「練習で知念(慶)のプレーを見ていて彼ならボランチができると思いました。30歳を手前にしてFWにコンバートをしろというのは、酷なことでもありましたが、彼は真剣に取り組んでくれました。その結果、あのコンビが誕生しました。海舟と知念のプレーは、明らかに質が違います。知念は一度はがされても絶対に戻って来て対応できる。インテンシティもデュエルも負けない。私のサッカーの肝となる部分でした」
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◆「解任されてから知念がLINEをくれた」日本を去る鹿島前監督ランコ・ポポヴィッチ最後の言葉(Sportiva)
11月11日、ランコ・ポポヴィッチは羽田空港にいた。鹿島の監督を電撃解任され、妻と共に帰国の途につくためである。せめてサポーターたちには、あいさつがしたかったというポポヴィッチの最後の言葉をお伝えする。
――メンタルとは別に、戦力については開幕前はどのように考えていたのか。
「(ヨシプ・)チャルシッチが入団できない。そして夏のウインドウでは(佐野)海舟も海外移籍でいなくなる。(柴崎)岳も準備期間でケガをして離脱していた。これは逆に自分の手腕が試されていると感じました。その状況でベストを尽くすしかない。選手の潜在能力を引き出すのが私の務めでした。海舟がシーズン中で抜けるのはわかっていたので解決策を用意しておかなくてはいけない。苦しいなか、練習で知念(慶)のプレーを見ていて彼ならボランチができると思いました。30歳を手前にしてFWにコンバートをしろというのは、酷なことでもありましたが、彼は真剣に取り組んでくれました。その結果、あのコンビが誕生しました。海舟と知念のプレーは、明らかに質が違います。知念は一度はがされても絶対に戻って来て対応できる。インテンシティもデュエルも負けない。私のサッカーの肝となる部分でした」
――大分時代から、若手の育成やポジションの変更によって選手の潜在能力を引き出していたが、日本人選手の特性について考えていることはあるか。
「戦術的に約束事を決めて、細かく時間を使っていくのが今の世界のサッカーの潮流です。でも自分は違います。最後は選手に自由を与えたい。決まりきったことを続けるのは成長がない。同じシチュエーションがサッカーにはない。日本人の良さを考えれば、型にはめない方がいいのです。実は日本人選手にはクリエイティビティとアイデアがある。彼らが持っているポテンシャルは想像以上に大きい。見せていないところに大きな力が眠っているのです。言い換えるとすべてを出しきれていない。濃野(公人)が良い例だと思います。最初、周囲は彼に対して守備ができないと言っていた。しかし、それにこだわってディフェンスに意識を注力させると、得点に対する感覚や嗅覚といった彼の良さがなくなってしまう。それよりもルーキーイヤーなのにキャンプのときに鹿島のようなビッグクラブで臆することなくプレーしていたことに私は発見がありました。じっと見ていると局面ごとに、いともたやすく最上の判断を下している。彼が9ゴールを決めたのは偶然ではありません。もともと眠っていた能力が表に出た。町田で教えた平河悠もそうです。悠の攻撃力も重視していました。日本の選手はこれが攻撃でこれが守備だと分けて考えてしまう。そうではなく、すべては連動しているのです。ひとつ言えることは、自分のやりやすいこと、やりたいことをやるだけでは壁を破れない。その意味で藤井智也はもっともっと良くなるでしょう」
――5月の月間優秀監督賞受賞からの夏場の失速はどう見ていたのか。
「海舟が移籍し、知念も体調不良、そしてチャッキー(アレクサンダル・チャヴリッチ)が2カ月以上のケガを負ってしまった。重要な選手が3人ピッチからいなくなった。そうなるとさすがに対応は厳しくなりました。プロとして言いますが、間違いなく先発とベンチの差はあります。すべての選手が同じクオリティではない。5人の交代が認められてから、ベンチのメンバーが充実しているところが強いチームということになってきました。チャッキーをベンチに置いていたのはそういう理由で、新しいエネルギーを後半に注入するためです。彼は先発でないことに最初は不満だったかもしれませんが、やがて理解をしてくれました」
――キャリアハイを出した選手も多いが、それぞれの選手たちに対して感じていたことは。
「(鈴木)優磨は日本人らしくない強い責任感とメンタルを持っていた。チャッキーとの関係が特に良かった。師岡(柊生)はハードワーカーです。無駄を削いでいけばもっと良くなる。名古(新太郎)は最初はボランチで使いました。彼は状況判断や流れを読むセンスがある。守備のスイッチを入れるタイミングやスペースを立ち位置で消すのも効果的だった。トレーニングでいろいろやらせて、周りも活かせながら、自身も活きるのはトップ下だった。徳田(誉)はキャンプの時から才能に注目していました。彼はボックス内で決めきれる。ゴールを決めた広島戦は練習を見ていて直前にベンチ入りを決めました」
――解任を吉岡宗重フットボールダイレクターから告げられたときの内心はどんなものだったか。
「吉岡さんも任を解かれました。そのことが気になったので、『私を選んだことを後悔していないか』と聞きました。彼も私を抜擢する上で友だち人事という批判を受けていました。『全然、後悔などしていない。一緒に仕事ができて良かった』と彼は言ってくれました。それですっきりしました。サポーターも含めて私に期待してくれた人を裏切りたくないという気持ちで、全力でこの1年を捧げてきました。だから川崎や神戸に勝ったのは特別なことではなく、日々の練習の結果に過ぎません」
――今の日本のサッカーのインフラについてはどう見ていますか。
「Jリーグの選手たちは私が初めて広島に来たときに比べて格段にレベルが上がっています。また、日本のメディアは非常に礼儀正しいです。ただ、結果から逆算して論調がだいたいひとつになっています。内容やプロセス、戦力を見ずして、勝てば称賛、負ければ手のひらを返して叩くということの繰り返しです。プロの記者ならば、サッカーにはいろんな見方があるはずです」
――日本を去っていくにあたって残したい言葉があれば。
「クラブの公式リリースにも出しましたが、これがクラブの判断ならば、それを尊重します。鹿島での仕事は光栄でした。解任されてから知念が私にLINEをくれました。これまでサッカーは苦しいものだと思っていましたが、こんなにも楽しものであったのかと気づくことができた。まるで少年時代のような気持ちになれました、と。鹿島で指導した選手たちが、これから先、私の指導を思い出してくれる瞬間があればそれが何よりうれしいことです。私に関わってくれたすべての人にありがとうと言いたい」
著者プロフィール
木村元彦
木村元彦 (きむら・ゆきひこ)
ジャーナリスト。ノンフィクションライター。愛知県出身。アジア、東欧などの民族問題を中心に取材・執筆活動を展開。『オシムの言葉』(集英社)は2005年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞し、40万部のベストセラーになった。ほかに『争うは本意ならねど』(集英社)、『徳は孤ならず』(小学館)など著書多数。ランコ・ポポヴィッチの半生を描いた『コソボ 苦闘する親米国家』(集英社インターナショナル)が2023年1月26日に刊行された。