Jリーグに名を残すレジェンドたちが、自分自身の若手時代と現在の若手選手について語るひととき「Young Guns Talk - legendary edition」。今回は鹿島アントラーズでプロデビューを飾り、欧州の名門チームでのプレー経験もある元日本代表の中田浩二。
■とにかく負けないようにという気持ちでずっとやってました
――中田さんはプロデビューした試合のことを覚えていますか?
「覚えていますよ。高校を卒業して、プロになって、1年目からベンチには入っていたんですけど、最初はなかなか試合には出られなかった。でも4節の京都サンガ戦で同じポジションの熊谷(浩二)さんが怪我をして、急遽ピッチに入ることになったんです」
――その時の心境はどうだったんですか?
「入る前はすごく緊張しましたね。ただ、入ってしまったら、無我夢中でやっていたので、何にも考えられなかったですね」
――どういうプレーをしたかは覚えていないんですか?
「あまり覚えてないです。ただ6-0で勝ったんですが、ヤナギ(柳沢敦)さんがたくさん点を取っていたので、ああ、凄いなと思いながらプレーしていたのは覚えています。自分のプレーがどうだったかは覚えてないですね」
――鹿島アントラーズには個性的な先輩たちがたくさんいたと思いますが、そのなかで当時の中田さんは若手の立場としてどういう心境にあったのですか?
「加入した当時は、紅白戦とかをやると、すごく怒られていましたね。プレーのことを指摘されますし、相手のチームからは容赦なく削られる。そのなかで僕ら同期は、とにかく負けないようにという気持ちでずっとやってましたね」
――一番怖かったのはどの先輩でしたか?
「僕はボランチだったので、後ろに秋田(豊)さんがいて、横には本田(泰人)さんがいて、斜め後ろには相馬(直樹)さんがいた。日本を代表する選手がたくさんいるなか、少しでもさぼるときつく言われましたね。でも、そういう環境でやれるというのが僕の中では大きかった。新人だからといってお客さん扱いされず、しっかりとチームメイトとして見てもらえた分、成長も速かったし、学ぶことも多かったかなと思いますね」
――そういった先輩方を追い抜いて、主力になっていくなかで、プレッシャーはありませんでしたか?
「それは当然ありました。また鹿島というチーム自体も常に勝利を義務付けられているので、そこのプレッシャーもありました。でも、先輩方が言ってくれたのは、お前はそういうことを気にする必要はない。お前が持っているものを出してくれればいいと。そういう言葉で、気が楽になりましたね」
――現役時代を通して一番プレッシャーを感じたのは、どういう瞬間ですか?
「やっぱり、デビュー戦ですかね。最初の頃は自分がどういうプレーができるかとか、本当にプロで通用するのかとか、半信半疑のところもあったので。そういうなかで多少、プレッシャーを感じていましたけど、そのあとはそこまで感じることはなくなりましたね」
――プレッシャーに打ち勝つ方法はありましたか?
「とにかく自分を信じることだと思います。やはり練習でやっていることを、ピッチの中で出す。遠慮したりすると自分のパフォーマンスは出せないと思うので、ピッチの中に入ったら思い切ってやることを意識していました。そういうようにプレーできるようになると、自分の思い通りのプレーができるようになるし、自然とプレッシャーも感じなくなってきたのかなと思いますね」
――中田さんの同期は、黄金世代と言われていましたが、同じ世代の仲間に勢いを感じていましたか?
「僕らの世代は、プロに入ってすぐに試合に出ている選手も多かったですし、活躍している選手もたくさんいた。なので、すごいなと思う一方で、負けたくないっていう気持ちもすごくありましたね。その意味で、良い形で競争できていたのかなと思います。そういう競争があったから、お互いに成長できたし、代表とかで一緒になると、そこでまた刺激を受けられる。すごくいい関係だったのかなと思いますね」
――当時、ライバル視していた選手はいますか?
「みんなにありましたけど、同じポジションで言えば、稲本(潤一)や遠藤(保仁)、酒井(友之)といった選手ですかね。あとはやっぱり、小野伸二ですね。彼が18歳でワールドカップに出た時はすごく悔しかったですし、常にそういう意識はあったと思いますね」
――同期に良い選手がいることで成長できた部分は大きいと?
「僕らの世代は、やはり小野伸二という、別格な選手がいましたから、そこに追いつけ、追い越せじゃないですけど、そういう形で僕だけじゃなく、高原(直泰)や稲本もやっていたと思う。伸二が海外に行けば、僕らも海外を目指すようになる。伸二がどんどん走っていくから、僕らも付いていくためにいろんなことをしなくてはいけないと危機感が生まれる。そういう相乗効果はあったと思いますね」
■ミスを恐れずにもっとチャレンジすることを若手にアドバイスしたい
――今の若手に対してどう印象を持っていますか?
「上手いと思います。僕らが若い頃よりも、技術的なもの、また、戦術的な部分でもいろいろ教え込まれているので、そういう意味では上手いなあと思いますね。今だったら僕はプロになれたのかなと思うくらい、みんな平均的に上手いと思いますね」
――逆に自分たちの時代のほうが優れていたなと思うところは?
「今は特徴的な選手は少ないかなと思いますね。上手いんですけど、実際に戦ってみると、そこまで怖さがないというか。僕らって下手くそでも、がむしゃらにやっていましたから。例えば仕掛けて取られても、もう一回仕掛けていくような選手が多かった。今の選手は、どちらかと言うとリスクを避けるというか、パスもトラップも上手いんだけど、がむしゃらに行くような怖さがないのかなとは思いますね」
――今の若手にアドバイスをするとすれば?
「ミスを恐れずに、もっとチャレンジするってことだけですね。僕がプロになった時、鹿島の先輩方は、そういう環境を作ってくれたので、僕らはとにかくがむしゃらにプレーしていました。チームのことを考えるのは、ベテランになってからでいい。若手はもっともっと自分のプレーを積極的に出すことを意識して、たとえミスをしても先輩たちがカバーしてくれるっていう気持ちで、どんどんいろんなチャレンジをしてほしいなと思いますね。失敗してもいいんですよ。そこで学ぶことは多いですし、ミスをすることで成長につながる。だから、もっともっとチャレンジしてほしいですね」
――若手のがむしゃらさが、チームに良い影響をもたらす部分もあるのでしょうか?
「若さって、いい部分も悪い部分もある。相手が読めないような勢いを持っているのは、若い選手だと思います。監督も、そこをうまく利用するために起用していると思いますよ。バランスをとるのはベテランの選手でいいんです。ベテランが何も考えずにプレーしたら、ちょっとどうかと思いますけど、思い切ってできるのは若手の特権ですから」
――ちなみに、今の若手で注目している選手はいますか?
「井手口(陽介)選手なんかは、そういうものをどんどん出しているんじゃないかなと思います。柏の中村(航輔)選手も、気持ちを積極的に出してプレーしていると感じます」
――若手選手の活躍を讃えるTAG Heuer YOUNG GUNS AWARDについて、どう思われますか?
「素晴らしいと思いますね。僕らの時に何でなかったんだろう、って思うくらい(笑)。こういう賞があることで選手のモチベーションは上がりますし、周りからの目というのも変わってくる。本当に素晴らしい賞だと思いますね」
――若手にどういう影響が生まれてくると思いますか?
「こういう賞があることで、いろんな選手と競争するじゃないですか。賞を取りたいと思って、もっと練習するし、もっと仕掛けるし、もっとシュートも打つようになる。やっぱり、若い選手ってなかなか目先の目標を持ちづらいじゃないですか。そういう意味ではすごく、いいことだとは思うし、賞を取ることでさらに大きな目標を見つけて、取り組んでいくこともできる。成長していくうえで、すごく良い賞だと思いますね」
――この賞には「革新は、いつだって若い世代から生まれる」というキャッチコピーがあります。これに関しては、どう思われますか?
「その通りだと思います。若い選手が勢いをもたらしてくれると思いますし、それがチームの武器にもつながっていく。今まではこういうサッカーしかできなかったのが、若い選手の勢いのおかげで、また違った武器が出てくる。それによってチームがより強くなる。化学反応じゃないですけど、そういうことも起こり得るので、若手はどんどん積極的にやるべきだと思いますね」
――これまで見てきた若手の中で、日本のサッカーに新たな刺激を与えた選手っていましたか?
「一緒にプレーしてきたなかでいうと、大迫(勇也)は、それまでの日本のスタンダードを越えた感じはありますよね。今、代表戦を見ても、あそこまで外国人選手を相手に背負える選手はなかなかいない。鹿島に入ってきた当時は、そういうタイプじゃなかったんですよ。どちらかというとシュートの上手い選手だったんですけど、いろんな刺激を受けながら成長していって、ヨーロッパに出て活躍をすることによって、今まで日本にはいなかったような選手になったんじゃないかなと思いますね」
【YOUNG GUNS TALK -LEGENDARY EDITION-/第5回】中田浩二氏が振り返る“名門”鹿島アントラーズで過ごしたベテラン選手たちとの日々