日刊鹿島アントラーズニュース

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2016年9月24日土曜日

◆岩政大樹の凱旋は見られなかったけれど 天皇杯漫遊記2016 鹿島vs.岡山(Sportsnavi)


http://sports.yahoo.co.jp/column/detail/201609230001-spnavi

「5291人」という入場者数をどう見るか?

久々に訪れたカシマスタジアムは雨模様。前景のジーコの像も少し寂しそう

 台風16号はすでに温帯低気圧となって列島から去ったものの、北海道以外は全国的に雨に見舞われた22日の秋分の日。この日、各地で天皇杯3回戦が行われた。今回、私が選んだのは、茨城県立カシマサッカースタジアムで15時キックオフの鹿島アントラーズ(J1)対ファジアーノ岡山(J2)。久々に東京駅から出る高速バスに乗って、車窓に打ち付ける激しい雨とタイヤが放つ水しぶきを眺めながら、無事に目的地に到着することをひたすら祈った。

 さて、今回のカードに触れる前に、まずは9月6日と7日に行われた2回戦について振り返ることにしたい。ちょうど代表戦とバッティングしていたので、残念ながら私は試合結果しか知らない。その後、J2のレノファ山口がJ1のアビスパ福岡に対し、PK戦の末に劇的な勝利を収めた映像を録画で見て、何とも口惜しい気分になった。この試合以外にも、6日にはJFLのHonda FC(静岡)がJ2の松本山雅を、そしてJ3の長野パルセイロがJ1の名古屋グランパスをそれぞれ破るアップセットを演じている。この3回戦では、カップ戦の醍醐味(だいごみ)を感じさせる試合が、どれだけ見られるだろうか。

 キックオフ90分前、バスは無事にカシマスタジアムに到着。運転手と係員が「お客さん、どんな感じ?」「意外とチケット、売れているみたいです」といったやりとりをしているのが聞こえる。のちに発表された公式記録によれば、この日の入場者数は5291人。3回戦12試合の中では4番目に多い。もちろん普段のリーグ戦には遠く及ばないが、カードと天候を考慮するなら決して悪くない数字だと思う。思うに、鹿島サポーターのロイヤリティー(忠誠心)もさることながら、岩政大樹の帰還を期待するファンも少なくなかったのではないか。

 2004年の入団以来、10シーズンにわたり鹿島の守備の要(かなめ)として活躍した岩政は、13年に自らの意思で退団。その後、タイ・プレミアリーグのBECテロ・サーサナを経て、15年からは「岡山の岩政」となった。今季は1試合を除いて、リーグ戦ではすべての試合にスタメン・フル出場しているが、この日は何とベンチ外。岡山としては、J1昇格が懸かる残りのリーグ戦を考慮して、ディフェンスリーダーの温存を選択したのだろう。いささか残念ではあるが、この時期の天皇杯では「想定内」と割り切るしかないだろう。

「将来、日本一のクラブになること」を目指す岡山

 試合前、メディアセンターで鹿島の公式サイトを覗いてみる。トップページの目立つところに「25TH ANNIVERSARY」として、クラブ創設25周年記念誌のバナーが貼られてあった。「そうか、もう四半世紀なのか」と、少しばかり感慨を覚える。Jリーグ開幕の1993年に加盟した10クラブ、通称「オリジナル10」。その多くが今年25周年の節目を迎える中、鹿島は今も「最も成功したクラブ」としての歩みを続けている。

 たとえば、この日のメンバーリスト。スタッフは石井正忠監督をはじめ、大岩剛コーチ、古川昌明GKコーチ、いずれも鹿島のOBで占められている。一方、ベンチ入りしている若手選手の3人(鈴木優磨、大橋尚志、平戸太貴)は、鹿島ユースの出身。Jクラブ最多のタイトル数や地域密着の度合いもさることながら、こうした人材の循環がしっかりできているのも、鹿島が名門たるゆえんと言えるだろう。

 そんな鹿島に遅れること12年後、03年に設立された岡山は、06年に木村正明氏を社長に迎えて以降は目覚ましい発展を遂げたことで知られる。当初は中国リーグ所属であったが、07年に全国地域リーグ決勝大会を突破すると、わずか2年でJ2に到達。その後、成績面で苦戦することもあったが、10年先、20年先を見据えた木村社長のクラブづくりは、収入面でも集客面でも着実に実を結んで今に至っている。

 クラブスローガンである「Challenge(チャレンジ)1」は、ホームゲームの平均入場者数1万人を目指したものだが、「J1に相応しいクラブとなるための1万人」というのが本質的な狙いだ。もっとも、単にJ1に昇格することだけが、クラブの目指すところではない。むしろ木村社長は「いついつまでにJ1へ」という発言を、これまでずっと控えてきたくらいだ。その理由について、岡山の名物社長はこう語る。

「もちろん目の前の試合には勝ちたいし、1年でも早くJ1に行きたいのは選手もスタッフもサポーターも、みんな一緒だと思うんですよ。では、なぜそれを言わないのかというと、当たり前の目標だからです。それに、われわれが目指すのは『J1クラブになること』よりも『将来、日本一のクラブになること』だと思っています。当然、強いチームでありたいし、入場者数でもファンクラブの会員数でも、すべてにおいて日本一でありたい」

「日本一のクラブ」を目指すという意味では、今回初めて公式戦で対戦する鹿島もまた、ロールモデルのひとつとなっているはずだ。J2第32節までを終え、J1昇格プレーオフ圏内の5位につけている岡山。果たして、今季のJ1ファーストステージ優勝チームに対して、どこまで自らの存在感を示すことができるだろうか。

鹿島の不安定な守備を突いて岡山が先制!

ゴール裏を埋め尽くす鹿島のサポーター。この日、岩政の凱旋は実現せず

 この日の岡山は、前述のとおり岩政はベンチ外となったが、鹿島で3シーズンプレーして岡山に期限付き移籍している豊川雄太がスタメン出場となった。直近のリーグ戦に続いてスタメン出場しているのは、ゲームキャプテンの竹田忠嗣と片山瑛一の2名のみ。対する鹿島は、昌子源から植田直通に代わった以外、5日前のリーグ戦とまったく同じメンバーである。ちなみに豊川と植田は、熊本県立大津高校の同期で、共に13年に鹿島に入団。この天皇杯という舞台で、久々にマッチアップできるのは互いに望むところであろう。なおこの試合では、日本代表のヴァイッド・ハリルホジッチ監督が、鹿島の金崎夢生を視察するために訪れていた。

 試合前から降り続く雨は、その後も止むこと無く、風にあおられて霧のような状態となっていた。足元がスリッピーな上に雨が目に入り、ピッチに立つ選手はかなりやりづらいコンディションだったはずだ。そんな中、3バックの岡山は格上の鹿島が相手ということもあり、両ウイングが最終ラインに吸収されて5バックになる時間帯が続いた。ただし、鹿島が圧倒しているかといえば、決してそんなことはない。むしろ岡山の素早い寄せとスペースを正確に埋める動きに戸惑い、パスの送り先を探るようなプレーばかりが目につく。

 一方、守備についても前半の鹿島は不安定であった。特にこの日、センターバック(CB)でコンビを組んだ植田とブエノは、今季のリーグ戦で一緒にプレーしたのはわずかに2試合(うち1試合は11分)。コンビネーションに難があるのは明らかな上に、石井監督が期待していた「(CBからの)ビルドアップと素早い展開」もなかなか見られない。そうこうするうちに12分、豊川にボールを奪われたブエノがペナルティーエリアで相手を倒してしまう。幸い、主審の判定はノーホイッスルであったが、鹿島にとってはヒヤリとさせられたシーンであった。

 その10分後の前半22分、ついに岡山のカウンターが均衡を破る。DFキム・ジンギュからのロングパスを受けた藤本佳希がドリブルで加速。マーカーのブエノを巧みにかわし、そのまま左足を振り切ってゴール右隅に突き刺す。何と、アウェーで格下の岡山が先制! しかし、その後も挑戦者は気を緩めることはなかった。前線からの積極的なプレス、そしてバイタルエリアでの身体を張った守備が奏功し、前半の相手のシュート数をわずか2本に抑えた。あまりの不甲斐ない展開に、前半終了後、鹿島のゴール裏からブーイングが発せられたのも当然といえよう。

「試合に出なくて、少しホッとしているところもあります」

試合後のインタビューに応える鹿島の石井監督。その表情は安堵感でいっぱい

 後半、鹿島はすぐにテコ入れをしてきた。まず、前線であまり機能しなかった赤崎秀平に代わって、若い鈴木を投入。併せて「サイドチェンジの意識を高く持って、相手を揺さぶる」(石井監督)ことを徹底させた。ピッチコンディションの悪さを考えるなら、ロングボールによる揺さぶりは確かに有効だった。これに対して岡山は、自陣での粘り強い守備で辛うじて対抗するが、次第に相手の包囲網は狭まってゆく。

 そして後半15分、ついに鹿島が追いつく。混戦からブロックしたボールを、ハーフウエーラインで鈴木が巧みに身体を入れて左サイドにさばき、これを拾った永木亮太が相手のプレスを受ける前にミドルシュートを放つ。当人いわく「相手に当たってコースが変わってラッキー」というシュートは、ループがかった軌道を描いてゴールイン。同点に追いついた鹿島は、その後は慌てることなく老獪にゲームを進め、後半43分には右サイドの展開から相手のオウンゴールを誘って逆転に成功する。ファイナルスコア、2−1。多くの課題を残しながらも、しっかり勝ちきったという意味では、いかにも鹿島らしい勝利であった。

 試合後の会見。岡山の長澤徹監督は「われわれも、こういう(鹿島のような)クラブになりたいという夢を持っている。もっともっと(チーム力を)上げていかなければ」と、相手との彼我の差をかみしめた。天皇杯とは、カテゴリーが上の相手と真剣勝負ができる貴重な場ではある。だが今の岡山にとって、鹿島は単なる憧れではなく、むしろ「自分たちがJ1クラブとなって対戦したい相手」と映っているようだ。今回、あえて岩政をベンチ外としたもの、そのための苦渋の選択だったと思えば合点がいく。加えていえば、この日の岡山のディフェンスラインは、主軸の不在にもかかわらずよく健闘したとも思う。

 カシマスタジアムから東京駅に戻るバスの中でPCを開く。すると、試合終了直後に岩政が自身のブログを更新していた。以下、個人的に気になった箇所を引用する。

「この試合を私も楽しみにしていたことは隠せません。(中略)試合に出なくて、少しホッとしているところもあります。やはりまだ私の中で、カシマに敵として乗り込み、鹿島を敵として構えるには、覚悟が足りていない気がします。それはやはり、この対戦をJ1に昇格して、J1の舞台で迎えることが、私にとっての目標だったからだと思います」

 いかにも岩政らしい、実直な考え方だと思った。確かにこの日、彼の姿がピッチ上で見られなかったのは残念であった。とはいえ「J1に昇格した」岡山の岩政大樹として相対するほうが、鹿島のサポーターにはより感慨深く、かつてのレジェンドを迎え入れることができるはずだ。岩政の目標が果たされた時には、ぜひまたカシマスタジアムを再訪したいと思う。

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