日刊鹿島アントラーズニュース

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2019年8月14日水曜日

◆松本DF當間建文が岐阜に期限付き移籍「残留に向けて全力を尽くします」(ゲキサカ)



當間建文 Takefumi.Toma


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 FC岐阜は13日、松本山雅FCのDF當間建文の期限付き移籍加入を発表した。期限付き移籍期間は19年8月14日~20年1月31日までで、期間中に松本と対戦するすべての公式戦に出場できないことが併せて発表されている。當間はクラブを通じて「残留に向けて全力を尽くしますので、よろしくお願いします」とコメントしている。

 以下、プロフィール

●DF當間建文
(とうま・たけふみ)
■背番号
50
■生年月日
1989年3月21日(30歳)
■身長/体重
178cm/72kg
■出身地
沖縄県
■経歴
東海大五高-鹿島-栃木-山形-松本




◆松本DF當間建文が岐阜に期限付き移籍「残留に向けて全力を尽くします」(ゲキサカ)





◆最も走ったチーム&選手は…J1第22節の走行距離発表(ゲキサカ)



小泉慶 Kei.Koizumi


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 8月10日、11日に行われたJ1第22節における選手の走行距離などのトラッキングシステムによるデータが発表になった。

 第22節で最も走行距離が長かったチームは北海道コンサドーレ札幌で110.314km、2位は大分トリニータで109.909km、3位はサガン鳥栖で109.530km。逆に最も短かったのは、ベガルタ仙台で100.780kmだった。

 選手別の走行距離では、1位が札幌のMF荒野拓馬で11.747km。2位は浦和レッズのMFエヴェルトンで11.601km、3位はセレッソ大阪のMF水沼宏太で11.569kmだった。

 また、スプリント回数(時速24km/h以上)を見ると、最も多かったチームは札幌で167回、2位は鹿島アントラーズで166回、3位は浦和で156回。選手別では、札幌のMF白井康介の29回が最も多く、2位は札幌のFW鈴木武蔵の28回、3位は鹿島のDF小泉慶の27回だった。

■以下、第22節の各チームの総走行距離
8月10日(土)
札幌(110.314km) 1-1 浦和(105.623km)
清水(104.200km) 1-0 松本(108.962km)
鹿島(106.153km) 2-1 横浜FM(104.330km)
FC東京(104.427km) 1-0 仙台(100.780km)
名古屋(106.668km) 3-0 川崎F(103.502km)
G大阪(105.866km) 1-1 広島(104.011km)
大分(109.909km) 1-1 神戸(106.006km)
8月11日(日)
C大阪(109.132km) 1-2 鳥栖(109.530km)
磐田(106.324km) 2-3 湘南(108.128km)




◆最も走ったチーム&選手は…J1第22節の走行距離発表(ゲキサカ)





◆曹監督パワハラ疑惑に教え子鹿島永木は複雑な胸中(ニッカン)



永木亮太 Ryota.Nagaki


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湘南ベルマーレは13日、コーチングスタッフや選手へのパワーハラスメント疑惑が明らかになった曹貴裁監督(50)についての声明文を公式ホームページに掲載し、同問題に対するJリーグの調査が終了するまで、現場での指揮および指導を控えることを発表した。   

   ◇   ◇   ◇

15年まで湘南に在籍し、川崎F・U-15でも曹貴裁監督(50)の指導を受けた鹿島MF永木亮太(31)は「いろんなところで話が曲がってそうなっちゃっているのかな、と思いたい」と複雑な胸中を明かした。曹監督と会って話をした際の印象は「全然変わっていない」という。ただ、チームを離れて4年たっていることもあり「正直よく分かりません」と困惑した様子だった。


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◆曹監督パワハラ疑惑に教え子鹿島永木は複雑な胸中(ニッカン)





2019年8月13日火曜日

◆南葛SC青木剛 インソール店と二足のわらじの理由(ニッカン)



青木剛 Takeshi.Aoki


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元鹿島アントラーズで、現在は東京都社会人リーグ1部南葛SCでプレーするMF青木剛(36)が今年5月、鹿嶋市内にインソール専門店「アシスタート」(鹿嶋市宮中2029-1)をオープンさせた。自ら店長として店頭に立ち、経営も行っているという。サッカー選手と店のオーナー、「二足のわらじ」生活を送る青木を訪ねた。

◇ ◇ ◇

鹿嶋市役所にほど近い店に入ると、Tシャツ姿の青木が出迎えてくれた。学校の教室より一回りほど小さい店内には、既製品のインソールやスパイクが並ぶ。ここが、青木の“昼の職場”だ。

現役サッカー選手でもある青木が、なぜインソール専門店を構えるに至ったのか。きっかけは、15年前にさかのぼる。

◆地元のインソールメーカー「BMZ」

高卒で鹿島に入団した青木を悩ませたのはケガだった。度重なる捻挫と、プレーできないほどの腰痛が、プロキャリアを歩み始めたばかりの若武者を襲った。「今思えば、足元の環境が良くなかった」と当人は振り返る。

そんな折、地元群馬の知人に紹介されたのが、群馬に拠点を構えるインソールメーカー「BMZ」だった。04年ごろから同社のインソールを着用し始めると、繰り返していたケガがうそのように減っていった。以来大きなケガをすることなく、36歳の現在まで現役生活を続けている青木は「インソールと出会ったから、ここまでサッカーを続けられたと言っても過言ではない」と話す。

青木いわく、足元の環境が悪いと、膝や足首、筋肉など、その人によってさまざまな箇所に影響が出るという。青木の場合は、足首と腰だった。インソールは、選手生活を続けるうえで欠かせないものになっていった。

◆足本来の機能を引き出すインソール

「アシスタート」では、このBMZ社の製品のみを扱っている。同社のインソールは、一言でいえば「足本来の機能を引き出すインソール」(青木)。足の甲の外側=薬指と小指の付け根付近にある「立方骨」という骨を支え、土踏まずにアーチを作ることで、足の指に力を入れやすくするという。足の指が使えないと体重が後ろに乗ってしまい、動きだしや姿勢が悪くなる。また足の指ではないところに負荷がかかることで、ケガのリスクが発生するという。

客層は、アスリートと一般の方が半々。女性のヒール用や男性の革靴用のインソールも販売しており、価格は既製品で2000円~1万円。オーダーメードだと、素材により1万円~5万円まで幅広く用意している。

◆一時は現役引退視野も、充実の「二足のわらじ」生活

実は18年末にロアッソ熊本を退団した際、青木は引退を視野に入れていた。「次の仕事はどうしよう」。悩んだ末に出した答えが、「自分の選手生活を支えてくれたインソールをお伝えする仕事」だった。そんな折、南葛SCからのオファーが舞い込む。現役を引退して店の経営に専念する選択肢もあったが、「Jリーグ入りという夢があり、自分を必要としてくれるチームだった」と入団を決意。覚悟を持って「二足のわらじ」生活に飛び込んだ。

社会人リーグに所属する南葛SCは、ほとんどの選手が仕事とサッカーを両立させている。選手が仕事を終えてから参加できるよう、練習はいつも夜。青木も日中は店頭に立ち、夕方になると店を閉め、往復2時間かけて“夜の職場”である南葛SCの練習場に向かう。

忙しい日々にも、青木の表情からは充実感が漂う。

「昼に仕事をしたら夜は疲れて休みたいはずなのに、それでも練習場に集まって、みんながサッカーを楽しんでいる。みんな純粋に、サッカーが好きなんだなと伝わってくる。刺激になります。将来的にはJリーグを目指しているチームだし、今年は昇格という明確な目標があるので、やりがいがある。違う仕事をしながら、挑戦のしがいがあると思います。うまく両立したいです」

取材に伺った日も、「このあと練習です」と笑いながら見送ってくれた。新たな目標を見つけて、二足のわらじで充実の日々を過ごしている。

◆杉山理紗(すぎやま・りさ)1993年(平5)10月4日生まれ、岐阜県出身。入社4年目、19年鹿島担当。















◆南葛SC青木剛 インソール店と二足のわらじの理由(ニッカン)





◆鹿島の決断がサッカー界に与える影響(スポニチ)






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 【大西純一の真相・深層】鹿島アントラーズがフリマアプリ大手のメルカリに“身売り”した。プロ野球では“身売り”というと、ネガティブなイメージがある。Jリーグが開幕して26年間で20ものタイトルを獲得した名門の決断はどういう意味があるのだろう。
 鹿島は住友金属サッカー部が母体で1947年に大阪で発足し、75年に鹿島に移転、鹿島製鉄所の従業員に一体感をもたらす象徴的なチームとして、野球部などと共に長く親しまれてきた。1993年に開幕したJリーグにも参加し、地域の象徴として社会貢献してきた。

 環境が大きく変わったのは2012年に住友金属と新日鉄が合併したことだった。合併して誕生した新日鉄住金(現日本製鉄)は新日鉄が主導権を握り、住金時代ほどサッカーを重視しなくなったという。同社には約400社の関連会社があり、位置づけとしては鹿島アントラーズもそのうちのひとつ。住金時代はグループの象徴として無理も聞いてもらえた部分もあったが、新体制下ではいち関連会社として横並び。400分の1だ。Jリーグ開幕時に標榜された地域貢献も、「日本製鉄には多くの事業所があり、鹿島事業所だけ特別扱いされることもなくなった」という。そういう環境の変化の中で鹿島アントラーズが選んだのが、日本製鉄グループからの“独立”だった。

 サッカー界というより、日本は新たな時代に入り、企業が変革を目指している。製造業が元気だった時代から大きく変化し、IT関係の会社などが急成長している。その中で、日本製鉄グループの一員にとどまって規模が小さくなっていくより、鹿島アントラーズとして独自の道を歩んでいく選択をしたわけだ。留まるにしろ前進するにしろ厳しい道だろうが、地力で前に進むことを選択したわけだ。

 Jリーグは開幕当時、大企業のサッカー部を母体にしているチームが多く、企業のメセナやサポートに依存する傾向が強かった。親会社のあるチームの中には、年々親会社からのサポートが縮小されて苦悩しているところもある。今後も鹿島アントラーズと同じ道を模索するクラブが出てくるかもしれない。しかし鹿島アントラーズのようにフロントに人材がいるチームはいいが、そうではないチームもある。その中でJリーグがどうクラブをけん引していくか。その手腕が注目される。




◆鹿島の決断がサッカー界に与える影響(スポニチ)





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