リベルタドーレス杯の決勝進出に貢献
昨年の8月、ブラジル全国リーグが始まったばかりの頃、サントスはボタフォゴ、コリチーバと共に最も弱いチームの一つと思われていた。財政的に困窮していて、選手の給料も滞りがち、若手中心でスター選手は皆無だったからだ。
下手すればB(2部)落ちの可能性もあると指摘されていたほどだ。だが、安定したプレーで徐々に順位を上げていき、リーグでは7、8位をキープ。それ以上に驚きだったのが、リベルタドーレス杯だ。圧倒的な戦績でグループリーグを首位通過すると、決勝トーナメントでも勝ち上がり、ついに決勝にまでたどり着いた。
DFルーカス・ヴェリッシモ、158センチのベネズエラ人MFジェファルソン・ソテルドとともにその立役者となったのがMFディエゴ・ピトゥカだ。
1月21日、このピトゥカの鹿島アントラーズ移籍が発表された。テクニカル・ディレクターを務めるジーコが獲得を熱望したのである。
昨年の10月あたりからジーコは、ブラジルの選手を日本に一人連れて行こうと考えていた。探していたのは、いろいろなポジションでプレーできる、ユーティリティ性の高い選手だ。ピトゥカにはかなり早い段階から目をつけていた。
左利きで鹿島に不足がちなエネルギッシュさがあり、なによりどのポジションでもプレーできるという点で理想的だった。これまでにSB、CB、ボランチ、攻撃的MFでプレーした経験を持ち、トップで出場したこともある。
ジーコは賢明だ。彼が望んだのはスター選手でも、高額な選手でもない。経験豊富で、確かなプレービジョンを持ち、リーダーにもなれる職人肌の選手。28歳で、最も脂の乗っているプレーヤーだ。
こうして鹿島はまず11月に、サントスに最初のオファーをした。金額は120万ドル(約1億2000万円)。しかし、この値段はあまりにも低すぎると交渉にまでは発展しなかった。
12月19日、鹿島は再び公式のオファーを出す。今度は50%の保有権に150万ドル(約1億5000万円)という内容だった。
この申し出はサントスの興味を引いた。ただこの数日前に、リベルタドーレス杯でグレミオを破り、準決勝に駒を進めていた。すぐにピトゥカを手放すわけにはいかない。そこで、こんな条件を出した。
・ピトゥカの移籍はリベルタドーレス杯が終了した後とする。
・ピトゥカの40%の保有権を持っている(以前彼が所属していた)ボタフォゴに100万ドル(約1000万円)を支払う(残り10%は選手自身が持っている)。
・サントスへの金額は150万ドルではなく160万ドル(約1億6000万円)、支払いは一括払いとする。
鹿島はその条件をすべて飲んだ。しかしその直後に、サントスがオファーを断って来た。リベルタドーレスの準決勝に勝ち進んだことで、南米サッカー連盟から少なくとも200万ドル(約2億円)の報奨金が受け取れること、ヴェリッシモが650万(6億5000万円)でベンフィカに売れたことで財政的に余裕ができ、ピトゥカをすぐに売る必要がなくなったからだ。
今後活躍すれば、もっと高値を付けられる可能性もあるという思惑もあった。おまけに当時の会長(任期は12月31日までだった)オルランド・ロロは、このオファーを委員会にもかけず独断で断っている。さすがにこの対応には鹿島は不快感を示し、一度は全てを白紙に戻したと言われていた。
白紙に戻った契約交渉が再び動き出したワケ
しかし、ここに来て移籍が成立した。それはピトゥカ自身の意向が働いたようだ。彼は移籍問題のプレッシャーを抱えながら、プレーしたくなかった。もし自分を評価してくれているなら、今すぐに移籍をさせてほしいとチームに迫ったようだ。彼はジーコを深く尊敬してもいる。
一方サントスは、1月31日に行なわれる決勝に向けて選手とは良好な関係でいたかった。決勝では心身ともに最高のコンディションでプレーさせたい。もしここで移籍を阻止したら、クラブに不信感を持ち、モチベーションが低下しかねない。そして注目度の高い決勝で酷いピパフォーマンスをしたら、移籍話がなくなる可能性もある。目の前の確実な鹿島のオファーを失いたくない。
皆が納得する解決する解決策は、鹿島が少し多めにサントスに移籍金を払って、交渉を成立させることだった。鹿島は160万ドルより高い値段を払ったようだが、その金額に関しては両クラブとも公にしていない。
サントスのサポーターは、ピトゥカには400万ドル(約4億円)は下らない価値があると思っているので、それ以下で売った事実が知れると抗議が起こる可能性もあるからだ。移籍金の額はわからないが、3年契約で1年延長のオプション付き、ピトゥカの年俸は約3倍近くになる。
ピトゥカは、ボカ・ジュニオルスを3-0で下したリベルタドーレス杯の準決勝・第2レグでは、ピトゥカはこの試合で1ゴール・1アシストの活躍を見せた。
フィジカルが強く、運動量とスピードを兼備。性格は真面目でチームメイトを尊重する。ジーコは振る舞いの正しい頭のいい選手が好きだ。
鹿島は本当に良い選手を獲得したと思う。
文●リカルド・セティオン
翻訳●利根川晶子
【著者プロフィール】
リカルド・セティオン(Ricardo SETYON)/ブラジル・サンパウロ出身のフリージャーナリスト。8か国語を操り、世界のサッカーの生の現場を取材して回る。FIFAの役員も長らく勤め、ジーコ、ドゥンガ、カフーなど元選手の知己も多い。現在はスポーツ運営学、心理学の教授としても大学で教鞭をとる。
◆ジーコが熱望した鹿島加入のMFディエゴ・ピトゥカとは何者か? 一度は破談した移籍交渉がなぜ成立したのか――【現地発】(サッカーダイジェスト)