日刊鹿島アントラーズニュース

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2025年7月3日木曜日

◆世界的スターが広島に集結!ジーコ主催のチャリティーマッチ、出場全36選手が決定(Qoly)






▼ワールドレジェンズ
アルシンド(ブラジル人、元鹿島アントラーズ)
ジョルジーニョ(元ブラジル代表、元鹿島アントラーズ)
ジーコ(元ブラジル代表、元鹿島アントラーズ)
リカルド(ブラジル人、元鹿島アントラーズなど)
サントス(ブラジル人、元鹿島アントラーズなど)

▼ジャパン・レジェンズ
内田篤人
曾ヶ端準
柳沢敦
中田浩二
本山雅志
秋田豊
長谷川祥之
本田泰人


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◆世界的スターが広島に集結!ジーコ主催のチャリティーマッチ、出場全36選手が決定(Qoly)







2024年12月21日土曜日

◆【鹿島】柳沢敦氏、来季からトップチームコーチ就任 元日本代表でユース監督 2度目の就任(ニッカン)





柳沢氏は、14年に仙台で現役引退し、15年に、鹿島トップチームのコーチに就任。19年1月に鹿島のユースのコーチに就任し、21年からユース監督を務めてきた。今回が2度目のトップチームコーチとなる


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◆【鹿島】柳沢敦氏、来季からトップチームコーチ就任 元日本代表でユース監督 2度目の就任(ニッカン)

【参考】就任後、一回辞任した理由はこちらから







元日本代表で鹿島ユース監督の柳沢敦氏(47)が、来季からトップチームのコーチに、就任することが20日、分かった。柳沢氏は、14年に仙台で現役引退し、15年に、鹿島トップチームのコーチに就任。19年1月に鹿島のユースのコーチに就任し、21年からユース監督を務めてきた。今回が2度目のトップチームコーチとなる。

柳沢氏はユースでは熱い指導で定評があり、23年にはプレミアリーグ関東で優勝。プレミアリーグ参入戦を勝ち抜き、高校サッカー最高峰の舞台へと導いた。今季は、プレミアリーグEASTで優勝争いを繰り広げ、最後は優勝した横浜FCユースに得失点差で届かず2位だった。だが、既にトップに同行しているFW徳田誉(3年)ら逸材を育てており、ともに鹿島の黄金期を支えた中田浩二フットボール・ダイレクター(FD)が、トップチームコーチの招聘(しょうへい)に動いた。

鹿島は来季から川崎Fで8年間で7つのタイトルを獲得した鬼木達監督の就任が決定している。コーチングスタッフには、今季途中から鹿島を指揮した中後雅喜氏(42)、かつて鹿島と熱いライバル関係にあった元磐田の日本代表DF田中誠氏(49)が内定。そこに、鹿島のエース番号「13」を背負った柳沢氏も加わる。選手の補強面でも、今季得点ランキング2位のC大阪FWレオセアラの獲得も決定的だ。16年度を最後に国内タイトルから遠ざかる鹿島が、タイトル奪還へ強固な体制を整えている。

2024年11月28日木曜日

◆日常を積み重ねた先でたどり着いた指導スタイル。鹿島アントラーズユース・柳沢敦監督が若鹿たちに注ぎ込む情熱の行方 高円宮杯プレミアリーグEAST 鹿島アントラーズユース×前橋育英高校マッチレビュー(JSPORTS)






「ヤナさんは一流の選手だったので、吸収する部分が本当に多いですし、フォワードの動き出しや受け方は勉強になっていて、そこはより意識するようになりました。普通はヤナさんに教われるなんてありえないことですし、ここのユースじゃなければ経験できないことなので、それは本当にありがたいと思っています」と話すのは、今季からユースに加入した吉田。


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◆日常を積み重ねた先でたどり着いた指導スタイル。鹿島アントラーズユース・柳沢敦監督が若鹿たちに注ぎ込む情熱の行方 高円宮杯プレミアリーグEAST 鹿島アントラーズユース×前橋育英高校マッチレビュー(JSPORTS)









「やっぱりそうですよね。僕もそう思います」

柔和な笑顔を浮かべながら、ワールドカップにも出場した日本サッカー史に残るストライカーは、こちらの言葉を優しく肯定する。その人は鹿島アントラーズユースを率いる指揮官。柳沢敦監督だ。

5年ぶりにプレミアリーグへと帰ってきた今シーズン。若鹿は快進撃を続けている。19節を終えた段階の順位は、堂々の首位。2位の横浜FCユースとは勝点も得失点差も並んでおり、総得点で上回って、リーグテーブルの一番上に名前を連ねている。

特筆すべきはそのメンバー構成の若さだ。ドイスボランチを任されている福岡勇和と大貫琉偉、リーグトップスコアラーの吉田湊海や前線と中盤を兼任できる平島大悟は1年生。さらに中学3年生の高木瑛人と小笠原央は、ジュニアユース在籍中にもかかわらずプレミアの出場機会を掴むと、どちらもゴールまで記録。とにかく思い切った選手起用が際立っている。

「『学年に関係なくチャンスがある』ということは示してきたつもりです。今は1、2年生が多く試合に出ている中で、そこに対して3年生の刺激もありますし、さらに中学生にも出られるチャンスはあるわけで、それを考えれば競争は激しくなっていると思いますし、みんなが『うかうかしていられないな』という気持ちになるでしょう。やはりアントラーズの哲学でもある『競争と結束』をキーワードにしながら、今のチーム作りに取り組んでいます」

柳沢監督はさらりと口にしたものの、プレミアリーグの舞台でこれだけの若き才能を使いながら、きっちりと結果も残しているのだから、振るってきたその手腕には恐れ入るほかにない。

この日のホームゲームの相手は、4連勝中と波に乗る前橋育英高校。難敵相手の一戦は開始2分でいきなり中川天蒼が先制点を記録。幸先良いスタートを切ったものの、以降は相手のパスワークにやや後手に回る展開を強いられ、守備の時間が長くなっていく。

67分にはセットプレーから失点。スコアを振り出しに引き戻されたが、柳沢監督はピッチの選手たちの表情を逞しく感じていたという。「僕は『まだ時間も全然あるし、切り替えられるな』と思っていたんですけど、選手たちも下を向くことなく、ピッチの中で『もう1回行くぞ』と声を掛け合っている状態だったので、『振り出しに戻っただけかな』と思っていました」。リーグ戦もこの日がちょうど20節。いろいろな経験を積み上げてきたチームは、小さくない自信を纏っていた。

86分。右サイドから大貫がFKを蹴り込むと、後半開始から投入されていた吉田が合わせたヘディングは鮮やかにゴールネットを揺らす。「ヤナさん(柳沢監督)からは『守備でハードワークしながら、ゴールも常に狙い続けろ』と言われました」という1年生アタッカーの今季10点目は、そのまま決勝点に。試合後の“クラハ”には選手とサポーターの笑顔が咲き誇る。

「今日はよく『アントラーズらしい』と言われてきたような勝ち方だったと思うんですけど、これはやろうと思ってできることでもないので、ボールへの執着心とか、ゴールに向かっていく姿勢とか、最後まで諦めないところとか、最後のところはそういう1年間の積み重ねが出たのだと思いますし、こういう試合を勝ち切れたのはやっぱり彼らが素晴らしかったと思います」。今季のチームを象徴するような白星に、指揮官も確かな手応えを感じたようだ。

現役時代から日本を代表するようなストライカーにもかかわらず、控えめな人だと思っていた。ミックスゾーンでお話を伺ったこともあったが、穏やかで丁寧な口調が、その性格をよく表しているようにも感じていた。だから、意外だった。テクニカルエリアの一番前に立って、大声で指示を送る姿が。選手のイージーなミスに声を荒げる姿が。全身を使って劣勢のチームを鼓舞する姿が。

失礼を承知で言ってしまった。「あんなにテクニカルエリアで大声を出したり、選手を鼓舞するタイプの人だとは思いませんでした」と。それに対する答えが、冒頭の言葉ということになる。

「やっぱりそうですよね。僕もそう思います。あまりそういうタイプではないですけど、やっぱり言う時は言わないといけないですし、伝え方というのは声のトーンとか大きさも大事で、もちろん内容が一番大事ではあるんですけど、選手になるべく伝わるように、自分の感情が高まっていることも見せられたらとは思っています。そこは一緒に戦っているイメージですね」

「実は選手もそういうところを見ていますし、そういう姿を見ていると『頑張らなきゃ』という気持ちになってくれることもわかってきたので、それが見せかけではなくて、本当にみんなと向き合って、みんなと一緒に試合を戦っているという姿をしっかり見せることができれば、選手たちはそれに付いてきてくれるのかなと信じています」

今年で指導者の道に足を踏み入れて10年目。さまざまな指導者やさまざまな選手と濃厚な時間を共有してきた中で、たどり着いたのが今の『一緒に戦う』というスタイル。日々のトレーニングから高校生たちと真摯に向き合っている。

もちろん選手たちも、指揮官に対しては大きなリスペクトを払っている。「ヤナさんは一流の選手だったので、吸収する部分が本当に多いですし、フォワードの動き出しや受け方は勉強になっていて、そこはより意識するようになりました。普通はヤナさんに教われるなんてありえないことですし、ここのユースじゃなければ経験できないことなので、それは本当にありがたいと思っています」と話すのは、今季からユースに加入した吉田。キャプテンの佐藤海宏も「ヤナさんは自分からしても特別な人ですけど、『何か悩んでいることがあったら聞くぞ』と言ってくれますし、ちょっとイジってくれたりもするので(笑)、オープンにしてくれている分、良い関係性が築けているのかなと思います」と語るあたりからも、選手との良好な距離感が窺える。

コーチとして2年。監督として4年。高校年代の指導を続けてきたことで、見えてきたものがあるという。「やっぱり練習の中で受ける刺激の積み重ねの先に試合があって、そこでさらに大きく成長することもあるわけで、普段の積み重ねがない状態でいきなり試合にポンと出て活躍しても、本当に獲得できたものが多くないと、長くは続かないですよね。普段の厳しい練習の中で苦労しながら、自分で努力して積み重ねたものが、もちろん出る時もあれば、出ない時もありますけど、それも試合の中で学んでいくことで、ある時にグッと飛躍する時が来るんじゃないかなと思うんです」

「その飛躍を見られた時が本当に嬉しい瞬間でしょうね。今も我慢して、我慢して、努力を積み重ねている選手がいるので、そういう選手には試合に出て活躍して、さらに自信を付けて、次の試合もまた活躍できるように頑張ってほしいなと思います。もちろんみんなに頑張ってほしいですけど、まだまだそれぞれ波があるので(笑)、全員をそういうふうに持っていけたら最高ですね」。そう話して浮かべた笑顔に、指導者としての、また人としての在り方が滲んだ気がした。

今季のプレミアも残りは2試合。次節は3位の横浜FCユースとの上位対決が控えており、その試合に勝ったうえで、2位の柏レイソルU-18が引き分け以下に終われば、鹿島ユースの6年ぶりとなるプレミアEAST制覇が決定する。そんな条件は百も承知。だが、指揮官のマインドにはいさかかのブレもない。

「もう一戦一戦全部勝つしかないと思っていますし、まずは次の横浜FCさんとの一戦が大事なので、そこを勝ったらその次というイメージで、まず考えるべきは目の前の試合ですね。その試合に向けた準備という部分で、結局はトレーニングがすべて試合のピッチに繋がっていくので、いつも『今日の練習でできることを大事にしましょう』と選手には伝えています。すべてはそれの積み重ねですから」

目の前の日常を積み重ねることで、ワールドカップのピッチを踏みしめるまでのキャリアを築いた努力の人。柳沢監督が惜しみなく注ぎ込んでいく溢れんばかりの情熱は、未来のクラブを担うべき若鹿たちが携えている『鹿島のDNA』に、間違いなく刻み込まれている。

文:土屋雅史

2024年8月1日木曜日

◆「最初が鹿島アントラーズで良かった」鹿島で始めたプロキャリアの幕を閉じる興梠慎三、18歳時の決断振り返る「本当に良い選択をした」(超WORLDサッカー!)






「若い自分にとっては、結果しか求めてきていなかった自分として、その言葉はそこまで刺さらなかったですが、改めて日が経つにつれて、どういうFWであるべきかを考えたときに、ヤナさんの言葉が自分の中ですごくマッチして、こういうプレースタイルになろうと思ったのが、鹿島からレッズに来るぐらいの時にそういうプレースタイルで行こうと決めました。柳沢敦さんのプレーはすごく参考になりましたし、本当に感謝しています」


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◆「最初が鹿島アントラーズで良かった」鹿島で始めたプロキャリアの幕を閉じる興梠慎三、18歳時の決断振り返る「本当に良い選択をした」(超WORLDサッカー!)



現役引退を表明した浦和レッズの元日本代表FW興梠慎三(38)が、古巣の鹿島アントラーズについて語った。

プロ入りは2005年で、鵬翔高校から鹿島アントラーズに入団した興梠。1年目から出番を得ると、鹿島のエースへと成長し、2013年に浦和へ完全移籍するまでチームをけん引した。

鹿島では在籍8年で通算283試合出場71得点を記録。2007年から2009年までJ1を3連覇、リーグカップ連覇も経験し、天皇杯でも2度優勝している。

31日に引退会見を実施した興梠は、鹿島に加わった18歳当時を回想。あえて厳しい環境に身を置いて自分を磨くため、名手揃いのチームを選んだと振り返っている。

「高校を卒業して、鹿島アントラーズに行きました。何チームかオファーはありました。本当に悩んで、1つ上の先輩である増田誓志という存在がいて、その人が鹿島にいたので、同じポジションで1つ上の先輩と同じチームに行くということに、本当にこれでいいのかなとずっと思っていました」

「でも、その当時の鹿島はすごく強くて、当時いた小笠原満男さん、本山(雅志)さん、曽ヶ端(準)さん、中田浩二さん。凄いメンツがいる中で一緒に練習できる。今すぐ試合に出たいという気持ちもありましたけど、そういう人たちと一緒に練習することで自分自身が成長するんじゃないかと思って鹿島を選びました」

「自分自身、今考えれば最初が鹿島アントラーズで良かったなと思っています。だからこそ18歳の自分に伝えることがあるとすれば、鹿島アントラーズを選んで良かったなと。それがなければ、浦和レッズに出会うこともなかったと思いますし、本当に良い選択をしたなと言ってあげたいです」

また、「自分が活躍しなくても、自分が犠牲になってチームが勝てればいいという思いでここまで来ました」と述べた興梠。このスタイルを貫くことになったきっかけは、背番号「13」を受け継いだ元日本代表FWだったと明かした。

「一番は身近で一緒にプレーしてきた柳沢敦さんの存在が大きかったと思います。直接指導を受けたわけではないですが、2年間一緒に鹿島でやりました。ヤナさんも個人で打開するというよりは、味方、周りを上手く使ってプレーしていました」

「ヤナさんが言っていたのは、自分がセンタリングが上がった時にニアで潰れても、ファーの空いたスペースで味方が決めてくれれば、チームの力になると。自分が動けばどこかが空くから、そのスペースを味方が上手く使ってくれれば、自分の仕事がちゃんとできているというのを聞いたことがあります」

「若い自分にとっては、結果しか求めてきていなかった自分として、その言葉はそこまで刺さらなかったですが、改めて日が経つにつれて、どういうFWであるべきかを考えたときに、ヤナさんの言葉が自分の中ですごくマッチして、こういうプレースタイルになろうと思ったのが、鹿島からレッズに来るぐらいの時にそういうプレースタイルで行こうと決めました。柳沢敦さんのプレーはすごく参考になりましたし、本当に感謝しています」



2024年6月2日日曜日

◆鹿島 横浜撃破で首位・町田に勝ち点並んだ!22歳DF濃野が柳沢敦のクラブ新人記録に並ぶ今季5点目(スポニチ)






明治安田J1   鹿島3―2横浜 ( 2024年6月1日    国立 )


 明治安田J1リーグは各地で6試合を行い、2位・鹿島が横浜を3―2と逆転で下した。パリ五輪世代のDF濃野公人(22)の今季5点目などで今季初の4連勝。得失点差で及ばなかったものの、首位・町田に勝ち点35で並んだ。町田はMF平河悠(23)のアシストからFW藤尾翔太(23)が得点とU―23日本代表コンビが躍動したものの、新潟に1―3で敗れて連勝が3で止まった。

 5万2860人が集まった国立で、大卒新人・濃野がまたも主役を張った。最後に右サイドバックが仕留める。今季の鹿島を象徴する場面が再現されたのが、1―1の後半29分。MF知念が左から中央へドリブルでボールを運び、右MFの名古が相手守備陣を引きつけるランニング。すると濃野の目の前には広大なスペースが生まれた。一気に駆け上がり、ペナルティーエリア内から右足で豪快にニアを打ち抜く。「チームとしての形が見えたワンシーンだと思う。僕は信じて入って、思い切り打ったら入った」。22年から4連敗中だった宿敵を破る決勝弾だった。

 2試合ぶりの今季5点目。新人DFとしてはクラブOB岩政大樹のJ1最多記録を更新。柳沢敦が持つクラブ新人記録に並んだ。大学2年まで攻撃的な位置でプレーし、得点感覚はチーム屈指。「想像していたよりも、はるかにいい結果。自信につなげていきたい」と実感を込めた。

 それでも自分自身の現在地は、冷静に把握している。パリ五輪世代の22歳。逆転切符での夢舞台に期待が高まるが、メンバー発表前最後の強化試合となる米国遠征に名前はなかった。悔しさは「そうでもない」とさらりと流したが、「守備の不安定さは自分の弱み。日本を代表して世界と戦うには、まだまだ力不足」と受け止めた。

 「もっと成長して、代えの利かない選手になれるように頑張りたい」。チームは今季初の4連勝。勝ち点を35に伸ばし、首位・町田に並んだ。8年ぶりの国内タイトル奪還へ、ルーキーが新しい風を吹かせている。





◆鹿島 横浜撃破で首位・町田に勝ち点並んだ!22歳DF濃野が柳沢敦のクラブ新人記録に並ぶ今季5点目(スポニチ)

2024年4月29日月曜日

◆勢い止まらず 鹿島・濃野3戦連発 J1新人DF初記録で連敗阻止(スポニチ)



濃野公人


明治安田J1リーグ第10節   鹿島2―1G大阪 ( 2024年4月28日    パナスタ )


 前節9位の鹿島は新人のDF濃野公人(22)の3試合連続ゴールなどでG大阪を2―1で下し、暫定5位に浮上した。

 ルーキーの勢いが止まらない。濃野が1―1の後半9分、左クロスに右サイドから走り込んで決勝弾。J1の新人DFでは史上初となる3戦連発を決めた。サイドバックながら鋭い得点嗅覚を見せる関学大出身の22歳は「スペースを見つけたらどんどん入っていくように指示を受けていた。押し込むだけだった」と充実の表情で振り返った。

 幼少期を過ごした大阪で輝きを放ち、チームのアウェー連敗を4で止めた。94年の城彰二(市原)、96年の柳沢敦(鹿島)が持つ新人最長の4試合連続得点にあと1に迫ったが、「自分一人の結果ではない。誰かのカバーがあってこそのこと」と謙虚な姿勢を忘れなかった。





◆勢い止まらず 鹿島・濃野3戦連発 J1新人DF初記録で連敗阻止(スポニチ)




2024年4月25日木曜日

◆鹿島の名の下に集った若武者たちの奮戦。「常に勝利する」という唯一無二のスタイル。『高円宮杯プレミアリーグEAST流通経済大柏高校×鹿島アントラーズユースマッチレビュー』(JSPORTS)









かの世界的ファッションブランドの創始者、イヴ・サン・ローランはこんな名言を残したという。「ファッションは一瞬。スタイルは永遠」。Jリーグにもそのクラブ名を耳にすれば、すぐにその“スタイル”が思い浮かぶ名門がある。鹿島アントラーズだ。

それはサッカーの内容というよりは、マインドに近いかもしれない。今シーズンの鹿島アントラーズユースのキャプテンを任されている佐藤海宏の言葉は象徴的だ。「自分たちは5年ぶりのプレミアリーグとはいえ、アントラーズというクラブは常に勝利を、優勝を目指してやっていかなければいけないというのは常々言われていますし、みんなもそういう意識があると思います」。ピッチ上のすべては常に勝利から逆算されている。それはユースチームであっても、例外ではない。

開幕戦は敗れ、前節は引き分け。まだ勝利のない状況で迎えたプレミアEASTの3試合目は、アウェイで流通経済大柏高校と対峙。「立ち上がりは集中しようと言って入ったんですけど、1つのセットプレーから失点して、なかなかうまく行かない中で、追加点を与えてしまったところは一番大きかったかなと思います」と柳澤敦監督も言及したように、鹿島ユースは前半だけで2点のビハインドを背負ってしまう。

「前半を振り返ってみても、切り替えの部分や局面で負けるシーンが多かったので、ハーフタイムにヤナさん(柳澤監督)からも『2点差なので、勝ちに行くとなったらもっとエネルギーを使わないといけない』と言われました」と明かしたのは佐藤。喝を入れた指揮官は、さらに強いエネルギーを打ち出すための交代策も講じていた。

後半開始から投入されたのは、強さに特徴を持つフォワードの島田ビクトルゆうぞ。すると、前線でコンビを組んだ1年生アタッカーの吉田湊海も「ビクトル選手にボールを集めて、そこから攻撃の起点になって、後半の立ち上がりは流れも良かったのかなと思います」と話した通り、島田が効果的にボールを収めたことで、アウェイチームの攻撃にリズムが生まれ出す。

追撃の1点は完璧なコンビネーションから。60分。左サイドで前を向いた佐藤は、前にいた小笠原聖真にボールを預け、そのまま内側をインナーラップ。「相手のサイドバックも結構食いつくような特徴があったので、そこの背後を狙っていた部分はあったし、あそこを取りに行くプレーは今年に入って増えてきたかなと思います」という左サイドバックはリターンを受けると、ライン際まで運んでマイナスの折り返し。ここに走り込んだ1年生ボランチの福岡勇和のシュートが、ゴールネットを確実に揺らす。

同点弾を決めたのもスタメン起用されている1年生だった。63分。土橋竜之介がシンプルに入れたロングボールを、マーカーと競り合いながら自分のものにした吉田は力強くフィニッシュ。いったんは相手GKに阻まれたボールを、今度は執念でゴールネットへ流し込む。

「まだプレミアで勝てていない状況で、この試合は絶対に負けられないという中で、福岡選手が1点目を獲ってくれて、その流れで自分も『絶対に点を獲ってやる』という気持ちではいたので、点を獲れて良かったと思います」。これで2試合連続ゴールとなった15歳のストライカーが発した言葉も頼もしい。

ただ、勝利を手繰り寄せる次の1点までは届かず。「五分五分の試合で自分たちは勝ち切れなくて、この前の試合もギリギリで追い付かれたので、そういう勝負強さというのは必要になってくるのかなと思います」と佐藤。今季初白星は次節以降へお預けとなった。

この日のスタメンには4人の1年生が名前を連ねていた。とりわけ中盤は右サイドに平島大悟を、ドイスボランチに大貫琉偉と福岡を配置。左サイドに入った3年生の小笠原聖真以外は全員がルーキーという顔ぶれだ。もちろんいずれもチーム内の競争を繰り広げて勝ち獲った座席。柳澤監督も評価の理由をこう口にする。

「今はスタメンの中に1年生も多く出場している中で、少しフィジカル的な部分では目をつぶりながら、アントラーズらしい良い守備から良い攻撃は継続してやっているので、そこを体現できる選手だと思って使っていますし、もう少し身体ができてくれば、もっと強度の高いゲームができるかなと思っています」

ゴールの感想を問われ、「何であそこにいたのかわからなかったですけど、ラッキーでした。ゴールは素直に嬉しいですけど、試合に勝てなかったので、次は勝てるようにまた練習から頑張っていきたいと思います」と話す福岡の、続けた率直な心情が初々しい。「『プレミアの試合に出たい』とは思っていましたけど、こんな早く出られるとは思っていなかったので、これからもずっと出続けられるように頑張らなきゃなと思っています」

殊勲の同点ゴールを挙げた吉田は、FC多摩ジュニアユースから鹿島へとやってきたばかりだが、もうその発言はこのクラブに長年在籍している選手のそれと何ら変わらない。「鹿島アントラーズというチームは常に勝利を求めてやっているチームで、まだプレミアで勝利がなくて、アウェイでもホームでも勝ちにこだわってやっている部分はあったので、勝ちたかったです」。タイムアップの瞬間、この1年生がピッチに倒れ込み、誰よりも悔しそうな表情を浮かべる姿が強く印象に残った。

着実にステップは踏んでいる。あとは明確な結果を引き寄せるのみだ。「初戦は負けて、2試合目は最後に追い付かれて引き分けたゲームでしたけど、今日は0-2から同点に追い付いたわけで、それはなかなかできることではないですし、逆転となればなおさらパワーがいるので、そういう意味ではよく頑張ってくれたとは思います。これを継続しながら、次こそは勝ち点3を獲ろうという話はしようと思っています」(柳澤監督)

勝っても、負けても、それこそ引き分けても次の試合はやってくる。それならば勝って、そのあとの1週間でみんながまた激しいトレーニングと向き合い、健全にポジションを争うに越したことはない。その先にはまたプレミアリーグで、強豪と肌を合わせる90分間が待っている。

「プレミアは楽しいですね。やっぱり相手が強いというのは自分も成長できますし、その相手が強い中で良いプレーができたら楽しいですし、気持ちが良いです」(小笠原)「プレミアは相手のレベルも高くて、マッチアップする選手もいろいろな特徴があって、自分にとっても良い経験になっています。そういう中で結果を残したり、失点をしない、1対1で負けないということはもっともっと意識しないといけないと思います」(佐藤)。

最後に語り落とせないのは、太鼓を叩き、フラッグを振り、スタンドから大声を張り上げ続けたベンチ外のメンバーたちだ。間違いなく悔しさを抱えているはずの彼らは、それでも明るく、前向きに、ピッチの選手たちへ声援を送り続けた。今いる場所で最善を尽くそうとポジティブに発したエネルギーは、きっといつの日か必ず自分たちに良い形で返ってくることだろう。

ベンチには柳澤監督を筆頭に、里内猛コーチ、小笠原満男コーチ、曽ケ端準GKコーチと、クラブの歴史を知るスタッフ陣が顔を揃えている。アントラーズの未来を担い得る若武者たちの奮戦と、それを温かく見守るレジェンドたち。常に希求するのは何よりも勝利の歓喜。ファッションに左右されないスタイルを掲げる鹿島ユースが、ようやくプレミアリーグに帰ってきた。

文:土屋雅史







2023年11月18日土曜日

◆上田綺世の「図抜けた才」とは? 「積み重ねた4年間」とサッカー日本代表で見せる成長【コラム】(フットボールチャンネル)



上田綺世


 それでも開始早々の4分に谷口の縦パスを堂安がヒールで流し、鎌田がペナルティエリア(PA)内に力強く侵入するなど、相手の背後やギャップを突こうというアクションを積極的に行い、攻略の糸口を探り続けた。

「相手に引かれてボールを持てる分、あまりリスクを冒さずに仕掛けないでボールをずっと握っちゃって、気が付けば45分経ってるみたいな展開が一番ストレスが溜まる」と堂安も前日にコメントしていたが、その悪循環を打破するには、早い時間帯の先制点が是が非でも必要だった。

 それを奪ったのが、エースFW候補筆頭の上田。11分、PA左外の位置から南野が浮き球のパスを送った瞬間、背番号9は背後に流れながらヘディングでボールを流し込み、ついにゴールをこじ開けた。

「スペースがない中でも背後の動きでわずかなスペースを作る。自分が受けるのもそうだけど、それを継続的にやる意識を持っていた。真ん中でいい形でボールをもらえましたし、(南野の)ボールがよかった」と彼はチームを楽にさせた一撃を振り返った。

 上田のヘディングの滞空時間の長さや高さというのは、11月7日のUEFAチャンピオンズリーグ(CL)・ラツィオ戦終了間際の決定機を見ても分かる通り、世界トップクラスと言っても過言ではない。

 鹿島アントラーズのレジェンド・柳沢敦も「スピード感やパワフルさ、ボールを受けてすぐにゴールに向かえる体の向きという点で、綺世は本当に頭抜けている。(小笠原)満男も『自分が見てきた中で一番ヘディングのうまいFWだ』と絶賛していました」と語ったほどで、ミャンマー相手には十分すぎる迫力があった。


サッカー日本代表のエースへ


「個の力で違いを作る」という仕事を確実に遂行した上田はさらにゴールを重ねる。前半終了間際のクイックリスタートから堂安のスルーパスに反応して相手の背後に抜け出し右足を振り抜いた2点目。南野のラストパスに合わせてDF2枚の間に侵入して右足アウトに瞬間的に持ち替えて決めた50分の3点目と、多彩な得点パターンは見る者を大いに魅了した。日本は最終的に5-0で勝利したが、上田の得点能力の高さが光ったゲームだったのは紛れもない事実である。

「格下のミャンマー戦でハットトリックをしたところで頭抜けた点取り屋になれるわけではない」といったネガティブな意見も聞こえてくるかもしれないが、公式戦のハットトリックはやはり意味が違う。2019年のコパ・アメリカ(南米選手権)、同年のEAFF E-1サッカー選手権、2022年のカタールW杯・コスタリカ代表戦と何度か重圧のかかる舞台に立ちながら、ゴールという仕事のできなかった上田にしてみれば、大きな一歩に他ならないだろう。

 代表50ゴールの岡崎慎司や25ゴールの大迫勇也ら先輩FWたちもアジアの格下相手に固め取りし、通算得点数を引き上げた。上田の所属先のライバル、サンティアゴ・ヒメネスも今季は格下相手に凄まじいゴールラッシュを示し、存在感を一気に高めている。FWにとってゴールという結果がどれだけ重要かというのは、上田自身が痛感しているはずだ。

 この日のハットトリックで彼も代表通算5得点と数字を伸ばし、日本の得点源に名乗りを挙げた。まだまだ先人たちのレベルには遠く及ばないが、確固たるFWの出現を待ち望んでいる森保監督にとっても朗報と言えそうだ。


目覚ましい成長の証


「4年前は点を取れずに苦しんだ? 今は環境も違うし、成長している自負もある。当時から積み重ねた4年間があると思っています」と本人も神妙な面持ちでコメントした。

 過去の中山雅史や前田遼一らを見ても分かる通り、FWというのはそもそも完成までに時間がかかる選手が多い。上田も法政大学時代から得点感覚には定評があったが、好不調の波が大きかった。昨夏のベルギー移籍、今夏のフェイエノールトへのステップアップを経て、ボールを収めて起点を作る仕事にも精力的にトライ。プレーの幅を広げている今は彼にとって一番成長できる時期なのだろう。2023年に入ってから代表5ゴールという実績、前線での存在感が目覚ましい前進の証拠ではないか。

「予選とか公式戦は勝つことが最重要。難しい試合もあると僕は思っている。今日も前半に点を取れなかったらちょっとややこしい試合になっていたかもしれない。そうならないきっかけを作れたことは僕の中では評価できると思います」と安堵感を吐露した上田。だが、これはあくまで序章に過ぎない。

 次戦・シリア戦では浅野拓磨が左サイド起用される可能性もあり、上田が2試合連続でスタメン出場することも考えられる。よりレベルの高い相手にも同様の仕事ぶりを見せられれば、指揮官のチームメートの信頼も高まるはず。ここから一気に突き抜けてほしいものである。

(取材・文:元川悦子)




◆上田綺世の「図抜けた才」とは? 「積み重ねた4年間」とサッカー日本代表で見せる成長【コラム】(フットボールチャンネル)





2023年11月1日水曜日

◆愛弟子・柳沢の深夜密会騒動に…暴君トルシエ監督が吐息交じりの本音告白(東スポWeb)



柳沢敦


【多事蹴論(77)】「独裁者」と呼ばれた日本代表監督がエースの不祥事に語った意外な本音とは――。2002年日韓W杯の開催を前に日本サッカー界が空前の盛り上がりを見せていた1999年6月、シドニー五輪アジア1次予選を戦っていたU―22日本代表のエースFW柳沢敦がネパールとの試合後にチームに無断で外出し、交際していたモデルでタレントの梨花と深夜の午前2時まで密会していたことを写真週刊誌が報じた。

 この事実が発覚すると、日本サッカー協会は対応に大わらわ。大仁邦弥技術委員長が柳沢に事情聴取し、本人も事実を認めたという。同委員長は「試合の当日は次の試合に向けて休養、体力の回復に努めるのが義務」と説明し、規律違反に該当すると断罪。「過去に記憶にはない」という異例の行動とあって大事な五輪予選期間中ながらも柳沢をU―22代表から追放することを発表した。

 柳沢は世間から激しいバッシングを受け、U―22代表を管轄する日本サッカー協会や所属する鹿島にもファンから怒りの声が殺到したという。また、鹿島関係者によると、柳沢の父・昭行氏も息子の行動に激怒。クラブに連絡を入れ、息子の不祥事を謝罪するとともに「息子をトレーニー(練習生)に降格してください。給料はいりません」と厳罰を求めたという。

 そんな柳沢は五輪予選を戦った後には、南米選手権を戦うA代表に合流する予定だったが、こちらもキャンセル。ただ五輪とA代表の兼任指揮官でU―22代表を山本昌邦コーチに任せていたフィリップ・トルシエ監督はまな弟子のスキャンダルに複雑な表情だった。滞在中のパラグアイで会見し「日本代表には規律がある。それを尊重しなかったのでチーム(U―22代表&A代表)から外した」とし「柳沢を(A代表に)呼んだら美形の多い国(パラグアイ)なので大変だった」と冗談を交えて説明した。

 ただ、会見中には何度も首を振りながらため息をつくなど、やるせなさを感じさせた。その会見後、本紙記者がトルシエ監督を直撃。今回の件をどう思っているのかを聞くと「柳沢は本当に無断外出したのか。本当にお酒を飲んでいたのか。しかも代表の服を着て…。私には信じられないんだ」とし「彼は真面目だし、悪い人に狙われたとか、悪いマスコミに狙われたとか、汚いことにハメられたのかもしれない。女性もマスコミが用意したんじゃないのか」と本音をぶちまけた。

 指揮官は規律違反した柳沢に対して憤慨するというよりも、エースがトラブルに巻き込まれた可能性を懸念していた。トルシエ監督は「日本のトップFW」と高評価し、02年W杯に向けて期待を寄せていたストライカーだけに、この件をキッカケに低迷しかねないことを不安視した面もあるだろうが、普段は選手たちを罵倒、酷評するなど「暴君」とまで呼ばれた指揮官が見せた意外な一面だった。 (敬称略)





◆愛弟子・柳沢の深夜密会騒動に…暴君トルシエ監督が吐息交じりの本音告白(東スポWeb)

【参考】2018/06/14


2023年3月14日火曜日

◆柳沢、小笠原らサッカー元日本代表がシドニーの学校を訪問──鹿島アントラーズ・ユース選手が地元チームと強化試合(日豪プレス)



田代有三


 Jリーグ・鹿島アントラーズ、ユース・チームが3月9日、シドニー北郊テリーヒルズにあるシドニー日本人国際学校への表敬訪問を行った。ユース所属選手のみならず、スタッフには元鹿島アントラーズ選手で現在はチーム運営に携わる柳沢敦氏、小笠原満男氏、曽ヶ端準氏、鈴木修人氏らレジェンドがずらりと勢揃い。豪華メンバーの訪問とあり、シドニー日本人国際学校の生徒たちもこの日を心待ちにしていたという。本記事は、日豪プレス編集部でインターンシップ生として働き、自身もプレイヤーとしてサッカーを愛する山内岳登がお届けする。

(取材:山内岳登、写真:馬場一哉)


 今回、鹿島アントラーズをシドニーに招いたのは、自身も元鹿島アントラーズで日本代表経験もある田代有三氏が代表を務めるサッカー・スクール「MATE FC」だ。選手やスタッフの訪問に際して、体育館には同校の生徒たちが集められMATE FCによる司会の元、鹿島アントラーズの元選手ら4人が登壇。インタビューの時間が設けられた。

 サッカーを始めた年齢やきっかけ、プロになるために努力したことなど、気になる質問を司会者が投げかけ、元選手ら4人がそれぞれ回答した。

 鹿島アントラーズユースの現監督である柳沢氏は「当時は野球をやりたかったのですが、10歳になってからでないとクラブに入れなかったことから、7歳の時にサッカーを始めました」と答えた。小笠原氏は「僕は野球とスキーもやっていたのですが、その中で最も好きだったのがサッカーでした」と話した。




 司会者からの質問が終わると、生徒たちからの質問タイムへと移行。多くの子どもたちが質問をしようと目一杯手を上げた。

 「W杯に勝つとどれくらいお金をもらえますか?」という生徒の質問に対し、小笠原氏は「大体一試合勝てば車を買えるくらい、勝ち進んでいくと家が買えます。夢があるでしょう?」と笑いながら答えた。 

 また保護者からの「現役時代に憧れていた選手は?」という質問に対して、柳沢氏は「三浦和良選手が大好きです」と答え、小笠原氏は「憧れではないが、クラブW杯でレアル・マドリードと対戦した時に、クリスティアーノ・ロナウド選手をはじめ同クラブの選手たちが印象に残っています」と答え、続いて「そのクリスティアーノ・ロナウド選手に点を決められたゴールキーパーがここにいる曽ヶ端準です」と冗談を交え、会場を盛り上げた。 

 インタビュー後、生徒たちはグラウンドに移動し、ユース・チームの選手らとサッカーを楽しんだ。澄み切った青空の下、ユースの選手たちからボールを奪おうと子どもたちは懸命にボールを追った。それに対し、プロの卵であるユースの選手たちも真摯にプレーで対応していたのが印象的だった。 

 今回の遠征について、MATE FC代表の田代有三氏は「僕には日本とオーストラリアをスポーツでつなげたいという目標がありました。僕も一緒にプレーしていた選手らが来てくれたことで、子どもたちに良い経験を得られる場を設けられたのがうれしいです。そして僕自身、子どものころは有名なスポーツ選手に会ったことがなかったので、もしそういう機会があれば子どもたちはもっとサッカーを好きになってくれるのではないかと考えました」と話す。 





 また、柳沢氏はユースの選手が今回シドニーに訪れたことに対し「世界で活躍するスーパースターは言語面でも人格面でもとても優れています。そのためにも選手たちが若いうちに海外で異文化に触れることはとても大切なこと。人としてもサッカー選手としても優れた大人になってくれたらうれしいです」と話した。 





 最後にユースチーム・キャプテンの小倉幸成さんに話を聞くと「子どもたちがとても元気で楽しかった」と答え、更にイベント前日に行われたウエスタン・シドニー・ワンダラーズFC、U-20チームとの試合(4−4の引き分け)については「日本とオーストラリアのフィジカルの違いを痛感しました。そこが課題だと思います」と日豪の違いを語ってくれた。 


遠征を終えて──柳沢敦監督インタビュー


 鹿島アントラーズ・ユースチームは3月11日、シドニー西郊グレンウッドにあるバレンタイン・スポーツ・パークで、ナショナル・プレミア・リーグ(NPL)のガンガーリン・ユナイテッドFC(オールエイジ、キャンベラ郊外拠点)に5対2で快勝し、遠征を終えた。今回の遠征の振り返りについて試合後、柳沢監督に話を聞いた。(編集部)

──コロナ禍もあり久々の海外遠征となりましたが、選手たちにとって良い経験になったのでは。

 「シドニーを拠点に活動する田代有三・鹿島OBのおかげでいろいろなチームとゲームをさせて頂くなど、すばらしい機会を得ることができました。選手たちにとって、異国の文化を感じること、そして言語や食べ物、物の値段など、日本とは全く違う環境の中で時間を過ごせたのは、とても良い経験になったと思います」

──今回、2チームと対戦しましたがオーストラリアについてはどのように感じましたか。

 「田代君を通じてAリーグやNPLの現状をいろいろと聞きました。日本人選手が所属しているチームもあると聞いていますし、オーストラリアは同じアジアのチーム、そしてライバルとして切磋琢磨して行けると感じています。お互いがそれぞれ世界のトップ10には入れるような国に成長していけたらうれしいなと思います」


取材を終えて

 プロのサッカー選手になる人は生まれた時からサッカー・ボールを触っているぐらい根っからのサッカー好きの人ばかりだと思っていたが、きっかけは人それぞれなのだなと思った。また、今回の取材を通じて、このような機会を子どもたちに提供できるようになれば日本人のサッカーに対する熱は更に盛り上がるのではないかと感じた。プロの世界で戦っていた選手たちと交流した経験、目の前ですばらしいプレーを見せてくれたユースの選手たちを通じて、子どもたちはもっとサッカーのことが好きになっただろう。この経験が糧となり、プロを目指す子どもが現れれば幸いだ。
(山内岳登)









2022年12月21日水曜日

◆【鹿島】アカデミーサポートクラブ創設に寄せて。柳沢敦ユース監督と小笠原満男TAが語り合う“育成年代”での大切なこと(サッカーマガジン)






鹿島アントラーズは、スクールからユースまでのアカデミーを対象としたファンクラブ「アカデミーサポートクラブ」を創設し、2023シーズンの会員を募集している。育成年代の選手たちを支援するアカデミーサポートクラブ発足に際し、アカデミーで指導する柳沢敦ユース監督と小笠原満男テクニカルアドバイザーが、それぞれの体験談を踏まえながら育成年代について語り合った。


アカデミー生の支援を目的とする「アカデミーサポートクラブ」


 2023シーズン、鹿島がアカデミーの支援を募るためのファンクラブを新設する。その名も「アカデミーサポートクラブ」。会費はアカデミーの活動・強化資金として活用され、会員にはアカデミーの活動を伝えるデジタル会報誌「ACADEMYFREAKS」や各カテゴリーのチームの試合動画が特典として配信される。

 そんな鹿島のアカデミーで指導にあたっているのが、クラブの一時代を築き、日本代表としても数々の国際大会で活躍した柳沢敦氏と小笠原満男氏だ。現在、柳沢氏はユースチームの監督を務め、小笠原氏はテクニカルアドバイザー(TA)としてアカデミー全体を俯瞰しながら、ともに自らの経験を育成年代の選手たちに伝えている。

 アカデミーサポートクラブ創設にあたり、“未来のアントラーズの主役”となり得る選手たちに与えるメリットとは何か。鹿島のアカデミーを引っ張る2人に聞いた。


「まずは選手を成長させてあげたい」「答えばかり与えても成長は止まる」


――今回、アカデミーサポートクラブが発足することになりました。お二人が育成年代の選手たちに指導する上で心掛けていることはどんなことですか?

柳沢 やはりより高いレベルを目指すチームを作らなければいけないと思っています。継続的な部分としては、試合に勝つこと、そしてそのためには個の部分に特化して選手を成長させて育てていくこと。そこは試行錯誤しながらやっているところです。

小笠原 そうですね。まずは選手を成長させてあげたい。そのために勝ちたいし、勝たせてあげたい。プリンスリーグもIFAリーグもそう。それと、もっと選手をタフに強くたくましくしていかないとチームの勝利につながらないことを感じました。トップの主役になるために、日本一のチームになるために。フィジカル的にもメンタル的にも、より強い人間、チームを目指していく必要があると思っています。

柳沢 満男はよく選手1人ひとりにアプローチしてくれているよね。僕自身は全体を見ようという意識でやっているけれど。

小笠原 そうですね。ヤナさん(柳沢ユース監督)は監督の立場なので、自分としてはさまざまな種類のボールを蹴ることだったり、トラップ、ターン、ヘディング、ボールの奪い方、守備の対応、クロスへの対応など、技術的なところを主に指導しています。トップに近づけるためにどうしていくか。そこを第一に考えて自分なりに伝えているところです。

柳沢 僕たちが答えばかりを与えていても選手の成長は止まってしまう。自分で考えて、工夫して、成長していけるような自主性を身につけさせなければいけません。


「代表に選ばれ続けることが大事」「成功体験でグッと成長できた」


――育成年代において“井の中の蛙”とならないよう、さらに上のレベルを知ることの重要性はお二人ともよく話されています。改めて年代別日本代表に参加した当時、どんな刺激を受けましたか?

小笠原 年代別日本代表で受けた刺激は、すごくありました。自分は東北の高校(岩手県・大船渡高校)だったので、東北ではある程度できていたことが、代表に行ったらもう全然ダメで……。本山(雅志)、中田(浩二)、遠藤ヤット(保仁)とか、すごい選手がたくさんいて、試合に出られずに帰ってきたこともありました。「もっと頑張らなきゃな」っていう刺激を常にもらっていました。ヤナさんは自分とは正反対で、エリートですもんね?

柳沢 いやいや(笑)。僕のときは戸田(和幸)や船越(優蔵)が、一つ上の代のツネさん(宮本恒靖)やヒデさん(中田英寿)たちのチームにも入っていたし、“エリート”といえば東京や千葉、静岡の選手たちでした。僕は富山の田舎から代表に行って、静岡から来た選手たちの輪に入っていけないタイプだったことを覚えているよ。そいつらに「ピッチの上では絶対に負けたくない」みたいな根性で必死にやっていたね。

小笠原 田舎者は、最初は下に見られますよね(苦笑)。

柳沢 そうだね、下に見られる(苦笑)。やっぱり、代表は東京や千葉、静岡の選手が多かったから。でも、認められてくると、だんだんと周りの選手からパスが来るようになって、ピッチ外でも最初は「なんだよ、富山県人」くらいだったのが、「おお、富山ってどんなところなんだ?」って僕の地元に興味を持たれるようになってね(笑)。彼らに比べると、田舎の高校生だった僕たちは大人しいほうだったよね。

小笠原 本当に自分たちは大人しいほうでした(笑)。でも、ヤナさんは18歳でフル代表に行きましたよね?

柳沢 ああ、B代表ね。

小笠原 高校生でB代表ですよ。タイのキングスカップに参加したんでしたっけ?

柳沢 そうだね。キングスカップのB代表に入ってから、毎回、呼ばれるようになったかな。一つの試合がきっかけとなって大きく成長できたりもするので、代表に選ばれ続けることが大事だと思っていた。

小笠原 自分は、代表に呼ばれてもベンチだとか、トルシエ監督(当時)に怒られたり、ワールドカップでも3分くらいしか出場できなかったりと、あまりいい思いはしていませんでした(苦笑)。でも、そのたびに悔しさを味わって、チームに帰ってから「彼らを絶対に超えてやる」と思って練習に取り組めました。だから、ヤナさんが言うように代表に呼び続けてもらえたことで得た経験は大きいです。

柳沢 やっぱり、継続的に代表に呼ばれて、その年代の世界大会を経験することはすごく大事だよね。満男も僕もU-17ワールドカップからオリンピック、そしてワールドカップまで全部経験しているから、世界大会を経験することはとても大事だと思っています。

小笠原 自分もワールドユース選手権(現U-20ワールドカップ)で準優勝して、その成功体験でグッと成長できた気がします。育成年代では、一つひとつの成功体験の積み重ねが大きな成長につながる。今のアカデミーの選手たちにも高いレベルの経験をしてもらいたいし、常に「まだ自分は足りない」と気がつけるような環境を用意してあげたいですね。


「応援してもらいながら選手を育てていければ」「彼らの成長する姿をぜひ見てもらえれば」


――鹿島のアカデミーでも継続的に各年代の代表活動へ参加する選手がいます。

柳沢 アントラーズユースでは、下田栄祐(3年・2023シーズンのトップチーム昇格内定、いわきFCへ育成型期限付き移籍予定)や松本遥翔(1年)、徳田誉(1年)が継続的に年代別日本代表に呼ばれているけれど、もっともっと頑張ってほしいね。

小笠原 徳田は点を取っているけれどベンチが多かったり、下田もレギュラーかと言ったら、まだそこまでではない印象です。2人とも、まだ代表チームの主力にまではなっていないだろうし、悔しさを味わうことのほうが多いかもしれないですね。

柳沢 確かに、現状ではそうかもしれない。僕自身、少しずつ代表に呼ばれるようになって、キングスカップでちょっと目がかかってからは毎回呼ばれるようになった。一つの試合をきっかけに、大きく変化させてくれたりするもの。そのためにはやはり選び続けてもらうということが大事になる。僕も満男もそうだったけれど、U-17から五輪、ワールドカップまでをすべて経験してきた。選手にとって世界大会の経験は成長の大きなきっかけとなる。徳田誉にしても下田栄祐にしても、継続的に呼ばれるようになってほしいし、そんな選手をどんどん輩出したいね。

小笠原 常に試合に出て活躍して、すべての大会で優勝できる。そんな全部が全部うまくいくような選手はいません。サッカーの世界はそんなに甘くはない。だけど、時には成功体験も大事だと思うので、いろいろな経験を積みながら成功体験もつかんで、育成年代の選手たちはその能力をグッと伸ばしてほしいな、という思いがあります。

柳沢 僕たちは、未来のアントラーズの主役となり、なおかつ日本代表を引っ張っていけるような選手を育てていけるようにしたいね。

小笠原 そこが目標ですね。ファン・サポーターの皆さんには、未来のアントラーズの選手たちとなるアカデミーの子たちを見守ってもらうことで、選手たちの刺激になるし本気度も上がる。トップに昇格したときの楽しみにもつなげてもらえればと思います。

柳沢 この「アカデミーサポートクラブ」に加入すれば、その情報を得ることができるんだよね。

小笠原 そうですね。まずこうやってトップを目指すアカデミーの選手たちを知ってもらえる機会ができたということがありがたいですよね。土日はトップチームの試合と重なることも多いので、動画配信もあるので実際のプレーをチェックしてもらって、彼らの成長する姿をぜひ見てもらえればと思います。

柳沢 とてもありがたい機会をいただいたので、これを機にいろいろな方々にアントラーズアカデミーをもっと知ってもらって、より応援してもらいながらいい選手を育てていければと思います。世界的にもアカデミー出身の選手が数多く輩出されているなか、鹿島でも同じようにトップチームへ輩出していきたいし、ファン・サポーターの皆さんには「アカデミーサポートクラブ」を通じて選手たちの成長の過程を見守ってもらいながら、ともに育てて成長を応援していただけるとうれしいです。


「2023アカデミーサポートクラブ」会員募集中!


会費:5,000円(税込)
会員有効期間:2023年1月1日(日・祝)~12月31日(日)
※SÓCIO、シーズンチケット、フリークス、ジュニアの各カテゴリーと掛け持ちでご入会いただけます。






◆【鹿島】アカデミーサポートクラブ創設に寄せて。柳沢敦ユース監督と小笠原満男TAが語り合う“育成年代”での大切なこと(サッカーマガジン)





2022年10月11日火曜日

◆【私のベスト11】ルーキー開幕スタメン開始3分弾、10代2桁得点達成/新人王受賞選手(ニッカン)






<私のベスト11/新人王受賞選手編>

11月7日に行われるJリーグアウォーズも近づき、今回は過去にベストヤングプレーヤー賞を受賞したイレブンでチームを構成した。

GKは川口能活で決まり。当時日本代表でもあった松永成立からポジションを奪った活躍は記憶に残る。

DFは坪井慶介、中沢佑二、那須大介の3人。

坪井は新人ながらフェアプレー賞も受賞するなどクレバーな守備とスピードが魅力の選手でした。

MFは柴崎岳、田中碧、小野伸二、小川佳純、荒木遼太郎の5人。

柴崎は中盤の底からでも出せる正確なロングボール。そして丁寧なボールタッチで中盤を支配できる展開力などを評価。

右サイドの小川はストイコビッチ監督の申し子と言っていいほどマッチ。11得点11アシストの活躍でベストイレブンとのダブル受賞の活躍でした。

トップ下には昨年受賞した荒木。選手層が厚い鹿島で2年目の10代選手がスタメンで躍動。城彰二以来10代選手2桁得点を達成し、7アシストと味方を生かすプレーも得意な選手。

FWは渡辺千真、柳沢敦の2人。

渡辺はルーキー開幕スタメン開始3分で初ゴール。その後も勢いは止まらず、13得点で新人最多得点記録を更新。得点力の高さはルーキーイヤーから発揮していました。

システムは3-5-2。

▽GK
川口能活(95年=横浜)

▽DF
坪井慶介(02年=浦和)
中沢佑二(99年=V川崎)
那須大亮(03年=横浜)

▽MF
柴崎岳(12年=鹿島)
田中碧(19年=川崎)
小野伸二(98年=浦和)
小川佳純(08年=名古屋)
荒木遼太郎(21年=鹿島)

▽FW
渡辺千真(09年=横浜)
柳沢敦(97年=鹿島)

【佐藤槙哉】





◆【私のベスト11】ルーキー開幕スタメン開始3分弾、10代2桁得点達成/新人王受賞選手(ニッカン)


2022年5月11日水曜日

◆【富山】ジーコ氏が監修 射水にサッカースクール 10月開校「人を育てたい」(中日新聞)






 サッカーの元ブラジル代表で日本代表監督も務めたジーコ氏(69)=鹿島アントラーズクラブアドバイザー=が監修するサッカースクールが十月に富山県射水市フットボールセンターなどを拠点に日本で初めて開校する。ジーコ氏が十日、四月にオープンしたセンターを訪れて発表した。(武田寛史、写真も)

 スクールは国籍を問わず五歳から高校生までを対象にし、ジーコ氏の現役時代の背番号「10」にちなんで「ジーコ10」を冠したスクール名にする方向で準備している。

 同県高岡市で人材派遣会社「湯川人材サービス」を経営するブラジル出身の湯川ルシレーネさん(53)が国籍を超えたサッカースクールを開校したいと考え、ブラジルで多くのスクールを開いているジーコ氏の息子に相談したのがきっかけ。スクールはジーコ氏の息子らが運営し、湯川さんが協力する。

 ジーコ氏は取材に「技術だけでなく、人を育てるスクールにしたい。サッカー人生で学んだことを伝えたい」と強調。センターについて「楽しんでサッカーができるすばらしい場所」と評価した。この日は射水市射北中学校サッカー部員やファンの子どもらとも交流し、「地元の柳沢敦元日本代表を超えるプロ選手を目指してください。頑張ってほしい」と激励した。

 このセンターは日本サッカー協会公認の夜間照明付き人工芝フィールド二面のほか、選手の運動解析などができる人工知能(AI)を使った自動撮影カメラ二台や、全天候型の屋根付きフットサル場、観覧デッキ付きクラブハウスもある。市が約十五億五千七百万円をかけて整備した。

 射水市役所でジーコ氏を歓迎した夏野元志市長は「大きな舞台で活躍する選手の育成とサッカーを楽しむ環境づくりにつなげたい」と期待を込めた。






◆【富山】ジーコ氏が監修 射水にサッカースクール 10月開校「人を育てたい」(中日新聞)





2021年12月28日火曜日

◆内田篤人氏、柳沢敦氏、中田浩二氏…鹿島OBがスペシャルマッチに登場(ニッカン)






鹿島アントラーズは26日、茨城・カシマスタジアムでアカデミー生と鹿島OB選手によるスペシャルマッチを開催した。

この試合は、鹿嶋市とのタッグで育成組織専用の練習場新設のため、3億円を目標額にしたふるさと納税型のクラウドファンディングの返礼品。最終的に総額2億4513万8000円が集まった。

30分制で5試合が行われ、第4試合はU-16とOBチームが対戦。サッカー解説でも活躍中の内田篤人氏(33)も出場し、グラウンドを軽快に駆け上がり、現役さながらのオーバーラップで見せ場をつくった。

第3試合まではアカデミー生に押されていたが、この試合では現役の染野唯月(20)、鈴木隆行氏(45)が立て続けにゴールを決めた。

U-18との最終試合では、ユース監督の柳沢敦氏(44)、現役の上田綺世(23)が出場。鹿島が誇る新旧FWがそろって楽しませた。

全試合終了後、代表してユース監督を務める柳沢氏があいさつ。「昨日、新しいアカデミーフィールドが完成し、竣工(しゅんこう)式を無事滞りなく行うことができました。そのグラウンドから、今日プレーしてくれたアカデミーの選手たちが血のにじむような努力を重ねて、将来のアントラーズの主役になるような選手たちをそこから輩出できるように、アカデミースタッフ、またクラブ一丸となって頑張って参りたいと思います」。この日は、秋田豊氏(51)や鹿島でテクニカルアドバイザーを務める小笠原満男(42)氏、クラブリレーションズオフィサーの中田浩二氏(42)ら名だたるレジェンドOBが懸命にプレーし、感謝の思いを伝えた。




◆内田篤人氏、柳沢敦氏、中田浩二氏…鹿島OBがスペシャルマッチに登場(ニッカン)




2021年8月16日月曜日

◆【データが語る】鹿島荒木遼太郎、中田英寿超え「吉兆」10代10発3位(ニッカン)






<明治安田生命J1:鹿島3-0徳島>◇第24節◇15日◇カシマ

鹿島アントラーズの高卒2年目、19歳のMF荒木遼太郎が、2ゴールを挙げてJ1通算10得点に到達した。

19歳6カ月17日での10ゴール達成は、FW宇佐美貴史(G大阪)の19歳1カ月26日、FW城彰二(市原)の19歳2カ月2日に次ぐ歴代3位の年少記録。MF中田英寿(平塚)がマークした19歳7カ月6日を抜いた。

東福岡高から加入した1年目の昨季は26試合に出場し2得点をマーク。今季も開幕から出場機会を得てチーム最多の8ゴールとした。鹿島では背番号13の先輩FW柳沢敦の20歳2カ月20日というクラブ最年少到達記録を塗り替えた。

10代でJ1通算2桁得点は史上7人目。過去6人の達成者うち5人が日本代表としてワールドカップ(W杯)に出場。しかも欧州4大リーグのいずれかでプレー経験があるという「吉兆」の快記録だ。

〈J1通算10ゴール到達の年少記録〉

宇佐美貴史(G大阪)19歳1カ月26日

城  彰二(市 原)19歳2カ月0日

荒木遼太郎(鹿島)19歳6カ月17日

中田 英寿(平 塚)19歳7カ月6日

小野 伸二(浦 和)19歳7カ月18日

松波 正信(G大阪)19歳8カ月30日

稲本 潤一(G大阪)19歳11カ月28日

小川慶治朗(神 戸)20歳2カ月1日

鎌田 大地(鳥 栖)20歳2カ月17日

柳沢  敦(鹿 島)20歳2カ月20日

中村 俊輔(横 浜)20歳2カ月26日

最年少の19歳1カ月でJ1通算10ゴールに到達したFW宇佐美はブンデスリーガの強豪バイエルン・ミュンヘンでプレーし、18年W杯ロシア大会に出場。続く19歳2カ月で達成したFW城は98年W杯フランス大会にエースとして出場し、その後は日本人として初めてスペイン1部リーグ(バリャドリード)でゴールを決めた。

「黄金世代」と呼ばれたMF中田、小野、稲本は02年W杯日韓大会で日本初の16強進出の原動力となり、中田はセリエA、プレミア、小野はオランダ、ブンデス、稲本はプレミア、ブンデスなどでも活躍した。

日本代表MF鎌田大地は10代で10ゴールを逃したものの、鳥栖で20歳2カ月の若さで達成。現在はブンデスリーガのアイントラハト・フランクフルトで主力としてチームの攻撃をけん引する。

J1レベルで若いうちに高い決定力を示した選手はステップアップを遂げるケースが多いだけに、常勝鹿島の19歳アタッカーの今後にも期待がふくらむ。





2021年8月1日日曜日

◆柳澤敦監督率いる鹿島ユースは、菊池快の2ゴールでタフな激闘を制して準決勝へ!(ゲキサカ)






[7.31 日本クラブユースサッカー選手権U-18大会準々決勝 京都U-18 1-2 鹿島ユース ロード宮城総合運動場陸上競技場]

 一進一退の攻防を制したのは、元日本代表FW柳澤敦監督率いる鹿島アントラーズユース(関東6)だった。

 31日、第45回日本クラブユース選手権(U-18)大会の準々決勝。群馬県の宮城総合運動場陸上競技場で行われた鹿島ユースと京都サンガF.C.U-18(関西2)の試合は、激しい競り合いが連続するタフなゲームとなった。

「相手は前からかなり(プレスに)来るチームで、僕らも前線から守備に行くチームなので、同じような特長があると感じていた」(鹿島ユースFW菊池快)

 負けたら終わりの一発勝負。グラウンド状態もそれほど良くないことを思えば、お互いに相手のプレッシングを避けてロングボールを蹴り込む展開が増えていくのは必然だった。「まずはシンプルに、失点をしないようにしよう」(柳澤監督)という指示も出ており、互いに予想の範囲内の展開だったが、「もう少し自分たちの流れに持って行きたかったし、チャンスを作りたかった」と指揮官が振り返ったとおり、チャンスらしいチャンスが生まれぬまま試合時間が流れていった。

 そんな試合が動いたのは前半の30分だった。DF小林栞太(3年)のクロスから菊池快(3年)がストライカーらしくニアへと突っ込んでのヘディングシュートを突き刺す。「感覚で動き出した」というエースの一発は、「前半はあれしかチャンスがなかった」(柳澤監督)中で生まれた値千金の先制弾だった。

 だが、京都U-18もこのまま終わるようなチームではない。前半終了間際にMF遠山悠希(3年)のドリブルシュートで好機を作ると、ハーフタイムにはFW勝島新之助(3年)、DF植田悠太(2年)の2枚を投入。年代別日本代表経験を持つ二人の実力者が見せる意欲的なプレーが加わり、京都U-18が試合の流れを一気に引き戻す。

 セットプレーから相手ゴールに迫るチャンスを作り始めた後半8分には、FKがこぼれた流れからDF大坪謙也(3年)が左足ボレーシュートを鮮やかに突き刺し、試合を振り出しに戻す。直後の11分にも大坪がCKから決定的なヘディングシュートを放つなど、勝敗の天秤は京都U-18に傾きつつあるかに見えた。

 しかし、柳澤監督が「このチームは本当に失点したあとすぐにまた失点してしまうということが多く、口酸っぱくその点を選手たちに言い続けてきた。でも今日は、相手の勢いがある中で違う姿を見せてくれた」と選手たちの成長ぶりを称えたとおり、GK高橋楓(3年)を中心によく声を掛け合って立て直した。

 そして逆に一刺しを相手ゴールへと突き立てる。後半13分、MF淵上涼太(3年)の右足シュートを京都U-18のGK岡田修樹(3年)がセーブした直後のプレーだった。「あそこで淵上なら(シュートを)打つと思ったので」と抜け目なく狙っていたストライカーがいた。ワンタッチで菊池が押し込み、2―1。鹿島ユースが再度勝ち越しに成功する。

 このあとはゴールへの意欲をみなぎらせる勝島を軸に反撃する京都U-18に対し、鹿島ユースが一丸の守備で対抗する流れ。京都U-18は退場者を出しながらも最後まで諦めない姿勢を見せたが、鹿島ユースは伝統どおりの体を張った守備を全員が見せる。次々と訪れたセットプレーのピンチも耐え切り、2-1のスコアを維持。昨冬に行われた前回大会に続く4強進出を果たした。

「前回はこの準決勝で負けているので、選手たちにはそのリベンジという思いがある」と柳澤監督。まずはその準決勝、そして「その先にはもちろん、日本一」(同監督)も見据えている。

(取材・文 川端暁彦)



2021年5月16日日曜日

◆柳沢敦、大迫勇也、鈴木優磨「鹿島産FW選手の流儀」とは?(FOOTBALL TRIBE)





J1リーグ8回、天皇杯5回、Jリーグカップ6回、AFCチャンピオンズリーグ1回の主要タイトル20冠を獲得してきた常勝・鹿島アントラーズが完全復調の気配だ。

昨年に続く2年連続の開幕からの成績不振が続いた4月14日、アントニオ・カルロス・ザーゴ前監督を解任し、クラブOBの相馬直樹コーチが昇格。元日本代表の左SBにしてクラブの“レジェンド”である相馬新監督の下、J1リーグは5試合で4勝1分無敗。YBCルヴァンカップも1勝2分無敗。流れは完全に変わった。

鹿島はJリーグ創設元年の第1ステージ(サントリーシリーズ)で優勝以来、強豪の地位を確立し続けてきた。接戦を勝利で締め括る勝負強さを指して「鹿島る」という造語が生まれるほどだ。




常勝・鹿島を支える2トップ


鹿島の黄金期はJリーグ創設から世界的名手のジーコやジョルジーニョ、レオナルドが在籍した1998年頃まで、トニーニョ・セレーゾ監督の就任初年度で3冠を達成した2000年~2002年頃、オズワルド・オリベイラ監督就任からリーグ3連覇を含む5年連続主要タイトルを獲得した2007~2011年頃(2012年にもJリーグヤマザキナビスコ制覇で6年連続タイトル獲得)、7年ぶりのJ1制覇を達成した2016年~初のアジア制覇となった2018年頃までの4回ほどに分かれている。創設29年目のJリーグに置いて、すでに黄金期を4度迎えているのだから「1人勝ち状態」である。

もちろん、世代交代を必要とする主力の入れ替えの時期にタイトルから遠ざかる時期はあったものの、無冠期間は2003年から2006年までの4年間が最長だ。その期間は日本人選手が初めて欧州各国リーグへ移籍する流れが出来始めた頃で、鹿島の場合もその影響が強かったと考えられる。

全てを勝ち取って来た鹿島だが、実は鹿島に在籍した選手で得点王を獲得したのは、2008年に21得点を挙げたマルキーニョスただ1人である。

そのマルキーニョスが歴代フォワード(FW)陣の中でも最も守備に運動量を割いたハードワーカーだった事が象徴しているように、鹿島のFWには攻守に渡って運動量を要求される。その負担が個人としての得点量産にはあまり繋がらず、得点王どころか1シーズンで15得点を越える選手も少ない傾向にあるのだろう。実際、鹿島でのマルキーニョスは得点王を獲得したシーズン以外は15得点以下に終わっている。

鹿島の日本人FWは日本代表の主力に抜擢されるケースが多い。しかし、J1で2桁ゴールを記録した回数は、柳沢敦(現鹿島ユース監督)が2回(後に京都サンガ時代に1回)、大迫勇也(現ブレーメン・ドイツ)も1回である。2002年の日韓W杯の開幕戦でベルギー相手に貴重なゴールを決めた鈴木隆行氏にいたっては、キャリアを通してJ1通算17得点のみに終わっている。





日本人に大きな影響を与えたマジーニョ&マルキーニョス


鹿島は伝統的に2トップを採用し「外国人+日本人」の構成をしてきた。日本人の選手を育成しながらチームの強化を図る策は、サッカー発展途上国であった日本にとっては理想的な強化策だ。

「アルシンド&黒崎久志(長谷川祥之)」「マジーニョ&柳沢」「柳沢&鈴木」「マルキーニョス&興梠慎三(田代有三)」「金崎夢生(現・名古屋グランパス)&土居聖真」は、クラブの歴史に残る2トップだ。

特に後続の選手にまで影響を与えた印象の強いFWとしては、マジーニョ(1995~2000年に在籍)とマルキーニョス(2007~2010年に在籍)の両ブラジル人が挙げられる。特にJリーグの多くのクラブに在籍し、鹿島が来日7年目で5チーム目だったマルキーニョスの影響は、共にプレーした当時の若手であった興梠や田代、大迫にまで強烈な影響を与えている。

また、鹿島だけに限らず日本人のFW選手に「誰をFWとして参考にしていますか?」との問いで最も名前が上がる柳沢は、「マジーニョから受けた影響が強い」と語る。地味ながらもFWがチーム全体を助けるキープ力や攻撃の起点となる動き出しの数々は、マジーニョから伝統的に伝わる「鹿島産FWの流儀」になっている。

マジーニョ退団後は柳沢と鈴木による日本代表2トップが誕生し、マルキーニョスの退団前後にも興梠や田代、大迫という3人の代表FWを続けて輩出している事も、このブラジル人FW2人の影響力の大きさを感じさせる。また、金崎も欧州移籍を経験した「海外組」であったため、彼の存在も若手には大きな影響力があっただろう。

そうは言っても、2トップが2人とも生粋のFWだった時代とは異なり、以前とは運用形態には時代によって変化はある。セレーゾ体制第2政権となった2013年頃からは、主力を張るMF土居が2トップの1角に入っている。スポーツ専門チャンネルだけでなく、NHKでの中継でも土居は1.5列目に表記されて紹介されている。本人はちょっと嬉しいのではないか?





鹿島産FW動き出しの優先順位


そんな鹿島のFWの動き出しには特徴がある。特徴があるというより優先順位があって、相手や試合展開を見ながら的確に動き出しを行っている。以下にそれを優先順位で整理したい。

【鹿島産FWの動き出しのルーティーン】
1.クサビとなる縦パスを受ける。
2.中盤に引いてシンプルにボールを捌く。
3.サイドに開いて起点となる。
4.サイドに開いたポジションから裏のスペースへ抜ける

カウンターや速攻時には相手DFライン裏へ抜ける事を優先するが、基本的にはまずは①最前線でパスを受ける事を模索し、クサビとなる縦パスを足下で受けてワンツーの的や自ら攻撃の起点になろうとする。そこでパスを受けられなかった場合、次は、②中盤へ降りてワンタッチやツータッチでシンプルにボールを捌く。

それでもボールを受けられなかった場合は、③サイドへ開いて足下へ受け、味方が攻めあがるタメを作るため、あるいはサイド攻撃で数的優位を作る仕掛けに関与する。

そこでも受けれなかった場合は、④サイドに開いたポジションから相手DF裏へのスペースへ走り込む。すでに自分がいったん中盤へ引いてからサイドに開く動きをしているため、相手DFライン裏にはたいていスペースが拡がっているからだ。そのためスペースを自ら作る予備動作は必要がない効率の良さが際立っている。と言うよりも、通常の動きが全てスペースを作るための予備動作となるよう、その動き出しの順番や組み合わせに一切の無駄がない抜け目のない動き方が備わっているのだ。

ちなみに④の動きをしてもボールが来なかった場合は、オフサイドラインに入ってしまうのだが、オンサイドに戻った場合に次は、①のクサビのパスを受ける動きに戻りやすくなる。

以上の①~④を順番に繰り返し、④が終わると①に戻る。

    


完成形の万能型・大迫勇也


また、鹿島はチームとしてカウンター攻撃を必殺の武器として常備しているため、FWには水準以上のスピードは必要不可欠だ。2011年に大型補強で注目を集めたブラジル人FWカルロンを始めとした典型的なポストプレイヤ    ーはフィットできないのは歴史が証明しており、田代や長谷川のようなストロングヘッダーでもスピードは兼備している。

「FWも11人の1人」としての守備参加はもちろん、組織的な攻撃の一部として機能性を求められるのはサッカーという競技が進めば進むほどに、その度合いは増している。全員守備が当たり前の現代サッカーだが、鹿島はFWも組織的な守備戦術に組み込んだ日本では最初のチームだろう。鹿島の戦術は先進性があるようには見えないが、FWの守備タスクに関しては時代を先取りしていたように見える。

鹿島産FWは動き出しに鋭さがあり、相手との駆け引きに優れている。自らの得点はそれほどでもない。でも代表クラスのFWは輩出していて、何よりチームは歴代で考えると他クラブに比類なき強さを見せている。鹿島産FWは「得点」を奪う事よりも、「勝点」を奪う事に長けている。

2列目の選手が欧州クラブに高く評価される日本では、FW以上に得点力のある彼等を活かすことが求められる。ポストプレーに長けて万能型の大迫はまさに日本代表の軸となる鹿島産FWだ。





柳沢敦+鈴木隆行=異端児・鈴木優磨


ところが、近年になって異端児が現れた。今季ベルギーで17得点と量産したFW鈴木優磨(現シント・トロイデン)だ。

鹿島のアカデミー出身で“純鹿島産”なのだが、得点に特化したような生粋のFWであるため鹿島のトップチームでは異端児だった。それゆえにスーパーサブ起用が多かった。しかし、動き出しや身体を張れる部分に着目すると柳沢敦と鈴木隆行が組み合わさったような選手で、それを1人でこなせるFWである。今夏に欧州のトップリーグ移籍が注目されているが、高次元のリーグでどう適応するのか?それとも貫くのか?楽しみだ。

昨季後半戦に巻き返した鹿島は、2トップの存在が頼もしかった。

東京五輪代表の上田綺世は大学経由のアカデミー出身。柳沢のように動き出しが鋭く駆け引きも巧みだが、鈴木優磨のように得点に特化した点取り屋タイプでもある。昨季18ゴールを挙げてJリーグのベストイレブンに選出されたブラジル人FWエヴェラウドはハードワークとサイドMF起用にも応えられる万能型。鈴木優磨や上田よりも、実は彼の方が“純鹿島産FW”に近いのが面白い。

今季は彼等2人が怪我などで揃わないことが多く、開幕からの不振の要因だったのは間違いない。1.5列目で輝く荒木遼太郎、最前線でも引いた位置でも輝く染野唯月は共に19歳。ポジション“土居”の後継者となれそうなだけに、全員が揃った状態でクラブOBの相馬監督がどういった起用法や若手の抜擢を考えているのか楽しみだ。




◆柳沢敦、大迫勇也、鈴木優磨「鹿島産FW選手の流儀」とは?(FOOTBALL TRIBE)


2021年3月23日火曜日

◆「自分が絶対チームを勝たせたい」の気持ち表現した鹿島ユースの2年生CB梅津龍之介(ゲキサカ)






 鹿島アントラーズユースは、Jクラブユースと高体連の強豪12チームが争ったサニックス杯ユースサッカー大会2021(福岡)で準優勝。CB梅津龍之介(新2年=鹿島アントラーズジュニアユース出身)はディフェンス面での奮闘に加え、山梨学院高(山梨)戦と東福岡高(福岡)戦で2試合連続ゴールを奪う活躍を見せた。
 
 特に東福岡戦のゴールは後半終了間際の劇的な決勝弾。MF小林栞太(新3年)のクロスを跳躍しながらの右足ダイレクトシュートでゴールへ押し込んだ。「『自分が絶対チームを勝たせたい』とこのサニックス杯は意識していたので。『2年生の自分が、3年生も引っ張っていかないといけない』と思っていた」という新2年生のCBは両手を広げて歓喜を爆発。強い思いでチームを勝利へ導いた。

 この試合では、1-1の試合終盤にCBの位置から果敢にドリブルで攻め上がるシーンも。「自分は守備の人間なんですけれども、元々は攻撃の人間だったので。前の選手も足が止まってきていた状況の中で、声というより身体で見せていかないといけない」。個で止めきれなかったシーンがあったことも確か。だが、3位に入った昨年のクラブユース選手権で先発も経験しているCBは、能力の高さと“アントラーズ・スピリッツ”の強さを印象づけた。

「去年のクラブユースの全国大会でもCBでやらせてもらっていて、高いレベルの中でもやれているなという感覚が自分の中であるので、2年目は自分だけでなくて周りも引っ張っていくことを(柳沢)監督からも言われているので、それは意識しています」。破壊力のある動きを見せていた右SB今井啓太ら他の新2年生とともに、チームを押し上げて行く。

 柳沢敦新監督や小笠原満男テクニカルアドバイザーは「ワールドカップのこととか凄く教えてくれる」という。タフに戦うこと、苦しい姿を見せないこと、焦れないことを学んだ。加えて新体制となった今季からはより攻撃面のビルドアップや横の揺さぶりにも注力しているという。ユースチームに昇格してから本格的にCBをスタートした梅津だが、攻守両面で進化。また、甘さがあったというメンタリティーの部分でも成長を続けてきている。

「スタッフのためにも戦っていかないといけない。(自分は)守備の人間ですけれども、CBから攻撃が始まって、CBから守備が始まるような。全部自分中心という訳じゃないですけれども自分が全部動かしてやるような、誰にも似ていないようなCBになりたいです」

 福島県出身。家族の支えもあって「日本一のクラブだと思っている」鹿島で挑戦中の梅津がレジェンドたちから多くを吸収し、「誰にも似ていないようなCB」「アントラーズを勝たせるCB」になる。


(取材・文 吉田太郎)




◆「自分が絶対チームを勝たせたい」の気持ち表現した鹿島ユースの2年生CB梅津龍之介(ゲキサカ)





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