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柏からコートジボワール代表まで上り詰めたドゥンビア [写真]=Getty Images
いよいよW杯開幕までのカウントダウンが始まった昨今。世間の耳目がそこに集まるのは当然のことだろう。ただ、サッカーはW杯のみにあらず。J1は中断し、「夜はW杯を観るが、昼は観る試合がない」。そんな声も聞こえてきそうだが、ここは一つ下部リーグに足を運んでみるのはどうだろうか。今回の『J論』では、そんな下部リーグ観戦をエンジョイしている書き手として『Jスポーツ』の土屋雅史が登壇する。年間数百試合を観戦して回るテレビ業界の奇人にして奇才が、「下部リーグを観る楽しさ」を語り尽くす。
■ドイツW杯と、柏の葉
2006年6月24日。おそらくは日本代表史上最も大きな期待を集めてW杯に臨んだであろうジーコジャパンが、ドルトムントの夜に散った2日後。私は柏の葉公園総合競技場にいた。Jリーグディビジョン2第24節。柏レイソルと水戸ホーリーホックの一戦が行われた柏の葉には、7822人の観客が詰め掛けた。そんな記録が残っている。
当時の柏はクラブ史上初のJ2降格を受け、1年でのJ1復帰が至上命令だった。平山智規、北嶋秀朗、南雄太と3人の日本代表招集経験者に加え、弱冠20歳の李忠成もスタメンに顔を揃えたチームは、8人でブロックを築く水戸の堅守に手を焼くも、久々のスタメンとなった北嶋が前半の内にニアへ飛び込む彼らしいヘディングで先制弾を叩き込んで先制点を奪っていた。しかし、ほとんど決定機のなかった水戸が試合終了間際の89分に同点ゴールを奪い取る。決めたのは桑原剛。セットプレーからのこぼれ球に詰めたこの1点は、桑原にとって26試合目にして記録したJリーグ初ゴール。呆然とする黄色いサポーターと、狂喜する青いサポーターのコントラストは今でも鮮明に記憶している。あの日の柏の葉には、目の前のサッカーそのものに対する熱量が確かに存在していた。
この日、北嶋と交代する形で74分から一人の外国籍選手が投入されている。抜群のスピードを持て余し気味で、歓声より溜息を誘うことの多かったその選手が、この日からちょうど4年後に当たる2010年6月25日、やはり途中交代で立っていたピッチは南アフリカのムボンベラ・スタジアムだった。柏の葉を彷徨っていたコートジボワール国籍のFWは、徳島を経て辿り着いたスイスの地でリーグ得点王に輝き、一気にブレイク。W杯に出場するという夢を見事に叶えてみせたのだ。
その選手の名はドゥンビア・セイドゥ。あの日の柏の葉にいた7,822人の中に、彼の4年後を予想できた者など一人もいなかったことは断言しても良い。だが、それもまたサッカーなのだ。
■南アフリカW杯と、西が丘
2010年6月19日。初戦でカメルーンを撃破した岡田ジャパンが、グループステージ最大の難敵と目されていたオランダ代表と対峙する7時間ほど前。私は西が丘サッカー場にいた。日本フットボールリーグ(JFL)前期第16節。"南北多摩合戦"と銘打たれた横河武蔵野FCとFC町田ゼルビアのダービーを、どうしても東京サッカー界の聖地で見たかったというのが、西が丘を訪れていた最大の動機である。
最初の45分間こそほとんど動きのなかったゲームは、ハーフタイムを挟むとにわかに熱を帯びる。55分、キャリア5クラブ目にして初のJFLを戦っていた木島良輔のクロスに、飛び込んだのは勝又慶典。関東1部リーグ時代からの生え抜きFWが先制ゴールを叩き出して町田がリードを奪うも、61分には横河がすかさず同点に。78分に今度は木島が難しい角度から勝ち越しゴールを挙げるが、3分後には直接FKで横河が再び追い付き、スコアは2-2。
そんな試合が決したのは試合終了間際の90分だった。木島のドリブルを起点に、こぼれ球を押し込んだのは勝又。頼れるエースの劇的な決勝弾で、町田が白熱のダービーを見事に制する結果となった。
当時の気温は32.2℃。6月とは思えない(ちょうど最近のような!)気候の中で繰り広げられたスペクタクルな90分間に、1,204人の観衆は酔いしれた。追いつ追われつのシーソーゲーム。どれもが素晴らしかった5つのゴール。その数時間後に遠く南アフリカで行われた"絶対に負けられない戦い"の直前。西が丘の空間にも、"絶対に負けられない戦い"は、確かに存在していた。
当時の町田を率いていたのはフランスW杯で世界を体感した相馬直樹監督。悲願のJ2昇格へと邁進していた青年指揮官は、結果的に条件面で昇格への道が閉ざされると、翌シーズンから川崎フロンターレの監督に就任。そしてモンテディオ山形のヘッドコーチを歴任して、今季から再び町田の指揮を執っている。あの日からちょうど4年後に当たる2014年6月22日。J3を戦っている町田は、ホームにAC長野パルセイロを迎える。その長野で13番を背負い、スーパーサブとして重要な役割を担っている男の名は、勝又慶典。4年前の西が丘で町田を救った男が、今度はライバルチームの一員として町田と対峙するかもしれない。でも、それもまたサッカーなのだ。
■サッカーとは、繋がりなのだから
1つのボールがあり、2つのゴールが立つ。そして、そこに想いを遂げようとする"蹴る人"と、想いを託した"観る人"がいる限り、たとえ舞台が8万人を飲み込んだマラカナンのピッチであろうと、100人の近しい人々が金網越しに見守るのみの人工芝のピッチであろうと、その1試合には等しく価値があると私は思う。
サッカーとは"繋がり"だ。記録と記録が繋がり、記憶と記憶が繋がり、そして人と人とが繋がっていく。目の前の試合は次の試合へと繋がり、次の試合はその次の試合へと繋がる。そうやって積み重ねた1年は、その次の1年へと繋がり、気付けば4年という長い月日も、結局は繋がりによって成り立っている。ただ、その繋がりも、すべては目の前の1試合を経ることで始まっていくものだ。W杯期間中だからこそ、あえて目の前の1試合へ赴いてほしい。きっとそこから繋がっていく何かが、その空間には無数に転がっているからだ。
最後に一つ、提案がある。関東地域在住の方限定にはなってしまうが、日本代表にとってのブラジルW杯の初陣に当たる6月15日は、J3のSC相模原対ガイナーレ鳥取が行われる。その会場である相模原ギオンスタジアムに、"キックオフ3時間前"から駆け付けてみてはいかがだろうか。当日、同スタジアムのビジョンにおいて、日本対コートジボワールのパブリックビューイングが行われると聞いたからだ。10時からサッカーを愛する同志とサムライブルーを熱く応援したその後、1時間のブレイクタイムを経て13時にゲームはキックオフの時を迎える。
おそらく相模原のスターティングメンバーには緑と白のユニフォームをまとった、ドイツW杯の経験者・高原直泰が名前を連ねているであろう。そしてスタンドからは鳥取のGMとしてチームをまとめる、フランスW杯の経験者・岡野雅行がピッチを鋭く見つめているはずだ。世界最高峰の舞台に立った男たちを"ビジョン"と"目の前のピッチ"で体感できるこの会場には、きっと何かの"繋がり"が転がっているに違いない。
文=土屋雅史