日本庭園の自然の生かし方、日本人の考え方など、色々な本を読んでいた」
そして、いざ日本に住んで感じたさらなる魅力は、身近な暮らしの中にあった。
「鹿嶋は小さな街だから、僕ら選手とサポーターは、スーパーマーケットやレストランなど行く先々で出会って、自然に言葉を交わしたんだ。自転車が日常の交通手段だったから、道すがら、田んぼで仕事をする人たちと挨拶したり。シンプルで、家族的で、とても楽しい生活だった。みんなが身近で、でもすごく尊重してくれる、健全で素晴らしい関係があった。当時20代半ばだった僕にとっては、あの街にある“人を尊重する文化”が、僕自身のあり方も変えたと思うんだ」
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