日刊鹿島アントラーズニュース

Ads by Google

ラベル 本田拓也 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 本田拓也 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2025年11月17日月曜日

◆【Jユース杯】110分戦い、20人目突入の激闘PK戦制した鹿島が大会最多タイ4度目優勝(ニッカン)






指揮を執った本田拓也コーチ(40)は「僕は選手に『3冠を取るよ』って、言い続けているし、選手もそれに乗っかってくれています」と話す。


全文はこちらから
◆【Jユース杯】110分戦い、20人目突入の激闘PK戦制した鹿島が大会最多タイ4度目優勝(ニッカン)







2022年11月19日土曜日

◆元日本代表MF本田拓也が現役引退、清水、鹿島、山形、岐阜でプレー(超WORLDサッカー!)









FC岐阜は18日、元日本代表MF本田拓也(37)の現役引退を発表した。

本田は神奈川県出身で、桐光学園高校から法政大学に進学。2008年に清水エスパルスに入団した。

清水で3シーズンプレーすると2011年に鹿島アントラーズに完全移籍。2013年途中に清水へと復帰する。

その後、2017年にモンテディオ山形へと完全移籍。2021年から岐阜でプレーしていた。

清水ではJ1通算127試合4得点、J2通算19試合、リーグカップ通算22試合、天皇杯通算19試合に出場した。鹿島ではJ1通算18試合、リーグカップ通算7試合、天皇杯通算3試合に出場。山形ではJ2通算121試合1得点、天皇杯通算2試合に出場。岐阜ではJ3通算30試合、天皇杯2試合に出場していた。

また、日本代表に2011年に招集され2試合プレーしていた。





◆元日本代表MF本田拓也が現役引退、清水、鹿島、山形、岐阜でプレー(超WORLDサッカー!)


2021年1月9日土曜日

◆FC岐阜、元日本代表MF本田拓也とセレッソ大阪のFW山内寛史を完全移籍で獲得(フットボールチャンネル)






 J3リーグのFC岐阜が8日、モンテディオ山形から35歳の元日本代表MF本田拓也、セレッソ大阪から25歳のFW山内寛史を、それぞれ完全移籍で獲得したと発表。

 本田は2008年に清水エスパルスでプロキャリアをスタートさせると、同年夏に行われた北京オリンピックにおいて、U-23日本代表のメンバーとして出場。2011年には日本代表デビューも果たし、通算2試合に出場している。2011年から2013年までは鹿島アントラーズでプレーし、2013年7月には再び清水エスパルスへ移る。そして、2017年から2020年までモンテディオ山形でプレーしていた。

 FC岐阜の公式サイトを通じて本田は「まずはオファーに心より感謝しています。岐阜のために自分の持っている力を全力で発揮し、皆さまに認めていただけるよう、そして昇格できるよう、一日一日頑張ってまいります」と、意気込みを語っている。

 また、山内は「岐阜のみなさん、こんにちは。山内寛史です。父の故郷でもある岐阜県でプレーできることをとても嬉しく思っています。昇格のために結果で貢献し、みなさんに認められる選手になります。よろしくお願いします」と、コメントしている。

【了】




◆FC岐阜、元日本代表MF本田拓也とセレッソ大阪のFW山内寛史を完全移籍で獲得(フットボールチャンネル)





2020年12月8日火曜日

◆山形がMF本田拓也の契約満了を発表…2017年から4シーズンプレー(ゲキサカ)






 モンテディオ山形は7日、MF本田拓也(35)の契約満了により退団することを発表した。

 2008年に法政大から清水に入団した本田は、2011年に鹿島に移籍。在籍時には日本代表にも選ばれた。鹿島で2年半プレーし、2013年7月に清水に復帰。2017年に山形に移籍し、4シーズンプレーした。今シーズンはこれまでに18試合に出場していた。




◆山形がMF本田拓也の契約満了を発表…2017年から4シーズンプレー(ゲキサカ)





2019年6月29日土曜日

◆【山形 vs 柏】 ウォーミングアップコラム:櫛引政敏、「改善」を積み重ねながら(J's GOAL)



櫛引政敏 Masatoshi.Kushibiki


【送料無料】やきやき道場 卓上網焼き アミ 焼き鳥 電気 キッチン 宅飲み やき...


その視線は、常に前を向いている。

Jリーグ通算100試合出場を達成したことを聞かれ、櫛引政敏(写真)はこう答えている。

「まだまだ全然ここから。まだ振り返るほどの経験はしていないので、もっといい経験をしていければ」

明治安田J2第10節 山口戦、今季2敗目を喫した試合後のコメントはこうだった。

「試合に関してはいい部分も出ている。そういういい部分はより良くしていって、ダメな部分をしっかり改善していけるように。常にその積み重ねだと思う」

第5節 琉球戦では、PKをストップしたプレーが、先にゴールラインから動いたことを理由に蹴り直しにされた。微妙な判定ではあったが、試合直後には、「その審判の判断をリスペクトするしかない」と判定が覆らないないことを受け入れたうえで、「そこはまた審判の人たちで話し合って、サッカーが良くなるために議論していただけたら」。より判断をはっきりさせるため、周囲のメディアに「記事にしてください」と呼びかけもした。

すでに終わったことを「仕方がない」と割り切るだけでなく、そのなかから今後へつながるものを常に探す。改善することで、そしてそれを続けることで、物事が確実によくなっていくとの確信があるのだろう。

山形1年目の昨シーズンは児玉剛(FC東京)とポジションを分け合い、出場は24試合。しかし、今シーズンは開幕から出場を続けている。

シーズン序盤は相手の攻撃自体を機能させない守備をチーム全体でできていたため、櫛引の目立った活躍の場もそれほど多くはなかった。しかし5月、6月、多くのシュートを浴びるチームのなかで、最後の砦としての存在感が際立っている。特に上位との対戦が多い6月は、複数のビッグセーブで勝利につなげる試合も多い。

そうした不断の努力が磨いたものは、ゴールキーパーの技術だけではなかった。

「自分が守るという責任感は見ててすごい感じるし、実際のセービングもいい。それだけじゃなくて、味方に『こうやって守る』とかいうことを常々言いながらやっている」と語るのは木山隆之監督。

「何よりも、昔よりも熱い男になったなと思う。コーナーキックとか苦しいときにアイツがしっかり声出して盛り上げてくれている」は清水でもチームメートだった本田拓也。

絶対的に信頼できるゴールキーパーとともに、山形はひたむきに成長を続けていく。

文:佐藤円(山形担当)


明治安田生命J2リーグ 第20節
6月29日(土)19:00KO NDスタ
モンテディオ山形 vs 柏レイソル




◆【山形 vs 柏】 ウォーミングアップコラム:櫛引政敏、「改善」を積み重ねながら(J's GOAL)





2019年4月24日水曜日

◆あのとき僕は移籍を我慢すべきだった……本田拓也を涙ながらに引き留めた監督と運命の分かれ道(ぐるなび)



本田拓也 Takuya.Honda


【中古】アイドル雑誌 KASHIMA ANTLERS FREAKS 月刊アントラ...


北京オリンピックでは本田圭佑、香川真司、長友佑都らのチームメイト
アルベルト・ザッケローニ監督からは日本代表にも選ばれた
2011年カタールのアジアカップでは優勝メンバーとなり
本田拓也の前途は洋々と見えた

ところがアジアカップから戻ると本田はピッチから遠ざかる
善意の行動が本田の順調な歩みを遮ることになった
ピッチに戻る日はなかなかやってこず、
その後は日本代表のユニフォームを着ることはなかった

その後もいろいろな苦労を重ねながら
本田の現役生活は続いている
今年は5年ぶりに体調もよくなったそうだ
今回の話はきっと本田の第一章ということになるはずだ


近くにいて凄さがわかる、伊東テルさんのプレー


2011年のアジアカップ、懐かしいですね。暑かったなぁ。結構厳しい試合やったけど、優勝できてよかったですね。僕はグループリーグ第3戦のサウジアラビア戦で先発の出番が来て。5点も入ったの、あれも不思議でしたけどね。サウジアラビア強かったのに。

アルベルト・ザッケローニ監督からの信頼を勝ち取るとか、そういう余裕はなくて、もうその時々で必死でしたよ。日本代表って2008年北京オリンピック以来でしたから国際試合も久しぶりでしたし。ましてそのアジアの頂点を決める大会でしたからね。

だから監督の信頼がどうのこうのというよりも、とにかく勝たなければと必死で。準決勝の韓国戦は途中出場したのですが、深くチャージにいってファールを取られて、そこから失点もしたし。自分の気持ちとプレーがまだ一致してなかったと思います。今考えると若かったかなって。

それからの8年、いろいろありましたね。そのなかで一番大変だったのは……やっぱりその2011年に鹿島に移籍した時の軟骨の手術ですね。あれは1番しんどかった。

僕は、あそこまではうまく行ってたと思うんですよ。アジアカップでは苦しいこともあったし、出た試合もあまり感触は良くなかったんですけどいろんな経験はできたと思いました。日本代表には入りたてぐらいだったけど、自分ではこれからもっといいプレーができると思ってたんです。

2008年、法政大学を卒業して清水に入ったときって、人にチャレンジには行けてたんです。ところがチャレンジに行かないときのポジショニングがすごく悪かった。それで、開幕から半年ぐらいは試合に出てたんですけどオリンピックが終わってチームに戻ってきたら出られなくなって。

そのときにポジショニングとか、チャレンジに行くタイミングとか、行かないときの自分の後ろへのパスコースの消し方とか、そういう部分の課題を田坂さん(田坂和昭コーチ)に指摘されたんです。僕がチャレンジに行くタイミングが早すぎて、自分の後ろにスペースができて、そこにパスが入っちゃったりしてたんです。

そういうポジショニングはテル(伊東輝悦)さんがすごくうまかったですね。田坂さんに教えてもらいながら、テルさんはあまり話すタイプじゃないから近くでプレーを見て学んでました。近くにいると、これがまた凄いんですよね。タイミングとか、相手に寄っていきながらでも後ろのコースを消したりしてるんで、後ろの選手はすごく守りやすかったと思います。

僕はもし、テルさんと一緒にプレーしてなかったら、チャレンジしに行ったっきりの選手で、今はもうプレーできてないと思います。そういう経験が自分のプラスになって、結局オリンピックの1年後の2009年の夏ぐらいからまた試合に出られるようになったんですよ。テルさんと一緒にダブルボランチを組ませてもらって。

実は出られなくなった2008年の終わりごろって、出場できないのなら移籍しようかと考えたりしたんです。その時ケンさん(長谷川健太監督)に「残って踏ん張れ」と言われもしましたんで、ちょうど1年がんばってみたのがよかったですね。そこは運命の分かれ道だったと思います。


移籍を伝えたとき、セレーゾ監督は涙ぐんで引き留めた


それでアジアカップ後に鹿島に移籍するんですけど、その年は東日本大震災があったんです。開幕戦はベンチだったのですが、オズワルド・オリヴェイラ監督から「2節目は古巣の清水だけど行けるか?」と聞かれて、「はい、大丈夫です」って。出るはずだったんですけど、清水に行く途中で地震がありました。

土曜日の試合のために金曜日に東京駅に向かってたんです。バスに乗って千葉県の習志野ぐらいまで行ったときにすごい揺れて、そこから大渋滞になって。鹿島に帰ったんですけど、寮を出たのが14時ぐらいだったんですけど、帰ってきたら夜の2時でした。

 帰ったら家の中がぐちゃぐちゃでした。運良くうちの地域は水が出たので何日かは過ごせたんですが、物資とかがなくて。すぐチームが活動停止ということになったので、東京から静岡までは一般道を走って太田宏介の家に泊めてもらってました。

 それで清水にあるトレーニングセンターのJ-STEPで体を動かしてたんです。そうしたら3月29日に「東北地方太平洋沖地震復興支援チャリティーマッチ がんばろうニッポン!」が大阪であるということで呼ばれて行ったんですよ。

 その練習のときですね。接触プレーだったと思うんですけど、右足首を痛めてしまって。だから僕はチャリティマッチではベンチにいて試合に出てないんですよ。

やったときからすごく痛かったんですけど、4月にはJリーグが再開するということで鹿島に戻って庇いながらトレーニングしてました。でも、なかなかよくならない。トレーニングをやったりやらなかったりだったと思います。ちょっとよくなって練習して、やっぱり痛くて、毎日練習できるか、できないか、という感じでした。よくなって、またダメだ、という繰り返しです。

それで8月ぐらいですか検査をしたんですよ。そうしたら軟骨が剥がれかけているということで、手術をして足首の前のほうの軟骨にドリルで穴を空けて、再生を促すということになったんです。

 そこから1年ぐらいプレーできなかったですね。当初の予定だと、夏に手術をして翌年のキャンプぐらいからプレーできるということだったんです。でも次の年になってもなかなか痛くて。ちょっと練習しては止めて、という繰り返しでした。6月ぐらいですかね、よくなり始めたのは。

 ケガをする前のサッカー人生は結構いい時期だったし、鹿島に行って活躍して代表にも定着して、という夢を描いていたのでショックが大きく……ショックというか「自分は何をやってるんだろう」という気持ちになりましたね。他の選手はみんな活躍してるのに。

 辛い時期はいろんな人に助けてもらいました。あのときは(中田)浩二くんとかとよく話をしたりして。浩二くんもケガをしてたし、あのときは田代有三もケガをしてたんで、3人でリハビリしてましたね。2人とも僕より年上なんで兄貴分みたいな感じで面倒みてもらってました。

 他の鹿島のメンバーも気遣ってくれて、仲良かった遠藤康や西大伍たちとよくリフレッシュがてら釣りに行ったりしてました。鹿島のそういうファミリーっぽいところが助けてくれたと思います。

 食事は、家の近くに定食屋さんがあって、もう火事でなくなっちゃったらしいんですけど、そこでよくお世話になってたんです。だから本当にカシマとかチームも地域もいいところでした。

 それからその時のトレーナーの安藤貴之さん、今はJFAアカデミー福島のフィジオセラピストとして御殿場にいる方ですね、その人と二人三脚で、病院に行ったり、横浜に靴のインソールを作りに行ったりしてました。

 みんなといるときは明るくできてたんですけどね。家に帰ったら1人なんで、落ち込んだりもしました。前向きになれたのは、サッカーしかなかったからです。早く復帰するにはどうしたらいいかなと考えたり、他の部位を鍛えたりとかしてました。

 大きなケガをしたときは、やっぱり1人じゃ無理ですね。1人じゃなかったからピッチに戻れたと思うし。鹿島以外だったら、もう終わってたかもしれないですね。サッカー選手で、しかもプロで、こうやって1年半プレーできなかったのかまたピッチに戻るだというのはスゴイと思うんです。

 ケガが治って自分のコンデションも上がってきたところで鹿島の3年目に入りました。そこでもやっぱり試合に出たり出なかったり、出ても途中からとかでしたね。自分が納得いくプレーをしても監督のファーストチョイスにはならなかったんですよ。それで、どうしようかなって移籍したんです。我慢できなかったですね。今思えば我慢したほうがよかったと思います。

 トニーニョ・セレーゾ監督にはよく面倒見てもらってたんですよ。僕が移籍するとなったときにセレーゾはちょっと涙ぐんで止めてくれましたね。「お前のポジションを確保しているわけではないし、掴み取らなければいけないけれども、俺は本当に残ってほしいから考え直してくれ」と。……若かったです、俺が。


自分を必要としてくれる山形への移籍


そのとき、いくつかのクラブに声をかけてもらったんですが、やっぱり自分が大学から最初に入ったクラブということでお世話になった清水に戻りました。大学のとき一番最初に声をかけてくれてたから、義理みたいなものを感じてたんです。

2015年にはキャプテンを任されたんですけれども、それも苦しかったですね……。その年は小さなケガもあってコンディションがなかなか上がらなくて……結果的にはJ2に落としたことになりますからね。

その年までは、妻と一緒にご飯を食べに行ってたんです。そうしたら知らない人が急に近づいてきて「今日のつまんない試合ありがとうね」と言ってきたことがありました。あのときの成績だったら言われても仕方がないと思います。でも、あのときはプライベートの空間だったんで……。

それで妻が「もう外にはご飯食べに行きたくないね」と言って、外食を控えるようにしてました。妻には申し訳ないと思いましたね。グラウンドで言われるぶんには問題がないんですけれども。本当に妻に悪いことをしたと思いました。

 2016年、清水がJ1に復帰して、2017年はどうするか考えたときに、清水に残るという選択肢もありました。でも清水では戦力として考えてないと言われて。そんなとき1番最初に山形が声をかけてくれて、自分を必要としてくれたというのが大きかったですね。それが移籍した理由です。

 これまでいろいろ辛いことありましたけど、逆にいい思いは……いろんな人と知り合えたことですね。それが1番よかったかな。この仕事をしなかったら、周りのすごい人たちと出会いでもなかっただろうし。

 プロ生活12年で監督は日本代表まで含めると10人経験できたと思います。いろんな指導を受けたことも自分の財産になってますね。まだ将来のことを決めてないですけど、もし僕が監督になったとしたら、これまでの監督のいいところを全部見習って、いい指導者になれればいいと思います。

 山形は大変なこともいろいろありますが、でも環境もどんどんよくなってますから。J1に上がることがチームとしての目標だし、自分ももう一回J1でプレーしたいというのもあります。個人的な目標としては今年1年ケガなく乗り切りたいなと。今年は久しぶりに体の調子がいいんです。5年ぶりぐらいですかね。自分でも期待しています。


2日間のオフがあるとき泊まりで食べに行くことも


山形はみんな牛肉がおいしいと言うんですよ。でも僕は海産物が好きなので、海産物のおいしい店を紹介しておきます。

まず酒田市にある「寿し割烹 こい勢」というお寿司屋さんです。山形市から1時間半から2時間かけて行くところで、僕は2日間のオフがあるとき泊まりで食べに行ってます。夜食べて泊まって、次の日は市場にでまた海鮮料理を食べて、というコースですね。

それから山形市では「そば処 庄司屋」ですね。ここにはいくらがたっぷり乗った蕎麦があるんですよ。シンプルな感じだけど、蕎麦そのものがおいしいのもあって、ものすごくうまいんです。大好物です。ここは「そば処庄司屋 御殿堰七日町店」といってもう1店舗あります。試合に来たら、ぜひどうぞ。

今はもう妻と一緒に外食に行ってます。山形ではお蕎麦屋さんにいても誰にも話しかけられないですね。それって、もしかしたら誰も僕のことをわからないからかもしれないです。だから頑張って山形をもう1回J1に昇格させて、お蕎麦屋さんでサインを求められるようにならなきゃいけないと思ってます。


[商品価格に関しましては、リンクが作成された時点と現時点で情報が変更されている場合がございます。]
【中古】アイドル雑誌 KASHIMA ANTLERS FREAKS 月刊アントラ...
価格:430円(税込、送料別) (2019/4/24時点)


◆あのとき僕は移籍を我慢すべきだった……本田拓也を涙ながらに引き留めた監督と運命の分かれ道(ぐるなび)





2018年4月28日土曜日

◆【山形 vs 栃木】 ウォーミングアップコラム:自らのコンディションと向き合い、チームに闘う姿勢をもたらす本田拓也(J's GOAL)





前回のホーム、第9節・京都戦の監督会見で、シーズン途中から戦列に復帰した加賀健一と本田拓也(写真)がチームにもたらしているものは何か?との質問に、木山隆之監督はこう答えている。

「なんだかんだ言っても闘わないと、サッカーは何をやったって勝てないぞということを体現していると思う。結局は局面で相手を上回らないと、何をやっても勝てないと思う。その二人が開幕からいなかったというのは、やっぱりそういうところが欠けていたのかなと思う」

加賀が先発で復帰したのは第6節・東京V戦。本田拓也もその試合でベンチ入りを果たし、89分にピッチに立っているが、当時のコンディションは万全ではなかった。先発復帰は第8節・愛媛戦。そこから3試合を消化している。

「コンディション的には結構いいですね。いつも残ってタカちゃんと一緒にいろいろトレーニングをしたり、付き合ってくれるので、タカちゃんに感謝してます」と石井孝典フィジカルコーチへの感謝を述べた。

以前から気になっていた箇所の手術に踏み切ったのは、昨シーズン終盤の11月初め。「右足関節骨棘障害、軟骨損傷」。全治は6〜8週。足首の状態と相談しながら、キャンプ期間中は十分なトレーニングが積めなかった。開幕後に長いキャンプを終え山形に戻ってからも、実戦ゲームができる体に戻るまでには時間がかかった。

「(コンディションが上がってくるまで)俺は結構時間がかかりますね。まだまだこれからだと思います。プラスアルファでやんないと追いつかない」

雪の影響で天然芝のピッチが使用できないため、チームがしばらく人工芝のピッチでトレーニングを続けていた影響もあった。

今シーズン、より攻撃的なチームへの進化をめざしていた山形だったが、球際や切り換えなど守備への意識が疎かになった面は否めない。それを取り戻すためにも、本田や加賀の復帰は頼もしく感じられる。ここからは連戦になる。コンディション面の心配は尽きないが、「ほんと若くないので、そのへんは気を遣いながら、でもやる時はしっかりやっていきたいと思います」

よく響く声は明るかった。

文:佐藤円(山形担当)


明治安田生命J2リーグ 第11節
4月28日(土)14:00KO NDスタ
モンテディオ山形 vs 栃木SC


【山形 vs 栃木】 ウォーミングアップコラム:自らのコンディションと向き合い、チームに闘う姿勢をもたらす本田拓也




2018年2月2日金曜日

◆山形、DF山田拓巳がキャプテン就任…副主将は本田拓也ら3選手(サッカーキング)




 モンテディオ山形は2月1日、2018シーズンのキャプテンと副キャプテンが決定したと発表した。

 キャプテンを務めるのはDF山田拓巳。現在28歳の同選手は2008年に市立船橋高校から山形へ加入し、同クラブ一筋でプレーを続けている。昨季は明治安田生命J2リーグで全42試合中32試合に出場して1得点を挙げた。

 キャプテン就任にあたって、山田は以下のようにコメントしている。

「今シーズンキャプテンを務めさせていただくことになりました。僕自身キャプテンというのは初めての経験ですが、10年以上このクラブにいてたくさんの尊敬できる先輩たちを見てきましたし、いろいろな経験もしてきました。その中でやっぱり1番大事なのは選手、スタッフ、ファン、サポーター、みんなが同じ方向を向き一丸となって戦うことだと思いました。簡単なことではないですが、今シーズンいい時もそうではない時も、どんな時もぶれることなくチームとして戦っていけるように全力で頑張っていくので、皆さんも共に戦い、後押ししていただければ嬉しいです。よろしくお願いします」

 また、副キャプテンには3選手が就任。それぞれ、以下のようにコメントしている。

■DFジャイロ・ロドリゲス
「副キャプテンという役割を任されて、とても嬉しく思います。山田キャプテンのサポートを始め、チームを引っ張れるように毎日精一杯頑張りますので、応援よろしくお願いします」

■FW瀬沼優司
「2018シーズン副キャプテンを務めさせていただくことになりました。今年チームが目標を達成するためには、本当に選手・サポーターが一体になる必要があると思います。良い時も悪い時もあるかと思いますが、常にキャプテンを支えチームの事を考えて行動していきたいと思います。よろしくお願い致します」

■MF本田拓也
「山田キャプテンをしっかりサポートして、J1に昇格できるよう一生懸命頑張ります。モンテディオを支えるみんなで、ひとつになって戦っていきましょう!」

山形、DF山田拓巳がキャプテン就任…副主将は本田拓也ら3選手


2018年1月16日火曜日

◆山形が新背番号発表、瀬沼優司が「10」に変更…GK櫛引は「21」に(サッカーキング)


モンテディオ山形

 モンテディオ山形は14日、2018シーズンにおけるトップチームの選手背番号を発表した。

 昨季は明治安田生命J2リーグで11位だった山形。木山隆之監督が就任2年目を迎える2018シーズンを前に、ブラジル国籍3選手を獲得して戦力補強を行った。DFジャイロ・ロドリゲスが「2」、アルヴァロ・ロドリゲスが「8」、そしてフェリペ・アウヴェスが「9」を着用する。

 また、清水エスパルスからの期限付き移籍から完全移籍へ移行したFW瀬沼優司が背番号「9」から「10」に変更となっている。

 山形の2018シーズン選手背番号は以下のとおり。

1 GK 児玉剛
2 DF ジャイロ・ロドリゲス(セパハンから完全移籍加入)
3 DF 栗山直樹
4 DF 三鬼海(ロアッソ熊本から完全移籍加入)
5 DF 茂木力也
6 DF 山田拓巳
7 MF 松岡亮輔
8 MF アルヴァロ・ロドリゲス(コンフィアンサから完全移籍加入)
9 FW フェリペ・アウヴェス(トンベンセから期限付き移籍加入)
10 FW 瀬沼優司
11 FW 阪野豊史
14 MF 本田拓也
15 DF 加賀健一
16 MF 小林成豪(ヴィッセル神戸から期限付き移籍加入)
17 MF 中村駿
18 MF 南秀仁
19 DF 松本怜大(FC町田ゼルビアから完全移籍加入)
20 MF 安西海斗
21 GK 櫛引政敏(清水エスパルスから完全移籍加入)
22 FW 中村駿太(青森山田高校から加入)
23 DF 熊本雄太(早稲田大学から加入)
25 MF 汰木康也
27 FW 北川柊斗(筑波大学から加入)
28 GK 摂津颯登
29 MF ク・ボンヒョク
33 DF 西村竜馬
35 DF 坂井達弥(サガン鳥栖から完全移籍加入)
39 FW 中山仁斗
40 GK 射庭康太朗(京都産業大学から加入)

山形が新背番号発表、瀬沼優司が「10」に変更…GK櫛引は「21」に


2017年12月20日水曜日

◆山形、6選手との来季の契約更新を発表…新加入のMF本田やFW阪野など(サッカーキング)




 モンテディオ山形は6選手との来シーズンの契約更新を発表した。19日付でクラブの公式サイトが伝えている。

 今回、山形が契約更新したのはGK児玉剛、DF栗山直樹、FW阪野豊史、MF本田拓也、MF南秀仁、GK摂津颯登の6選手である。

 児玉は1987年生まれの現在29歳。関西大学出身の選手で、京都サンガFCでプロキャリアをスタートさせた。愛媛FCを経て、2017年より山形に加入。今シーズンは、明治安田生命J2リーグで38試合に出場し、移籍初年度ながらチームの主力選手として活躍した。

 栗山は1990年生まれの現在27歳。名門清水東高等学校から専修大学へ進学し、2013年にジェフユナイテッド千葉に加入した。その後はFC町田ゼルビアを経て、2016年に山形へ移籍。今シーズンは、J2リーグで10試合に出場し、2得点を挙げている。

 阪野も1990年生まれの現在27歳。浦和レッズの下部組織出身の選手であり、明治大学に進学した後、トップチームでプロデビューを果たす。その後、栃木SCや愛媛などを経て、2017年より山形に完全移籍で加入している。今シーズンは、J2リーグで42試合に出場し、13ゴールを挙げるなどの活躍を見せていた。

 本田は1985年生まれの現在32歳。法政大学出身で、2008年に清水エスパルスでプロキャリアをスタートさせる。その後は長きにわたり、清水や鹿島アントラーズで活躍し、2017年に山形に加入した。今シーズンは、J2リーグで36試合に出場している。

 南は1993年生まれの現在24歳。東京ヴェルディの下部組織出身で、2012年にトップチームへ昇格を果たす。その後は町田を経て、2017年に山形に移籍。今シーズンのJ2リーグでは2試合に出場した。

 摂津は1996年生まれの現在21歳。山形の下部組織出身で、2015年にトップチームに昇格を果たす。今シーズンのJ2リーグでは出場機会を得られなかった。

 尚、契約更新に際して各選手のコメントは発表されていない。

 今シーズン山形は、J2リーグで11位の成績に終わっており、来シーズンはJ1昇格を目指し、上位に食い込みたいところだ。


山形、6選手との来季の契約更新を発表…新加入のMF本田やFW阪野など

2017年9月6日水曜日

◆【山形】本田主将が小学生に明かした「試合に勝った時のご褒美」とは(報知)




 J2モンテディオ山形は5日、選手たちが山形県内3か所の小学校を訪問する「夢クラス」を実施した。

 地域貢献活動の一環として、今年で13年目を迎える。山形市立桜田小学校には、主将のMF本田拓也(32)、FW瀬沼優司(27)、鈴木雄斗(23)が登場した。

 4年生約70人と、「夢」に関する質問コーナーなどで約1時間、交流した。子供たちは将来就きたい職業と、そのためのプランを具体的に発表。本田主将は「すごいですね。僕も4年生の時にはサッカー選手になりたかったけど、そのためには『必死にサッカーをやる』くらいしか言えなかったと思う」と感心。「先生やお父さん、お母さんの言うことをよく聞いて下さい」と、呼び掛けた。

 また、自身の小学生の頃を振り返り「野菜が食べられませんでした。食べられない人、いる?」と本田主将。手を挙げた子供たちに「気持ちはすごく分かる」と、うなずいていた。

 食べ物つながりで「甘いものが好き。試合に勝った時だけ食べる。自分へのご褒美で」と明かすと、子供たちは笑顔で聞き入っていた。

【山形】本田主将が小学生に明かした「試合に勝った時のご褒美」とは

2017年8月31日木曜日

◆選手個人がクラブ公式サイトで異例の声明発表…山形MF本田拓也「すべてが絶対に負けられない」(ゲキサカ)




 モンテディオ山形は30日、9月のホームゲーム4試合に向け、キャプテンを務めるMF本田拓也のメッセージをクラブ公式サイトで紹介した。社長の声明発表などは各クラブでたびたび行われているが、選手個人からの発信はそれほど例がない。

 清水から今季加入した本田はここまで主にボランチとして、J2リーグ戦28試合に出場。木山隆之監督からの信頼をつかみ、主将としてチームをけん引している。元日本代表MFはクラブ公式サイトを通じ、以下のようにコメントした。

「2017シーズンもいよいよ終盤に入ってきました。毎試合最後の最後まで、みなさんに応援頂いていることは自分たちの大きな支えです。勇気をいつももらっています。応援してくださっている全てのみなさん、本当にありがとうございます。

 リーグ戦昇格争いは混戦が続いています。9月は5試合の内4試合がホームでの戦いとなります。皆様の応援が僕らの後押しとなります。ぜひスタジアムに来場し熱い応援とチームへの後押しをお願いいたします。

 すべてが絶対に負けられない試合です。9月5試合で勝利をつかみ上位に浮上しみなさんと一緒に昇格を勝ち取りたいと思います。

 まずは9月2日ホームゲーム岡山戦、たくさんの方々に来て頂けることが自分たちの自信、勇気と勝利につながります。友達や家族、仕事仲間、みんなを誘ってスタジアムへ来てください。共に昇格をつかみましょう!」

 山形は第30節終了時点でJ1昇格プレーオフ圏内6位の東京Vと勝ち点6差の13位。9月2日に岡山(ホーム)、9日に京都(ホーム)、16日に町田(アウェー)、24日に熊本(ホーム)、30日に長崎(ホーム)と対戦する予定となっている。


選手個人がクラブ公式サイトで異例の声明発表…山形MF本田拓也「すべてが絶対に負けられない」

2017年3月24日金曜日

◆【ライターコラムfrom山形】プロ10年目の同級生対決…新主将の本田拓也と讃岐MF馬場賢治の固い絆(サッカーキング)




 今季、清水エスパルスから加入したばかりにも関わらず、チームキャプテンに就任した本田拓也。開幕戦から先発でピッチに立ち、果敢なアプローチでボールを奪い取る守備と、ロングキックを生かした展開力で、早くも攻守に存在感を示している。

 ホーム開幕となった3月19日の第4節・カマタマーレ讃岐戦は、そんな本田が、チームを束ねる主将としてのスタンスとは別に、個人的にも楽しみにしていた試合だった。讃岐には、桐光学園高校の同級生・馬場賢治がいるからだ。

 本田と馬場はともに神奈川県出身で、小学校の頃から選抜チームで顔を合わせていた。高校ではダブルボランチを組み、卒業後、本田は法政大学へ、馬場は近畿大学へ進んだ。そして互いにプロの道へ。32歳になる今年はプロ10年目のシーズンだ。

「こんなことって、今のJリーグの選手の中でも数少ないと思う。小っちゃい頃から切磋琢磨してきた選手とまた対戦できるのは本当に嬉しいですよ」



 今回の対戦では、馬場が大きく右のワイドに張るポジションだったこともあり、ずっとマッチアップしていたわけではない。しかし51分に二人が火花を散らしたシーンは実に見応えがあった。それは、山形のコーナーキックのこぼれ球を拾った讃岐が一気にカウンターを仕掛けようとした場面。右サイドでボールを受けた馬場が前を向いて加速しようとした時、一目散にスライディングに行った本田の右足は、的確にボールをタッチラインの外に押し出した。

「賢ちゃんがフリーで上がっていたから、あそこで前を向いて仕事されるのは嫌だったし、つぶさなきゃいけなかったところです。ファウルせずにとることが一番大事だったので、スローインにできたのは良かったです」

 本田は冷静に振り返ったが、馬場の方はもう少しこの場面に思うところがあったようだった。試合後のミックスゾーンに太い黒縁の眼鏡をかけて現れた彼は「たぶん、あいつより僕の方が今日の対戦を楽しみにしていたはず」と目を細め、その場面に言及した。

「スライディングでカットされた時に、あまりJ2では感じないスライディングの質というか、球際の質だったし、キックの質とか、存在感みたいなものは凄い感じました」

 そして、この日の90分をこう表現した。

「何より、やっていて僕としてはすごく幸せな時間というか、今振り返っても特別な時間ではありました」

 試合は、讃岐が馬場の6本を含むシュート14本を打って今季初勝利への執念を見せたが、山形も最後のところで粘り強く守り、0−0のまま試合終了の笛を聞いた。今年の勝負は10月のアウェイ戦に持ち越された。

「小学校からの仲を言えばドローでいいのかもしれないですが、プロとして言えば、次で決着をつけなければいけないところ。次に勝てるように、一つ一ついろんなことを積み上げていきたいなと思います」(馬場)

「次のアウェイでは勝たないといけないですし、そこは今年、しっかり決着をつけたいと思います」(本田)

 幼なじみのような二人は、おそらく、常に視野の片隅にお互いを捉えながら、それぞれのサッカー人生を歩んで来たのだろう。その歩みが交錯する熱い瞬間が、これからもまた、我々を楽しませてくれるに違いない。

文=頼野亜唯子

https://www.soccer-king.jp/news/japan/jl/20170323/566343.html?cx_cat=page1

2017年2月11日土曜日

◆13日Jリーグキックオフカンファレンス参加監督&選手が決定、DAZNが生配信(ゲキサカ)




 Jリーグは13日に行う「2017Jリーグキックオフカンファレンス」に参加する監督と代表選手が決定したと発表した。イベントの模様はDAZNおよびJリーグ公式Facebookで動画配信される。

▽J1
【北海道コンサドーレ札幌】
四方田修平監督
宮澤裕樹

【ベガルタ仙台】
渡邉晋監督
増嶋竜也

【鹿島アントラーズ】
石井正忠監督
鈴木優磨

【浦和レッズ】
ペトロヴィッチ監督
宇賀神友弥

【大宮アルディージャ】
渋谷洋樹監督
江坂任

【柏レイソル】
下平隆宏監督
中谷進之介

【FC東京】
篠田善之監督
大久保嘉人

【川崎フロンターレ】
鬼木達監督
中村憲剛

【横浜F・マリノス】
エリク・モンバエルツ監督
扇原貴宏

【ヴァンフォーレ甲府】
吉田達磨監督
堀米勇輝

【アルビレックス新潟】
三浦文丈監督
大野和成

【清水エスパルス】
小林伸二監督
白崎凌兵

【ジュビロ磐田】
名波浩監督
上田康太

【ガンバ大阪】
長谷川健太監督
藤本淳吾

【セレッソ大阪】
尹晶煥監督
杉本健勇

【ヴィッセル神戸】
ネルシーニョ監督
田中順也

【サンフレッチェ広島】
森保一監督
青山敏弘

【サガン鳥栖】
マッシモ・フィッカデンティ監督
鎌田大地

▽J2
【モンテディオ山形】
木山隆之監督
本田拓也

【水戸ホーリーホック】
西ヶ谷隆之監督
船谷圭祐

【ザスパクサツ群馬】
森下仁志監督
永井雄一郎

【ジェフユナイテッド千葉】
フアン・エスナイデル監督
近藤直也

【東京ヴェルディ】
ロティーナ監督
井上潮音

【FC町田ゼルビア】
相馬直樹監督
平戸太貴

【横浜FC】
中田仁司監督
野村直輝

【湘南ベルマーレ】
チョウ・キジェ監督
高山薫

【松本山雅FC】
反町康治監督
高崎寛之

【ツエーゲン金沢】
柳下正明監督
山崎雅人

【名古屋グランパス】
風間八宏監督
佐藤寿人

【FC岐阜】
大木武監督
庄司悦大

【京都サンガF.C.】
布部陽功監督
エスクデロ競飛王

【ファジアーノ岡山】
長澤徹監督
赤嶺真吾

【レノファ山口FC】
上野展裕監督
岸田和人

【カマタマーレ讃岐】
北野誠監督
仲間隼斗

【徳島ヴォルティス】
リカルド・ロドリゲス監督
岩尾憲

【愛媛FC】
間瀬秀一監督
白井康介

【アビスパ福岡】
井原正巳監督
亀川諒史

【V・ファーレン長崎】
高木琢也監督
村上佑介

【ロアッソ熊本】
清川浩行監督
岡本賢明

【大分トリニータ】
片野坂知宏監督
後藤優介

▽J3
【グルージャ盛岡】
菊池利三監督
安楽健太

【ブラウブリッツ秋田】
杉山弘一監督
下田光平

【福島ユナイテッドFC】
田坂和昭監督
星広太

【栃木SC】
横山雄次監督
廣瀬浩二

【Y.S.C.C.横浜】
樋口靖洋監督
辻正男

【SC相模原】
安永聡太郎監督
川口能活

【AC長野パルセイロ】
浅野哲也監督
明神智和

【カターレ富山】
浮氣哲郎監督
椎名伸志

【藤枝MYFC】
大石篤人監督
チャン・ワタナカ

【アスルクラロ沼津】
吉田謙監督
尾崎瑛一郎

【ガイナーレ鳥取】
森岡隆三監督
畑中槙人

【ギラヴァンツ北九州】
原田武男監督
山岸範宏

【鹿児島ユナイテッドFC】
三浦泰年監督
赤尾公

【FC琉球】
金鍾成監督
藤澤典隆

http://web.gekisaka.jp/news/detail/?209265-209265-fl

2017年1月21日土曜日

◆山形本田ボランチで存在感!長短パス◎ボール奪取◎(ニッカン)




 元日本代表MFがついにベールを脱いだ。清水から完全移籍で加入したJ2山形の本田拓也(31)が20日、静岡・御前崎キャンプ4日目に行われた今季初の紅白戦でシステム3-4-2-1のボランチで出場した。10分を2本こなし、攻守で存在感を示した。

 守備では高いボール奪取能力を見せつけた。出足の鋭いプレスに加え、果敢にタックルも披露。今季から取り組んでいるビルドアップ(攻撃の組み立て)では、長短を蹴り分けるパスが光った。時折バックラインにも入ってボールを回し「相方の組み合わせもあるし、今後はもっと臨機応変にできると思う」と自信を見せた。

 アシスト能力も魅力だ。中盤でボールを奪うと、前のスペースを見つけた瞬間に迷わず縦パスを放り込んだ。「ああいう場面をもっと増やしたい。自分の感覚としては、どんどん前に入れていきたい」と言葉に力を込めた。

http://www.nikkansports.com/soccer/news/1767991.html

2017年1月16日月曜日

◆12選手加入の山形が新背番号発表…阪野が「11」、本田拓也が「14」に(サッカーキング)


GettyImages-481618962

 モンテディオ山形は15日、2017シーズンにおけるトップチームの背番号を発表した。

 山形は2016シーズン、明治安田生命J2リーグで14位に沈んだ。再起を期す2017シーズンに向けて、浦和レッズからDF加賀健一とFW阪野豊史、京都サンガF.C.からDF菅沼駿哉、清水エスパルスの元日本代表MF本田拓也らを完全移籍で獲得。計12選手が加入し、戦力補強を行った。

 発表された新背番号では、管沼は「5」、阪野が「11」、本田は「14」、加賀が「15」を着けることが決まった。

 山形の2017シーズン選手背番号は以下のとおり。2月26日の明治安田生命J2リーグ第1節では、京都サンガF.C.とアウェーで対戦する。

1 GK 児玉剛(愛媛FCから完全移籍加入)
2 DF 瀬川和樹
3 DF 栗山直樹
4 DF 宇佐美宏和
5 DF 菅沼駿哉(京都サンガF.C.から完全移籍加入)
6 DF 山田拓巳
7 MF 松岡亮輔
8 MF 風間宏希(ギラヴァンツ北九州から完全移籍加入)
9 FW 瀬沼優司(清水エスパルスから期限付き移籍加入)
10 FW 鈴木雄斗
11 FW 阪野豊史(浦和レッズから完全移籍加入)
13 DF 石川竜也
14 MF 本田拓也(清水エスパルスから完全移籍加入)
15 DF 加賀健一(浦和レッズから完全移籍加入)
16 MF 佐藤優平
17 MF 中村駿(ザスパクサツ群馬から完全移籍加入)
18 MF 南秀仁(東京ヴェルディから完全移籍加入)
20 DF 茂木力也(浦和レッズから期限付き移籍加入)
22 DF イ・ジェスン
23 GK 富居大樹
24 DF 荒堀謙次
25 MF 汰木康也
26 FW 永藤歩
27 DF 高木利弥
28 GK 摂津颯登
29 MF ク・ボンヒョク
30 DF 髙橋成樹(モンテディオ山形ユースから昇格)
39 FW 中山仁斗(レノファ山口FCから完全移籍加入)

https://www.soccer-king.jp/news/japan/jl/20170115/541890.html?cx_cat=page1


2016年12月11日日曜日

◆山形が本田拓也獲得 中盤の核に元日本代表MF(ニッカン)


http://www.nikkansports.com/soccer/news/1749911.html



 J2山形が来季J1の清水MF本田拓也(31)を完全移籍で獲得することが9日、分かった。近日中に発表される。08年には北京五輪代表に、11年には日本代表にも選ばれたボランチを獲得し、中盤を再編する。

 元日本代表MFの本田が、山形の中盤の核になる。長短を蹴り分ける正確なパスに加え、豊富な運動量と鋭い読みを武器に高いボール奪取能力が光る。今季清水では5月末の練習中に右膝内側側副靱帯(じんたい)を損傷し19試合出場にとどまったが、リーグ終盤に復帰してJ1昇格に貢献。今季限りで清水との契約が切れる本田にラブコールを送り、獲得が実現した。

 法政大出身の本田は08年に清水へ加入。北京五輪を経験し、11年には鹿島に移籍したが13年途中から古巣に戻り15年は主将に就任した。プロ生活をスタートさせた清水を退団しての山形入りは、相当な覚悟を持っての決断だった。猛練習を課す木山隆之新監督(44)はハードワークを求めており、もう1度体を鍛え上げて、10年に記録した自己最多31試合を超える出場を目指す。

 ブラジル人トリオに加え、元日本代表FW大黒も退団。チームは過渡期を迎える中、本田を軸に据えて再建モードに突入。来季こそ再び、J1昇格へひた走る。

2016年6月2日木曜日

◆清水MF本田拓也、全治6週間の離脱…右ひざ内側側副じん帯損傷(サッカーキング)


http://www.soccer-king.jp/news/japan/jl/20160601/450171.html



 清水エスパルスは1日、MF本田拓也が右ひざ内側側副じん帯損傷で全治6週間の見込みと診断されたことを発表した。

 本田は5月31日の練習中に負傷。静岡市内の病院にて検査を受け、上記のように診断された。

 本田は1985年生まれの31歳。2008年に法政大学から清水へ加入し、同年の北京オリンピックにも出場した。2011年に鹿島アントラーズへ移籍した後、2013年7月に清水へ完全移籍で復帰。2011年には日本代表で初出場を果たし、アジアカップ優勝メンバーとなった。今シーズンは明治安田生命J2リーグ第15節終了時点で12試合に出場している。

2016年4月29日金曜日

◆乾、内田、小野ら所属事務所が熊本支援のチャリティオークション開催(サッカーキング)


http://www.soccer-king.jp/news/japan/20160428/435939.html

480_196_5000000

 乾貴士、内田篤人、小野伸二らが所属する株式会社SARCLEは、平成28年熊本地震の被害に対する支援を目的としたチャリティオークションを開催すると発表した。

チャリティオークション概要
実施期間
2016年4月28日(木)10:00~5月9日(月)12:00

オークション形式
特設WEBサイトにて実施:http://bit.ly/Kumamoto_Charity
※携帯電話・スマートフォン推奨ページ
協力:FOOTBALL FREEDOM運営事務局(リアライズモバイルコミュニケーションズ株式会社)

対象グッズ
選手の直筆サイン入りスパイク
※選手によってはキーパーグローブ等に変更となる可能性があります。

対象
エイバル:乾貴士
シャルケ:内田篤人
ケルン:大迫勇也
ホルン:権田修一
ザルツブルク:南野拓実
コンサドーレ札幌:小野伸二、神田夢実、杉山哲、稲本潤一、河合竜二、都倉賢
深井一希、福森晃斗、増川隆洋、宮澤裕樹
鹿島アントラーズ:植田直通、櫛引政敏、土居聖真、三竿健斗
栃木SC:山本大稀
浦和レッズ:大谷幸輝、関根貴大、高木俊幸、平川忠亮
ジェフ千葉:長澤和輝
FC東京:中島翔哉
東京ヴェルディ:高木大輔、高木善朗、南秀仁
湘南ベルマーレ:下田北斗、坪井慶介、長谷川アーリアジャスール
アルビレックス新潟:伊藤優汰、田中達也
ツエーゲン金沢:馬渡和彰
清水エスパルス:犬飼智也、大前元紀、本田拓也、三浦弦太
FC岐阜:岡根直哉、水野泰輔
ガンバ大阪:長沢駿
セレッソ大阪:秋山大地
ヴィッセル神戸:高橋峻希、田中雄大、徳重健太
愛媛FC:瀬沼優司、深谷友基
アビスパ福岡:金森健志、堤俊輔
サガン鳥栖:楠神順平
※今後、他からもグッズ提供の可能性があります

寄付先
熊本県平成28年熊本地震義援金口座
http://www.pref.kumamoto.jp/kiji_15416.html
※収益は全額寄付いたします

2015年12月29日火曜日

◆来季J2を戦う清水…チーム得点王FW大前、MF本田ら4選手と契約更新(ゲキサカ)


http://web.gekisaka.jp/news/detail/?179662-179662-fl



 清水エスパルスは28日、DFヤコヴィッチ、MF本田拓也、FW大前元紀、DF松原后の4選手との契約更新を発表した。今季のJ1リーグで大前は32試合でチーム最多となる11得点を奪い、ヤコヴィッチは16試合0得点、本田は23試合1得点、松原は7試合0得点の記録を残している。

Ads by Google

日刊鹿島

過去の記事