鹿島でのリーグ戦出場はわずか4試合
そのキャリアからみれば、群馬でのブレイクは必然だったのかもしれない。
田中稔也は、しなやかなドリブルと両足の鋭いショットが武器の群馬県出身プレーヤー。鹿島アントラーズユースでキャプテンを務めた後、2016年シーズンにトップチームに昇格、Jリーグの名門で3シーズンを過ごした。
だが分厚い選手層の壁に阻まれて、鹿島での3年間のリーグ戦出場はわずか4試合(先発2試合)。2018年末のクラブ・ワールドカップ準決勝・レアル・マドリー戦ではベンチ入りしたが出番はなかった。
そして2019年シーズン、失意の中でJ3のザスパクサツ群馬へ完全移籍。故郷で再出発を図った。昨季の序盤は実戦感覚が取り戻せずに自身のプレーができなかった。だが本来、鹿島ユース時代には高円宮杯で日本一にも輝いた実力者である。フィジカルバランスを整え、ゲーム感を思い出すと、次第に特長を発揮していく。
12節・長野戦では後半アディショナルタイムに劇的な決勝ゴールを決めて、J初得点をマークした。ヒーローインタビューの場に立った田中は、歓喜の涙を流した。
「鹿島での3年間でゴールを決められなかったので、群馬での初ゴールは特別な想いがある」
さらにJ2昇格の山場となった25節・藤枝、29節・熊本戦でも試合終了間際にゴールを叩き込んで、貴重な勝点獲得に貢献。昨季の3ゴールは、いずれもアディショナルタイム弾。バイタルエリアでの奇抜なアイデア、そして土壇場での勝負強さが、シーズン最終節での逆転J2昇格の大きな力となった。
群馬在籍2年目の今季は、J2でのチャレンジとなる。
群馬は、昨年までチームを率いた布啓一郎監督が退任し、今季から元鹿島の奥野僚右監督が指揮を執る。田中のポテンシャルを高く評価した奥野監督は、始動直後から熱血指導。左右のMFが本職の田中をボランチなど多くのポジションで起用し、プレーの幅を広げさせた。
田中は「ボランチでの起用は、『もっと広い視野を持て』というメッセージだと受け止めている。自分には結果が求められている」と、すべてを受け入れて自身を磨いた。
「タフなJ2でどれだけできるかチャレンジしたい」
指揮官は、プレシーズンのテストマッチすべてで田中をレギュラー組で起用し、コンビネーションを構築させた。それは田中に対する強い期待の表われだった。
今季J2リーグ開幕節・新潟戦。田中は右MFで先発のピッチに立った。強風が吹く難しいゲームとなったが、数少ないチャンスを活かすべく奮闘。スコアが動かない中で77分までプレーした。田中が去った後にチームは3失点し、0対3で開幕戦を落とした。
「強風でボールが落ち着かなかったが、攻撃の形は見えていた。もっとワンプレーワンプレーの精度を高めてチャンスを作っていかなければいけなかった。攻撃、守備の課題を修正して再開後につなげていきたい」
コロナ禍の中断期間は、オンラインでヨガに初トライ。身体の柔軟性を高め、可動域を広げたという。
「J2は、一番試合数が多いタフなリーグ。いろいろな特長のチームがあるので、そこで自分がどれだけできるかチャレンジしたい。ここからさらに這い上がっていくためにも、負けられない」
再開後、群馬の攻撃陣は、大前元紀と林陵平の2トップが濃厚。その背後からゴール前へ飛び出していく背番号11がチームの飛躍の鍵を握っている。
取材・文●伊藤寿学(フリーライター)