サッカー日本代表は1日、TOYO TIRES CUP 2024でタイ代表と対戦し、5-0で勝利した。初先発を果たした佐野海舟は持ち味のボール奪取のみならず、攻撃面でも成長の跡を感じさせた。AFCアジアカップにも選出された23歳は、日本代表に生き残るために必要なことを胸に留め、新たな武器をモノにしようともがく。(取材・文:藤江直人)
短期間で激変した佐野海舟の立場
新しい年の訪れとともに、佐野海舟をめぐる状況が変わった。いい意味で激変したと言っていい。
まずは史上初めて元日に開催された日本代表の国際親善試合。タイ代表と対峙した国立競技場で、キックオフを告げる韓国のキム・ウソン主審のホイッスルを、佐野はピッチの上で聞いた。
国際Aマッチ出場2試合目にして初めての先発。しかし、佐野の自己評価は厳しいものだった。
「自分自身、ミスがめちゃくちゃ多くて、自分のテンポやリズムをなかなか作れなかった。特に前半はチームとして上手くいっていない時間帯が多かったので、そこは自分がもっとボールを受けて、リズムを作り出すことが必要だったと思います。課題や反省がたくさん見つかりました」
それでも、日本代表の最初の決定機を演出したのは佐野だった。開始7分。ハーフウェイライン上でパスを受けて、前方へボールを持ちだした直後に縦パスを一閃。フィニッシュこそ左ゴールポストをかすめて外れたが、代表デビューを果たしたトップ下、伊藤涼太郎が前を向けるパスをピタリと入れた。
しかし、佐野の表情はさえなかった。千葉市内で代表合宿が行われていた昨年12月30日に、23歳になったばかりボランチの口調を何か重たくさせていたのか。佐野はこう続けた。
「ミスが多かった」佐野海舟が反省したのは…
「自分のボールタッチの感触があまりよくなかったし、単純なミスも多かった。前半を終えて(田中)碧くんと『距離感やパス交換の部分で、もっとリズムを作ろう』という話をしていたなかで、後半になって流動性が出てきて、スピード感も上がったと思っている。そこはよかった点だと思います」
伊藤に代わって堂安律、同じく代表デビュー戦の奥抜侃志に代わって中村敬斗がキックオフとともに投入された後半。流動性が生まれた日本代表は、51分に田中碧が先制点を決める。さらに61分。2点目を予感させたシュートが、6万1916人で埋まった国立競技場のスタンドを沸かせた。
中村が放った強烈な一撃が、右ゴールポストを直撃した惜しい場面。これを巻き戻していくと右サイドバックの毎熊晟矢の攻め上がりからのクロスに、さらには佐野の縦パスに行き着く。
ハーフウェイラインのやや後方、自陣の右サイドで伊東純也から短いパスを受けた佐野はまず前を向き、次にフェイントを入れて対峙してきたタイの選手を軽やかにかわした。そして次の瞬間、右タッチライン際で高い位置を取っていた毎熊を、さらに前へ走らせる絶妙のパスを供給していた。
「後半はよりシンプルにプレーしようと思っていましたし、特に自分のところで相手を一枚剥がすのは常に意識しているプレーなので。そこはもっともっとチャレンジしていきたい」
攻め上がった毎熊が、ややマイナス方向へのグラウンダーのクロスを選択。左サイドから中央へ侵入してきた中村が、ノーマークの状態から右足を振り抜いた場面の起点になった一連のプレーを佐野はこう振り返っている。守備を固められた相手ゴール前で、いかにして味方がノーマークとなる状況を作り出せるか。タイ戦へ向けた合宿で取り組んできたトライが形になったのは72分だった。
「目も合っていた」以心伝心でつながったパス
左サイドの奥深くで中村がボールを持った場面で、佐野がスルスルとバイタルエリアへ近づいていく。中村から佐野へ、さらに佐野から中村へ。短いパスを交換した直後に、佐野はペナルティーエリアのなかへ侵入していった。しかも右手で前方を指すゼスチャーで、中村へパスを要求している。
「中村選手と目も合っていたので、その瞬間に『パスが来る』と思って走っていきました。そこへ上手く出してくれましたし、自分もそこから上手く折り返せたのかなと思います」
以心伝心で送られた縦方向へのパスに反応した佐野が、相手ゴールとの距離を一気に詰めていく。必然的にタイの守備陣も下がり、視線は佐野とニアサイドに詰めてきた細谷真大に向けられる。
しかし、佐野は体を時計回りに強引に捻りながら、左足でマイナス方向へのパスを送ってタイの選手たちの虚を突いた。パスの先にいたのはノーマークになっていた南野拓実。左足から放たれたシュートは相手キーパーに防がれたが、詰めていた中村がこぼれ球を押し込んで2点目をあげた。
「中盤の底の位置で攻守のバランスを見ながら、上がっていけるときには上がっていかなきゃいけないと思っていた。その意味でゴールにつながる攻め上がりができたのはよかった」
こう語った自身にはアシストはつかない。それでも機を見るに敏の攻撃参加から追加点を演出した佐野は、パスを送る直前のプレー、中村のパスに反応して深く攻め込んだ動きをこう振り返る。
「あそこのゾーンは、チームとしても個人としても意識して狙っていた。あのゾーンを突いてマイナス方向にパスに送れば、味方が絶対に空くとも思っていた。前半も何回か上がっていたんですけど、タイミングがあまりよくなかった。ただ、後半のあの場面ではすごくいいタイミングで上がれたと思うし、あの回数をどんどん増やしていかなきゃいけない。これは次の課題だと思っています」
2分後の74分に生まれた、相手のオウンゴールによる3点目にも佐野が関わっていた。
自陣の中央でパスを受けて前を向き、相手選手とのデュエルを強引に制した佐野が選んだのはドリブル突破。20メートルほどボールを前へ運び、カウンターを発動させてから左前方にいた中村へパス。さらにボールを託された南野のクロスを、相手選手がかろうじてコーナーキックに逃れた。
堂安が放った左コーナーキックを、ニアサイドで細谷が後方へすらしたボールが相手選手に当たってオウンゴールになった4分後の78分。佐野が初めて経験する瞬間が訪れた。
「ずっとゴールをずっと狙っていました。ただ…」
毎熊に代わって菅原由勢が、そして田中に代わって代表デビューの川村拓夢が投入される。国際親善試合の上限である6つの交代枠を森保監督が使い切った瞬間に、佐野の先発フル出場が確定した。
「自分にとって間違いなくプラスになると思います。ただ、これからもどんどん自分のよさを出していかないと代表に生き残っていけないので、そこはもっと、もっとやっていきたい」
代表での先発フル出場をこう振り返った佐野は、田中に代わってダブルボランチを組む川村に「僕がバランスを取るから」と耳打ちした。横ではなく縦で関係を組む時間帯を増やそうというメッセージ。果たして、相手ゴール前へ迫る場面が増えた川村は82分に代表初ゴールとなる4点目を決めた。
タイ戦はアジアカップ代表入りをかけた一戦でもあった。代表歴の少ない選手たちが個人的にもアピールしたい、という思いが頭をもたげてきても不思議ではない。ゴールの枠を外してしまったものの、佐野も85分にコーナーキックのこぼれ球をダイレクトでシュートしている。
「もちろん、僕自身もずっとゴールをずっと狙っていました」
苦笑しながら本音を明かした佐野は、そのなかで川村を前へ出した意図をこう振り返る。
「ただ、攻守のバランスを見るのも自分の仕事なので。それをぶらさずにやりつつ、自分も上がっていけるときにはゴールに絡んでいきたい。今日は川村選手と上手く関係が取れたと思います」
もっとも、元日における最大のサプライズは、5-0でタイに圧勝した数時間後に待っていた。
最大のストロングポイント「自分なりの奪い方がある」
国立競技場内で行われたアジアカップ代表メンバー発表記者会見。山本昌邦ナショナルチームダイレクターともに出席した森保監督が選んだ26人のメンバーのなかに、代表チームの常連と言っていい鎌田大地、古橋亨梧、そしてタイ戦で先制点を決めていた田中の名前がなかった。
特に田中はボランチのなかで、キャプテンの遠藤航、守田英正に続く位置づけの選手だった。鎌田もトップ下だけでなくボランチでプレーできる。昨年のカタールワールドカップ代表にも名を連ねた2人が外れたなかで、タイ戦に引き続いて選出された佐野の序列が一気にはね上がった。
アジアカップで代表復帰を果たした、ユーティリティープレイヤーの旗手怜央もボランチでプレーできる。センターバックの谷口彰悟もアンカーで、板倉滉もボランチやアンカーでプレーした経験がある。それでもボランチを主戦場にする佐野が、一気に遠藤と守田に次ぐ存在になった。
鳥取県の強豪・米子北高から2019シーズン加入したJ2のFC町田ゼルビアで、そして昨シーズンにステップアップを果たした常勝軍団の鹿島アントラーズで、佐野は「相手ボールを奪うプレーが、自分の一番のストロングポイントだと思っています」と公言してはばからなかった。
昨年2月の開幕からボランチのファーストチョイスを担い、武器と自負するボール奪取力を介して存在感を放ち続けた鹿島でのプレーが森保監督の目に留まった。A代表のラージリストに加えられた佐野は、伊藤敦樹が怪我で辞退した昨年の11月シリーズで初めて招集された。
さらに腰痛を訴えた鎌田が交代を申し出てきた、同16日のミャンマー代表とのワールドカップ・アジア2次予選の後半開始ともに国際Aマッチデビュー。風雲急を告げる展開でも見せた、鹿島と変わらないプレーを森保監督も高く評価し、タイ戦へ臨む代表メンバーに引き続き招集された。
ボール奪取力を武器とする点で、代表では遠藤を想起させる。佐野も「僕も見本にしています」と新天地リバプールでも代役の効かない存在となった遠藤へ言及しながら、さらにこう続ける。
「ただ、自分なりの奪い方があるので。自分の像というものをしっかりと作っていきたい」
ブンデスリーガのシュツットガルトで、球際の攻防で無類の強さを誇った遠藤はデュエルキングと畏怖され、森保ジャパンでも異彩を放つ存在になった。身長178cm体重76kgの遠藤に対して、佐野のサイズは176cm67kg。体の厚みさらに増やす過程にあるからか。佐野は自分自身をこう分析する。
「体が大きくない分だけ…」佐野海舟のボールを奪う極意
「相手との駆け引きなどでボールを奪うプレーが、自分は得意だと思っています。体が大きくない分だけ、そういうところで勝負しなきゃいけないと思ってきました」
さらにセカンドボールの落下点やボールの行方に対する予測など、独自のアンテナをピッチ上でフル稼働させる。築き上げてきたスタイルに照らし合わせても、タイ戦の前半は納得できなかった。
「予測という部分に関しても、自分のいいときと比べて今日は上手く出せなかったと思っている。攻守のバランスを取りながら、もっともっと予測の部分も働かせていかなきゃいけない」
予測力を研ぎ澄まさせていくためには、試合中における情報収集力をさらに高めていく必要がある。課題を解消させるための金言を、佐野は昨年末に始まった代表合宿中に授かっている。
「ピッチ上でこまめに首を振る、情報を得るという作業を、僕は息を吸うようにやっていた」
声の主は臨時コーチとして招かれた、日本サッカー協会の中村憲剛ロールモデルコーチ。川崎フロンターレのボランチやトップ下で一時代を築いたレジェンドの言葉に、佐野は大きな感銘を受けた。
「ボランチとして本当に必要な動きだと思ったし、自分自身、そこはあまりできていなかった。まずは意識しながら取り組んで、自分の武器として、無意識のうちにきるようにしていけたら」
意識せずとも、まるで息を吸うように首を振り続ける。その間は足もとのボールにほとんど視線を落とさず、次のプレーを決める必要な情報をリアルタイムで脳裏にインプットしていく。いま現在の森保ジャパンでそれを実践している代表格が、レアル・ソシエダをけん引する久保建英となるだろう。
先発フル出場したタイ戦で、新たな武器を稼働させられたのか。佐野は首を横に振った。
「いや、まだまだです。まだまだこれからだし、意識してやり続けていかなきゃダメですね。もっともっと情報量を増やして、ボランチとして自分にできるプレーを増やしていきたい」
総勢で7人を数えた、国際Aマッチ出場数が「1」以下だったフィールドプレイヤー全員がタイ戦で起用された。それぞれがキャップ数を増やしたなかで、アジアカップ代表に選出されたのは佐野だけだった。森保監督の期待のもと、次のステージへ駆け上がった佐野は代表発表前にこう語っていた。
「絶対に選ばれたいし、徐々にですけど自信もついてきているので、もっともっと自分のプレーを出していきたい。例え選ばれなくても自分のやるべきことをぶらさずに、これからも続けていきたい」
12日に開幕するアジアカップで最後まで勝ち残れば最大で7試合を戦い、帰国は決勝戦翌日の2月11日となる。常勝軍団復活を期し、ランコ・ポポヴィッチ新監督のもとで始動している鹿島へ、さらにスケールを増して合流する自らの姿を思い描きながら、佐野は中東カタールの地で新たな戦いに臨む。
(取材・文:藤江直人)
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