FOOTBALL PEOPLE 小笠原満男特集号 レジェンドの物語。〜鹿島アント...
初めてブラジルへ行ったのは15歳のときだった。
日本を出て24時間をゆうに超えるフライトを経て、ガレオン空港(当時)に降り立つ。空港を出るやいなや、バスの窓には貧民街の光景が広がった。住居の壁にスプレーで書かれた落書き、公園でサッカーをする裸足の少年たち。これまで見たことのない景色に、驚きを隠せなかった。岩手県盛岡市から出てきた当時中学3年の小笠原満男にとって、大きな衝撃だった。
「中学3年のときにブラジルへ行ったのが、初めての海外遠征だったかな。それこそU-17世界選手権の事前合宿で、ソガ(曽ケ端準)、小野伸二、高原直泰、稲本潤一たちと一緒に。最後の最後でメンバーに選ばれなかったけど、合宿でエクアドルへ行ったりしたのもいい経験になった」
かつて20万人を収容した歴史あるマラカナンスタジアムにも行った。しかも、公式戦の前座試合でU-15日本代表vs.U-15ブラジル代表の試合に出場し、ピッチにも立っている。初めてのブラジルでの経験は、選手としても、いち人間としても、強烈なものだった。
「どんな環境でも自分をベストの状態に持っていくために、順応するのは大事なこと。“日本はこうだ”ではなくて、世界にはいろんな国があるんだよね」
小笠原が大事にした“散歩”。
その後も様々な国への遠征を経験したが、ちょっと時間があればその国を知るために散歩をしたという。
「インドでは裸に裸足の生活をしている人もいたり、ご飯を満足に食べられない人がいたり、家のなかだと暑くて外の方が涼しいから、道路で寝っ転がっている人もいたり。ナイジェリアでは民家に行って、現地の人と話したりした。“郷に入っては郷に従え”ということわざじゃないけど、やっぱり俺はその国を知るということが大事だと思う」
様々な価値観を知ることで、サッカー選手としてだけでなく、いち人間として成長すると確信している。だからこそ、順応をすすめるのだ。
25年ぶり「昔はもっとひどかった」。
今年8月下旬。中学3年の鹿島アントラーズアカデミーの子どもたちとともに、2度目のブラジルへ降り立った。第22回日伯友好カップに出場するアントラーズジュニアユースの3チームに同行するためだ。アカデミー・アドバイザーとしてアントラーズ育成部門の全カテゴリーに対してサポートを行うようになってから、8月上旬の上海遠征に続いて、2度目の海外遠征帯同となる。
25年を経て感じた印象は、「昔はもっとひどかった」ということ。街並みは過去に見たものより、まだきれいになった印象で、時の流れを感じさせた。
今回の滞在は8月25日から9月7日までの14日間。日伯友好カップとは、フラメンゴ、サンパウロ、フルミネンセ、ボタフォゴなど、ブラジルの強豪クラブが参加する、ジーコが創設したブラジル国内においてもっとも大きな中学生年代の大会だ。現役時代、何度も海外遠征を経験した小笠原は、15歳当時に感じたことを思い出した。
タフな状況でも結果を出し続ける。
「海外遠征は、移動が大変だし時差もある。そのなかでも結果を残さないと、メンバーには残れないし、試合にも出られない。タフでたくましく、図太く強く。そうでないとやっていけない。例えばエクアドルでは、高地にも順応しないといけなかった。簡単じゃないなって思ったよね」
旅行ではない。移動して、時差があって、そのなかで試合をする。世界で戦う選手たちは、同じタフな条件を目の前にしながらも結果を出し続けることで上にいく。
「昨年のACL(AFCチャンピオンズリーグ)で優勝したけど、本当にいろんなことがあった。バスで何時間も移動してからサッカーをしないといけない。そういう環境を言い訳にせず、それでもパフォーマンスを出せる人が、トップチームや日本代表で活躍できる。サッカーがうまいだけじゃない。人としての強さを持っていないとやっていけないよね」
“王様”が感じた世界の広さ。
中学3年で海外遠征に参加していた当時、監督やコーチから「絶対に言い訳はするな」と言われ続けたという。
「どんな環境にあっても、いつも良いパフォーマンスを出さないといけない。そこは常に求められていた。その意味で海外遠征はすごくいい経験になる。対戦相手も、日本では対戦できない外国籍選手ばかり。足の長さや体格の違いだったり、ものすごくスピードのある選手、パワーのある選手、技術がある選手、いろんな選手がいる。個だけでなく、ちょっと変わったサッカースタイルのチームとの対戦だったり」
これまで体感したことのない環境は、人に多くの刺激を与える。岩手県で“王様”だった小笠原はこのとき、世界の広さを感じた。
「岩手県の田舎からU-17日本代表候補合宿に行った時点で、静岡とか大阪とか全国各地に“すごい奴らがいる!”って思ったけど、さらに世界へ行くとブラジルをはじめ、ものすごい奴らがたくさんいた。エクアドルもめちゃくちゃうまかったし、強かった。世界にはいろんなチームがあるということを知ることができて、“とにかくこのすごい奴らを目指したい”。素直にそう思った」
「山形、新潟で喜んでいたのに」
アントラーズアカデミーでは、早くてU-11年代で海外遠征を実施している。スペイン、イタリア、韓国、中国に加え、U-15ではブラジル遠征を毎年実施している。対戦相手を見れば、R・マドリー、バルセロナ、A・マドリー、フラメンゴ、フルミネンセ、ニューカッスルなど、世界の強豪クラブの名が並ぶ。2019年は過去最多の年間14回の海外遠征を実施した。この数字は、Jリーグのクラブのなかでも一番の数字だ。
「うらやましいよね。俺が小中学生のときなんて山形遠征、新潟遠征で喜んでいたのに、今では海外のヨーロッパへ行くのはよくあること」
しっかり食べて寝ること。
長時間の移動をともなう遠征において、大事なことは“しっかり食べて寝ること”だと小笠原は言う。
「どんなに暑くても、寒くても、寝られないといけない。現地のごはんが口に合わなくても、機内食でもなんでも自分の体のためにしっかり食べないといけない」
これまで体感したことのない環境は、人に不安も与える。初めての海外遠征に挑戦する子どもたちのなかには、メンタル面のストレスによって、何もないのに顔色が悪くなって体調を崩すことも珍しくない。
「(移動中に)寝られなかったら、映画とかを見るんじゃなくて、目を閉じればいい。それだけでも違うんだから」
体を休めることができなければ、パフォーマンスは落ち、ポジションを失うだけ。これはトップの選手はもちろん、日本代表や海外組の選手たちにとっても同じことだ。
「どんなところでも、きちんと寝て、きちんと食事をとる。これができないと、パフォーマンスは落ちる。そうなれば、やっぱり上にはいけないし、通用しない。それは育成も一緒。そういった考えを今から学ぶのはすごくいいこと」
今もなお、尽きない勝利の追求。
食事、時差、長距離移動。そういったことを言い訳にせず、どんな状況にも順応して、いかに“勝つ”ことができるか。「何事も“経験”するのは大事」と小笠原はよく言う。
「今回のブラジル遠征では、世界のレベルを体感することで多くの刺激を受けて、基準を変えることができた。対戦した選手のなかには、1~2年後にブラジルのトップで活躍する選手が必ず出てくる。それは過去のこの大会を見ても言えること。この刺激を忘れないように、アントラーズアカデミーとして、今後につながるような取り組みをしていきたい」
今回のブラジル遠征で、また1つ新たな視野が広がった。目指すものは、“勝利のために何ができるか”。その追求は、現役時代も今も変わらない。