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明治大から来季Jリーグ入りする5選手の合同記者会見が19日に行われた。ベガルタ仙台への入団が内定しているMF差波優人(さしなみ・ゆうと、4年=青森山田高)は、「まずは試合に出ることが目標ですが、試合に出て何ができるかを求められていると思うので、頑張りたいです」と意気込んだ。
“至極の5年間”が今でも支えになっている。青森県出身の差波は、中学進学と同時に名門・青森山田の門を叩いた。寮生活を開始させたが、そこで常に1学年先輩にいたのが、MF柴崎岳(鹿島)だった。「全く手の届かない存在、一緒にサッカーをやっているのが不思議なくらいだった」。同ポジションの先輩は、常に憧れであり続けた。柴崎が日本代表や高校の練習に参加することが多く、一緒に練習する時間は少なかったというが、「一緒にサッカーが出来るだけでうれしかった」と思い出話を語る。
そして高校に進学した差波にさらに衝撃を与える人物がいた。MF椎名伸志(富山)だ。椎名と柴崎がダブルボランチを形成した青森山田高は、当時の高校サッカー界を席巻。「あの2人はバケモン。全国選手権に出てブームにもなって」。ベンチから2人の活躍を見ていた差波は、「あの2人は人を引き付ける魅力があった。サッカー以外のところでも素晴らしい人たちだった。毎日がいい毎日。間近で見れた僕は、日本で一番幸せだったと思う」と表現した。
現在も2選手とは交流があり、プロ入りに際してもメッセージを貰ったという。「仙台決まった時も連絡をくれた。うれしかったですね。(柴崎は)あまり多くを語る人ではないので。『おめでとう』って感じでメッセージをくれました。寡黙な中に優しさがある人です。椎名さんはどっちかというと、「ウェ~イ!」みたいな感じの人(笑)。性格的には違いますけど、椎名さんもいろいろと言葉をくれました」。
仙台への入団は夏に練習参加した際に決めた。「明治のサッカーに似ていた。明治で学んだことが出せると思ったからです」。偉大な先輩に追いつけ、追い越せ。成長した姿をピッチで表現することが、最高の恩返しになる。
(取材・文 児玉幸洋)