日刊鹿島アントラーズニュース

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2024年3月19日火曜日

◆【湘南】山本脩斗氏引退セレモニー「本当に幸せな16年間でした。ありがとうございました」と涙(ニッカン)



山本脩斗


湘南ベルマーレは17日、ホーム浦和レッズ戦後に、昨季限りで現役を引退した山本脩斗氏(38)の引退セレモニーを行った。

21年に湘南に加入し、3シーズンにわたってプレーした山本氏は、「湘南ベルマーレに3年前に来て、日々の練習で仲間に刺激をもらいながらこの年でも成長できていることを実感し、心から楽しくサッカーをすることができました」と振り返った。その上で「本当に幸せな16年間でした。ありがとうございました」などと涙ながらに感謝した。

早大から08年にジュビロ磐田に入団。鹿島アントラーズで長く活躍し、昨季限りで湘南で16年間の現役生活にピリオドを打った。現在は鹿島のスカウト担当に就いている。セレモニーでは、駆けつけた家族から花束を手渡されるなど、感動的な演出もあり涙。サポーターからはチャントで感謝されていた。J1通算277試合14得点。17年には、32歳で日本代表にも選出された。

 

スピーチ全文は次の通り。

 

このような時期にこのような時間を作っていただいた湘南ベルマーレの関係者のみなさまありがとうございます。

昨シーズンをもちまして引退する決断をしました。小学2年生のときにJリーグが開幕し、サッカー選手になると夢をみて、いつも練習していました。プロになるまでも、多くの指導者、仲間に恵まれ、多くの方にサポートしていただき本当にありがとうございます。

プロになる直前に病気になり、それでも自分を受け入れてくれたジュビロ磐田、ありがとうございます。

タイトルをとり、さまざまな経験をさせてくれた鹿島アントラーズ、ありがとうございます。

そして、湘南ベルマーレに3年前に来て、日々の練習で仲間に刺激をもらいながらこの年でも成長できていることを実感し、心から楽しくサッカーをすることができました。

コロナ禍を経て、また再びファン、サポーターの皆さまの熱いそして、温かい声援をこのレモンガススタジアムで、再び聞けたことを忘れません。本当にありがとうございました。

16年間、いろいろな経験がありました。うれしいことも辛いこともありました。ただその1つ1つがサッカー選手として、人として成長できたんだと感じています。

本当に幸せな16年間でした。ありがとうございました。

サッカーを始める上で、自分をサポートして自分の意見を尊重してくれた両親、本当にありがとうございました。そして、妻、2人の子ども、いつも温かく寄り添ってくれて、共に戦ってくれて、パワーをくれて本当にありがとうございました。サッカー選手としての人生は終わりますが、新たなステージでも自分らしく、そして日々成長していけるように、精進して参りたいと思います。16年間本当にありがとうございました。





◆【湘南】山本脩斗氏引退セレモニー「本当に幸せな16年間でした。ありがとうございました」と涙(ニッカン)





2024年1月8日月曜日

◆鹿島、クラブOB山本脩斗氏が強化・スカウト担当スタッフ、クォン・スンテ氏がGKアシスタントコーチ就任(FOOTBALLZONE)



山本脩斗


クラブが公式発表


 鹿島アントラーズは1月7日、2023年限りで現役を引退した元日本代表DF山本脩斗氏が、クラブの強化部門を担当するフットボールディビジョン・プログループのスタッフ(強化・スカウト担当)に就任することを発表した。

 山本氏は、2014~20年に鹿島に在籍。J1リーグ優勝(2016年)、リーグカップ優勝(15年)、天皇杯優勝(16年)AFCチャンピオンズリーグ(ACL)優勝(18年)とタイトルを獲得し、日本代表としても1試合に出場した経験を持つ。

 山本氏はクラブを通じ、「鹿島アントラーズに関わるすべての皆さん、お久しぶりです。山本脩斗です。スタッフという形でまたこのクラブに戻って来ることができ、嬉しく思います。2024シーズンから強化・スカウト担当を務めさせていただくことになりました。アントラーズの目標達成に向けて、力になれるよう頑張ります。どうぞよろしくお願いいたします」とコメントしている。

 また、昨季限りで現役を引退した元韓国代表GKクォン・スンテ氏が、トップチームのGKアシスタントコーチに就任することも発表。クォン・スンテ氏は「再び、鹿島アントラーズの皆さんと一緒に仕事をすることができ、光栄に思います。アントラーズのファミリーとしてチームが目標としているものに向かって、自分の最善を尽くします」と語っている。

(FOOTBALL ZONE編集部)








◆鹿島、クラブOB山本脩斗氏が強化・スカウト担当スタッフ、クォン・スンテ氏がGKアシスタントコーチ就任(FOOTBALLZONE)


2023年12月28日木曜日

◆湘南DF山本脩斗が38歳で現役引退 鹿島時代にはJ1、ルヴァン杯、天皇杯、ACL優勝を経験(FOOTBALLZONE)






J1通算277試合に出場


 湘南ベルマーレは12月27日、38歳のDF山本脩斗が2023年シーズンをもって現役を引退することを発表した。

 山本は早稲田大を卒業後、ジュビロ磐田に加入し、鹿島アントラーズ、湘南ベルマーレでプレー。J1リーグ通算277試合14得点、カップ戦通算54試合6得点、天皇杯通算25試合2得点を記録した。

 磐田時代の2010年にナビスコカップ(現ルヴァンカップ)優勝、鹿島時代にはナビスコカップ優勝、J1リーグ戦優勝、天皇杯優勝、AFCチャンピオンズリーグ優勝を経験している。

 山本はクラブを通じ、「今シーズンをもちまして引退する決断をしました。16年間応援していただき、本当にありがとうございました。自分をサッカー選手に育て成長させてくれた上田スポーツ少年団、北松園中学校、盛岡商業高校、早稲田大学の指導者の皆様に改めて感謝いたします。そしてジュビロ磐田、鹿島アントラーズ、湘南ベルマーレで関わってくださったチームメイト、監督、スタッフ、ファン、サポーター、スポンサーの皆様、すべての方々に感謝いたします。本当にありがとうございました。サッカー選手として様々な経験をし素晴らしい景色を見ることができたことを誇りに思いますし、その中で色々な方と出会い、支えられ、成長できたことを嬉しく思うと共に幸せに思います。そしてどんな時も自分の味方でいてくれて支え続けてくれた妻、いつもパワーをくれた2人の子ども達、自分の考えを尊重し応援してくれた両親、本当にありがとう。今後はサッカーで得た経験を活かし、新たな場所でもたくさんの事を学びながらチャレンジしていきたいと思います。これからも山本脩斗をよろしくお願いします」とコメントしている。

(FOOTBALL ZONE編集部)







◆湘南DF山本脩斗が38歳で現役引退 鹿島時代にはJ1、ルヴァン杯、天皇杯、ACL優勝を経験(FOOTBALLZONE)



2022年4月19日火曜日

◆「FWみたい」 湘南ベテランDFの“流血”劇的Vヘッド弾にファン感嘆「これは泣く」(FOOTBALLZONE)






DF山本脩斗が決勝ゴール、湘南がリーグ戦9戦目で今季初勝利




 J1湘南ベルマーレは4月17日にリーグ第9節でガンバ大阪と対戦し、1-0で勝利した。湘南に今季初勝利をもたらしたDF山本脩斗の決勝ゴールに、ファンから「これは泣く」「FWみたい」などの声が上がるなど、注目されている。

 山本は2008年にジュビロ磐田でプロデビューを果たし、14年に鹿島アントラーズへ完全移籍。鹿島では7シーズンプレーし、21年に湘南へ加入し、昨季はリーグ戦8試合の出場にとどまっていた。

 そんな山本が、湘南戦で3試合ぶりのスタメン復帰を果たすと、終了間際に殊勲の働きを見せる。

 両チームスコアレスで迎えた後半アディショナルタイム、右サイドを駆け上がったDF石原広教がクロスを上げると、山本がヘディングシュート。ボールはゴール左へ吸い込まれ、劇的決勝ゴールとなった。

 山本は競り合った瞬間に相手DFと交錯し頭部を出血するも、試合後にはスタンドに駆け付けたファン・サポーターに笑顔も見せており、大事には至らなかったようだ。

 そんな山本のゴールシーンが、Jリーグ公式ツイッターで公開されると、ファンは「魂のヘッド」「ヘディングの強さは相変わらず」「これは泣く」「FWみたいな位置にいる」などといった賛辞を並べている。

 山本は試合後、「目指しているところはもっと上。これをベースにじゃないですけど、続けていかないといけないので、また切り替えてやっていきたい」とコメント。今季初勝利に満足することなく、次戦に向けて気持ちを切り替えていた。




◆「FWみたい」 湘南ベテランDFの“流血”劇的Vヘッド弾にファン感嘆「これは泣く」(FOOTBALLZONE)


2021年11月2日火曜日

◆湘南DF山本脩斗、J1残留へのカギは「ゲーム運び」…3日・札幌戦、残り5戦(報知)






 湘南のDF山本脩斗が1日、オンライン取材に応じ、J1残留へのカギに「ゲーム運び」の重要性を強調した。

 先月23日の前節は横浜FCに2―1で逆転勝利。7戦ぶり白星で16位に浮上し、J2降格圏を脱出した。リーグ戦10試合ぶりに先発した山本は「勝ち点3以上の重みがある試合で絶対に結果がほしかった。勝ち点3はすごく大事だし、何よりのエネルギーというか、その経験が次に生きる。ポジティブになれる」とかみしめた。

 昨冬に鹿島から完全移籍で加入し、リーグ戦の出場は3試合のみ。それでも、昨季まで7年間在籍した常勝軍団で培った「勝利のスピリット」を練習などでチームに注入している。

 チームはMF田中、畑、平岡と19歳の3人が主力を担うなど、若手選手が主体。練習中や練習後には、36歳ベテランの山本が若手に話しかける場面も多く見られる。「練習で『今こうした方がいいんじゃないか』とか、感じたことを伝えるように意識してる。自分にしか分からないこと、経験したことはある。守備やポジショニング、ポゼッションのこと。細かい1m、2mのポジショニングが大事。細かい部分を伝えてる」と明かした。

 今季は14敗のうち、1点差負けが9試合。9月26日の川崎戦(1●2)、10月16日の鳥栖戦(1△1)と先制しながらも同点、逆転される試合が目立った。山本はその要因に「ゲーム運び」を挙げた。

 「1点勝っていても、もったいない取られ方で追いつかれたりがある。勝ってる中で落ちついてもう1点取りにいくか、ボールを回して自分達の時間帯を長くしてゲームを終わらせるか。みんなで共通理解のもとで運べるようになれば、もっと勝ち点を取って上にいける」

 引き合いに出したのは、J1やACLを制覇した鹿島での経験だ。「鹿島の時は、点を取られても時間があったらまだいけるぞと自然な空気感で流れてた。例えば1―0で勝っててラスト15分しかなかったら、あえてリスクを負わずにボールを保持してゲームを終わらせることもしてた」と振り返り、「ゲーム運びのところをもっと伸ばしていくことで、これからもっと強いチームになる」と強調した。

 3日の次節・札幌戦(札幌D)を含め、今季は残り5戦。自動降格圏・17位の徳島とは勝ち点1差と、残留にむけて負けられない試合が続く。

 山本は「点が入る時は数秒で入る。守備の仕方、相手のポジショニングを見ながら自分たちがどういうアクションを起こすのか。練習でやっていることをいかに出せるか。個人だけではなく、チーム全員でその意識を持って勝ちにつなげることが大事になる」と力を込めた。


◆湘南DF山本脩斗、J1残留へのカギは「ゲーム運び」…3日・札幌戦、残り5戦(報知)


2021年1月30日土曜日

◆【湘南】35歳ベテラン山本脩斗、鹿島から新加入で決意「新しい挑戦。経験を伝えていきたい」(報知)






 鹿島から湘南に新加入した元日本代表DF山本脩斗(35)が沖縄キャンプ5日目の29日、オンライン取材に応じ、意気込みを語った。

 18年のACL優勝などを経験した鹿島から湘南へ完全移籍で加入。19年はリーグ6試合、昨年は7試合の出場にとどまっただけに「去年、一昨年とケガでなかなか出られず、難しさや悔しさはあった。湘南から良いお話をいただき、新たな挑戦という気持ちできた。新しいところでチャレンジしたい」と決意を語った。

 7年間所属した常勝軍団で培った「勝利のメンタリティー」を湘南に植えつける。「もともと言葉で言うタイプじゃないけど、自分が感じたことは伝えて少しずつ修正していければ、鹿島のいい部分の守備、経験してきたことを伝えられればチームのためになる」。湘南は昨季、1点差負けが14試合あり、最下位に沈んだことを踏まえ「チームの持ち味のアグレッシブさを出しながらも冷静な判断も必要。試合中に近くにいる選手に伝えたり、チーム全体で共有していきたい」と持ち前の冷静な状況判断でチームを支えていく。

 山本は昨季終盤に右太ももの肉離れで全治1か月弱と診断されたが、オフ期間に回復。現在はチーム練習へ部分的に合流しており、2次キャンプから完全合流となる見込みだ。

 3―5―2が基本布陣の湘南でのポジションについては「3バックの左か右でできれば。セットプレーは持ち味を出せる場面だと思うので、積極的にからんでいきたい」。プロ14年目の今季にむけて「ケガをせずに試合に出ることがチームのためになる。目の前の1試合に対して勝つように努力したい」と言葉をかみしめた。




◆【湘南】35歳ベテラン山本脩斗、鹿島から新加入で決意「新しい挑戦。経験を伝えていきたい」(報知)





◆新加入の湘南山本「鹿島のいい部分を」チームに注入(ニッカン)






鹿島アントラーズから加入した35歳のベテラン湘南ベルマーレDF山本脩斗が、鹿島で培った勝利のメンタリティーをチームに注入する。

湘南は試合終盤で勝ち点を逃す試合が多く最下位に沈んだ。それだけに「試合中の状況判断の部分や、鹿島のいい部分の守備など、今まで経験してきたことを伝えられれば」と意欲を示した。昨年12月の試合で右太ももを肉離れし、現在は部分合流だが、2次キャンプからは完全合流となる予定だ。




◆新加入の湘南山本「鹿島のいい部分を」チームに注入(ニッカン)





2021年1月22日金曜日

◆J1湘南が始動 今季スローガンは「一」 新加入のベテランDF山本「経験伝える」平塚市内で新体制発表(中スポ)






 J1湘南は21日、神奈川県平塚市の馬入練習場で今季開幕に向けて始動。新体制発表記者会見もオンラインで開き、浮嶋敏(びん)監督(53)は「チーム一丸となり、苦しい時間帯に失点せず、そのタイミングで点が取れるチームをつくりたい」などと抱負を語った。今季スローガンは「一 One Bellmare」。

 新加入選手はDF山本、MF名古(ともに前鹿島)、MF平松(立正大)ら12人。最下位に終わった昨季は1点差負けが14試合、引き分けが9試合と“あと1点"が足らずに勝ち点を逃したことから「チームの課題を克服し、プラスαの力をもたらせる選手を補強した」(坂本スポーツダイレクター)という。

 鹿島で多くのタイトル獲得に貢献してきた山本は「(経験など)自分が持っているものをチームのために出したい」と意気込んだ。




◆J1湘南が始動 今季スローガンは「一」 新加入のベテランDF山本「経験伝える」平塚市内で新体制発表(中スポ)





2021年1月14日木曜日

◆湘南、チーム新体制&背番号を発表…ウェリントンは「9」、山本脩斗は「16」に決定(サッカーキング)






 湘南ベルマーレは13日、2021シーズンのチーム新体制及び選手背番号を発表した。

 湘南は浮嶋敏監督が2021シーズンも続投。13日にはトップチームのコーチとして2020シーズンはガンバ大阪でヘッドコーチを務めていた山口智氏が就任したことも発表されている。

 また、ボタフォゴから加入したウェリントンの背番号は「9」に決定。鹿島アントラーズから加入した山本脩斗は「16」、鹿島アントラーズから期限付き移籍で加入した名古新太郎は「20」、福島ユナイテッドFCから加入した池田昌生は「27」、ポルティモネンセから期限付き移籍で加入したウェリントン・ジュニオールは「39」を着用することとなった。

 なお、福島ユナイテッドFCに期限付き移籍しているトカチとキム・ミンジュンについては現在契約交渉中であることから、決まり次第改めて発表される。

【選手】
1 GK 谷晃生
3 DF 石原広教
4 DF 舘幸希
5 MF 古林将太
6 DF 岡本拓也
7 MF 梅崎司
8 DF 大野和成
9 FW ウェリントン ※完全移籍加入
10 MF 山田直輝
11 FW タリク
13 FW 石原直樹
14 MF 茨田陽生
16 DF 山本脩斗 ※完全移籍加入
17 FW 大橋祐紀
18 MF 平松昇 ※新卒
19 DF 毛利駿也
20 MF 名古新太郎 ※期限付き移籍加入
21 GK 堀田大暉
22 DF 大岩一貴
23 GK 富居大樹
25 MF 中村駿 ※完全移籍加入
26 DF 畑大雅
27 FW 池田昌生 ※完全移籍加入
28 MF 平岡大陽 ※新卒
29 MF 三幸秀稔
30 MF 柴田壮介
31 GK 立川小太郎 ※完全移籍加入
32 MF 田中聡 ※U-18昇格
33 FW 町野修斗 ※完全移籍加入
39 FW ウェリントン・ジュニオール ※期限付き移籍加入
40 MF オリベイラ
42 MF 高橋諒 ※完全移籍加入

【スタッフ】
監督 浮嶋敏
コーチ 高橋健二
コーチ 山口智
コーチ 白石通史
コーチ 石川桂
GKコーチ 齋藤誠一
コンディションニングコーチ 佐藤洋
チーフチームドクター 鈴木英一
チームドクター 二階堂宏治
チームドクター 高橋誠
理学療法士 島田周輔
理学療法士 清水重幸
チーフトレーナー 小嶋久義
アスレティックトレーナー 栗原信英
アスレティックトレーナー 吉川貴博
通訳(英語) 副田大雅
通訳(ポルトガル語) 比嘉チアゴ
主務 高田政敬
副務 荒木宏斗
副務 朴清佑




◆湘南、チーム新体制&背番号を発表…ウェリントンは「9」、山本脩斗は「16」に決定(サッカーキング)


2020年12月24日木曜日

◆湘南が鹿島DF山本脩斗を完全移籍で獲得、MF名古新太郎は期限付きで加入(超WORLDサッカー!)






湘南ベルマーレは22日、鹿島アントラーズのDF山本脩斗(35)が完全移籍で加入することを発表した。また、MF名古新太郎(24)が期限付き移籍で加入することも発表している。

山本は盛岡商業高校から早稲田大学を経て、2008年にジュビロ磐田へ入団。2014年から鹿島でプレーしていた。

鹿島では7シーズン在籍し、J1通算154試合9得点を記録。今シーズンはシーズン終盤に出場機会を得て、明治安田J1で7試合に出場していた。

また、名古は静岡学園高校から順天堂大学を経て2019年に鹿島に入団。2シーズンでJ1通算24試合に出場。今シーズンは明治安田J1で8試合の出場だった。なお、期限付き移籍期間は2021年2月1日~2022年1月31日まで。鹿島との公式戦には出場できない。

両選手はクラブを通じてコメントしている。

◆DF山本脩斗

・湘南ベルマーレ
「鹿島アントラーズから完全移籍することになりました、山本脩斗です。自分のこれまでの経験をプレーという形で示し、湘南ベルマーレの勝利のために、全力で取り組んでいきたいと思います。クラブの目標達成ため、ともに戦いましょう!」

・鹿島アントラーズ
「湘南ベルマーレに完全移籍することを決めました。鹿島アントラーズのファン、サポーターの方々には、どんな時も温かく、心強い応援をしていただき、本当にありがとうございました。在籍した7年間で、ジーコTDをはじめ、選手、スタッフ、自分がお世話になった監督たち、そしてファン、サポーター、パートナーの方々とともに数多くのタイトルが獲れたことは、自分にとって財産となりました」

「皆さんと一緒に戦えたことを、誇りに思います。新天地でもさらに成長し、このクラブで示してきたように、ピッチで勝利のために戦う姿を見せたいと思います」

◆MF名古新太郎

・湘南ベルマーレ
「この度、鹿島アントラーズから期限付き移籍で加入することになりました名古新太郎です。チームのために全力で闘い、勝利に貢献できるように頑張ります。応援のほど、よろしくお願いします!」

・鹿島アントラーズ
「このたび、湘南ベルマーレに期限付き移籍することになりました。プロサッカー選手としてもっともっとレベルアップし、活躍し続けられるよう、新しい環境でも頑張ってきます。カシマスタジアムでまた皆さんに会える日を、楽しみにしています。引き続きの応援、よろしくお願いします!」



◆湘南が鹿島DF山本脩斗を完全移籍で獲得、MF名古新太郎は期限付きで加入(超WORLDサッカー!)





◆湘南ベルマーレ、鹿島からDF山本脩斗を完全移籍で獲得…MF名古新太郎も期限付きで加入(GOAL)







【国内サッカー ニュース&移籍情報】湘南ベルマーレが鹿島アントラーズから2選手を獲得。


湘南ベルマーレは23日、鹿島アントラーズからDF山本脩斗、MF名古新太郎の獲得を発表した。山本は完全移籍、名古は期限付き移籍となる。

山本は2008年にジュビロ磐田へと入団。2014年に鹿島へと移籍し、主力として活躍。しかし、ここ数シーズンは出場機会を減らし、2020シーズンはリーグ戦7試合の出場にとどまっていた。山本は移籍に際し、このようにコメントしている。

「自分のこれまでの経験をプレーという形で示し、湘南ベルマーレの勝利のために、全力で取り組んでいきたいと思います。クラブの目標達成ため、ともに戦いましょう!」

一方の名古は2018年から鹿島でプレー。2019シーズンはリーグ戦15試合に出場したが、2020シーズンは8試合の出場にとどまっていた。期限付きでの移籍が決まり、「チームのために全力で闘い、勝利に貢献できるように頑張ります。応援のほど、よろしくお願いします!」と意気込んだ。

なお、湘南は23日に福島ユナイテッドFCから池田昌生の獲得も発表し、一日で3選手の獲得に成功している。


◆湘南ベルマーレ、鹿島からDF山本脩斗を完全移籍で獲得…MF名古新太郎も期限付きで加入(GOAL)


2020年12月23日水曜日

◆鹿島DF山本脩斗、湘南へ移籍か?ザーゴ監督がSNSに投稿(FOOTBALL TRIBE)






 鹿島アントラーズのDF山本脩斗が来季、湘南ベルマーレに移籍するようだ。22日、ザーゴ監督がインスタグラムに投稿した。

 ザーゴ監督は自身のインスタグラムで山本との2ショット写真とともに、「さようなら脩斗。山本脩斗がこれから湘南ベルマーレのユニフォームを着てプレーする。彼と1年だけ一緒に仕事をしたが、彼のプロ意識や献身的な姿、クラブ愛は若い選手のお手本だった。新しいクラブでの幸運を祈ります」と投稿した。なお、投稿は既に削除されている。

 現在35歳の山本は2008年に早稲田大学からジュビロ磐田に加入。2014年に鹿島に移籍し、レギュラーのポジションを獲得していた。しかし、2018年から出場機会が減少し、2019年は6試合、2020年は7試合に留まり、出場機会が大幅に減少していた。新天地で再びレギュラーの座を掴むことはできるのだろうか。




◆鹿島DF山本脩斗、湘南へ移籍か?ザーゴ監督がSNSに投稿(FOOTBALL TRIBE)


2020年11月25日水曜日

◆【鹿島 vs 柏】山本脩斗が持つ高い経験値が終盤戦の鹿島を支える(J’s GOAL)






新型コロナウイルスの影響で7人が試合に出られない鹿島は、怪我人を3人抱えていることもあり21人で練習を続けている。さすがに10人もいないと練習に集まる選手の輪がひと回りもふた回りも小さく見える。次の柏レイソル戦はもちろん、その後の浦和レッズ戦もおそらくこのままの状態で臨まなければいけないだろう。今こそチームが一丸となって乗り切る場面だ。

しかし、チームが危機に瀕している雰囲気はない。むしろ試合になれば隙のない戦いぶりを見せ、鹿島らしい強かな戦いが見られるようになってきた。その要因の一つが、代わりにピッチに立つ選手たちの存在だろう。左SBとして先発しているのは35歳になった山本脩斗。2試合連続先発すると、全てにおいて高いレベルのプレーを示し、チームの勝点獲得に貢献した。

鹿島在籍7年目の今季、山本にとっては厳しいシーズンの幕開けだったに違いない。左SBには永戸勝也と杉岡大暉という若くて実力のある選手が加わった。長年、鹿島の左サイドを支えてきた山本も近年は怪我に悩まされ出場機会を減らしていた。いつくるのかわからないチャンスに備えて、コンディションを保ち続けるのは簡単ではないだろう。だが、山本は監督の要求に一発回答。さすがのパフォーマンスを見せた。

「試合に出るために常に日ごろの練習からモチベーションを保つことはなかなか難しい部分もありましたけれど、ただ、切らさないで、いつ来てもいい準備というのはしていました。こうやってアクシデントがありましたけれど、チャンスがめぐってきたので、自分としては入りが大事かなと思って集中して、特に入りの部分を集中して意識して入りました」

それまで先発した2試合はいずれも試合に敗れていた。だが、大事な終盤戦にチャンスを与えられると川崎Fには引き分けの大熱戦を演じ、仙台には3−1で快勝した。残り4試合は全てホームゲーム。鹿島で4つのタイトル獲得に貢献してきたベテランが、その経験値をピッチの上で存分に生かす。


文:田中滋(鹿島担当)


明治安田生命J1リーグ 第29節
11月25日(水)19:00KO カシマ
鹿島アントラーズ vs 柏レイソル




◆【鹿島 vs 柏】山本脩斗が持つ高い経験値が終盤戦の鹿島を支える(J’s GOAL)





2020年6月18日木曜日

◆【鹿島】ユースとの練習試合でCB出場の山本「完成度を高めないと」(サッカーマガジン)






自分と他人の許し方、あるいは愛し方 [ 三砂 ちづる ]


6月17日、鹿島アントラーズのDF山本脩斗がユースチームとの練習試合後にオンラインで取材に応じた。サイドバックでの出場が多い山本だが、この日は2、3年前からプレーしているというセンターバックで出場した。


「求められていることを意識しながら」


 7月4日のJ1リーグ再開に向けて準備を進める中、6月16日にDFブエノの移籍が発表された。再開後は過密スケジュールによる総力戦となることが予想されるが、その矢先に守備陣の主力の一人を失ったことは、鹿島にとって痛手だろう。

 そんな中、6月17日に行なわれたユースチームとの練習試合では、本来はサイドバックでのプレー機会が多いDF山本脩斗もセンターバックの左を務めた。「経験はそんなに多くはないので、不慣れなところはあります」と話すも、「(ザーゴ監督から)求められていることはミーティングなどで言われているので、それをできるだけ意識しながらプレーしています」と、本職ではないポジションでのプレーに努めている。

 実は、「2、3年前からセンターバックも練習でやっていた」と言う。「いろいろなポジションをやることによって、前の選手やサイドバックの動かし方だったり、(サイドバックでプレーする)普段は見えないところも見えてくるので、プラスにとらえて日ごろからプレーしています」と、慣れないポジションへの挑戦を前向きに捉えている。

 また、「必然的に右足で(ボールを)持つことで、中を見るというか、(視野が)そういう角度になっていくので、逆サイドは見やすくなるかな」と、右利きの山本が左センターバックでプレーすることで生まれる効果を分析する。「左利きと右利きの違いはありますけれど、右足で持ってカットインしたり、中に切り込んでいくような動きは、右利きのメリットかなと思っています」

 開幕から公式戦白星を挙げられていない鹿島だが、リーグ再開後は勝利を重ねるべく、中断期間のトレーニングでチームの成熟を図る。「中断期間になって、またゼロからのスタートだと思います。練習試合、練習を含めて競争ですが、再開に向けて、チームとしての完成度を高めなければいけない。それぞれ(の選手)が高い意識を持って、チームのためにプレーしていければいいです」

 鹿島で数々のタイトル獲得を経験してきた守備職人が、ディフェンスラインの中央でチームを支える。


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◆【鹿島】ユースとの練習試合でCB出場の山本「完成度を高めないと」(サッカーマガジン)





◆鹿島山本脩斗「プラスに」センターバックで新境地(ニッカン)






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鹿島アントラーズは17日、ユースとの練習試合を行い、35分×4本で10-0と勝利した。

試合後にオンライン取材に応じたDF山本脩斗(35)は「徐々にチームとしてやりたいサッカーができてきた。まだまだの部分もあるので、もっと完成度を上げていきたい」とまとめた。

サイドバックが本職だが、この日は2年目のDF関川郁万(19)とセンターバックを組んだという。大学までFWで、プロ入り後サイドバックにコンバートされた山本。ここ数年は練習でセンターバックに入るようになったといい、ベテランになった後も新境地を開拓し続けている。「いろんなポジションをやることで、前(の選手)の動かし方だったり、普段見えないところが見えてくるので、それをプラスにとらえて日頃からやっています」と、前向きに取り組んでいることを明かした。







2020年3月15日日曜日

◆Pre-match Words ~鹿島アントラーズ・山本脩斗編~(2016年7月12日掲載)(JSPORTS)



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【Pre-match Words 鹿島アントラーズ・山本脩斗編】
(2016年7月12日掲載)

Q:ここからはキャリアの話を聞かせて下さい。まずはサッカーを始めた所から伺いたいんですけど、名鑑には上田サッカースポーツ少年団が最初のクラブとして記載されていますが、そこがサッカーを始めたクラブですか。

A:本格的に練習を習ってというのはそこが初めてです。それまでも小学3年か4年くらいからやりたい気持ちはあったんですけど、父親が「色々なスポーツをやれ」ということで、平日だったり朝早くから練習してとかが父親は嫌だったみたいで、反対されていたんです。それでもやりたくて、小学5年の夏に一番近いチームは朝練があったんですけど、上田サッカースポーツ少年団というバスで20分くらいの、歩いたら行けないような所で練習をやっているチームで、何人も地元の仲の良い友達が行っていたチームに行きたいなということで、そこは練習が土日だけだったんですよ。父親も「それならいいか」ということで許してくれて、夏からやっと入れたんです。

Q:Wikipediaで拝見したんですけど、お父さんはスキーの選手だったんですね。スキーをやらせたかったということでしょうか?

A:本当の所はやらせたかったんでしょうけど、時代の流れもありますし、場所も僕が住んでいたのは盛岡市で、父親はそこから1時間ぐらい掛かる安比高原のさらに奥の田山という所で育っていて、もう目の前にスキー場があるような所だったので、スキーをやっていたんだと思うんですよね。

僕も普通にスキーをやるのは好きでしたし、冬場はやっていましたけど、ガチでやろうという気は全然なくて、やっぱり小学2年くらいの頃にJリーグが始まって、それこそ"キングカズ"さんたちがテレビに大々的に出てという時代だったので、流れ的にサッカーですよね。小学校の頃から昼休みとかはサッカーをしていたんですけど、本格的に始めたのはその時です。ただ、サッカーを習い始める前から、地元の友達とは土日に遊びで小学校の校庭に行ってボールを蹴ったりしていましたし、サッカーは好きだったので、土日に試合ができることも嬉しかったですね。

Q:上田SSSはどのくらいの強さだったんですか?

A:市でベスト8ぐらいですね。優勝をしたこととかは全然なかったです。何回か勝って負けるというか。でも、サッカーの楽しさを教えてくれるようなチームで、監督もそういう方でした。だから、「ああ、サッカーって楽しいなあ。もっとやりたいなあ」と思っていましたね。

Q:サッカーを始めるクラブとしては理想的ですね。

A:理想的ですよ。それもそれでありなんでしょうけど、他のチームで監督が厳しいチームも見ていましたし、試合も色々な選手を交替して出してくれるような監督だったので、本当にサッカーの楽しさを教えてもらいました。基本的に僕はキャリアを通して、自分に合った監督に恵まれたのかなと思いますね。小学校の時もそういう監督さんでしたし、中学校の時も割と和やかな雰囲気を創って下さる監督さんで、みんなで楽しくワイワイという感じでしたね。土日や休みの日も集まって、みんなでサッカーをやってというチームでした。

Q:でも、北松園中は結構サッカーが強い学校でしたよね?

A:北松園中は僕らが入った年で、できて3年目の学校だったんです。本当に家から歩いて5分ぐらいの所に中学校ができて、入った時に2個上の先輩が県大会にソッコーで行って、僕たちの代で県で優勝して、東北大会も優勝して、全中も出てみたいな(笑) 初めて全国というものを味わったのが中学でしたね。本当に恵まれていたと思います。

Q:創立5年目で全国って凄いことですよね。

A:どうなんですかね。僕らは自然に何も考えていなかったですけどね。しかもメンバーも同じ学年に10人とかで、部員全員で30人くらいでしたし、普通の中学校の部活で県大会に行ってという感じだったので、他の学校からしたら「どこの学校だよ?」みたいな感じだったんでしょうね(笑)

Q:当時もヴェルディ花巻やいくつかのクラブチームが中学年代にもあったと思いますが、そういう選択肢はまったくなかったんですか?

A:まだサッカーを始めて1年半でしたし、選抜も小学6年の時に何十人も集まるような市選抜の選考会みたいな所には行きましたけど、県選抜なんていうレベルではなかったので、普通に地元の中学校に通ったという感じでした。でも、小学校から県選抜や東北選抜に行くような、今でも凄く仲の良い同期もいたので、「一緒にやりたいな」という感じで、身近に良い目標があったので良かったです。しかも1個上の先輩にも有名な選手がいたので、普通に「北中に行こう」と思っていましたね。

Q:そう考えると周りのレベルも高かったということですよね。

A:そうなんですよ。それで中学校の同期の中から5人くらいは、一緒に盛商(盛岡商業)に上がってという感じでした。

Q:全中はどのくらいまで勝ち上がったんですか?

A:1回PK戦で勝って、その次に負けちゃったのでベスト16くらいですかね。

Q:ちなみにどこと対戦したか覚えていますか?

A:西脇中?

Q:和歌山の中学校ですね。

A:結構そこから青森山田に行っているんですよね。そことやって、次にどこかに負けたんですよね。

Q:「どこかに負けた」ということは、あまり対戦相手とかは気にしていなかったんですね(笑)

A:全然気にしていなかったですね。中学校の頃でしたし、どこが強いとかも知らなかったですし。全国大会に行くと、最初にみんな集まるタイミングがあるじゃないですか。開会式みたいな。そこで「ここが強いぞ」みたいに聞いて、「ああ、確かになんか雰囲気あるぞ!」みたいな(笑)、そういう感じですよ。だから、兵藤(慎剛・横浜FM/早稲田大時代の同級生)も海星中かなんかで出ていたみたいですけど、その学校も有名なんですよね?そういう感じで見ていました。あとは、「アイツ、ナショトレ(ナショナルトレセン)行ってるよ」みたいな話を聞くと「ああ、雰囲気あるな」みたいな。そんな感じです(笑)

Q:全国に初めて出たという経験は、上を目指していく中でも大きな経験ですよね?

A:良かったですよね。嬉しかったですし、全国にも出られると思っていなかったので。中学3年の時に「高校はどこに行くか」というので迷っていて、中学2年までは県選抜にも入っていなかったので、最初は盛商ではない学校に行こうと思っていたんですよ。ただ、中学3年の夏ぐらいに県トレセンに呼ばれて、そこでサッカーを改めて意識して、「盛商に行こう」という意識が芽生えましたね。

Q:全中に出ているぐらいですから、北松園中のメンバーの進路も注目されていたんじゃないかなと思いますが、やっぱりチームメイトの複数人が盛商に行くというのも、進路決定には大きな影響があった訳ですよね?

A:そうですね。盛商に行っていなかったらどうなっていたかはわからないですけど、やっぱりずっと一緒にやってきた友達と行けるというのは嬉しかったですし、「盛商に行って頑張ろう」という感じでしたね。

Q:当然県内では「盛商に行く」というのは1つのステータスですよね?

A:少なくとも当時はそうでした。あとは、齋藤(重信)先生が大船渡高校から盛商に戻ってくるというのも聞いていたので、それも大きかったです。やっぱり齋藤先生は(小笠原)満男さんを育てた人というイメージがあったので、「凄い人」という感じもありましたし、盛商に戻ってくると聞いたら、「もう盛商しかないな」というのが自分の中にあったので決めましたね。

Q:小笠原選手もかなり憧れの存在だったんですよね?

A:自分が中学3年ということは、満男さんが21歳くらいですよね。もうプロに入ってバリバリやっている頃だったので、テレビでよく見ていましたし、優勝とかもしていたので、そんなに詳しくはなかったですけど、「凄いな」と思っていました。むしろ盛商に入ってからの方が、齋藤先生も満男さんの話をしますし、影響は大きかったですね。盛商は選手権に行く前の事前合宿とかで、鹿嶋にあった民宿みたいなホテルに泊まっていたんですけど、そこに満男さんが来てくれたんです。満男さん、モトさん(本山雅志)、金古(聖司)さんのサインを書いてもらったポロシャツが、今も実家のどこかにあるはずです(笑)

Q:それって高校生にとっては最高の経験ですよね。

A:メッチャ嬉しいですね。みんな並んで書いてもらって。あとは個別に、齋藤先生が満男さんから何足かもらったサイン入りのスパイクをこっそりもらったりとか(笑) 「オマエにやるよ」「あざす!」って言って(笑) それは家に今でも飾ってありますけど、そういうものをもらったりしましたね。

Q:そういう人と今は職場が一緒って凄いことですよね。

A:そうですよね。自分としては不思議な感じです。まさか一緒にやるとは思っていなかったので、意識はしていましたけど「凄いな」という人でしかなかったですからね。

Q:盛商での3年間を今から振り返ると、どういう時期だったという印象ですか?

A:やっぱりサッカーの部分もそうですし、人としてどうあるべきかという基礎的な部分を叩き込まれた時期ですね(笑) それは齋藤先生もそうですし、コーチ陣の方々もそうです。挨拶だったり、「食事を残すな」とかもそうですし、やっぱりメンタルの部分ですね。あとはサッカーの時に『負けない気持ち』が培われたり、理不尽な走りもそうですけど(笑)、そういうのって大事じゃないですか。そういう所を自然と叩き込まれましたね。「コレ」という訳ではないんですけど、3年間やることによって、やった後に「大事だったな」というのは凄く感じましたね。中学校までは走り込みをしたこともなかったですし、そこまで理不尽なこともなかったですからね。

Q:そうすると中学時代と高校時代ではかなりギャップがあったんじゃないですか?

A:ありましたよ。でも、「やっぱり上を目指していく上では必要なことなのかな」という部分は自然と感じ取っていたので、それはやらなきゃなというのが自分の中にありましたし、盛商の近くに"くまさん"という食堂があるんですけど、そこは食事の出てくる量がメチャクチャ多いんですよ。そこでインターハイの予選とかで合宿所に泊まっていると、朝、昼、夜とそこに行くんです。

僕はそんなに食べられる方ではないので「キツいなあ」とか思うんですけど、普通に盛ってもキツいのに、「これを帝京とかのヤツらは2杯、3杯食うんだぞ。絶対残すなよ」みたいな(笑) それを必死で食べたりとか、凄く良い思い出というか、良い経験をさせてもらったなと。普通に生活していたら、そんなことは絶対にないですからね。そういう部分は今になって凄く大事だったなと思います。当時は正直文句ばっかり言っていましたけど、今なら感じますね。凄く大事な3年間だったと思います。

Q:サッカー的にはいかがでしたか?2年と3年の時には選手権で全国も経験していると思いますが。

A:中学校の時までは一応「サッカー選手になりたい」という気持ちはありましたけど、ポワーンとしたイメージだったんですよ。それで高校に入って、1年生の時から試合に出させてもらって、2年生の冬に選手権に行って、3年生の時はインターハイも選手権も全国に出たんですけど、なかなかそこまで行っても1,2試合しか勝つことはできなかった中で、そういう所に行って、今でもプロでバリバリやっているような選手たちと一緒にやることで、刺激というのは凄くありましたね。「上には上がいるな」とか「スゲー上手いな」とか「強いな」ということを肌で感じられたので、やっぱりあの3年間は大きかったと思います。あとはナショナルトレセンも1回行けたので、その時はさらに「上手えな~!」みたいな(笑) その時は「みんな上手っ!」と思ったので、「自分はまだまだだな」というのは凄く感じました。

Q:ナショナルトレセンに初めて呼ばれた時に、一番衝撃を受けた選手は誰でしたか?

A:その時は家長(昭博・大宮)がメチャクチャ上手かったんですよ。でも、僕が2年生の時の国体でも大阪府選抜で出ていて、とにかくメチャクチャ上手くて「コイツ、ヤバいよ」みたいに言われていたんですけど、実際に一緒にやったら凄かったですね。今よりもキレキレ系のドリブラーだったじゃないですか。「いやあ、マジ上手えなあ」と思って(笑) あとは船谷圭祐(水戸)ですね。ジュビロで一緒だったんですけど、彼はジュビロのウェアかなんかを着ていて「メッチャ上手え!」と思いました。レフティでセンス抜群で「何じゃコレ」とか思ったことは覚えています。他にも上手い人はいましたけど、もういっぱいいたので覚えてないです(笑)

Q:そうするとナショナルトレセンはかなりの衝撃体験という感じですか?

A:やっぱり物凄く刺激になりますよね。帰ってきた時には自信にもなりますし、刺激にもなりました。「もっとやらなくちゃ」とか「頑張ろう」という気になりましたね。普段から行っている人はそこまででもないのかもしれないですけど、初めて行った者からすればなおさらですよね。実は僕より前に中学から一緒にやっていたワタル(川島和)も、2年生の時にナショナルトレセンに行ったんですよ。それで帰ってきたら意識が物凄く変わっているのがわかったんです。レベルも高くなっていましたし。「アイツ、ワンランク上がったな」という感じを僕は凄く受けて、それに対して悔しさもありましたし、「自分も行きたいな」という気持ちもあったので、実際に自分が行ってみて「ああ、これは変わるわ」と実感したのは覚えています。

Q:ナショナルトレセンに選ばれたりすると当然上も見えてくると思いますが、プロを意識し始めたのはその頃ですか?

A:そうですね。「行きたいな」という気持ちはありましたけど、「今のままじゃ無理だな」という気持ちの方があって、選手権も全国に出たものの、2回戦で青森山田に7-1でボコられて。その時はもう10月ぐらいに大学も決まっていたんですけどね。夏ぐらいに進路を考えた時に、プロからのオファーは来なかったですし、自分の中で大学に行こうというのは決めて、「どこにしようかな」という感じでした。なので、プロは大学に行ってからと。そこは切り替えて「大学で頑張ろう」と思って、やるなら上のレベルでやりたいというのもあって早稲田大に決めました。

Q:上を目指して早稲田に入ったものの、最初はリーグが3部相当だったんですよね。

A:はい。入る時に2部に上がるという前提でしたし、入ったのもスポーツ推薦でしたからね。それも本当に縁があって、暁星高校の林(義規)先生がウチの齋藤先生と仲が良くて、夏のインターハイで林先生に見てもらって、スポーツ推薦の枠は3人だったんですけど、それが兵藤と(鈴木)修人で、2人とも国見と市船(市立船橋)で全国優勝とかしている訳じゃないですか。残り1枠に入れてもらったという形だったと思うんですけど、獲ってもらえたんですよね。

3月ぐらいにスポーツ推薦だったので早めに寮に入って、兵藤と修人も同じ日に来ていて、3人でメシ食いに行って。それこそ新宿のトンカツ屋に「とりあえず行くか」って(笑) 修人は船橋でしたけど、僕と兵藤は地方から出てきていたので、「ギラギラした街だな」とか「人凄いな。今日"祭り"か?」みたいな(笑) 本当にそんな感じでしたね。

もう1つ印象的だったのは、その2日後か3日後ぐらいに朝鮮大学という近くの大学と練習試合をするということで、最初はもちろん試合を見ていたんですけど、そこで相手のフォワードがペナの外からとんでもないシュートをバコーンと決めて、「凄い選手がいるな」って話していたら、その人がテセさん(チョン・テセ)だったんです。当時はまだそんなに有名じゃなかったと思うんですけど、のちのち大学1年か2年の時に都選抜というチームでテセさんとか修人とかヤジさん(矢島卓郎・京都)とかと一緒にやりました。それで公式戦が始まって、最初の2,3試合はメンバーに入っていなかったんですけど、会場が土のグラウンドだったので、そこでメンバー外の1年生は"スーパーグラセン"というのをやるんです。

Q:"スーパーグラセン"?グラウンド整備ですか?

A:そうです。普通のグラウンド整備のスーパーバージョンです(笑) まずホースでグラウンド一面を水で濡らし、トンボに人が乗って下からグワッと削るんですよ。土が硬くなっているので、まずその硬い部分を水と人が乗ったトンボの圧力で真っすぐにして、そこから普通にトンボを掛けてというのを、練習が終わってから3,4時間ですよ。「ああ、大学になってもこんなことやるんだ」と思いながら(笑)、そういうことも経験しましたね。

Q:そうか!東伏見もまだ土だったんですね。

A:そうなんですよ。2年生から人工芝になったので。

Q:じゃあ"スーパーグラセン"を経験した最後の学年ですね(笑)

A:そうです。最後の学年です(笑) ただ、4試合目くらいからメンバーに入ったので、そこからはやっていないんですけど、3試合目までは貴重な経験をさせてもらいましたね。

Q:湘南のチョウ・キジェ監督にもこのインタビューシリーズでお話を伺った時に、相当先輩に色々かわいがられた話をしてくれたんですけど(笑)、その分「同期の絆は凄く強くなった」とおっしゃっていましたが、やっぱりそういうものですか?

A:メチャクチャあります。今でもやっぱり仲が良いですからね。大学の繋がりは凄いです。メッチャまとまりますよ。僕らの学年に理工学部のヤツがいて、1年生の途中で忙し過ぎて「もう辞める」って言い出したんです。でも、3,4カ月一緒にやってきた仲間がそう言い出した時に、みんなで練習後に「辞めるなよ」って話し合って、引き留めて。それで結局その理工のヤツは4年間やって、今でも一緒に遊んだりする仲なんですけど、やっぱりそういうこともあって絆は相当深まりますよね。

Q:最初は3部から始まった大学生活ですけど、最後はインカレで優勝するまでになる訳じゃないですか。その4年間は早稲田のア式の歴史上でも一番カテゴリーを駆け上がった時期だと思いますが、今から振り返ってみると、その4年間はいかがでしたか?

A:エノキさん(大榎克己監督)と1年から4年まで一緒にやることができて、プロを経験している方でしたし、そういう方と一緒にやれたということは大きかったですね。あとは3個上に植草(裕樹・長崎)さんがいて、2個上にトクさん(徳永悠平・FC東京)、ヤジさん、水戸に行った(高橋)周大さんもいて、1個上に山口(貴弘・大分)さん、松橋(優・甲府)さん、トキさん(時久省吾)がいて、1個下にカズマ(渡邉千真・神戸)もいて、メンツに恵まれていたんですよね。

トクさんなんてFC東京でレギュラーになってしまったような人なので、大学の中では凄くレベルの高い環境の中でやれていたと思います。それは本当に自分にとっても凄く恵まれた環境でしたよね。当時はそれが当たり前の中でやっていたので、もちろん必死にやっていましたし、例えばFC東京との練習試合で見るトクさんには「どっちがプロなの?」みたいなプレーを見せ付けられて、「やっぱり凄いな」と思いましたし、そういう人と普段からやれていたことで、高い意識になっていたのかなと。兵藤も足下やシュートも凄く上手かったですし、パス回しをやっても全然取れなかったりとか、そういう中で自分も「もっともっと足下の技術を向上させなきゃな」と感じていましたね。

エノキさんにも「ミスは誰でもするけど、上手い選手はミスが少ない」ということも常日頃から言われていましたし、今でも凄く印象に残っているのは「いつも同じ気持ちで取り組め」という言葉で、何回も言われた訳ではなかったと思うんですけど、自分の中では凄く印象に残っていて、それは今でも大事なことだと思っていますね。

Q:そういう環境の中で自然と目線が上がって行ったんですね。

A:そうですね。FC東京と練習試合をする機会もありましたし、「こういうレベルでやりたいな」という気持ちがどんどん大きくなっていきました。あとは大学選抜にも2年生の途中で入って、海外遠征に行ったことも「ああ、プロでやりたいな」という気持ちがどんどん強くなったキッカケだと思います。

Q:大学在学中にバレンシアへ行かれていたじゃないですか。あれもなかなか得難い経験ですよね。

A:あれはトクさんがバレンシアに移籍するみたいな報道が当時はあったじゃないですか。そこで早稲田と提携ができて、2,3年ぐらい「選手を受け入れますよ」みたいな時期があったんです。僕が行った時は修人とカズマと一緒だったんですけど、凄く良い経験でしたね。練習はサテライトの試合に出ていない人たちと一緒とかでしたけど、終わってからはトップチームが練習している所を見たりとか、当時はビジャが一番有名だったんですかね。でも、練習ではビジャが抜けていましたね。メチャクチャ上手くて、あとは通路でシルバと写真を撮ってもらったりとか(笑) でも、練習も「ああ、これがこっちのプロなのか」と思って刺激になりましたし、施設も良かったですよ。大きなプールがクラブハウスにあって、「プロはこういう感じなんだな」というのも肌で感じられた良い経験でした。

Q:良い思い出でもありますか?

A:そうですね。フリータイムもあったので、観光もできましたからね(笑) 試合前のタイミングだったので練習は1,2時間という感じでしたし、凄く良い思い出ですね。

Q:フリータイムは何をやっていたんですか?

A:フリータイムはそれこそ観光に行ったんですけど、スペイン人の通訳が案内してくれることになって、何時待ち合わせみたいに決めて、その時間に集合場所へ行ったんですよ。そうしたら1時間ぐらい遅刻してきた上に、謝るのかと思ったら「よーし、今から行こうぜ」みたいな感じで、「何それ?」みたいな(笑) でも、「スペイン人はそんな感じだよ。時計なんてあってないようなもんなんだから」とか言われて、「へえ~。文化の違いかな」と思って。良い経験でした。

Q:大学時代はやはり最後のインカレで日本一になったというのは、非常に大きなトピックスだったと思いますが、あの日本一はいかがでしたか?

A:やっぱり前の年の決勝で駒澤に1-6で大敗して、終わった後は勝ったら祝勝会だったんですけど、負けて集まったタイミングでOBの方々に相当厳しいことを言われて、何を言われたかまでは覚えていないですけど、その時の悔しさや「次はやってやる。絶対に負けないぞ」という気持ちになったのは良く覚えています。それで次の年になって、エノキさんも辞めるような話があったんですけど、その準優勝もあったからなのか「もう1年やる」と言ってくれて、一緒にやることが決まって、インカレも順調に勝ち上がっていく中で、でも僕は病気になって(笑)

(※山本選手はインカレ期間中に受けた磐田のメディカルチェックで、『原発性左鎖骨下静脈血栓症』であることが判明し、以降の試合を欠場することになった)

Q:そうでしたね。

A:大学には3,4人雑用係みたいな感じでチームに帯同する"チーム付き"というのがあって、普段は1年生の試合に出ていないような子がやるんですけど、だいたいインカレの決勝は4年生がやることも多いんですよね。それで僕らの時も同期が何人かやるということになっていて、最初僕にも同期から「"チーム付き"をやらない?」という話が来た時には、「絶対1年生もその場にいたいだろうな」と思って、最初は断ったんです。ああいう病気になって、それだけのためにひょっこり行ってやるのも嫌でしたし、1年生にも申し訳なかったので断ったんですけど、それでも同期が「一緒にやろうよ」と言ってくれて、凄く悩んだ末にやらせてもらったんです。

今になっては誘ってくれたことに凄く感謝していますし、優勝した時も中に入って行けたので、それも本当に嬉しくて、メチャクチャ泣いたのは覚えています。僕は普段からあまり感情を表に出さないんですけど、エノキさんが表彰式が終わった後に「あのヤマシュウが泣いているのを見て、俺も凄く嬉しくなった」みたいなことを言っていて、「あ~、そうなんだ」と思って(笑) みんなで記念写真も撮れましたし、やっぱり最後の最後で優勝できたということは凄く嬉しかったですね。プロになってから経験した優勝とはまた違った、学生スポーツならではの雰囲気もあって、あれは本当に嬉しかったです。

Q:そういう経験を一緒にしているから、一生の仲間という感じなんでしょうね。

A:それはありますね。かけがえのない、これからも一生付き合っていきたいと思えるような仲間ですよね。

Q:これを最後の質問にしたいんですけど、あえてザックリお聞きします。夢ってありますか?

A:夢ですか(笑) それは難しいですねえ。この年になってくると聞かれないですから。若い頃だったらパッと出てくるんですけど。何だろうなあ(2分くらい熟考)。ああ、鹿島でリーグ優勝して、ACLも獲って、クラブワールドカップの決勝でバルセロナのメッシと対戦して勝ちたいですね。

Q:サッカーの夢としては究極に近いですね。

A:そうですね。でも、夢がありますよね。僕は普段そこまでサッカーを見ないですけど、バルセロナの試合とメッシは見ていて「楽しいな」と思うので、そういう舞台で勝ちたいですね。

Q:2人の年齢的にも早く実現させておきたい所ですね(笑)

A:そうですね。まあ夢なんで(笑)

【プロフィール】

盛岡商業高、早稲田大では年代別代表も経験し、大学屈指のアタッカーとして2008年に磐田へ加入。6シーズンを過ごした後、2014年に鹿島へ移籍すると左SBの定位置を獲得。替えの利かない選手として1stステージの優勝にも大きく貢献している。

※所属チームを含めた情報は、当時のものをそのまま掲載しています。

ご了承ください。

取材、文:土屋雅史




◆Pre-match Words ~鹿島アントラーズ・山本脩斗編~(2016年7月12日掲載)(JSPORTS)





2020年2月2日日曜日

◆2020Jリーグプレシーズンマッチ(オフィシャル)






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いばらきサッカーフェスティバル2020、アウェイのケーズデンキスタジアム水戸で水戸ホーリーホックと対戦した。前半から積極的に攻撃を仕掛けたアントラーズは、38分に荒木のゴールで先制する。だが、その後は攻勢を強めるも、なかなか追加点は奪えない。それでも、アントラーズは最後まで水戸に得点を許さず、このまま1-0のスコアで通算15回目のいばらきサッカーフェスティバルで勝利した。

2020シーズンは非常に厳しい幕開けとなった。1月28日のACLプレーオフ、アントラーズは前半から試合の主導権を握り、ボールを動かしながら幾度となく決定機をつくる。だが、なかなかチャンスを決めきれない。すると、後半に不運な形で失点を喫する。相手のミドルシュートが味方に当たり、コースが変わってゴールネットに吸い込まれてしまった。この得点が決勝点となり、0-1のスコアで敗戦。アジア王座奪還の目標は、わずか1試合で潰えてしまった。

決して簡単には気持ちを切り替えることが出来ない敗戦だ。雨のなかで声援を送り続けたサポーターはもちろん、選手たちも敗戦のショックを受けている様子だった。

だが、立ち止まっている時間はない。4日後には毎年恒例のいばらきサッカーフェスティバルが控えている。新監督のもと、新たなフットボールに挑戦する今シーズン、どんな困難が待ち受けようと、歩みを止めずに成長を続けなければいけない。試合翌日もチームは休むことなく、トレーニングを続けた。

そして、迎えた2月1日。アウェイのケーズデンキスタジアム水戸へ2年ぶりに乗り込み、いばらきサッカーフェスティバルを戦う。





試合前に先発メンバー11人が発表された。ゴールマウスは曽ケ端が守る。最終ラインは、右から内田、関川、町田、山本が入った。ボランチは小泉と永木がコンビを組む。右のサイドハーフには、ルーキーの荒木、左には和泉が入った。前線は、白崎と伊藤が務める。ベンチには、沖、杉岡、佐々木、レオ、アラーノ、土居、松村が座った。



14時キックオフのホイッスルが吹かれた。

アントラーズが試合開始から主導権を握ってボールを動かす。CBの関川と町田が、高精度のサイドチェンジや縦パスを打ち込んだことで、攻撃はスムーズに展開された。相手陣内では、右サイドハーフの荒木が存在感をみせる。切れ味鋭いドリブルや周囲とのパス交換でチャンスを演出し、得点の匂いを感じさせるプレーを連発した。







自陣でのボールロストでピンチを招く場面はあったものの、攻撃から守備への切り替えは迅速に行われた。アントラーズのペースで試合が進む。







水戸にボールを握られる時間帯もあったが、中盤ではボランチの小泉が、当たりの強さと鋭い出足でボールを刈り、最終ラインでは関川が見事なインターセプトで攻撃の起点となるなど、守備陣も積極的なプレーをみせていく。







スコアが動いたのは前半38分だった。白崎からのスルーパスを引き出した荒木が、相手選手に寄せられながらもドリブルでゴールに近づき、左足を振り抜く。力強いシュートは、ゴールネットに突き刺さった。











このまま1-0とアントラーズがリードしてハーフタイムを迎えた。







後半開始からアントラーズはGKを交代する。曽ケ端に代えて沖をピッチへ送った。





後半立ち上がり、先制点を決めた荒木が起点となりチャンスが生まれる。48分、荒木が右サイドのスペースにボールを流し、パスを受けた伊藤が右サイドからグラウンダーのクロスを入れる。これを白崎がシュートしたが、惜しくも相手選手にブロックされた。







63分から4人の選手を同時交代する。和泉、白崎、荒木、永木がベンチに下がり、アラーノ、土居、松村、レオがピッチに入った。67分には内田との交代で杉岡が投入された。これでGKが沖、最終ラインは右から山本、関川、町田、杉岡、ボランチは小泉とレオ、サイドハーフが右に松村、左にアラーノ、前線が土居と伊藤という布陣になった。





時間の経過とともに、水戸に攻撃を仕掛けられる回数が増えた。78分には左サイドから裏に抜け出され、決定機をつくられてしまう。逆サイドから絞った杉岡の決死のディフェンスで得点は許さなかったが、危うい場面だった。







ピンチの後にはチャンスが訪れる。87分、ペナルティエリア内右から松村がシュートするも、相手GKにパンチングされる。そのこぼれたボールを今度は伊藤がボレーシュートで狙う。しかし、再び相手GK本間の好セーブに阻まれて、追加点を奪うことはできなかった。







試合終了間際には何度かピンチが訪れた。それでも、沖の好セーブにも助けられて無失点に凌ぎ、このまま1-0でアントラーズが勝利した。

攻守両面で積極的にプレーしたことで、課題と収獲が多く見つかる試合となった。今後も限られた期間ではあるが、国内タイトル奪還に向けて、最善の準備を進めていく。

【この試合のトピックス】
・いばらきサッカーフェスティバルの通算成績をアントラーズの14勝1分とした

入場者数 9,378人 天候 晴、弱風 気温 17.3℃ / 湿度 42.0% ピッチ 全面良芝
主審 山岡 良介 副審 竹田 明弘 藤澤 達也 第4の審判員 川俣 秀


監督コメント

ハーフタイム

鹿島アントラーズ:ザーゴ
・守備の時、中央のケアをしていくこと。
・全体的にコンパクトな距離感を保ち、切り替えの意識を切らさないこと。
・攻撃の時は、縦にボールを入れ、積極性を忘れないこと。

水戸ホーリーホック:秋葉 忠宏
・恐れずにアグレッシブに戦おう!
・かんたんなミスをなくそう。
・やってきたことにトライしよう!

試合後

鹿島アントラーズ:ザーゴ
前半は完璧に近い試合内容だった。フィジカル的にいい状態の時はよさが多く出せていたと思う。練習からかなり負荷をかけているので、後半は足が止まってしまい、チグハグした部分が多少あった。ただ、全体的に選手たちが練習でやってきていることを表現しようとしてくれている。自分自身としては、非常に満足のいく試合内容だった。

Q. 評価している部分と課題は?

A.唯一満足いっていない部分は、準備期間の短さである。コンディション面で差がある中での融合を考えながら、現在、チーム作りをしている。コンディションがあまりよくない中なので、後半に足が止まってしまったり、反応が遅くなってしまっている選手もいた。それはやむを得ない部分だと思っている。選手たちが練習でやってきていることを自然にできるようになるまでは時間がかかる。現状、やろうという意識を持ってプレーしてくれている。これからしっかり準備をしていきたい。次の試合に向けて、全体的な質をもっと高めていきたい。

Q.決勝ゴールを決めた荒木選手の評価は?

A.荒木だけではなく、松村も有能な選手である。今日の試合は、荒木と松村が目立った存在だった。彼らは練習の時から、細かく要求することに対してしっかりと実行してくれている。これからしっかりと彼らを育てていき、戦力として試合に出場させることができるようにしていきたい。

水戸ホーリーホック:秋葉 忠宏
まずはこれだけ多くのサポーターの方が、スタジアムに来てくれたということがすごく嬉しい。ただ、サポーターの期待に応えられなかったことが残念。特に前半は臆病になり、相手の勢いにのまれて、自分たちのサッカーができなかった。ひとつだけよかった点は、これがリーグ開幕戦ではなく、プレシーズンマッチだということ。これからリーグ開幕戦に活かしていくことが大事になる。

選手コメント

試合前

【小泉 慶】
3つのタイトルを獲るためには、プレシーズンマッチも重要になる。昨年試合に出ていない選手が起用されるチャンスの場でもあるので、そういった選手が活躍して、チームの底上げや活性化させる試合にしたい。

【町田 浩樹】
ポゼッションで相手を剥がすことは大切だが、ラインが高ければ裏を狙ったり、臨機応変に相手をみながらサッカーすることが大事になる。チームの完成度を高めていかないといけないので、内容だけでなく、結果も求めてプレーしていきたい。

【永木亮太】
自分自身、まだ90分のゲームができていないので、コンディションの確認や新しい戦術や新加入選手のことなど、試合の中で確認していきたい。相手のことよりも、まずは自分たちのことに意識を向けてやっていく。勝利を目指すのはもちろんだが、まずは自分たちのやるべきことに意識を向けてやっていきたい。

【白崎 凌兵】
チームとしてやるべきことは、チャレンジすること。試合が少ない分、失敗も増えるだろうけど、消極的ではなく、積極的にやることが大事になってくる。勝ちにこだわる姿勢は、どの試合でも同じだが、消極的になるよりは、ミスが多くなっても積極的にチャレンジして、できることとできないことを確認していきたい。

【山本 脩斗】
チームとしてやろうとしていること、監督が求めることを、実践していきたい。練習時間が短いなかで、まだまだな部分もあるが、チームとしても個人としてもやるべきことを表現したい。

試合後

【永木 亮太】
自分自身、今シーズン初めての試合だったが、コンディションの確認や監督の求めているサッカーを意識しながらプレーすることができた。ただ、まだ100%ではないので、ここからコンディションも上げていかなければいけない。次に向けて、もっと突き詰めていきたい。

【小泉 慶】
ポジショニングやトラップの位置、スペースを見つける部分、プレスをかけるタイミングなどは、もう少しレベルアップしていかなければいけない。ボランチというポジションは重要なポジションだと思うので、もっと責任感を持ってプレーしていかないといけないし、もっと積極的にプレーしていかなければいけないと思う。。

【山本 脩斗】
久しぶりの試合だったので、90分間、怪我なくやれたことは大きな収獲になった。チームとしては、チャレンジする段階だと思うので、監督のやろうとしているサッカーをトライすることができてよかったと思う。

【和泉 竜司】
結果として、勝てたことはよかった。練習でやってきたことを出せた部分もあった。あとはクオリティの部分だったりはもっと改善できると思う。プレシーズンマッチだが、全員で勝って終われたのはよかった。

【沖 悠哉】
このチャンスを活かさないといけないと思って試合に臨んだ。最低限のプレーはできたと思う。前にスペースが空いていたり、相手が前からプレスをかけてきたときに、上手く相手を剥がせるところがあった。正確にパスを繋げた部分はよかったと思う。

【白崎 凌兵】
試合の終盤は疲労もあり、押し込まれる場面もあったが、試合を通して主導権を握ることができたと思う。監督から求められていることに、まだまだ、たどり着くことはできていない。ただ、求められていることをやろうとする姿勢は出すことができた。ここからもっとよくなっていくと思う。

【荒木 遼太郎】
スタメンで試合に出るからにはやってやろうという気持ちで試合に臨んだ。シラ君が前を向いたタイミングでアイコンタクトができ、いいところにパスを出してくれた。あとは、キーパーと1対1の場面だったので、冷静に決めるだけだった。試合中は、縦関係を組んだ篤人さんに守備の部分などで迷惑をかけてしまったが、自分のゴールで勝利へと導くことができたので、そこはよかったと感じている。




◆2020Jリーグプレシーズンマッチ(オフィシャル)


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