タイトル奪還を目指す鹿島アントラーズの新戦力、安西幸輝(前東京ヴェルディ)がJ1デビュー戦で“三刀流”を披露した。清水エスパルスのホーム、IAIスタジアム日本平に乗り込んだ25日の明治安田生命J1リーグ開幕戦で左サイドバックとして先発。後半途中から左サイドハーフ、終了間際からは右サイドバックとしてフル稼働した。スコアレスドロー発進に終わった常勝軍団のなかで、右サイドハーフやトップ下でもプレーできる22歳のホープが新たな可能性を示した。(取材・文:藤江直人)
J1デビュー戦で見せたポリバレント性
同じピッチのうえで、視界に飛び込んでくる景色が2度も変わった。左サイドバックで先発し、67分から左サイドハーフへポジションを一列上げていた安西幸輝が、今度は右サイドへと移していく。
IAIスタジアム日本平で清水エスパルスと対峙した、25日の明治安田生命J1リーグ開幕戦。ともに無得点で迎えた84分に、鹿島アントラーズの大岩剛監督が最後の交代カードを切る。
右サイドバックの内田篤人に代わって、FWペドロ・ジュニオールを投入。最前線を金崎夢生、鈴木優磨を合わせた3人に増やしてゴールを目指す一方で、右サイドバックには安西が回った。
「場所によって景色が全然違うなかで、それでも質の高いプレーができるというところで、このチームに呼ばれたと思っているので。そういう点をもっとアピールしないと、生き残っていけない。今日は自分のよさが出たところもあったし、もっと精度を高くしなければいけないところもあったので」
アカデミー時代を含めて13年間も所属した東京ヴェルディから、Jリーグ屈指の常勝軍団へ移籍した今シーズン。J1の舞台におけるデビュー戦で、いきなり“三刀流”でフル出場を果たした。
利き足は右だが、ヴェルディ時代から左右のサイドバックを務めてきた。ミゲル・アンヘル・ロティーナ監督に率いられた昨シーズンは右アウトサイドとして先発し、途中から左利きの安在和樹(現サガン鳥栖)とポジションをチェンジ。ともにサイドからドリブルでカットインして、利き足からシュートを積極的に放つスタイルで攻撃を活性化させた。
昨シーズンのヴェルディは最終節での勝利で5位に食い込んだものの、初めて進出したJ1昇格プレーオフでは準決勝でアビスパ福岡に0‐1で屈した。迎えたオフ。22歳と若い安西をめぐって、J1王者の川崎フロンターレを含めた、複数のJクラブによる争奪戦が繰り広げられた。
サイドバックが人材豊富であるからこそ鹿島へ
いくつかのオファーのなかから最終的にはアントラーズを選んだ理由が、実はサイドバックの多士済々な顔ぶれにあったと安西は力を込める。
「日本代表のサイドバックが3人いるなかで、自分が吸収できるもの、盗めるものがたくさんあると思ったので。3人を上回れば自分にも代表が見えてくると思っていたので、正直、迷いといったものはまったくありませんでした。(3人は)ライバルですけど、自分が負けるとは思っていません」
3人とは昨年末のEAFF E-1サッカー選手権に臨むハリルジャパンに招集された、左サイドバックの山本脩斗と右サイドバックの西大伍。さらには日本代表でも長く活躍した内田が、ブンデスリーガ2部のウニオン・ベルリンから7年半ぶりに復帰する、という情報も駆けめぐっていた。
安西は右サイドハーフだけでなく、ボランチやトップ下でもプレーできる。究極のユーティリティープレーヤーと言えるホープは、一番勝負したいポジションとしてサイドバックをあげる。
「両方のサイドバックで勝負したい、と思っています。サイドハーフでプレーするときは自分の飛び道具でもある、ドリブルやスピードという部分を求められていると思っています」
もともとは左右のサイドハーフを主戦場としていた。ターニングポイントが訪れたのは、ジュニアユースでの3年間を終える2010年。日本代表の左サイドバックとして一時代を築き、現役時代をすごしたヴェルディで普及育成アドバイザーを務めていた都並敏史氏からサイドバック転向を勧められた。
未知のポジションへの不安もあり、一時は高校サッカーの道へ進むことも考えた。都並氏の説得もあってユースへ昇格することを決め、コンバートを受け入れたときから、右サイドバックとしてシャルケおよび日本代表で輝きを放っていた内田が憧れの存在になった。
内田篤人、西大伍から伝授されるプレーの秘訣
図らずも同じチームでプレーすることになった今シーズン。1月下旬に宮崎県内で行われたキャンプで、7歳年上の内田へ勇気を振り絞って、ドイツにおける守備のやり方を聞いた。内田は「聞いてくれたほうがオレも楽だから」と、笑顔で経験を伝授してくれた。
「外国人の動かし方はすごく難しいと思うんですけど、すごく上手くやっていたので。そのときに右サイドで(内田)篤人さんが後ろにいるときには、僕の背中を篤人さんに見せながら相手のパスコースを消すディフェンスをしてほしいと言われました」
自分がサイドバックに入ったときには、前方の味方へ同じ要求をすればいい。昨シーズンは右のサイドハーフとしても活躍した西には、複数のポジションをハイレベルでこなす秘訣を聞いた。右ひざ内側側副じん帯を断裂する大けがを負い、EAFF E-1サッカー選手権を辞退した西は快く話してくれた。
「ご飯を一緒に食べながら、(西)大伍さんはいろいろ話してくれた。大伍さんは非常に頭のいい選手だし、勉強になることがすごく多かった。ユーティリティーという意味では、大伍さんが一番だと思うので。その部分で大伍さんにもっと近づきながら、自分のよさも出していきたい」
安西のよさとは何か。前述したドリブルとスピードだけではない。球際の攻防で後塵を拝しない、旺盛なファイティングスピリット。そして、試合の終盤になっても衰えない運動量となる。エスパルス戦における総走行距離11.658kmは、MFレオ・シルバに次いで2番目に多かった。
右サイドバックに回った3分後の87分には攻め上がった後に切り返し、直後に左足から絶妙のクロスをゴール前へ供給。GK六反勇治の真正面に飛んでしまったものの、完璧なタイミングから放たれた鈴木のヘディングシュートを導いている。
「ああいうボールをもっと試合のなかで出せれば、得点につながることが多いと思うので。今日はもうひとつくらいしか(味方と)合っていないので、もっと質の高いクロスを自分に要求していかないと」
常勝軍団ならではの厳しさ
エスパルス戦では常勝軍団ならではの厳しさも感じた。パスミスなど雑なプレーが目立ち、シュート数がわずか1本、それもDF昌子源がペナルティーエリアの外から放ったものだけで迎えたハーフタイム。ロッカールームに大岩監督の怒声が響きわたった。
「球際でもっと激しくいけと。リーグ優勝したいのならば、もっと気持ちが乗ったプレーを見せろと。戦術というよりは気持ちの部分をすごく言われました」
後半開始前のピッチで円陣が組まれたときには、誰かともなく「去年の悔しさを絶対に忘れちゃいけない」という言葉が飛び交った。J1連覇に王手をかけながら、最後の2試合をスコアレスドローで終えてしまい、最終節で奇跡の逆転優勝を果たした川崎フロンターレの引き立て役になった。
敵地でジュビロ磐田と引き分けた昨年12月2日の最終節後には、ゲームキャプテンを務めた昌子、ヴェルディのひとつ後輩で、EAFF E-1サッカー選手権で日本代表デビューを果たしたMF三竿健斗たちが人目をはばかることなく号泣した。
「その場に僕はいなかったけど、テレビでは見ていたので。そういう点をしっかり認識して、プレーしようと思っています」
J1デビュー戦をスコアレスドローで戦い終えて、あらためて実感したこともある。昌子と植田直通の日本代表コンビが組む、センターバックを中心とする堅守。42分にはレオ・シルバのファウルで与えたPKを、守護神クォン・スンテが横っ飛びでキャッチ。九死に一生を得た。
エスパルスのアグレッシブさに慌ててしまい、縦へ、縦へと急ぎすぎた前半には、内田が幾度となく「縦パスを入れないで」と叫び、安西に対しては「横パスを回せ」と要求してきた。相手を焦らすことで、攻め込むスペースを生じさせる狙いがそこには込められていた。
「やっぱり点を取られないですよね。守備という部分にすごくフォーカスされたチームだと思うので、だからこそ僕個人を含めて、攻撃にもっとアクセントをつけられれば。クラブのエンブレムを見たときには重みというものを感じるけど、それをもっともっと背負ってピッチで表現していきたい」
目指すはすべてのタイトル獲得
32歳の山本が孤軍奮闘してきた左サイドバックに厚みをもたせ、右サイドバックでも内田にはない武器をもたらす。リハビリ中の西が、復帰後は右サイドハーフを主戦場に置くプランも具現化させる。
サイドハーフとしての攻撃力を含めて、さまざまな相乗効果をもたらしつつある安西は、新天地で踏み出した第一歩にも表情を引き締めることを忘れなかった。
「クロスをあげるときに中の枚数も増えてきているし、自分のよさをだいぶわかってきてくれたとは思うけど、もっともっと自分から意思表示をしていきたい。もちろん日本代表に入りたいけど、その前にアントラーズでやることがいっぱいあるので。それらをひとつずつクリアしていきたい。
自分はもっとできると思っているし、もっと頭を働かさなければいけない。たとえば最後のアタッキングサードのところでは、もっと落ち着いてプレーできるはずなので。数字の部分でもっと結果が表れるように、そういうところもしっかりと伸ばしていきたい」
今月14日の上海緑地申花(中国)とのAFCチャンピオンズリーグ(ACL)のグループリーグ初戦で左サイドバックを、21に異の水原三星ブルーウィングスとの第2戦では右サイドバックを務め、エスパルスとのJ1開幕戦では“三刀流”まで披露した。
大岩監督のさい配に幅をもたせる存在になっても、安西は満足しない。悪夢の無冠に終わった昨シーズンの捲土重来を期し、目の前にあるすべてのタイトル獲得を目指すアントラーズに攻守両面で新たな力を加えていくために、172cm、64kgの体に大きな可能性を秘めるホープは精進を積み重ねていく。
(取材・文:藤江直人)
【了】
鹿島・安西幸輝の“三刀流”。タイトル奪還へ、東京V育ちの22歳ホープが示した可能性