日刊鹿島アントラーズニュース

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2018年4月21日土曜日

◆【Jリーグ25周年の群像】内田篤人、右太もも裏の違和感で戦線離脱も想定内 「そういうものをごまかしながらやっていく」 日本復帰、決断の理由とは(zakzak)





★鹿島DF・内田篤人(2)

 内田篤人(30)は2月25日、清水エスパルスとの今季開幕戦に右サイドバックとして先発し、後半39分までプレーした。2010年5月以来のJ1復帰だったが、この試合を最後に、内田篤人の名前は鹿島アントラーズの先発メンバーから忽然と消えた。

 ドイツで長期離脱を引き起こした古傷の右ひざではない。右太もも裏の違和感が原因だった。

 内田にとっては想定内。2月14日に上海申花(中国)相手のACLグループリーグ初戦に先発フル出場した後、「これからは筋肉系のケガとかが、多少あると思うよ。小さいのがね。そういうものを適当にごまかしながらやっていくしかないんじゃないのかな」と予告していた。

 2015年6月に右ひざの手術を受け、懸命にリハビリを続けてきたが、ドイツの古豪シャルケから2部のウニオン・ベルリンに移ったその後の2年半で、ピッチに立ったのはわずか3度だけだった。

 一方、今年1月に復帰した鹿島では、宮崎キャンプ中の練習試合からコンスタントにプレー。もし体が悲鳴を上げるとしても、それは久しぶりに右ひざが機能している反動で、周囲の筋肉が驚いているからだと自らに言い聞かせてきた。

 「何かいま、『デュエル』って流行っているんでしょう? オレは昔からずっとやっていることだけどね」

 「デュエル」とは、フランス語で「決闘」を意味し、日本代表のバヒド・ハリルホジッチ前監督が掲げたキーワードだった。それに唐突に言及したあたり、代表を意識していた証しだが、右太もも裏の違和感が消え、4月14日の名古屋グランパス戦で戦列復帰を果たす直前の同9日、ハリルホジッチ前監督は電撃的に解任された。

 「どうなんだろうね。協会の判断だし、代表に呼ばれていたわけでもないから、オレがどうこう言う話ではないと思う」

 監督交代に関しては言及を避けたが、西野朗新監督の就任であらゆる選手にチャンスが広がるのでは、という問いには、「それはあるでしょう」と答えた。

 「見てくれると思うよ。やれるということが分かれば、気にはしてくれると思う」

 鹿島で活躍していれば、西野監督は振り向いてくれるはずと努めて前を向く。そもそも、内田が鹿島復帰を決断したのは、なぜだったのか。(スポーツジャーナリスト・藤江直人)


【Jリーグ25周年の群像】内田篤人、右太もも裏の違和感で戦線離脱も想定内 「そういうものをごまかしながらやっていく」 日本復帰、決断の理由とは



◆ジーコ監督の部屋に「呼ばれ続けた男」久保が落選(ニッカン)






<W杯メンバー選考の真相(5)>

 どうしてもFW久保竜彦を諦めたくなかった。「日本人離れ」。身体能力の高い選手を表現する決まり文句だが、ジーコ監督の印象では、それをはるかに超えるものが久保にはあった。無理な体勢からシュートを決めるバネ、カンガルーのようなジャンプ力、爆発的な瞬間スピード。現役時代にファンタジスタとしてセレソン(ブラジル代表)の攻撃陣を動かした指揮官は、久保の高い身体能力にほれ込んでいた。

 しかし久保の調子が上がらない。長年腰と両足首の痛みで苦しんできた。大きなケガなら諦めもつく。サッカーができないほどではなく、痛み止めで紛らわせ、テープで固めればピッチには立てる。06年の久保はその繰り返しだった。

 ブラジルでは、セレソンを人格者として待遇する。何かを教え込むのではなく、選手個々が持っているものを代表で出してもらうことを重視する。02年日韓大会で指揮したトルシエ監督の管理主義とは正反対の路線。ジーコ監督も日本代表の選手たちを人格者として扱った。合宿中でもグラウンドを離れると、強制するものはほとんどない。

 しかし久保だけは例外だった。2月の国内合宿ではほぼ毎晩、宿舎ホテルの部屋に呼び、コンディションをチェックした。部屋に呼ばない日は食事会場に残して話した。久保は口べたで、指揮官の問いに「はい、いいえ」の返事が多く、ジーコ監督の困った表情は複数のスタッフに目撃されている。4年間でジーコ監督の部屋に呼ばれた選手はほとんどいない。「久保さんはもう当確だね」と嫉妬する選手もいた。メンバー発表直前の合宿でも、ドクターやトレーナーを交えた久保へのチェックを続けた。

 当時は、事前の準備作業や所属クラブへの仁義などもあり、メンバー発表前日までには、現場から日本協会へ選手リストが上がっていた。しかしジーコ監督は「まだ考えたい選手がいる。ギリギリまで考える」とリストを渡さなかった。仕方なく、日本協会は各クラブに電話を入れ「ワールドカップ(W杯)メンバーは当日、テレビで確認してください」と連絡した。当日はプレスリリース作成や各クラブへの連絡のため、会見場の裏に急きょ事務局を設け、ジーコ監督の声を拾って、23人のリストを作成した。

 熟考を重ねた指揮官が選択したのは、久保ではなく、背格好が似ているFW巻誠一郎だった。落選が決まり、久保は「そりゃもう、残念です」とぼそっと言った。しかしジーコ監督の熱意は十分感じ取った。「(体に)不安があり、100%でやれる状態じゃなかった。ジーコ監督の判断も仕方ない」と小声で続けた。

 W杯メンバー選考で過去にも驚きの結果はあるが「サプライズ」の言葉が広まったのは、この時が初めてだった。【盧載鎭】(おわり)


ジーコ監督の部屋に「呼ばれ続けた男」久保が落選




◆失点に絡んだ19歳を庇う鹿島DF内田篤人「俺も何度も失点に絡んでるし」(ゲキサカ)






[4.21 J1第9節 川崎F4-1鹿島 等々力]

 ベテランに一瞬の隙を狙われた。鹿島アントラーズは後半19分、MF永木亮太のFK弾で1点差に追い上げたが、その1分後に失点。後半20分、DF小田逸稀がGKに出したバックパスが緩くなったところをMF中村憲剛が見逃さず、ボールを奪取。そのまま3点目を押し込まれた。

「1点取り返してここからというときに、ああいう中途半端なプレーは反省しないといけない」。東福岡高出身の小田はプロ2年目。リーグ戦はこれが2試合目の先発だった。失点シーンでは中村の動き出しが「見えていなかった」と声を落とし、「今日の試合は誰が何と言っても自分のせいだと思っています」と自身を責めた。

 右サイドバックで後半21分までプレーしたDF内田篤人は失点に絡んだ19歳を庇った。「あいつは本当によくやってる。19歳であんだけ家長さんやブラジル人に食いついて、よくやってる」。まだ経験が少ない中、逆サイドで奮闘した小田をそう称え、「DFってああいうもんだから。俺も何度も失点に絡んでるし。反省して次がないようになっていく」と続けた。

「俺がミスったときも(小笠原)満男さんとかソガ(曽ヶ端準)さんは全然文句を言わなかった。チーム全体の責任ということでチャラにして、次やったら坊主(笑)」。自身のエピソードを振り返りながら、「そういう軽い気持ちでいいんだよ」と将来有望な左サイドバックにエールを送った。


失点に絡んだ19歳を庇う鹿島DF内田篤人「俺も何度も失点に絡んでるし」



◆鹿島、ペース取り戻せず 大岩監督「前半、後半立ち上がりの失点がゲームの行方決めた」(サンスポ)





 明治安田J1第9節第1日(21日、川崎4-1鹿島、等々力)鹿島は昨季のJ1優勝を譲った相手に苦杯を喫した。立ち上がりに失点してペースをつかまれ、最後まで取り戻せずに大敗。大岩監督は「前半の立ち上がり、後半の立ち上がりの失点が大きく、ゲームの行方を決めた」と肩を落とした。

 アジア・チャンピオンズリーグ(ACL)は日本勢で唯一1次リーグを突破したが、J1は中位に甘んじる。今季復帰した内田は「僕は4冠を目指すチームに来たはず。これでは駄目だ」と活を入れた。



◆西野新監督が視察、内田篤人「意識はしてたんだけど、難しすぎたね」(ゲキサカ)





[4.21 J1第9節 川崎F4-1鹿島 等々力]

 サポーターからはブーイングではなく声援が送られた。鹿島アントラーズは今季ワーストとなる4失点を喫し、昨季優勝を譲った川崎Fに完敗。順位は8位から暫定11位に後退した。前後半に立ち上がりで失点。後半19分に1点を返したものの、後半20分に3点目を献上。後半32分にはDF昌子源が退場となり、万事休した。

 2試合連続で先発出場したDF内田篤人は後半21分に途中後退。「身体的には90分いけた」というが、「戦術的な交代だと思いますけど。こういう展開になると難しい。(前に)いったらカウンター食らうし、やれることは限られちゃう。サイドバックってそういう地味なポジションなんですよ」と自嘲した。

 攻守がかみ合わなかった。攻撃は単調になり、守っては奪われ方、崩され方が悪かった。「優勝争いするなら攻撃か守備かどちらかだけ極めればいい。優勝するなら両方必要。守備も攻撃もかみ合わないと優勝できない」。経験から持論を説いた内田は昨季J王者を分析し、「Jリーグの中でもパス回しだったり、攻撃のクオリティは群を抜いている。攻撃人でいえばこのレベルは他にいないんじゃない?」と唸った。

 日本代表の新監督に就任した西野朗氏が視察に訪れた一戦。不動の右サイドバックに君臨していた内田は15年3月を最後に代表から遠ざかっているが、西野監督は就任会見で「過去の経験、実績、プラスここ1か月の状況を正確に見極めたい」と選手選考の基準を説明。3度目のW杯へ、大逆転のメンバー入りが期待されている。

「西野監督を意識していたか」と聞かれると、「意識はしていたんだけど、それ以上に難しすぎたね、ゲームが」と吐露。苦しい試合展開の中、アピール成功とはならず、「先に点を取られて押し込まれて、阿部選手をつかむのと、車屋選手もこういう展開になったら自由に動けちゃうからね。難しいよね」と落ち着いた口調で話した。


西野新監督が視察、内田篤人「意識はしてたんだけど、難しすぎたね」




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