日刊鹿島アントラーズニュース

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2023年11月19日日曜日

◆11/19に引退試合!鹿島アントラーズの本山雅志氏「引退メモリアルグッズ」に“天才ドリブラー”の姿が甦る(Qoly)



本山雅志


鹿島アントラーズのレジェンドで元日本代表MF本山雅志氏の引退試合『モトフェス』が11月19日(日)にカシマサッカースタジアムで開催される。

それに合わせて鹿島のクラブ公式オンラインストアで引退メモリアルグッズが販売中。

現在は鹿島でアカデミースカウトを担当する本山氏。現役時代に天才ドリブラーとしてスタジアムを沸かせた数々のプレーの記憶が甦るメモリアルグッズは、鹿島ファンのみならず全ての“本山ファン”注目のアイテムだ。


鹿島アントラーズ 本山雅志 引退メモリアルグッズ



本山雅志 引退メモリアル Tシャツ

サイズ:S、M、L、XL

価格:3,300円



本山雅志 引退メモリアル ペナント

サイズ:20cm×26.5cm

価格:2,200円




本山雅志 引退メモリアル フォトタオルマフラー

サイズ:110cm×20cm

価格:2,420円




本山雅志 引退メモリアル ふわふわポーチ(FREAKS)全5種

サイズ:20cm×26.5cm

価格:660円


今回ご紹介した以外にもマグカップ、リボンマグネット、各種イラストグッズなど、引退メモリアルグッズは豊富なラインナップ。

各グッズは11月20日(月)23時59分までの期間限定販売につき、買い逃しにご注意を!

引退メモリアルグッズ及び11月19日(日)開催の引退試合『モトフェス』の詳細については、鹿島アントラーズの公式ウェブサイトまで。




◆11/19に引退試合!鹿島アントラーズの本山雅志氏「引退メモリアルグッズ」に“天才ドリブラー”の姿が甦る(Qoly)

◆U-22日本代表MF松村優太は“不慣れ”左サイドで3点目演出、ミドルで4点目マークと躍動「左もできると印象づけた」(ゲキサカ)



松村優太


[11.18 国際親善試合 U-22日本 5-2 U-22アルゼンチン アイスタ]

 負傷者の代わりに出場し、ゴールという結果を残した。U-22日本代表MF松村優太(鹿島)は勝利を決定づける4点目をマーク。主戦場の右サイドとは逆の左サイドでもプレーできることを示す。「結果を残すことができて、松村は左もできるんだなということが印象づけた。ユーティリティ性という意味ではよかった」と手応えを語った。

 チームの常連だった斉藤光毅が負傷で不在の中、松村は今回の合宿時でも左サイドでプレーしていた。すると、本番で左サイドに立つことになる。前半44分、先発した左ウイング佐藤恵允が負傷。松村が代わりに投入された。

 最初の見せ場は後半30分にやってくる。MF鈴木唯人からパスを受けた松村が左サイドの深い位置まで突破。クロスを上げると、ファーサイドのDF半田陸が落とし、最後は鈴木がゴールに押し込んだ。そして3分後には自らゴールを決める。右サイドの半田からのパスを受け取ると、そのままドリブル。相手のプレスが来ないことを察すると左足を振り抜く。綺麗な放物線を描きながら、ゴール左隅に突き刺さった。

 持ち味のスピードだけでなく、どのポジションでもそん色ないプレーができるというユーティリティ性を見せつけた。松村自身はもともと「苦手意識はなかった」と強調。「鹿島でも右もやるし、左もある。FWをやっていたときもあった。この前のアジア大会はシャドーもやった。前ならどこでもできる準備はしているつもり」。どこでもプレーできるという実績を残した。

 それはオリンピック代表という特殊なチーム編成では重要なことだ。本大会ではオーバーエイジ3枠を使用すると、登録上限18人からわずか15人しかメンバーの枠はなくなる。だからこそ、1人が複数ポジションでプレーできれば、少ない人数でも戦術の幅を広げることができる。

 大岩剛監督体制が2022年3月に発足し、同月に行われたドバイカップU-23には招集された。次に招集されたのは同年11月の欧州遠征。そして今年9月のU23アジアカップ予選には呼ばれず、9月10月に初招集組で構成されたアジア競技大会のメンバーとしてチームをけん引した。

 成長が滞ればメンバーから外れる可能性がある厳しい道のり。だからこそ、招集されたときには常に結果を残さなければいけない。松村は「かなりの活動に参加させてもらってる中で、自分自身もそうやって代表の中でも結果を出せるように成長している実感もある」と自信を語る。

 アルゼンチンとの試合は21日にも予定されており、それが終わると今年の活動は終了。だが、松村はたゆまぬ心で精進を続ける。「またクラブに戻ってやり続けることが、このチームの強化につながる。みんなに負けてられないという思いはすごくある」。来年4月のパリ五輪アジア最終予選に向け、成長スピードをさらに加速させるつもりだ。

(取材・文 石川祐介)





◆U-22日本代表MF松村優太は“不慣れ”左サイドで3点目演出、ミドルで4点目マークと躍動「左もできると印象づけた」(ゲキサカ)





◆【U22】アルゼンチン代表に完勝 MF松村優太が豪快ミドルのダメ押し弾(ニッカン)



松村優太


<国際親善試合:U-22日本5-2U-22アルゼンチン>◇18日◇アイスタ

パリオリンピック世代のU-22日本代表は5-2でU-22アルゼンチン代表に大勝した。大岩剛監督は「しっかり準備してきた。(パリ五輪)最終予選にむけて準備したい」と故郷の静岡での凱旋勝利をかみしめた。

元アルゼンチン代表のマスケラーノ監督が率いるU-22アルゼンチン代表と対戦。3-2の後半36分、U-22日本代表はMF松村優太(22=鹿島アントラーズ)が勝利を大きく引き寄せるミドル弾を決めた。中盤の球際の攻防に日本が勝ち、松村がボールを拾うとドリブルでゴール前へ。ペナルティーエリア外から左足を振り抜きネットを揺らした。

松村は先制点を決めたFW佐藤恵允と9月のアジア大会に出場していた。アジア大会では佐藤と松村が得点を決めた際、ユーチューブで人気の「ひき肉ポーズ」のゴールパフォーマンスを披露していた。

今回、アルゼンチンとの親善試合で佐藤と松村がメンバー入りすると、2人は携帯アプリで連絡を取り「パフォーマンスしようね」とポーズを考えていた。松村は「結果を取らないと出来ないので。同じことはやらない。そのために点を取りたい」と密かにアイデアを練っていた。松村も決めた後、先制点の佐藤と同じ右人さし指をこめかみに当てるゴールパフォーマンスを披露。静岡学園高出身で、地元に戻っての凱旋弾となった。


◆U22日本代表MF松村優太が“縁の地”で躍動! 途中出場で圧巻ミドル含む2得点に絡む活躍「成長した姿を見せることができた」(サッカーキング)



松村優太


 U-22日本代表は18日に行われた国際親善試合でU-22アルゼンチン代表と対戦し、一度は逆転を許したものの5-2で逆転勝ち。試合後、豪快なミドルでチームの4点目を決めたMF松村優太(鹿島アントラーズ)がインタビューに応じ、試合を振り返った。

 松村は前半終了間際に負傷した佐藤恵允に代わって出場。そのまま左サイドに入ると、2-2の同点で迎えた75分に縦への仕掛けからクロスを上げて勝ち越し弾を演出し、81分には左足でミドルシュートを決めてチームの勝利に貢献した。思わぬ形で出番が回ってきた松村は、「佐藤選手とは仲良くしてもらっていますし、その思いも背負って、自分が後を継ぐ思いで頑張りました」との思いを明かした。

 また、試合会場となったIAIスタジアム日本平がある静岡県の静岡学園出身でもある松村は、「会場入りした時や名前を呼ばれた時に拍手してくれたのが聞こえていたので、こうやって得点して成長した姿を見せることができて嬉しく思います」と述べ、縁のある静岡の地で結果を残せたことに満足感を示し、「次もチーム一丸となってこのような素晴らしい試合をして必ず勝ちたいと思います」と今後の活躍を約束した。

 U-22日本代表は来年4月に開催される『AFC U23アジアカップカタール2024』にて、来夏に行われるパリ・オリンピックの出場権をかけて戦うことになる。









◆U22日本代表MF松村優太が“縁の地”で躍動! 途中出場で圧巻ミドル含む2得点に絡む活躍「成長した姿を見せることができた」(サッカーキング)

◆佐野海舟が45分で感じた意欲。町田で育ち、病気を経て鹿島で掴んだサッカー日本代表【コラム】(フットボールチャンネル)



佐野海舟


いきなりサッカー日本代表デビューが実現した訳


「ボールを奪う部分が、自分の一番の特長だと思っています」

 キャプテンの遠藤航に守田英正と、すでに日本からヨーロッパへ活躍の舞台を移して久しい、同じポジションの選手たちが続々と合流してくる。

「個人のレベルがものすごく高いし、自分もその基準に合わせられるように頑張るというか、そこに合わせないと生き残っていけないと思っていたので、毎日が死ぬ気でやっている感じでした」

 ミャンマー戦までの3日間の合宿をこう振り返った佐野は、一方で「チャンスはそう多くない、と思っています」と、実績のない自分がそう簡単には公式戦に出場できないと覚悟していた。

 しかし、サッカーは何が起こるかわからない。インサイドハーフの一角で先発し、28分には追加点となる豪快なミドルシュートを左足で決めていた鎌田大地が腰に痛みを覚えた。異変はすぐにベンチへ伝えられる。鎌田の代わりに後半からいくぞ、と告げられたのは佐野だった。

「本当に急でしたけど、自分としてもいい準備をしてきたので。もちろん緊張していないわけはないですけど、やるしかない、とにかくチャレンジしようと前向きな気持ちで試合に入れました」

 過度の緊張を与えないための配慮か。森保一監督の指示は明快だった。指揮官から「楽しんでプレーしながら、ボールを多く触ってほしい」と伝えられた佐野は、後半のキックオフから1分とたたないうちにミャンマーの選手に体を激しく寄せ、ファウルなしでボールを奪ってみせた。それも2度も。

 守備から攻撃に転じるスイッチを激しく、なおかつクリーンに入れる、自身の十八番としているプレーだけではない。今シーズンから所属する鹿島アントラーズで取り組んできた、ボールを奪った後に自ら速攻につなげていくプレーや、中盤で相手をはがすドリブルも惜しみなく披露した。

 そして、冒頭でも記した積極果敢なミドルシュート。このとき、ベンチ前で戦況を見つめていた森保監督は満足そうな笑みを浮かべている。試合後の公式会見でも佐野に対してこう言及した。


J2でプロキャリアをスタート。昨年末に告白した病気


「相手のボールを刈り取る力、連続をしてボールを奪う、味方にボールを奪わせるという守備の部分での能力を随所で発揮してくれた。攻撃の部分でも起点になって守備から攻撃へのつなぎ役になるなど、普段から鹿島で見せてくれているプレーを代表でも発揮してくれたと思っている」

 森保監督は8日の代表メンバー発表会見でこんな言葉を残している。

「今回選んだ26人の他にも、フルメンバーと呼べる力を持っている選手はまだまだいる」

 直後に前述した伊藤、そして川辺駿とボランチの選手が相次いで怪我で辞退した。そのなかで森保監督が言及したフルメンバーの候補者リスト、しかもその上位に名を連ねていたからこそ、佐野本人をして「とにかく驚いた」と言わしめた追加招集が実現した。

 もっとも、佐野はA代表どころか、年代別の日本代表でプレーした経験もなかった。もっとつけ加えれば、誕生日の2000年12月30日よりも2日遅く生まれていたら、つまり21世紀に産声をあげていたら、2001年1月1日以降に生まれた選手が対象になるパリ五輪世代に名を連ねていた。

 岡山県津山市で生まれ育った佐野は、3年連続でインターハイと全国高校サッカー選手権出場を果たした米子北高をへて、2019シーズンからJ2のFC町田ゼルビアに加入。2年目の2020シーズンには、累積警告で出場停止だった1試合を除いて41試合で先発出場を果たしている。

 名前をもじって「佐野回収」と呼ばれたボール奪取力は、数字の上でも証明された。昨シーズンのJ2リーグで、90分間の平均ボール奪取回数で1位となる20回を記録したのが佐野だった。

 しかし、右肩上がりの軌跡は6月5日の大分トリニータ戦を最後にこつ然と途切れる。開幕から20試合連続で先発フル出場していた佐野は、10月23日の最終節までベンチにすら入らなかった。

 町田からは疲労性腰痛と発表されていたが、実はオーバートレーニング症候群も患っていた。鹿島への移籍が発表された昨年末。町田の公式サイトで、佐野は感謝の思いを込めながら病気を告白した。


佐野海舟の心に生まれた変化


「このことを公表するかはとても迷いましたが、公表しようと思った理由は、たくさんの人たちのおかげで、自分は戻ってくることができたからです。そして、そのたくさんの人たちへの感謝の気持ちを伝えたいと思うと同時に、自分と同じ状況の人たちの力になりたいと思ったからです。(中略)同じ状況を経験したことがある方々とたくさんお話をさせて頂き、色んな素晴らしい活動があるという事も知りました。同じ経験をしていた人たちに救って頂いたように、今度は自分がサッカーや様々な活動を通して、元気や勇気を与えられるように頑張りたいと思っています」

 J1への初挑戦となった鹿島でも、2月の開幕戦から中盤で「回収力」を発揮し、ワールドカップ代表経験者の岩政大樹監督から「今年中に日本代表入りを狙え」と背中を押され続けた。代表入りどころか及第点のデビューを果たしたミャンマー戦後には、あらためて感謝の言葉を口にしている。

「この1年ですごく成長できたと自分でも思っているし、こうして代表の舞台に立ってスタートを切れたのも、間違いなく町田や鹿島でのプレーであるとか、自分の周りの方々のおかげです。そうしたことに常に感謝しながら、これからもプレーしていくことを心がけていきたい」

 年代別の日本代表に無縁で、日の丸を背負って共闘した選手もいないからか。コミュニケーションを取るのが、あまり得意なタイプではないと佐野は苦笑する。ミャンマー戦で67分から途中出場し、佐野と同じ時間を共有した守田も「彼はあまりしゃべらないですけど……」とこう続ける。

「職人っぽく、黙ってプレーするタイプじゃないですかね。今日は非常によかったと思います」

 それでも3日間の練習と、後半の45分だけプレーしたミャンマー戦をへて、佐野の心には大きな変化が生じている。まずは当然のように、森保ジャパンに生き残っていきたい思いがより膨らんできた。

「そういう気持ちが高まりましたし、こうして国を背負って戦えるのは本当にすごいことだとあらためて思いました。責任やプレッシャーはありますけど、そのなかでもっと、もっとやっていきたい」


佐野海舟が感銘を受けたプレーとは


 守田がアンカーに入り、自らはインサイドハーフでプレーした後に受けた衝撃も忘れられない。86分にMF堂安律が決めた5点目を、前線への浮き球のパスでアシストしたのは守田。自身の頭上をゆっくりと、そして堂安のもとへ正確に超えていったパスに佐野は感銘を受けた。

「ああいった勝負のパスは、プレーしていてすごくうまいと思いました。自分も大事な局面でああいうパスを出さないといけないと、試合中でも思ったくらいにすごかった」

 何よりも後に続く選手たちに、こういう道もあると示したい思いに強く駆られた。

「(年代別代表に)選ばれるにこしたことはないけど、自分みたいに選ばれなくてもA代表に呼ばれて、プレーできると証明できたと思うし、もっと、もっとやっていけるとアピールしていきたい」

 戦いの舞台は代替開催地のサウジアラビア・ジッダへと移った。内戦下でホーム戦を開催できないシリア代表とのアジア2次予選第2戦が、日本時間21日の23時45分にキックオフを迎える。そして、チームが現地入りしたのと前後して、鎌田の負傷離脱が日本サッカー協会から発表された。

 リザーブのままミャンマー戦を見届け、休養十分の遠藤がシリア戦では満を持して出場するだろう。一方でデュエルキングを自負し、ボール奪取に長ける30歳の遠藤に続くボランチは、怪我などで招集されていない選手や予備軍を含めて、群を抜く回収力を誇る22歳の佐野しか見当たらない。

 伊藤と川辺の代表辞退と、鎌田の負傷もあって果たしたA代表への追加招集とデビュー。数日間で激変した状況のなかで、自分自身に「初っ端こそが一番大事」と言い聞かせながら等身大のプレーを披露した佐野が、次回ワールドカップへ向かう森保ジャパンの道のりに大きな爪痕を刻んだ。

(取材・文:藤江直人)

【了】




◆佐野海舟が45分で感じた意欲。町田で育ち、病気を経て鹿島で掴んだサッカー日本代表【コラム】(フットボールチャンネル)





◆上田綺世「与えられた時間で最大限プレー」 ミャンマー戦で3得点も平常心(報知)



上田綺世


 【ジッダ(サウジアラビア)18日=星野 浩司】サッカー日本代表FW上田綺世(フェイエノールト)が、26年北中米W杯アジア2次予選第2戦の敵地・シリア戦(21日)に向けて意気込みを語った。

 日中は最高気温30度を超えるジッダの気候に「間違いなく日本より全然暑い。対応していかないといけない」。暑熱対策のため、上田を含む大半の選手は長袖のウェアを着用して調整。長距離移動や気温差など体への負担は大きいが「より万全に近い状態で試合に臨めたら」と見据えた。

 16日の初戦・ミャンマー戦(5〇0)は先制点を含むハットトリックをマークした。試合後の反響は大きかったが「勝つことに貢献できたというのが僕の中では重要なので、別にハットトリックがどうこうということは特に今は思っていないです」とキッパリ。2戦連発がかかるシリア戦へ「与えられた時間の中で自分の仕事をするだけ。その時間の中で最大限プレーできたら」と言い切った。





◆上田綺世「与えられた時間で最大限プレー」 ミャンマー戦で3得点も平常心(報知)





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