日刊鹿島アントラーズニュース

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2016年7月10日日曜日

◆興梠 技ありアシストに「決めたかったけど最低限」(スポニチ)


http://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2016/07/10/kiji/K20160710012936680.html

明治安田生命J1第2S第2節  浦和2―0柏 (7月9日  埼玉)

攻め上がる浦和・興梠

 OA枠でリオ五輪に参戦する浦和のFW興梠が、技ありのアシストをマークした。1―0の後半5分、中央で待ち構えた興梠は、左サイドからのパスを左足アウトサイドで李に落とすと、その李から再びリターンパス。転びそうになりながらも右足アウトサイドでの1タッチで踏ん張り、右に攻め上がった李の動きに合わせてループ気味にアシストした。

 「受ける体勢が悪かったけど、チュン(李)の走りだしが見えた。あそこしかコースがなかった」。しなやかに体を動かす“曲芸”で、李のループボレー弾を完成させてみせた。
 
 リオ五輪出場の内定後は2戦3発と決定力を示していたが、この日は持ち味のポストプレーで魅せた。手倉森監督が国際舞台で求めた「前線の収まり」を見事に体現した興梠は「ゴールを決めたかったけど最低限アシストできればいい。何より勝ったことがうれしい」と笑った。ストライカーの復調と歩を合わせるように浦和はリーグ4連勝。第2Sで4位に浮上した。ブラジルに旅立つまで残り2試合。「なるべく勝ち点を積み上げたい」と前を見据えた。

◆【鹿島】なぜアントラーズはスタイルを守り続けられるのか? スカウト部長が明かす方針とは(報知)


http://www.hochi.co.jp/soccer/national/20160708-OHT1T50207.html



 「今どき珍しいですね。こんなに多いなんて」。鹿島の椎本邦一スカウト担当部長(58)は、他クラブのスカウト担当からそう声を掛けられた。4月30日の大宮戦(NACK)。スタメンのうち8人がクラブの下部組織外から加入した選手だった。Jクラブの下部組織が発展し多くの選手が加入するようになった現在、人数の多さに驚かれたという。

 鹿島も下部組織の充実を図っているが、周辺の人口が少ないというハンデを抱えている。有力選手が入ってくる可能性はその分低く、サッカーのトレンドが変わってもクラブ外に人材を求めなければいけない。椎本部長を支えているのが「高校から選手に来てもらわないとチームがつくれない」という危機感。毎年、意中の選手から返事が来る夏場は特に「つらい」という仕事を22年間続けている。

 大事にしているのは「鹿島に合う選手。自分の目を信じること」。他クラブは監督の判断で獲得の可否を決めるが、鹿島は椎本部長の専権事項となっており責任は重い。「取ってきた選手が成長して、結果を出してくれるのが一番うれしい」。7年ぶりのリーグタイトル獲得の瞬間は、出張先で最近購入したタブレット端末で見届けた。余韻に浸りながらも、頭の中では常に数年先を見据えている。

◆鹿島から移籍のカイオは“日本のネイマール”…現地報道をブラジル紙が紹介(サッカーキング)


http://www.soccer-king.jp/news/world/world_other/20160709/466499.html



 ブラジル人MFカイオが鹿島アントラーズからUAE(アラブ首長国連邦)のアル・アインへ移籍したニュースが、同選手の母国でも報道された。ブラジル紙『ランセ』は8日、UAEメディアの報道を引用して「“日本のネイマール”が鹿島からアル・アインへ」と見出しを掲げ、記事を掲載している。

 同紙は、カイオが2年半に渡って所属した鹿島からアル・アインへ移籍し、3年契約を結んだことを紹介。同選手について「1年目の2014年にベストヤングプレイヤー賞を受賞し、昨年と今年の前半戦も好パフォーマンスを続けた。今年のファーストステージ制覇に貢献している」と記している。

 そして同紙は、カイオが現地メディアに“日本のネイマール”と呼ばれていることを紹介。「ドリブルとスピードあふれるプレー、そしてゴールによって多くのファンを魅了してきたが、(新天地で)新たなファンを獲得しようとしている」と、活躍を展望している。

 カイオは1994年生まれの22歳。2014年に千葉国際高校から鹿島に加入した。加入1年目にはJ1リーグで30試合出場8ゴールを記録し、Jリーグベストヤングプレーヤー賞を受賞。2015年は明治安田生命J1リーグで32試合出場10ゴール、今シーズンはJ1リーグ・ファーストステージ全17試合中16試合に出場して5ゴールを記録した。

 アル・アインはアラビアン・ガルフ・リーグで最多12回の優勝を誇る強豪。2003年にはAFCチャンピオンズリーグを制している。今シーズンの同大会ではベスト8進出を決めており、準々決勝ではロコモティフ・タシュケント(ウズベキスタン)と対戦する。

◆内田が国内リハビリ終え、実戦復帰に光 右膝痛は「なんとかなるっしょ」(報知)


http://www.hochi.co.jp/soccer/world/20160708-OHT1T50234.html



 右膝を痛めて離脱しているDF内田篤人(28)=シャルケ04=が8日、鹿島でのリハビリを打ち上げた。近日中にドイツに向けて出国する。2月中旬の帰国当初は「治る気がしなかった」という右膝が「なんとかなるっしょ」と、一部の対人練習ができるまで回復。時期は定めていないが、2015年3月以来となる実戦復帰へ前進していることを明かした。

 内田は昨年6月、右膝膝蓋腱(しつがいけん)の手術を受け、全治4~6か月の診断を受けた。手術は成功したものの、患部が骨化する珍しい症状に見舞われた。「もう一回やったら、サッカー選手として終わり」という中で、痛みが消えることはなかった。2月中旬にドイツを離れ、言葉が通じる国内でのリハビリを決断。5月上旬からは鹿島で治療を受けていた。

 歩くことから始めたリハビリは徐々に強度を上げ、現在はダッシュやボールを蹴ることもできるようになった。「キツいのはここから。選手としての負荷がかかってきて、どうか。EL(欧州リーグ)もあるから週に2試合になる。シーズンが始まってキツいとなって休んでいては(ダメ)」。5か月前、選手に戻るイメージすらできなかったことを考えれば大きな前進だ。

 「普通、クラブはけが人を受け入れたがらない。それは自分が新たなけがをしてしまうリスク(シャルケ04との補償問題など)があるから。ありがたい」と古巣の鹿島に感謝した。次のステップは全体練習への合流だが「ここまで来たら、ちゃんとやりたい」と、右膝以外もトップコンディションに戻してから練習に参加する考えだ。15年4月に始まったリハビリ生活。1年3か月が経過し、光が差し込んできた。(内田 知宏)

◆シャルケ・内田、国内リハビリ終え、成田出発しチーム合流へ!(報知)


http://www.hochi.co.jp/soccer/world/20160709-OHT1T50216.html



 右膝痛で離脱中のDF内田篤人(28)=シャルケ04=が9日、チームに合流するため成田空港から出国した。ドイツに渡って今季で7シーズン目となるが、初めて個人トレーナーを帯同させることを決断。すでにボールを使ったトレーニングができるまでに回復しているが、この先も万全の態勢で昨年3月以来となる実戦復帰を目指す。

 昨年6月に手術後、周辺が骨化する珍しい症状で長期離脱。約5か月間、国内でリハビリを続けていた。9月のアジア最終予選での日本代表復帰にも「間に合えば行きます。間に合わなかったら行かないですし」と視野に入れた。

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