日刊鹿島アントラーズニュース

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2017年9月8日金曜日

◆Jデジタル元年、鹿島が挑む新たな領域 「スマートスタジアム化」の狙いとは?(Sportsnavi)


Jリーグ「デジタル元年」の2017年

セビージャ戦の前日には、「スマートスタジアム化」に向けたメディアブリーフィングが行われた

 Jリーグの「デジタル元年」として位置付けられる2017年は、英パフォーム社との連携により、試合中継が従来のテレビ放送ではなく、DAZN(ダ・ゾーン)によるインターネット配信に変わるなど、サポーターの観戦スタイルにさまざまな変化が生じた。一方で、変化したのはサポーターだけではない。クラブにもまた、「デジタル化」の波が押し寄せている。“新たな領域”ともいえるデジタル化に向け、情報通信技術(ICT)を駆使して、スタジアムのサービスを充実させるという「スマートスタジアム化」を推進し、さまざまな挑戦を行っているのが、鹿島アントラーズだ。
 
 鹿島のスマートスタジアム化はJリーグの推進するスマートスタジアム事業としては、今年2月のベガルタ仙台に続いて、Jリーグで2番目の事例(大宮アルディージャは16年秋から先行してトライアルを実施)。その第一歩として、7月22日に行われたJリーグワールドチャレンジ・セビージャ戦から、県立カシマサッカースタジアムに『Antlers Wi−Fi』が導入された。これは「高密度Wi−Fi」と呼ばれるもので、スタジアムの観客席エリア全体にわたって、455ものアクセスポイント(およそ70席に1つの割合)が設置され、通常のWi−Fiよりも回線がつながりやすくなっている。これにより大勢の観客が同時にアクセスしても、タイムラグなく快適にネットに接続することができる。
 
 セビージャ戦では入場者数28,308人のうちWi−Fi利用者は約3,000人と全体の10パーセントほどにとどまったものの、続くJ1第19節のヴァンフォーレ甲府戦では入場者数18,413人に対し、利用者はセビージャ戦と同等数の約3,000人、8月の第23節、清水エスパルス戦では16,979人の入場者数に対して、利用者が約2,000人と、試合を重ねるごとに利用者の数も増加している。
 
「まずインフラとして、Wi−Fiがあります。そのうえで、いかにお客様向け、あるいはスポンサー向けに新しいサービスを提供していけるか。それがスマートスタジアム化に向けたポイントだと思っています」
 
 そう語るのは鹿島のマーケティンググループ事業戦略チーフの土倉幸司だ。ただWi−Fi環境を整備するだけでなく、Wi−Fiを基盤として、どのようなコンテンツを提供し、そこからどう収益を向上させ、ファン・サポーターへの価値を提供していくか。そこに重点を置きながら、さまざまなサービスの提供に取り組んでいるという。

Wi−Fiを利用してもらうための“きっかけ作り”

若い女性グループから好評だった「しかおを探せ」。スマホをかざすと、選手の画像が出てくる仕組みだ

 実際にスタジアムでWi−Fiを起動させると、『Antlers Wi−Fi Portal』というサイトにアクセスすることができる。このポータルサイト上では、スタジアムでしか見られない限定動画の配信やスタジアムグルメの紹介など、ファン必見のコンテンツを無料で閲覧できる。中田浩二CRO(クラブ・リレーションズ・オフィサー)による見どころ解説や、試合が終わった直後の選手へのフラッシュインタビューなど、リアルタイム性のあるコンテンツの充実が目をひく。
 

 なかでも、Wi−Fi利用者の6割が利用するという「鹿BIG」が好評を博している。試合日にスタジアムに来たサポーターへのサービスを充実させたいとの思いからスタートしたというこのサービスは、Wi−Fiを使って特設サイトにアクセスした全員が選手のサイン入りユニホームなどのプレゼントに応募できるという仕組みで、ハーフタイムには大型ビジョンにて当選者が発表される。Wi−Fiが整備されたことにより、10〜20名の当選者だけでなく、応募者全員に「ダブルチャンス」という形でクーポンを配布するなど、参加した全員がメリットを受けられるようになった。5日に行われた第20節の仙台戦では、Wi−Fiにアクセスした3,700人のうち、実に2,000人が参加している。
 
 また、「スマホをかざして、しかおを探そう」というイベントも、ファンの満足度を高めるという面において大きな効果をもたらしている。特別なアプリをダウンロードし、コンコースの柱に貼られているポスターにスマートフォンをかざすことで、選手の立体画像が出てくる仕組みで、ランダムに選手が出てくるほか、一定の確率で鹿島のマスコットキャラクター「しかお」が登場する。表示された選手の画像をタッチすれば選手との「自撮り」ができるとあって、若い女性グループからも好評だという。普段はほとんど人通りのない3階のコンコースで実施されたこの企画には、1,000人以上のファンが参加し、大きな盛り上がりを見せた。
 
 こういったWi−Fiを利用してもらうための“きっかけ作り”が何よりも重要だと土倉は語る。
 
「ただ、Wi−Fiをつないでくださいということではなく、つないだ先に鹿BIGだったり、しかおを探せというイベントがあって、それを楽しんでもらうことが大事。今はWi−Fiをつないだ先で何を提供できるかを設計している最中です」

VR動画を使ったメルカリとの共同イベントを開催

大宮戦ではメルカリとのイベントを開催。写真のようなコラボVRキットを組み立てて動画を見ると、ロッカールーム内の様子などをVRで見ることができる

 鹿島がスマートスタジアム化を推進する背景には、ファン・サポーターの満足度向上のほかにも、スポンサーのアクティビティーをどのように充実させるかという“もう1つの側面”がある。
 
 フリマアプリを運営する「メルカリ」と鹿島がオフィシャルスポンサー契約を結んだのは4月7日のこと。「デジタル化によってサッカーの観戦スタイルを変える」という壮大なビジョンを掲げるメルカリとのスポンサー契約に至った経緯を事業部セールスグループの大澤隆徳はこう振り返る。
 
「スマートスタジアム化を目指すにあたって、実は7月ごろにはWi−Fiが導入されるだろうという予測の下、メルカリさんとはスポンサー契約締結前から『スマートスタジアム化において両社で何ができるか』を議論してきました。Wi−Fiが導入されたから、何かをしようというのではなく、あらかじめ予測を立てて準備をしていたからこそ、いろいろな企画を進めることができました」
 
 そんなメルカリとの共同企画の第1弾として、9日に行われる第25節の大宮アルディージャ戦では『mercari day』というイベントを開催する。試合日当日の入場ゲートで配布される「コラボVRキット」を組み立てて、ポータルサイトにアクセスし、スタジアム限定の「360度動画」を選択すると、ロッカールーム内の様子や選手たちが寮から選手バスに乗り込むまでの過程など、普段は目にすることのできない光景をVRで楽しむことができる。
 
 イベント当日は動画が視聴できない、VRキットの組み立て方が分からないといったファン・サポーターのためのサポートブースも設置される。「デジタル」への抵抗感を持つことなく、来場者全員がイベントを楽しむことができるよう、クラブは万全の状態で当日を迎える。今後もJリーグのデジタル化における“先駆者”として、メルカリ協力のもと、新しい観戦スタイルを模索しながら、Wi−Fiを基盤とした新たな企画やイベントを積極的に提案していくつもりだ。

積極的なデジタル化推進の根底にある「危機感」

積極的なデジタル化推進を行う鹿島。共通する思いとは? 写真は左から中田、土倉、大澤

 ファン・サポータとスポンサーの両方を意識しながら、積極的なデジタル化推進を行う鹿島だが、そこには共通の思いがあると中田CROは言う。
 
「鹿島は都市部から遠いこともあり、勝ち続けなければ観客は来てくれない。お金も時間もかけてスタジアムに来てくれるお客さんのためにも、1回の満足度を高めなくてはいけないと思っています。そのために、いろいろなものを仕掛けてやっていく。そうしなければ成り立たないクラブだと思っています」
 
 東京駅から高速バスで約2時間。最寄り駅から徒歩5分程度でスタジアムに到着できる都心部のクラブとは、スタジアムに向かうまでの時間も費用も大きく異なる。だからこそ、ファン・サポーターに勝利だけでは得られない満足感を提供するための努力を怠らない。サポーターの満足度を上げることでリピーターを増やし、デジタル化の先駆者として新しい挑戦を行うことで、クラブのブランド価値をアピールしてスポンサー収入にもつなげていく狙いだ。
 
 中田CROは続ける。
 
「選手は頑張ってくれていますが、チームの成績には波があります。そこで僕らフロントがお客さんを呼べるような環境づくりをしなければいけないと思っています。そのために、いろいろなことを先取りしながら仕掛けていかないといけない」
 
 デジタル化により、サッカー観戦のスタイルは少しずつ変化を遂げている。Wi−Fiを使ったイベントへの参加や、SNSなどによるサポーター同士の交流など、観戦だけではないスタイルが確立されることで、来場者はより多くの楽しみを得ることができるようになった。ファン・サポーターが何を求め、スポンサーがどこに価値を見いだすのか。試行錯誤を続けながら、他クラブにはない価値を提供するための努力を続ける。国内19冠を誇る鹿島アントラーズ。その強さの一端を担うのは、こうした未知への探究心と根底にある危機感なのかもしれない。

(文中敬称略、取材・文:木村郁未/スポーツナビ)



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