日刊鹿島アントラーズニュース

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2019年3月9日土曜日

◆20歳で鹿島の10番 安部裕葵が明かす「ジーコさんに肩を叩かれたあの日」(文春オンライン)



安部裕葵 Hiroki.Abe


鹿島アントラーズ・安部裕葵選手インタビュー#1

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 Jリーグにおいて今、最注目の若手と言っていいだろう。

 プロ2年目の昨シーズン、鹿島アントラーズのアジア制覇に貢献し、クラブ・ワールドカップの準々決勝では北中米カリブ海王者のグアダラハラのゴールに美しいミドルシュートを叩き込んだ。

 Jリーグ・ベストヤングプレーヤー賞にも輝き、迎える今シーズン、背番号が30から10へと変更された。ジーコ、レオナルド、ビスマルク、本山雅志、柴崎岳、金崎夢生といった錚々たる顔ぶれが付けてきたエース番号を託された男――安部裕葵とは何者なのか。今年1月に20歳になったばかりのホープの今に迫った。





JリーグのMVPや得点王を目指すくらいじゃないと

――プロ3年目を迎えました。1年目はリーグ戦13試合1得点、2年目は22試合2得点。ここまで、思い描いたような成長を遂げられていますか?

「何も思い描かずに(プロの世界に)飛び込んだので、順調とも言えますし、もっとできたんじゃないかな、とも言えます。それは僕の考え方次第。ただ、あまり振り返らないタイプなので、今は特になんとも思ってないですね」

――では、昨シーズン、Jリーグベストヤングプレーヤー賞に輝きましたが、そうした賞にも興味がない?

「いや、嬉しかったですけど、ベストヤングプレーヤー賞を目指していたわけではないですから。僕自身は、まだ若かろうが、JリーグのMVPや得点王を目指すくらいじゃないと、って思っています」

――昨シーズンの開幕前は「チームを引っ張っていくくらいの気持ちでやりたい」と誓ったそうですが、今シーズンはどんな心構えで臨んでいますか?

「チームとして2年間、国内タイトルを獲れてないので、やっぱり国内タイトル、特にリーグ優勝を狙って、みんなで戦っていきたい。そこだけですね。個人としてどうするかは、特に何も考えてないです」





「10番じゃないなら、30番のままでいいです」

――今シーズンから、鹿島アントラーズ栄光の10番を背負っています。クラブから提示されたときの心境はどうでした?

「1年目が終わったとき、背番号を変えるという話があったんです。でも、そのときは10番じゃなくて、『10番じゃないなら、30番のままでいいです』と返事させてもらって。それから1年が経って、自分の中でなんとなく『もしかしたら、あるんじゃないかな』と思っていて」

――金崎夢生選手(現サガン鳥栖)がシーズン途中で移籍して、10番が空いていましたからね。

「そうしたら、やっぱり10番を提示してもらえて。もちろん、30番だろうと、10番だろうと、僕がやることは変わらないですけど、注目度は全然違う。そういうプレッシャーに自分が勝てるかどうか。それは楽しみのひとつです」

――1年目が終わったあとに「10番じゃないなら」と言ったということは、背番号10に対するこだわりを持っていたんですね。

「そうですね。攻撃の選手だったら、ストライカーは別ですけど、それ以外のアタッカーだったら、誰もが10番を目指すべきだと思いますし、一番格好いいじゃないですか。だから、それを目指すのは当たり前だと思っています」

――ましてや、それが鹿島の10番なら、ぜひとも、と。

「はい、もちろんです」





ジーコさんが僕の肩をポンポンって叩いたんです

――鹿島の10番といって思い浮かぶ選手は誰ですか?

「一番、身近なのは夢生くんですね……というか、夢生くんとしか一緒にプレーしたことがないので。あとは柴崎(岳)選手(ヘタフェ)。すごく尊敬している選手のひとりです。それと、今スタッフにいるジーコさん。この3人が、僕の中では鹿島の10番というイメージが強いです」

――1999年生まれということは、ジーコはもちろん、レオナルドやビスマルクが背番号10を付けていたのをほとんど見たことがない。そんな世代が、鹿島の10番を背負うようになったことに衝撃を受けます(笑)。

「そうですか(笑)。そう言えば、シーズン前、ジーコさんがキャンプに来てくださったんですけど、そのとき、僕の肩をポンポンって叩いたんです。何か言われたわけではないですけど、メッセージというか、想いを伝えようとしてくれたんじゃないかって」

――新10番に対する期待というか。

「そうですね。今年になって初めてジーコさんと会ったタイミングだったので、感じるものがあって。期待に応えられるように頑張ろうと思いましたね」




Jリーグで通用していなくても海外で通用することもある

――昨シーズンは、アジア・チャンピオンズリーグにクラブ・ワールドカップ、U−19アジア選手権と、国際試合を数多く経験したシーズンでもありました。ペルセポリス(イラン)やグアダラハラ(メキシコ)、レアル・マドリー(スペイン)、リーベル・プレート(アルゼンチン)といったアジアや世界のトップレベルのチームに自分の力をぶつけて、どんなことを感じました?

「クラブ・ワールドカップを経験して思ったのは、僕個人のことで言うと、相性が良いなっていうこと」

――どういう点で、ですか?

「僕はボールにたくさん触るタイプで、クイックネスがあるほうだと思うんです。海外の相手は、そうした選手を嫌がっている。それはクラブ・ワールドカップに限らず、アンダーの代表のときも、ACLを戦っているときも感じていたことで。だから自分は、外国のチームとの対戦にすごく向いているんじゃないかって」

――それと似たようなことを、中島翔哉選手(アル・ドゥハイル)も言っていました。彼も小柄でクイックネスがありますから。

「Jリーグで通用しているからと言って海外で通用するわけではないですし、逆に、Jリーグで通用していなくても海外で通用することもある。僕の場合、海外での相性は良さそうなので、だからこそ、Jリーグでもレベルの違いを見せつけられたら、海外に行ったとき、もっとやりやすいんじゃないかなと思います」





あのプレーは鹿島にいなかったら、できなかった

――クラブ・ワールドカップの準々決勝のグアダラハラ戦では、終了間際にミドルシュートを突き刺しました。緩やかな弧を描いた美しいゴールでしたが、それと同じくらい印象に残っているのが、その直前に安部選手がセンターサークル内で相手をファウルで止めたシーン。軽率なファウルではなくて、小笠原満男さんのスピリッツが感じられるようなファウルというか。19歳の選手が、それをしれっとやるんだなと。

「ACLの決勝(ペルセポリスとの第1戦)でもあったんですけど、それが人生初の意図的なファウルで、そのときは自分でも驚きましたね。こういう選択肢を持てるようになったんだって。ファウルで止めるのは確かに見栄えが良くないですけど、勝ちにこだわるためには、ときに必要なことだと僕は理解しています。たぶん、あのプレーは、このチームにいなかったら、できなかったと思います」

――このチームには勝利にこだわってプレーする選手たちがそれだけ多くいて、彼らから学んできたと?

「そうですね。このチームはたくさんのタイトルを獲ってきましたし、タイトルの獲り方が身体に染み込んでいる先輩たちがたくさんいる。そうした先輩やスタッフの方々の考えを聞けるのはすごく貴重ですし、彼らと一緒に練習するだけで、そばにいるだけで自然と自分もレベルアップできるというか。ただ、鹿島に入った選手すべてが偉大な選手になれるわけではないし、先輩たちも口で一から教えてくれるわけではない。背中で見せてくれているので、自分がどう感じ、どうするかが大事だと思っています」





満男さんが背中で教えてくれたことと「レアル・マドリー戦の涙」

――小笠原さんはまさに背中で引っ張っていくタイプだと思いますが、彼が引退したことをどう受け止めていますか?

「満男さんが若い頃、どういう選手だったのかは分からないですけど、この2年間一緒にプレーさせてもらって、チームのことを本当に第一に考えている方でした。この2年間は痛いところがたくさんあったと思うんですけど、弱音を吐いているところは見たことがないですし、手を抜いているところも見たことがない。そういう選手が背中で見せてくれると、若い僕たちも自然とやらなきゃ、っていう気持ちになる。それが、鹿島が強い集団でいられる理由だと思います」

――クラブ・ワールドカップといえば、準決勝でレアル・マドリーに敗れたあと、涙を流していました。あの涙の意味は?

「周りからは悔し泣きに見えたかもしれないですけど、そうではなくて。満男さんが辞めるのは知っていたので、最後のタイトルを目指して戦っているなかで負けてしまって。でも、アジアのタイトルを獲ることはできて、『この1年、すごく充実してたな』っていう想いがこみ上げてきたんです。もちろん、国内タイトルが獲れなかったのは残念ですけど、そうした勝ち負けや、自分がケガをして復帰したことも含め、いい1年だったなって。それに最後、チームメイトとハンドシェイクしたとき、『自分は今、本当に恵まれた環境にいるんだな』と思って、感極まってしまいました(苦笑)」





アイドルには……興味はないですね

――10代の最後に充実した1年を過ごし、今年1月28日に20歳になりました。ハタチになって、心境の変化は?


「何も変わらないです。お酒が飲めるようになったくらいじゃないですか(笑)」

――でも、別に飲むつもりはないわけでしょう?

「そうですね。飲むつもりは一切ないです」

――ちなみに、1998年~99年早生まれには、アスリートや芸能界で有名な方がたくさんいて、例えば、格闘家の那須川天心さん、スノーボーダーの平野歩夢さん、女優の広瀬すずさん、橋本環奈さん。

「はい。もちろん、知ってます」

――乃木坂46の齋藤飛鳥さん、欅坂46の長濱ねるさん。

「ああ、ちょっと分からないです。お名前くらいは」

――この世代は、奇跡の世代と言われているそうです。

「そうなんですね。でも、分からないですよ。5年後には誰も残っていないかもしれない。芸能界のことはよく分からないですけど、スポーツの世界、サッカーの世界は循環が早いですから」

――とても20歳の発言とは思えないです(笑)。乃木坂46だとか欅坂46だとか、アイドルに興味はないんですね。

「ないですね。もちろん可愛いとは思いますし、嫌いではないですけど、のめり込むことはないです」





もともと自分なんて、まったく実力のない選手でしたから

――頭の中の大半は、サッカーのこと?

「サッカー……いや、何も考えてないですけど、向上心はあると思います。まあ、自分のことしか考えてないですね(笑)」

――「自分のことしか考えていない」と聞いたばかりですが、あえて聞きます。今年1月のアジアカップには同級生の堂安律選手(フローニンゲン)、冨安健洋選手(シント=トロイデンVV)が出場しました。日本代表として戦う同級生を見て、メラメラと燃えるものがありました? 俺も負けてないぞと。

「いや、何も思わないですよ。だって、もともと自分なんて、まったく実力のない選手でしたから」

――彼らふたりは、ガンバ大阪、アビスパ福岡というJクラブのアカデミー出身で、いわばエリートでした。

「逆に僕は、追い越す側の人間なので。これまでも自分の前にはいつも人がいて、それをどんどん追い越してきた。だから今、自分の前に人がいても、なんとも思わない。マラソンにたとえるなら、周りは気にせず、自分のペースで走り続けてベストを尽くせば、自然と追い抜いていける、そんな感じですね」

――なるほど。安部選手自身は何も思っていないんでしょうけれど、高校時代までほとんど無名だったのに、鹿島から声が掛かり、今ではU-19代表でも鹿島でも10番を背負うまでになった。傍から見ていると、痛快です。

「それ、よく言われます。僕のように小学生時代、中学生時代に大して力のない子って、たくさんいると思うんですよ。僕が活躍することで、そういう子に良い影響を与えられたらいいですね。自分自身で考えてベストを尽くせば、必ずうまくなれるって」







◆20歳で鹿島の10番 安部裕葵が明かす「ジーコさんに肩を叩かれたあの日」(文春オンライン)


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