日刊鹿島アントラーズニュース
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2016年7月25日月曜日
◆[NB CHAMPIONSHIP U-13 MOM]鹿島つくばJY GK岸本悠将(1年)_今春からGK本格挑戦、1対1止めて完封勝利(ゲキサカ)
http://web.gekisaka.jp/news/detail/?194689-194689-fl
[NB CHAMPIONSHIP U-13 マン・オブ・ザ・マッチ]
[7.24 NB CHAMPIONSHIP U-13 1回戦 C大阪U-15 0-1 鹿島つくばJY 時之栖裾野D]
鹿島アントラーズつくばジュニアユースはGK岸本悠将が168cm、69kgの大きな身体を最大限に活かしてシュートストップ。C大阪U-15を無失点に封じて準決勝進出に大きく貢献した。
岸本は前半8分、後半27分に相手FWと1対1のピンチを迎えながらも「まずは絶対にゴールに入れさせないこと、止めることに集中していました。(1対1でも)絶対に止められないことはない」と相手のシュートコースを消してストップ。サイド攻撃に対する対応などで課題もあったが、2つのビッグセーブでチームを救った守護神は、後半終盤にクロスから迎えたピンチで身体を投げ出してシュートコースを遮るなど好守が光った。
小学生時代は埼玉県のレジスタFCの一員として全国少年サッカー大会優勝を経験。当時は主にFWでGKも兼任していたというが、中学から大柄な身体を活かして本格的にGKに挑戦している。目標のGKは日本代表GK西川周作。自身の特長を声がけという岸本は、もうひとりの実力派GK高橋楓と競争しながらGKとしての経験を重ねてきている。
「みんなから信頼されるGKはになりたい。(今大会は)みんなで優勝して笑顔で終わりたいです」と目標を掲げた岸本について、チームメートのFW五町蓮は「(ピッチに入ると)頼もしいし、格好良い」と信頼。チームは高橋の好守などで続く準決勝を突破し、決勝へ駒を進めた。再び出番が訪れた際にはまた無失点に抑えて勝利に貢献する。
(取材・文 吉田太郎)
◆[NB CHAMPIONSHIP U-13]鹿島つくばJYが好守と五町決勝ゴールでC大阪U-15振り切る(ゲキサカ)
http://web.gekisaka.jp/news/detail/?194688-194688-fl
[7.24 NB CHAMPIONSHIP U-13 1回戦 C大阪U-15 0-1 鹿島つくばJY 時之栖裾野D]
Jリーグ下部組織12クラブに中体連、街クラブの強豪計24チームが優勝争う“全国大会級”のU-13大会、「newbalance CHAMPIONSHIP U-13/2016」は24日午後、順位決定トーナメントへ突入。上位8チームによる「トーナメント1」1回戦で予選リーググループF1位のセレッソ大阪U-15とグループC2位の鹿島アントラーズつくばジュニアユースが激突し、鹿島つくばJYが1-0で勝った。
鹿島つくばJYの土田哲也監督は「まだまだです。プレッシャーがかかると焦ってしまう。やっている選手が一番気づいていると思います」と指摘した。試合序盤はMF中埜航平中心にボールを動かすC大阪U-15がチャンスを連発。だが得点には至らない。8分には抜け出しからFW下川陽輝がGKとの1対1を迎えたが、ここは鹿島つくばJYのGK岸本悠将がストップ。直後にも右サイドを抜けだしたFW高橋春喜が右足でシュートを放つが、左ポストを叩き、こぼれ球もCB福原陽向にクリアされてしまう。
一方の鹿島は落ち着いてボールを動かすことができず、C大阪に連続攻撃を許してしまっていた。それでも幅広い動きでゴールを守る福原やゴール前で健闘したCB森山駿を中心に守った鹿島つくばJYは20分にワンチャンスをものにする。相手の背後を狙ったFW五町蓮がMF立山大祐からのパスを受けると、「丁度いいところに来た。トラップでGKをかわして流し込んだ。めっちゃ嬉しかった」とGKをかわしてから先制点を奪い取った。
C大阪U-15はその五町が「セレッソはめっちゃ強かった。一人ひとり技術があって、簡単に剥がされた」と振り返るほどの強敵。先制後にもMF根木賢聖の1タッチパスで高橋に抜けだされてピンチを迎えた。だが、鹿島は後半、C大阪の攻撃を停滞させる。先日鹿島のトップチームデビューを果たしたFW垣田裕暉の弟、FW垣田将吾や交代出場のFW中山隼を筆頭に厳しさを増したプレス。相手ボールに1人、2人と襲いかかって選択肢を奪い、ボールをもぎ取った。
GK岸本が「みんな狙い所はっきりしていてボールの奪い方が良かった」と説明し、五町も「DFラインは声出してやってくれていたし、頼もしかった。(自分たちは)球際、走りでは負けない。プレスは常に言われている部分」と口にしたように、厳しさを増した守備から立て直した鹿島つくばJYに対し、C大阪U-15も22分に下川が中央を抜けだしたが、再びGK岸本が1対1をストップして見せる。
C大阪U-15はやるべきことを徹底して守る相手から最後まで1点を奪うことができず。鹿島つくばJYが予選リーグ最終節でC大阪U-15に敗れた鹿島ジュニアユースの“敵討ち”に成功した。土田監督も「全然足りないところもあるけれど、個人、戦術のところでサッカー理解力がある」と説明する鹿島つくばJYが試合の中で対応して掴んだ準決勝への切符。それも毎試合、先発とサブ組を入れ替えて、多くの選手に真剣勝負の場で色々な経験をさせながらの勝利となった。
(取材・文 吉田太郎)
◆「五輪に行けなかった僕が結果を出さないと」FW豊川が決意表明の一発! 岡山の5戦ぶり勝利導く(ゲキサカ)
http://web.gekisaka.jp/news/detail/?194681-194681-fl
[7.24 J2第25節 山形0-1岡山 NDスタ]
途中出場のFW豊川雄太がチームを救った。前半から劣勢を強いられたファジアーノ岡山は後半37分、投入からわずか3分後の豊川が決勝ゴールを奪い、1-0で勝利。6月26日のJ2第20節カマタマーレ讃岐戦(1-0)以来、5試合ぶりの白星をつかみ、4位に浮上した。一方、ホームで10試合ぶりの敗戦を喫したモンテディオ山形は、リーグ戦4試合勝ちなし(1分3敗)となり、12位に後退した。
開始から主導権を握ったのは山形。MF佐藤優平を中心としたパスワークと快足のFWディエゴ・ローザを走らせるシンプルな攻撃を織り交ぜ、ゴールを狙う。ディエゴ・ローザは前半3分にMF梅鉢貴秀のクリアボールに抜け出す形から、同9分にはMF川西翔太のスルーパスを受けてPA内でシュートチャンスを迎えるが、ネットを揺らすことはできなかった。
山形のペースは続き、前半31分に梅鉢が相手のクリアボールに反応し、PA手前左からダイレクトで左足のシュート。しかし、枠の右に外れ、先制とはならず。岡山もFW押谷祐樹が前線で奮闘し、同33分、34分にシュートを放ったが、得点に結びつくことなく前半はスコアレスで終了した。
後半も攻勢を続ける山形は立ち上がりにビッグチャンスを迎える。後半12分、ディエゴ・ローザがMF山田拓巳とのパス交換で右サイドを打開すると、さらに中央のMFディエゴとのワンツーからPA内右にフリーで進入。だが、ファーストタッチが足もとに入りすぎてしまい、バランスを崩して打ったシュートはゴール左に外れてしまった。
後半19分にはこの日最大の決定機。川西が右サイドを抜け出し、マイナスに折り返す。PA内中央で受けたディエゴは落ち着いて左のディエゴ・ローザにパス。完全フリーのディエゴ・ローザがダイレクトで右足のインサイドで合わせるも、力のないシュートは素早く戻ったDF篠原弘次郎にクリアされた。
ピンチをしのいだ岡山は後半30分にFW伊藤大介からMF島田譲、同34分に押谷から豊川と、立て続けに交代カードを切る。すると同37分、相手陣内中央でのFKから、キッカーの島田が左足で滞空時間の長いクロスを入れると、PA内左のDF岩政大樹が相手と競り合ってボールを落とす。これに反応した豊川が左足でゴール右に蹴り込み、自身4試合ぶりとなる今季5得点目。途中出場の豊川の一撃が決勝ゴールとなり、岡山が苦しみながらも勝ち点3を手にした。
試合後、何度もガッツポーズを繰り返した豊川。ヒーローインタビューではリオデジャネイロ五輪に出場するチームメイトのMF矢島慎也についても触れ、「慎也くんがいなくなって勝てないと言われるのが嫌なので、五輪に行けなかった僕が一皮も二皮もむけてしっかりと結果を出さないといけない。そのためにゴールを取れたことは良かったと思います」と頼もしく語った。
2016年7月24日日曜日
◆興梠「俺は大丈夫」移動38時間にも最年長の余裕(ニッカン)
http://www.nikkansports.com/olympic/rio2016/soccer/news/1683526.html
リオデジャネイロ五輪に出場する男子日本代表が、ブラジル北東部セルジッペ州の州都で直前合宿をスタートした。
オーバーエージ枠で出場する最年長選手のFW興梠が、余裕の態度を示した。初の世界大会で移動に38時間かかっても「飛行機でしっかり寝られたし、俺は大丈夫っすね」。23歳以下の選手とは19日の千葉合宿から初融合し「最初は距離感が微妙だったけど良くなってきた(笑い)。ホテルにいる時間でコミュニケーションを取って、ピッチでは徐々に互いのプレーを知っていければ」と話した。
◆元日本代表・鈴木隆行氏、ブラジル時代は「地獄のような嫌な生活」(サンスポ)
http://www.sanspo.com/soccer/news/20160723/jpn16072318470002-n1.html
サッカー元日本代表FW鈴木隆行氏(40)が23日、江戸川大(千葉県流山市)の現代社会学科の特別講義にゲスト出演。「サッカー日本代表から読み解く社会学」と題し、学生たちに海外でプレーした経験談などを語った。
20歳のときに鹿島からブラジルのリオデジャネイロ州3部リーグにレンタル移籍した経緯について、「高卒でプロに入団して力の差を感じた。知らない文化に触れることは勇気のいることだったが、自分を変えたいと思った」と当時の心境を明かした。
ひざ丈まで雑草が伸び放題のピッチ。時間にルーズなチームメート。日本では感じたことのないストレスに「本当にきつくて、地獄のような嫌な生活だった。こんなところには、もう2度と来たくないと思った」。それでも、半年後に日本に戻ってきたときは「どんなに苦しくても我慢できる自信ができた」と、精神面での成長を実感したという。
その後、2002年日韓W杯でゴールを決めるなど、スターの階段を駆け上がった。「底辺をはいつくばっていたのに、1年半で1番上になってしまった。その変化についていけず、無理に尖りすぎていろいろと衝突していた」。当時はファンにもマスコミにも、心を開こうとしなかった。
ベルギーやセルビアでのプレーを経て米国に渡った30歳のころ、それまでプレー以外に気を配らなかった鈴木は「それではいけない」と心境が変わってきたという。チームメートに積極的に話かけると「受け入れてもらって、サッカーでもプラスが多かった。周りも助けてくれる。初めからそうしていれば、もっと結果が出たのかも」。学生たちに異文化に溶け込む大切さを説いた。
最後に、21年に及ぶ競技者生活を振り返り「成功したのは4、5年。50回失敗して1回成功するくらいの感覚だった。うまくいかない人が世の中の大半だと思う。それでも元気を取り戻して、前に進めば必ずチャンスはくる」と若者にエールを送っていた。
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