4月15日、雨のカシマサッカースタジアム。試合を終えた選手たちがサポーターへの挨拶を終えると、鹿島アントラーズの鈴木優磨は1人その場に留まった。
観客席からごったになって飛んでくる罵声と激励を一身に浴びた彼は、看板を越え、サポーターに近寄り、拡声器を握った。
「俺らも100%やってるよ。たしかにわかる。結果が出てないのはわかる。俺らが全部悪いよ。でもここから、まだ巻き返せるチャンスが俺らにはある」
拍手が起こる前に、怒気を含んだ辛辣な声が返ってきた。
「ねーよ!」
鈴木は言葉を止めなかった。
「まだある。絶対ある」
「ねーよ!」
「3連覇したときも負け続けた。最後に勝つ」
「気持ち感じねえんだよ、気持ちをよ! おめえらじゃよ!」
雨は降り続いていた。カメラマンとしてこのスタジアムで多くの試合を撮影してきたが、こんなに悲しい光景を目にしたことはなかった。
「勝つしかない試合」で強さを見せてきた鹿島だが…
4月1日、鹿島はホームでサンフレッチェ広島に敗戦。試合終了まであと少しという時間帯で立て続けにゴールを奪われ、昨年8月から続いているホーム未勝利の流れを止めることができなかった。すると、サポーターはスタジアムを出るチームバスを囲んだ。
その次の試合は9日、アウェイでの柏レイソル戦。柏は昨年8月からホームだけでなく公式戦未勝利が続いており、サポーターの我慢が限界に達しているチーム同士の対戦となった。試合は柏が細谷真大のゴールで先制し、そのまま1-0で勝利。試合後、鹿島サポーターはゴール裏に居残った。
そして15日、鹿島はホームにヴィッセル神戸を迎えた。勝利以外許されない状況での試合となったが、神戸は前節を終えた時点で首位。順位表を鵜呑みにすれば、もっとも手ごわい対戦相手だった。
しかし個人的には、「強い相手に勝つしかない」という状況は、かえって鹿島に有利に働くのではないかという思いがあった。先の鈴木の言葉にあったような、「最後には勝つ」という鹿島のイメージは今でも強くあった。
ところが、試合が始まると順位表が示す通りのサッカーが繰り広げられた。神戸は齊藤未月と山口蛍が抜群のポジショニングと運動量でチームを支え、共にドリブルを得意とする汰木康也と井出遥也が近い位置で補完し合い、酒井高徳と初瀬亮の両サイドバックはどんどん前に出てくる。チーム全体の球離れもいい。シンプルかつ無理のない、それでいて効果的な試合運びで徐々に優位に立つと、24分にコーナーキックから大迫勇也がゴールを決めてスコアを動かした。
鹿島は強いプレスでテンポを乱そうとするが、球離れのいい神戸はそれを回避。前半アディショナルタイムには逆に鹿島からボールを奪い、クロスから武藤嘉紀が追加点を奪った。
試合終了の瞬間、鈴木優磨はピッチに倒れ込んだ
前半終了の笛が響くと、大急ぎでロッカーへ向かう選手がいた。鈴木だった。走ってタッチラインを越えた彼は振り返ってピッチに一礼すると、「早く戻ってこい」と大きく手を動かしてチームメイトを急がせた。0-2の状況でも、彼が勝利しか考えていないのは明らかだった。
勝利を諦めていないのは、ゴール裏のサポーターも同じだった。雨の中、ハーフタイムの間もずっと歌い続けるその声は、濡れたレンズを拭きに戻ったメインスタンド下のメディア控室まで聞こえていた。同じ階層で、よりホームゴール裏の近くにあるロッカーにも、サポーターの歌声は届いていたに違いない。
しかし猛反撃を見せなければならない後半開始直後、鹿島は不運にもハンドでPKを与えてしまい0-3に。反撃ムードが一瞬で萎んでもおかしくない最悪のタイミングでの失点となったが、4点取るしかないチームはセンターバックが高い位置を取る3バックに変更して強引に相手を押し込み、61分、ついに鈴木が1点を返した。
キャプテンマークを巻いた背番号40は、自陣に向かう前にゴール裏のサポーターに向かって雄叫びを上げた。勝利だけを信じる両者の強い結びつきが、確かにそこにはあった。
しかし、ここまでだった。スクランブル態勢になった鹿島を、神戸はカウンターであっさりと仕留めてみせた。1-5。ホームでの5失点は1995年9月2日のヴェルディ川崎(現東京ヴェルディ)戦以来、28年ぶりのワーストタイ記録だ。勝利以外許されない試合は、鹿島の惨敗で幕を閉じた。
終了の笛と同時に、鈴木はピッチに倒れ込んだ。
ここ1年で、彼の同じような姿を何度も撮った。
試合終盤、鈴木はいつもヘトヘトだ。ただし、それでも運動量は落ちない。広い範囲に顔を出し続け、上手くいっていない箇所を補い、試合をどうにか好転させようと奮闘し続ける。自分のところまでボールが届かず、ガックリという擬態語がそのまま当てはまるようなリアクションを見せることもあれば、判定に異を唱えることもある。それでも、ボールを届けられなかったチームメイトをサムズアップで後押しすることは欠かさないし、プレーが始まればまた動き続ける。彼には、鹿島を背負っているという自負があるからだ。
そして試合終了と共に、限界を迎えて倒れ込む。あるいは悔しさを噛みしめるかのように、しゃがみ込んでしまうこともある。この日はその両方だった。芝の上に倒れ込んだ鈴木は神戸のマテウス・トゥーレルによって引き起こされたが、今度はその場にしゃがみ込んだ。昌子源に迎えられて、ようやく整列のために歩いていったが、26歳のゲームキャプテンは全てを1人で背負おうとしているようにも見えた。
昨年、ベルギーから鹿島に戻ってきた鈴木は「このクラブに一番タイトルをもたらしてきた人の背番号」と小笠原満男がつけていた40番を選んだ。小学生のころからアントラーズの選手として戦ってきた彼は、復帰理由を「このクラブを優勝させるため」と語った。2023年には、新たに導入されたキャプテン4人制の一角を担うようになった。開幕節の京都サンガ戦で相手サポーターを煽ってイエローカードを受けたように、その言動で悪目立ちすることもあるが、「鹿島を勝たせたい」「強い鹿島を見せたい」という気持ちをストレートに発露させているという一面において、彼を超える選手はいない。
徐々に失われていった“鹿島らしさ”
ここまで手にした主要タイトルは20冠。長らく“常勝軍団”と呼ばれてきた鹿島アントラーズだが、2018年のACLを最後に栄冠から遠ざかっている。
神戸戦のように、「勝たなければいけない試合」を落とす姿が珍しくなくなってきているのは事実だ。かつての鹿島は、ここぞという試合で無類の強さを誇っていた。タイトルを勝ち取れていないこと以上に、長く維持してきた“鹿島らしさ”が失われていることに危機感を持つサポーターは少なくない。
2020年のACLプレーオフで、ホームでの一発勝負にもかかわらずメルボルン・ビクトリーに0-1で敗れた当時は「まさか鹿島が……」という衝撃があった。しかし2022年には、もはや驚くべき光景ではなくなっていたのかもしれない。同年4月10日の第8節、横浜F・マリノスとの上位争いで0-3の完敗。5月25日の第15節サガン鳥栖戦では0-3から4-3と一時逆転しながらも、試合終了間際の失点で4-4の引き分け。シーズン途中まで首位争いに名を連ねてはいたものの、クラブの文化でもあった勝負強さ、悪い流れを断って勝ち切る無形の強さは見られなくなってきていた。
そして今シーズンも、広島戦、柏戦、神戸戦と3試合続けて“鹿島らしくない姿”を見せてしまった。クラブとして転換期を迎えているとはいえ、第8節を終えた時点で15位という順位にサポーターが納得できるわけもない。冒頭の光景は、そんな状況で生まれたものだった。
巻き返すチャンスは、まだある
もちろん、それでも勝利を信じる気持ちは残っている。柏戦でゴール裏に居残り、野次と共に岩政大樹監督のチャントを(否定的なニュアンスを込めて)歌い続けたサポーターたちは、神戸戦では練習前に同じチャントを正しい文脈で使って激励した。すると岩政監督は、試合前にもかかわらずゴール裏に異例の挨拶に現れた。
互いに悔しい気持ちはあるし、繋がりを大切にしたい気持ちもある。9日の柏戦後、選手たちはバックスタンド寄りのゴール裏で挨拶をするとロッカーへ戻っていったが、昌子が全員を呼び戻し、メインスタンド寄りで2度目の挨拶をした。昌子は神戸戦でも試合後、ゴールと看板の間、なるべくサポーターに近い位置でしっかりと挨拶するようにチームを先導した。言葉にならない悔しさや悲しさを必死に堪えていることが、表情から伝わってきた。
サポーターは強い鹿島を見たい。選手は強い鹿島を見せたい。ハーフタイムに続いたチャントも、試合中の鈴木の一挙手一投足も、試合後のゴール裏の光景も、形はどうあれ、その情熱がまったく萎えていないことの証左だった。
ゴール裏から去っていく鈴木はうつむいていたが、チームを背負う人間として、必要以上の悔しさも悲しさも怒りも見せず、静かに姿を消した。彼に続いて引き揚げるチームに送られた大多数のサポーターからの拍手は、勝利への気持ちをより強くさせただろう。
史上初のJリーグ3連覇を成し遂げた2009年の勝ち点は66。昨年の覇者マリノスの勝ち点は68。現時点で勝ち点7の鹿島だが、最大であと78ポイント獲得できる。巻き返すチャンスは、まだある。
◆「感じねえんだよ、気持ちをよ!」鈴木優磨が鹿島サポーターの罵声を浴びて…“ホームで5失点惨敗”カメラマンが目にした名門の苦悩―2022-23 BEST5(Number)
優磨『まだ巻き返せるチャンスが俺らにはある』
— 日刊鹿島アントラーズニュース (@12pointers) May 10, 2023
サポ『ねーよ!』
優磨『まだある。絶対ある』
サポ『ねーよ!』
「ねーよ!」を反省して
◆「感じねえんだよ、気持ちをよ!」#鈴木優磨 が鹿島サポの罵声を浴びて…“ホームで5失点惨敗”カメラマンが目にした名門の苦悩(Number) https://t.co/waJmUG4K9H pic.twitter.com/gwk6mUv51h