「見守って、ある時は手助けしながら、一緒にやっていければ」
鹿島を愛し、鹿島に愛された男だ。
23年間のアントラーズ一筋の現役生活に終止符。12月24日、鹿島アントラーズの曽ケ端準は、2020年シーズン限りで引退することを決断した。
同27日、オンラインでの引退会見に臨んだ。
今年12月、クラブからGKのアシスタントコーチの打診を受けたという。まだ現役へのこだわりはあったし、「カシマスタジアムでもっとプレーしたい気持ちもあった」。ただ最終的には、グローブを置くことに決めた。「鹿島で終われる幸せをすごく感じているし、この先も鹿島でチームのために働けることにチャレンジしたいなと思いました」。
鹿嶋で生まれ育ち、一サポーターとしてアントラーズを応援し、その後ユースに入り、トップ昇格を果たし、絶対的な守護神として活躍して、チームに多くの勝利をもたらしてきた。その半生はアントラーズ一色と言っても過言ではない。好きになった地元クラブで、半世紀近くにわたりプレーし続けた生粋の“ワンクラブマン”だ。
だからこそ、違う世界を見てみたいとは思わなかったのだろうか。
「この先のコーチのことを考えると、他のチームを見たりとか、それがプラスになることは多々あると思うんですけど、実際、そういう決断には至らなかった。鹿島で終われる幸せとか、鹿島で仕事を続けられる幸せのほうが、僕自身の中ですごく大きかった」
そこまで鹿島アントラーズというクラブに惹かれる理由とは?
「やっぱり、常に優勝争いをして、数多くのタイトルを獲ってきて、その中の一員でいられた嬉しさを味わってきました。それを、違う形ではありますけど、チームを優勝させるということに関わっていきたい」
1998年の加入後、7度のリーグ優勝ほか、リーグカップ5回、天皇杯4回、ACL1回と、国内随一の『20冠』を誇る鹿島で、実に17個のタイトル獲得に貢献してきた。間違いなく“常勝軍団”の礎を築いたひとりだ。
もっとも、近年はタイトルから見放されている現実がある。自らが寄与してきた輝かしい歴史をこれからも紡いでいくためには、何が必要になってくるのか。
「日本人選手の最年長はヤス(遠藤康)になるんですけど、僕自身が決断してからいろいろ話したりしましたし、ヤスを中心にチームがひとつにまとまって、やっていってくれると思います。
ユースから上がってきた(土居)聖真だったり、マチ(町田浩樹)だったり、沖(悠哉)だったり、ヤマ(山田大樹)だったり、そういうアントラーズを知っている選手も多くいるので。そこは心配なく、見守って、ある時は手助けしながら、一緒にやっていければ」
連綿と続く伝統を途切れさせないために、今後はスタッフとしてチームに関わりながら、“優勝させる”ことに尽力していく。その大きな経験値と、なによりもアントラーズをこよなく愛する想いこそ、クラブにとってかけがえのない財産であり、タイトル奪還の原動力になるはずだ。
取材・文●広島由寛(サッカーダイジェスト編集部)
◆「鹿島で終われる幸せ」曽ケ端準の一途なクラブ愛が、輝かしい歴史を紡いでいく(サッカーダイジェスト)