ブラジルのサントスFCは、日本を含む世界中で認められている伝統的なクラブだ。2012年、アルビレックス新潟からグレミオ・マウアエンセに期限付き移籍していた西村竜馬と話した時、「日本で最も有名なブラジルのクラブはどこ?」と尋ねた時のことを今でも覚えている。彼が口にしたクラブの名前は「サントスとサンパウロ」だった。
サントスがブラジルで最も有名なクラブの一つであるのは当然だ。王様ペレやネイマールらが在籍し、“キングカズ”こと三浦知良もプレーしたクラブだ。歴史と誇りを持つブラジルの強豪クラブは、長く日本のサッカーファンから尊敬と称賛の的だった。だからこそ、今回サントスがV・ファーレン長崎のファビオ・カリーレ氏を新指揮官として招聘した際に事態は非常に恥ずべきことなのだ。12月19日、カリーレ氏がサントスの新監督に就任し、プレシーズンからチームの指揮を執ると発表されたが、まだ長崎との契約が1年間残っている状態だった。
サントスは今、創設111年の歴史の中で最も激動の時期を迎えており、昨季は初めてブラジル全国選手権でセリエB降格を喫した。その降格は偶然ではなく、近年の経営陣と計画ミスの結果だった。伝統あるクラブにおける失態はブランドを損なうだけではなく、移籍市場でも悪い評判を生み出すようになっていく。カリーレ氏の件は、いくつかある問題うちの一つに過ぎない。サントスは移籍金を支払わずに選手(今は監督もだが……)と契約することに慣れているようだ。
2017年にドイツのハンブルガーSVからDFクレベール・レイスを獲得したが、移籍金約450万ユーロ(約7億2000万円)を支払わなかったため、2020年にFIFAから補強禁止処分を受け、新規選手登録もできなくなった。同年にコロンビアのアトレティコ・ナシオナルから獲得したDFフェリペ・アギラールの移籍金も支払わず、FIFAが支払いを命じている(支払いは3回に分けて行われ、サントスは最初の1回のみを支払った)。2019年にもチリのCDウアチパトからMFジェフェルソン・ソテルドを獲得したが、こちらも移籍金を1円たりとも支払わなかったため、2021年に再びFIFAから補強禁止処分が下された。
そして昨年は鹿島アントラーズとの契約が半年残っているMFディエゴ・ピトゥカのサントス移籍を先行して発表し、鹿島のファン・サポーターに驚きを与えた。サントスは水面下でピトゥカに契約満了前に鹿島を離れるよう説得したようだが、ピトゥカはプロとして最後まで鹿島の選手としての契約を全うした。
「まず獲得をして、その後に支払い方法を探す」というのがクラブの方針なのか。約束を守らず、経済的な条件を満たすことなく無責任に補強をする。サントスはカリーレ氏と長崎の契約や違約金について「知らなかった」と話している。事態が何とか解決するまで、時間を稼ぎ続けるだけで十分であるかのような振る舞いだ。これは日本を馬鹿にしていると断言していいだろう。過去を振り返るとドイツ人、コロンビア人、チリ人、そして今は日本人のサッカー関係者たちを困惑させている。この形式の交渉は、100年以上に渡って築き上げてきたクラブの歴史に傷を付ける行為だ。サッカー界で常に緊密な関係にあったブラジルと日本の関係を損ないかねない。
また長崎市とサントス市が姉妹都市であるからこそ、この状況をさらに厄介なものにしている。昨季サントスは1908年に笠戸丸がサントス港に到着したことから始まったブラジルへの移民を記念して、鯉のデザインのサードユニフォームを発売した。以前カリーレ氏にインタビューした時、彼は「ブラジル人監督に再び日本の市場を開きたい」と語ってくれた。しかし、その言葉とは全く逆の事が起こってしまうのではないか。今回の契約は、長崎というクラブ、ファン・サポーターを裏切る行為だった。
そして今季はJリーグ史上初めて、ブラジル人監督不在のままシーズンを迎えることになる。スペイン人、ドイツ人、ノルウェー人、オーストラリア人の指揮官はいるが、ブラジル人監督はついに「0」になった。1996年には16クラブ中7クラブがブラジル人監督という“絶頂期”だった。しかし、その数は年々減りつつあり、今季はついに0人に。今回のカリーレ氏の件もあり、今後日本サッカー界でのブラジル人監督が就任する機会はさらに減っていくかもしれない。
取材・文=チアゴ・ボンテンポ(Tiago Bontempo)
◆カリーレ監督就任問題は“ほんの一例”…失意の名門サントスが繰り返す「無責任な契約」の実態(サッカーキング)