日刊鹿島アントラーズニュース

Ads by Google

2022年11月11日金曜日

◆W杯も上田綺世に任せた!今季J1「1試合平均得点王」鹿島で18戦10発/データで分析(ニッカン)






<ニッカン・フットボール・アウォーズ>

Jリーグのデータを独自の視点で分析して各賞を選出する恒例「ニッカン・フットボール・アウォーズ」を今年も開催! 20日に開幕するワールドカップ(W杯)カタール大会の日本代表に選出されたセルクル・ブリュージュFW上田綺世(24)は、鹿島アントラーズ在籍時にJ1リーグ戦18試合で10得点を挙げました。1試合平均0・56点で、今季J1の「1試合平均得点王」に輝いた男は、9日(日本時間10日)のカップ戦でも勝ち越しゴールを決めてチームの勝利に貢献。W杯も任せた!【構成=石川秀和】

上田を超えるペースでゴールを決めた選手はいなかった。6月まで鹿島でプレーし、リーグ戦18試合の出場で10得点。今季のJ1は258人がゴールを挙げたが、2桁得点一番乗りを果たした上田の1試合平均得点は0・56点で、得点王の清水FWチアゴ・サンタナの0・52点を抑えて1位だった。このペースのままJ1でプレーを続けていたのなら、最終的に断トツの18得点に達した計算だ。

抜群のシュート力でコンスタントに得点を積み重ねた。DFの背後にスペースがあれば、その死角からゴールに迫り、守りを固める相手には右足で強烈なミドルを放った。ペナルティーエリア(PA)外からリーグ最多タイの3得点。シーズン途中に海外へ移籍しながら、今季J1の「PA外得点王」にも輝いた。

3年連続で10ゴール以上を達成し、1試合平均得点は年々アップ。それでも「海外でも活躍できるクオリティーがないと(W杯で)活躍できない」と7月にベルギーへ渡った。開幕当初はゴールのない時期が続いたものの、徐々に味方との連係が向上し、最近6試合で5得点。代表では通算10試合無得点だが、W杯カタール大会に臨む日本代表に選出された。

「サッカーを始めた頃からの目標であったW杯に出場できることは本当に楽しみ。貪欲にプレーして、FWとしてゴールという結果で日本に勝利をもたらせるよう戦う」。過去のW杯では大会直前まで代表でノーゴールだったFWが一気に得点王まで駆け上がった例がある。上田にも日本の新世代のエースとして期待がかかる。

◆国際Aマッチ無得点からのW杯得点王 90年イタリア大会で同国代表FWスキラッチが記録。大会直前まで国際Aマッチ1試合無得点だったが、本大会の1次リーグ初戦オーストリア戦で途中出場から代表初ゴールを挙げると、その後も得点を積み重ね、計6ゴールで得点王を獲得した。94~97年にはJリーグの磐田でプレーし、リーグ戦通算56得点を挙げた。なお、今大会の上田は17日に国際親善試合カナダ戦があり、まずはそこで代表初得点が期待される。





◆W杯も上田綺世に任せた!今季J1「1試合平均得点王」鹿島で18戦10発/データで分析(ニッカン)

◆ジーコが振り返る今季の鹿島アントラーズ。「ベンチの混乱がプレーに影響を与えていた」(Sportiva)






ジーコ、鹿島アントラーズを語る(後編)


 今シーズンの鹿島アントラーズのことについて、少し触れておきたい。ちょっと辛口かもしれないが、私の心からの想いだ。

 今シーズン、チームはスイス人監督のレネ・ヴァイラーのもと、いいスタートをきった。彼の仕事のスタイルが私は好きであったし、ピッチでの選手の配し方も好きだった。聡明で現代的で、私はチームにぴったりの監督だと思った。

 しかし、さまざま事情により、私たちが予想したとおりにはいかなかった。おそらくレネは、チームが次々と優秀な日本人選手を売ってしまうことに、少し嫌気がさしたのではないかと思う。そのなかには、チームの得点王であり、鹿島唯一の日本代表、上田綺世も含まれていた。

 上田をヨーロッパに移籍させたことは、監督としてはショックだったろう。チームメイトやスタッフにとっても、あまりにも突然のことだったのではないだろうか。その結果、チームが自信を失い、結果を出せなくなることにつながったのかもしれない。サッカーでは迷いが生じると勝てなくなる。レネはこうした難しい状況の真っ只中に置かれ、その代償を払わされた。

 私は彼の去就には一切、関わっていない。2021年の12月から、鹿島アントラーズの決定に私が関わったことはない。私はチームがレネを監督にすることを知らなかったし、彼の鹿島での日々にも関わっていない。監督問題に対しては、何の相談もなかったし、助言も求められなかった。求められない限り、私は自分の意見を述べる立場にはない。
 
 南米とヨーロッパ、どちらのサッカーのスタイルが鹿島にはあっているか。これまでの歴史や結果を見れば、その答えは普通にわかるだろう。鹿島は南米、それもブラジルのスタイルで多くの成果を残してきた。その意味で、レネの監督就任はひとつの変化だった。ただし、レネに関して言えば、必ずしもヨーロッパのスタイルの指導者というわけではないと思う。出自はスイスだが、アフリカのチームを率いてきた監督だ。エジプトのアル・アハリでの仕事ぶりが認められて、彼は鹿島に招かれた。


チームにはレベルの高い監督が必要だ


 私自身は南米かヨーロッパかということにはこだわらない。現在の仕事ぶりを見て評価する。その点でレネはすばらしく、プロフェッショナルであり、いい選択であったと思う。

 後任で現在、指揮を執る岩政大樹監督。彼は優秀な選手だったし、チームのキャプテンでもあった。ただし、これまでトップチームのベンチに座ったことはない。レネ監督のアシスタントというのは彼がキャリアを始めるうえでちょうどいいものだったろう。

 しかし、ここで予想しなかったアクシデントが起こる。新型コロナウイルスによる入国制限のせいでプレシーズンの時期にレネが日本に入国できなかったのだ。そのためこの時期、コーチだった岩政はひとりでチームを率いなければならなかった。

 やっとレネ監督が日本に来られた時、レネは2人のアシスタントを連れてきていた。このことは多少の混乱をもたらした。それまでチームを率いていた人間が、急にテクニカルスタッフのなかでも指導権を失ってしまったからだ。

 その後、レネ監督はさまざまな問題に直面し、最後には解任された。もちろん彼の2人のアシスタントも一緒だ。こうしてチームを知る人間は、プレシーズンに指導をした岩政新監督だけとなってしまった。こうしたベンチの混乱は、ピッチでのプレーにも影響を及ぼした。

 リーグで優勝が狙えなくなってからは、唯一の希望は天皇杯だった。アシスタントから昇格した岩政監督はよくやり、チームを準決勝にまで導いた。我々はいい仕事をしているという確信があったし、天皇杯を制して、シーズンを救う自信はあった。

 だが多くの問題と、チーム周辺の緊張した空気が、別の結果をもたらしてしまった。我々はJ2でも18位のチームに敗れてしまったのだ。我々は彼らに勝つべきだったし、決勝に駒を進めるべきだった。J2のチームにホームで敗れることは、チームにとってはとんでもないことだった。サポーターに唯一の喜びを与えるチャンスを棒に振ってしまった。
 
 鹿島には優秀でレベルの高い監督が必要だ。暫定的に監督を任命することなどあってはならない。国籍は関係ないが、すでに監督として一定の結果を出している者がベンチに座るべきだ。チームは本物の監督を持たなくてはいけない。

 鹿島がこれほどレベルの高い、真のプロフェッショナルのチームとなれたのは、これまでずっとそうした監督がチームを率いてきたからだ。私はもう鹿島の従業員ではないが、サッカーの世界でずっと働いてきたプロとして、アントラーズの真のレベルの高さを知る者として、鹿島にはそうした監督が必要だと言いたい。

 岩政監督は、選手としてアントラーズの歴史を作ってきた大事な存在だ。だが、監督としては、鹿島が戦っているような高いレベルの戦いにはいまだ慣れていないのではないだろうか。突然、監督にされたことは彼にとっても重圧だったと思う。

 上田が移籍し、レネが去り、エレケが加入。これこそが今シーズンの鹿島の状況を物語っている。上田はピッチのなかで最も重要な選手だった。彼のチームへの貢献は非常に高かった。レネは知識と経験が豊富な監督だった。チームに絶妙なバランスを与え始めていた。ナイジェリア人のエレケはレネが個人的に望んだ選手だった。

 しかし、レネはエレケと入れ替わりでチームを去ってしまった。こうした一連のことがチームに、選手一人ひとりにネガティブな影響を与え、コーチたちにプレッシャーを与えてしまったのではないかと、私は考えている。

 今はただ、来季の鹿島アントラーズが再びチャンピオンを目指して進むことを願うばかりだ。




◆ジーコが振り返る今季の鹿島アントラーズ。「ベンチの混乱がプレーに影響を与えていた」(Sportiva)





◆ジーコが吐露した鹿島アントラーズへの思い。「仕事をする最後の年になると思う」(Sportiva)






ジーコ、鹿島アントラーズを語る(前編)


 30年以上にわたり、鹿島アントラーズと日本サッカー界に深く関わってきたジーコ。その彼が、現在のチームとの関係、そして今季の鹿島アントラーズについて、率直な想いを語った。


 私は「Never」という言葉を決して使わない。人生では何が起こるかわからないからだ。何事も「絶対あり得ない」と言いきることはできないし、それで可能性を狭めてしまってもつまらない。もちろん、「No」と断ることもある。たとえば私のキャパを超えた仕事の話がきた時、もしくは私とは反対の考えを持った人たちからのオファー。そういう環境では落ち着いていい仕事をすることはできないからだ。逆に言えば、同じフィロソフィーを持つ人となら、喜んで一緒に働きたいと思う。だからこそ私は、こんなにも長くフラメンゴや鹿島アントラーズで仕事をしてきたのだ。

 私も時には判断を誤るし、正しい選択だと思っていたのが、実は違ったということもある。そんな時は大金を棒に振っても、違約金を払ってでも、すぐに辞めることにしている。実際、これまでにも何度かそういうことはあった

 1989年にフラメンゴで現役を引退したのち、私は請われてスポーツ担当大臣となった。ブラジルのスポーツのために尽力した日々は忘れられない思い出だ。しかし、やはり政治の世界は自分のものではないと感じていた。私のいるべき場所は草の匂いのするピッチだ、と。

 そんな時に住友金属から話がきた。

 日本の、それもアマチュアのチームでプレーし、チーム作りを助けてほしいという依頼に、私は正直、驚いた。新しくできるプロリーグに参加するためと説明されたが、それを引き受けるのは人生を賭けた大きな挑戦でもあった。私は悩んだものの、その新たな冒険に飛び込んでみることにした。まずは3カ月の「お試し」という条件で、私は日本に来た。この90日間で彼らが私に満足しなければ、契約は切られる予定だった。彼らが3カ月で私のクビを切らなくて本当によかったと、今でもよく思い返す。


私の鹿島での仕事は変わった


 チームの社長だった新宮康男氏。強い鹿島の礎を作ったのは彼だった。それから私を日本とつなげてくれたルイス・アントニオ高崎。ふたりには特に感謝している。彼らのおかげで、私は普通できないようなすばらしい体験をすることができた。

 すべてはゼロから始めなくてはいけなかったが、プロジェクトは誠実なものだった。もしうまくいけば、アジアの、いや世界のサッカーの地図も変えられるのではないかと興奮した。たぶんそれについて、私たちはいい仕事をしたと思う。この頃の私のフィジカルは毎試合出場できるコンディションではなかったが、可能な限りはプレーしようと思った。プレーできない時にはテクニカルスタッフの代わりをし、チームを助けることができた。

 そうこうしていくうちに鹿島は少しずつ結果を出せるチームへと成長していった。

 日本の2部リーグでプレーしたという経歴は、みんなを驚かせた。しかし、私にとっては特にどうということはなかった。住友金属がのちの鹿島アントラーズとなるために、最大の努力を払っていたことを知っていたからだ。だからこそ2部であれ、私は喜んでプレーすることを受け入れ、その責任を負った。

 あれから30数年が経った。

 私は現在、鹿島でクラブアドバイザーというポストについている。私に意見やビジョンを求める人を助け、選手、監督、チーム幹部をしてきた経験を生かして事実を分析することが私の仕事である。それによって鹿島が日々よくなっていくことが私の望みだ。

 それまで務めていたテクニカルディレクターというポジションでは、チームの幹部スタッフとして、選手の獲得や放出、監督やコーチとの交渉、サッカーの面ではユースからトップチームに至るまでの選手のプレーへの助言、果ては栄養管理に至るまで、すべてに関わっていた。

 だが今のアドバイザーという仕事は、私が何かを最終決定することはない。私は鹿島のためを思って、助言するだけだ。


鹿島と私の美しい物語だった


 もうひとつ、イメージという仕事がある。そのためにチームの広報やマーケティングに力を貸すのだ。サポーターとのイベントに顔を出したり、スポンサーとの関係に力を貸したり、チームのイメージアップにつながることをする。誠実で先進的なチームというアントラーズが常に持ち続けてきたイメージをキープすることに手を貸すのだ。

 ブラジルにいる時も、どんな些細なことでも、私は常にチームの力になる用意があった。24時間、私は彼らを助ける体制にあった。そのことは彼らもよく知っているはずだ。日本にいる時はよりアクティブになる。私は年に数回、日本に来るが、その時は可能な限り多くの試合を見るようにしてきた。

 試合のない日には、トップチームはもちろん、さまざまな年代のチームの練習も見るようにしている。もし誰かが、彼らのプレーや個々の選手に対する意見を求めてきたなら、できるだけ有効な助言をしたいからだ。そうしたアドバイスができることは私にとってもとても嬉しいことである。いつでも最高の答えを用意しておきたいと思っている。

 クラブアドバイザーとなったのは、私のアイデアではない。鹿島の幹部側から依頼されたものだ。正直、私はこのオファーに驚いた。鹿島は数年前から経営母体が変わっていたので、テクニカルディレクターとしての契約が満了したあとは、その続きはないと思っていたからだ。新経営陣が私を必要としてくれたことを嬉しく思う。チームが常に高いレベルにあるために、彼らはできる限りのことをしている。彼らであればきっと今後も鹿島を輝かせることができるだろう。

 ただ、たぶん今シーズンが、私が鹿島と仕事をする最後の年になると思う。鹿島と私の物語は美しく、すばらしいものだった。私はこの私のチームに、自分が持てるすべてのものを与えた。日本との関わりが切れることはかなり寂しいが、しかし「tudo bem(すべてよし)」だ。私はこれまで我がチーム、鹿島アントラーズにしてきたことを誇りに感じている。
(つづく)




◆ジーコが吐露した鹿島アントラーズへの思い。「仕事をする最後の年になると思う」(Sportiva)





◆絶好調の上田綺世、自身が思うW杯の日本代表に選出された理由は?「大きな自信を持てている」(GOAL)






【欧州・海外サッカーニュース】上田綺世は今夏に加入したセルクル・ブルッヘで公式戦7ゴールを挙げるなどのインパクトを残している。

セルクル・ブルッヘの日本代表FW上田綺世は、ベルギーでの成長がカタール・ワールドカップ出場につながったと語った。

今夏に鹿島アントラーズからセルクル・ブルッヘに加入した上田。新天地でセンターフォワードやトップ下で起用される同選手は、10日のカップ戦でもゴールを奪うなど、公式戦17試合でチームトップの7ゴールをマーク。特に直近の6試合で5ゴールを挙げるなど好調を維持している。

ベルギーで早々から確かなインパクトを残す上田は、1日に発表されたカタール・ワールドカップを戦う日本代表メンバーにも選出された。ベルギー『Het Nieuwsblad』に対し、セルクル・ブルッヘでの成長が代表メンバーに選ばれた要因であると語った。

「正直、自分自身のことに疑いを持っていました。初めはここで難しい時間を過ごし、馴染もうとしていました。ベルギーリーグはとても激しく、トレーニングもそうです。最初の数週間や数カ月、エネルギーやキレを失っていましたけど、今はだいぶ上手くいくようになっています。だからここ数週間のゴールは決して偶然ではありません」

「ここベルギーとセルクルで、僕はより完成された良いストライカーになれたと思います。大きな自信を持てています。力強さという面でかなり良くなり、おそらくこれが監督が僕を選んだ理由かもしれません。ワールドカップでも戦い続けることになると思います。この5カ月でそれを間違いなく身に付けることができました」





◆絶好調の上田綺世、自身が思うW杯の日本代表に選出された理由は?「大きな自信を持てている」(GOAL)


◆【Jリーグ】アシスト王に鹿島・鈴木優磨ら3人、最多9回 PK職人は浦和・ショルツ/データ(ニッカン)






<ニッカン・フットボール・アウォーズ>

Jリーグのデータを独自の視点で分析して各賞を選出する恒例「ニッカン・フットボール・アウォーズ」を今年も開催! 20日に開幕するワールドカップ(W杯)カタール大会の日本代表に選出されたセルクル・ブリュージュFW上田綺世(24)は、鹿島アントラーズ在籍時にJ1リーグ戦18試合で10得点を挙げました。1試合平均0・56点で、今季J1の「1試合平均得点王」に輝いた男は、9日(日本時間10日)のカップ戦でも勝ち越しゴールを決めてチームの勝利に貢献。W杯も任せた!【構成=石川秀和】

◆シュート王 名古屋FWマテウス・カストロが最多79本のシュートを放った。今季から登録名を「マテウス」から「マテウス・カストロ」に変更。遠めからでも積極的に左足を振り抜き、チーム最多8得点。8月19日の磐田戦で決めた左足ミドルは強烈だった。

◆DF得点王 浦和DFアレクサンダー・ショルツが6得点でDF登録選手では最多。そのうちPKで5点を挙げた。5回蹴って全て成功の「PK職人」。浦和の選手がPKで年間5点は13年のMF阿部勇樹以来だった。なお年間最多は95年のFW福田正博で14点。

◆全試合スタメン出場 新型コロナの影響があった中、年間34試合全てに先発出場は4人。そのうち横浜GK高丘、鳥栖GK朴の2人がフルタイム出場を達成した。フィールド選手の全試合フル出場はいなかったが、神戸の元日本代表DF酒井が最長の3050分。

◆途中出場得点王 神戸FW大迫はW杯日本代表を外れたが、J1では勝負強さを示した。今季は26試合7得点。途中出場での6点は最多だった。後半ロスタイムの得点も最多タイの3点。けがなどで出場時間が限られたが、降格危機にあったチームを救った。

◆アシスト王 鹿島FW鈴木、川崎FのMF脇坂、広島MF野津田の3人が最多9回で並んだ。脇坂と野津田はCKとFKのキッカーとして多くの得点を演出したが、鈴木はそれがなく、全て流れの中から。5月25日の鳥栖戦では1試合3アシストを記録した。

◆殊勲弾王 J1得点王の清水FWチアゴ・サンタナが先制点、同点、勝ち越し点という、いわゆる肩書付きのゴールでも最多10点。1点ビハインドの状況での同点ゴールが5点あった。ただ、チームは後半ロスタイムの失点が多く、17位で来季J2降格となった。

◆ヘッド得点王 鹿島MFアルトゥール・カイキが頭で最多6点。身長174センチと比較的小柄ながら、抜群の跳躍力を武器に184センチの清水FWチアゴ・サンタナの5点を上回った。その6得点中4点がMF樋口のアシスト。樋口の高精度のクロスも光った。

◆GK3冠部門 名古屋のランゲラックが90分換算の失点数であるGK防御率で2年ぶりに1位。完封数は東京のスウォビィクが最多14試合。セーブ率の1位はG大阪の東口で76・9%だった。東口は開幕からケガに苦しんだが、復帰後はビッグセーブを連発。最後は4試合連続完封でチームのJ1残留に貢献した。





◆【Jリーグ】アシスト王に鹿島・鈴木優磨ら3人、最多9回 PK職人は浦和・ショルツ/データ(ニッカン)





◆日本代表FW上田綺世は「本物」 今季6得点の活躍にベルギー紙注目「厳しい時期が続いたが…」(FOOTBALLZONE)






今夏に約1億7500万円でセルクル・ブルージュに完全移籍


 セルクル・ブルージュのFW上田綺世は、11月20日に開幕するカタール・ワールドカップ(W杯)の日本代表メンバーに選出されている。初のW杯挑戦となるなか、ベルギーメディアは「上田綺世は“本物”だ」と注目している。

 上田は2022シーズンのJ1リーグで10得点を挙げ、7月に鹿島アントラーズからセルクル・ブルージュに完全移籍。11月5日のリーグ第15節ルーベン戦(2-1)でも今季6得点目となる先制点を決めるなど、調子を上げてきている。

 W杯メンバーにも選出され、日本代表の一員として世界に挑む上田にベルギー紙「Het Nieuwsblad」は注目。「すでに6得点を挙げている日本のストライカー・上田綺世は“本物”だ」と見出しを打ち、その活躍を特集している。

 記事では「上田はトレーニングで非常にいい姿勢を見せていた一方、試合では厳しい時期が続いたが、6試合目で最初のゴールを手にすることができた」と活躍に至るまでの経緯に言及。その後もコンスタントにゴールを重ねるなかで「多くの自信を得たようだ」と考察している。

 さらに「120万ユーロ(約1億7600万円)の移籍金を支払って獲得したが、ビジネス面での金鉱になる可能性がある」とも指摘。現在の活躍が続いていけば、“買値”よりも大幅に高い移籍金で欧州トップリーグに移籍していく可能性があると報じていた。

 W杯に向けて選出されたFW陣には厳しい目が向けられているが、ベルギーの地で着実に実績を積み重ねる上田に、現地では期待感が高まっているようだ。

(FOOTBALL ZONE編集部)





◆日本代表FW上田綺世は「本物」 今季6得点の活躍にベルギー紙注目「厳しい時期が続いたが…」(FOOTBALLZONE)





◆異論は認める。J1“myベスト11”|小池のプレーには感情が持っていかれる。奥埜はあと5歳若ければ…【記者の視点】(サッカーダイジェスト)






ため息と歓声を誘う家長


 横浜の3年ぶり5度目の優勝で幕を閉じた今季のJ1リーグ。11月7日にはJリーグアウォーズが開催され、MVPの岩田智輝(横浜)を含むベストイレブンが発表された。その11人とは一線を画すような独自のセレクトを紹介。活躍度はもちろん、心に残るプレー、人柄や将来性、単純な好みなど……選定基準はなんでもアリ。報知新聞社の内田知宏記者が選定した「myベストイレブン」。異論は、認める。

――◆――◆――

GK チョン・ソンリョン(川崎)
川崎に勝つことは、彼からゴールを奪うこと。最後の砦が高すぎる。

DF 小池龍太(横浜)
彼のノートを読んで、生き様を知り、プレーを見る。感情が持っていかれる。

DF 谷口彰悟(川崎)
どうにかして慌てさせようとするが、慌てない。敵から見れば憎らしい。

DF 岩田智輝(横浜)
崩せそうで崩せない。そう思う時、いつも彼が目に留まる。

DF 山根視来(川崎)
最終ラインながら5シーズン連続得点。サイドバックで攻撃が終わらない。

MFマルシーニョ(川崎)
圧倒的突破力。前線にいるだけで相手攻撃の抑止力に。

MF 家長昭博(川崎)
位置取りと、選択するプレーは相手のため息を、味方の歓声を誘う。いやらしい。

MF ディエゴ・ピトゥカ(鹿島)
暴力的な行動で謹慎、サッカーの方向性が合わないなかでも、能力で存在感。

MF 奥埜博亮(C大阪)
あと5歳若ければ日本代表に選出されたはず。何でもできる。

FW 上田綺世(元鹿島)
シーズン途中移籍も、今季は彼を超えるストライカーは見当たらなかった。

FW 鈴木優磨(鹿島)
チームの空気も変えられる選手は一握り。自分だけ、一時じゃなかった。MVP。

選定者●内田知宏(報知新聞社)





◆異論は認める。J1“myベスト11”|小池のプレーには感情が持っていかれる。奥埜はあと5歳若ければ…【記者の視点】(サッカーダイジェスト)





Ads by Google

日刊鹿島

過去の記事