鹿島アントラーズは、クラブ初となるACL優勝を成し遂げた。今季から復帰した内田篤人は、アジア王者として出場するクラブワールドカップ以上に天皇杯優勝を望んでいる本音を明かした。その言葉にある真意とは?(取材・文:藤江直人)
チームへの信頼が遠ざけたテレビ観戦
ちょっとというか、かなり意外な言葉が返ってきた。鹿島アントラーズが長く悲願にすえてきた、アジアの頂点を初めて極めた今月11日未明。敵地テヘランのアザディスタジアムで、強敵ペルセポリス(イラン)と戦う盟友たちをどのような形で応援していたのかと、DF内田篤人に聞いた直後だった。
「いや、オレ、見ていないんですよ。試合を」
ホームのカシマサッカースタジアムで3日に行われた、AFCチャンピオンズリーグ(ACL)決勝のファーストレグで、アントラーズは2-0の快勝を収めた。迎えたセカンドレグのキックオフは、日本時間で日付が変わる11日午前零時。放映権を持つ日本テレビのBSやCSで生中継されていた。
環境が整っていながら、なぜテレビ越しにエールを送らなかったのか。おりしも当時の内田は、左ハムストリングス筋損傷で戦線離脱を強いられていた。だからといって、翌日のリハビリメニューを優先させて体を休めていたわけではない。アントラーズというチームへ寄せる、全幅の信頼がテレビ観戦を遠ざけた。
「まあ、(ファーストレグを)2-0で勝っていたら負けないでしょう。プレーする方はそういう気持ちじゃないと思うけど、見ている方はそんな感じだからね」
終盤戦になって強さを身にまとったチームは、必ずアジア王者になって凱旋してくる。ならばこちらもプロフェッショナルとして、いまやるべきことに全力で取り組む。内田の信頼に応えるように、アントラーズはセカンドレグをしっかりとスコアレスドローで締めて、敵地で歓喜の雄叫びをあげた。
異例ともいえる過密日程を乗り越えた鹿島
そして、獲得したタイトルを「20」の大台に到達させてから初めて臨む公式戦で、頼れるベテランは戦列に帰ってきた。21日に山梨中銀スタジアムで行われた、J2のヴァンフォーレ甲府との天皇杯全日本サッカー選手権準々決勝。18人のエントリーメンバーのなかに、背番号2も名前を連ねていた。
ベンチ入りを果たすのは左太ももを痛めて後半途中に退場し、その後の精密検査で全治6週間と診断された、10月10日の横浜F・マリノスとのYBCルヴァンカップ準決勝ファーストレグ以来となる。その間に行われた公式戦7試合を、アントラーズは文字通り総力戦で乗り越えてきた。
ルヴァンカップこそ準決勝で敗退したものの、水原三星ブルーウィングス(韓国)とのACL準決勝セカンドレグを3-3で引き分け、2戦合計6-5で決勝進出を決めた。離脱直前の内田がファーストレグの後半アディショナルタイムに決めた、アントラーズ復帰後で初めてとなるゴールが結果的に雌雄を決した。
クラブ史上初の決勝進出は、終盤戦のJ1のスケジュールをも変更させた。ACL決勝と完全に重複したセレッソ大阪との明治安田生命J1リーグ第31節が3日、柏レイソルとの同第32節が4日、当初のスケジュールからそれぞれ前倒しされる形で開催された。
結果として10月31日のセレッソ戦からACL決勝ファーストレグ、レイソル戦をすべて異例とも言える中2日で戦い、長時間の移動を要するACL決勝セカンドレグへもレイソル戦から中3日で臨まざるを得なくなった。アントラーズはメンバーをターンオーバーさせて、すべての試合で勝ちにいった。
高卒2年目・小田にかけた内田の言葉
リーグ戦では経験の浅い若手が数多く先発した。そのなかの一人、高卒2年目の小田逸稀(東福岡卒)はセレッソ戦がわずか6試合目の出場だった。緊張感とプレッシャーを胸中に交錯させていたキックオフの直前。右サイドバックに入る20歳の小田へ、内田がさりげなく声をかけた。「緊張している?」と。
うなずきながら「ちょっとしています」と返した可愛い後輩へ、内田は「緊張がパフォーマンスの質をあげることもあるんだよ」とアドバイスを送っている。短い言葉だったが、不思議と力がみなぎってくるのを感じた小田は52分に、プロ初ゴールとなる値千金の決勝ゴールを得意のヘディングで決めている。
「試合前の練習だとそんなに出来なくても、いざ試合に入ると出来る人っているじゃないですか。僕もどちらかと言うとそっちのタイプなので、じゃあ緊張を受け入れようかな、と思いました。盗むところはいっぱいあるし、貴重なアドバイスもくれる。本当に尊敬できる先輩だと思っています」
内田の存在感の大きさをこんな言葉で表現しながら感謝した小田は、レイソル戦でも右サイドバックとして先発。2-2の同点で迎えた後半開始直後には、日本代表MF伊東純也が放ったあわや勝ち越しのゴールをジャンプ一番、これも得意のヘディングでゴールライン上にて弾き返している。
控え組を中心としたメンバーで連勝したアントラーズは、順位を来シーズンのACL出場権獲得圏内となる3位にまで浮上させた。リーグ戦の結果が、ACLに臨む主力組にも好影響を与える。終盤戦を迎えてたくましさを脈打たせるチームへ、内田はリハビリを続けながら頼もしげな視線を送っていた。
「選手が入れ替わってJリーグを戦っていたなかで、何人か若い選手も頑張っていた。これからは試合数が減ってくるのでそういう(若い選手の出場機会)のは少なくなってくるかもしれないし、オレもレアンドロも戻ってきたので、ベンチに入る、入らないというケースも出てくると思う。
それでも、チームとして最後まで戦わないといけない。天皇杯は準決勝と決勝しかないし、リーグ戦は来シーズンのACL出場権がかかってくる。無駄な試合はひとつもないので、みんなで頑張らないと」
「まだまだ働かなきゃ、と思っています」
アントラーズから2010年夏にブンデスリーガ1部のシャルケ04へ移籍。右ひざのけがに長く苦しみ、昨夏には出場機会を求めて同2部のウニオン・ベルリンへ移籍した内田を、実に7年半ぶりに復帰させた理由を、強化の最高責任者に就いて23年目になる鈴木満常務取締役強化部長はこう明かしたことがある。
「(小笠原)満男が試合に出られる機会がだんだん減ってきているなかで、アントラーズの伝統という役割を演じられることも含めて、満男の次の世代でそういう存在がまだ必要だというのも、(内田)篤人を呼び戻した理由のひとつでもある」
アントラーズの伝統のひとつに、選手たちはライバルであり、同時に深い絆で結ばれた家族だという精神がある。黎明期に常勝軍団の礎を築いた神様ジーコの考え方は、21世紀になって久しいいまもチーム内に色濃く受け継がれる。セレッソ戦前に交わされた、内田と小田の会話はアントラーズの伝統そのものだった。
内田がベンチで、あるいはウォーミングアップエリアで戦況を見つめた一戦は、ヴァンフォーレが繰り出すカウンターに何度も冷や汗をかかされながらも1-0で逃げ切った。負傷者が出た相手が10人になった時間帯にカウンターを発動させ、FW土居聖真が豪快なミドル弾を突き刺した。
チャンスの匂いを全員が共有する、試合巧者らしい戦い方で手繰り寄せたベスト4進出は、さらなる過密日程をも誕生させた。来月16日に予定されていた浦和レッズとの準決勝(カシマサッカースタジアム)がJ1最終節から中3日の同5日に、24日の決勝(埼玉スタジアム)が同9日にそれぞれ繰り上げられた。
アントラーズがアジア王者として臨むFIFAクラブワールドカップが、来月12日からUAE(アラブ首長国連邦)で開幕する。準決勝に勝ち残った時点で、当該チームは同22日まで試合が組まれる。天皇杯決勝と重複する事態を避けるための措置が、ヴァンフォーレ戦の勝利で正式に決まった。
「自分はACL(の決勝)とか、大事な試合でピッチに立っていなければいけない立場だと思っているけど。チームも勝ってくれて、こうやってまだ先に伸びているなかで戻って来られたのは嬉しいし、まだまだ働かなきゃ、と思っています」
短い言葉に込められた内田の思い
帰りのバスに乗り込む直前のひとコマ。内田は独特の口調で残るシーズンへの抱負を語りながら、こんな言葉も紡いでいる。
「どちらかと言うと、クラブワールドカップよりも天皇杯優勝の方がほしいかな」
アントラーズは15日の準々決勝から登場し、北中米カリブ海代表のグアダラハラ(メキシコ)を下せば、準決勝でヨーロッパ王者レアル・マドリー(スペイン)と激突する。日本で開催された2016年大会決勝の再現であり、延長戦の末に2-4で敗れた悔しさのリベンジを果たす舞台だと誰もが夢を描く。
もっとも、シャルケの一員として2年前のアントラーズの快進撃を応援していた内田は、ヨーロッパの舞台で長く戦ってきた経験から「みんなそう(レアル・マドリーとの再戦だと)言いますけどね」と、思わず苦笑いを浮かべた。
「ヨーロッパのクラブにすれば大変だし、シーズン中に(UAEで)試合をするのは可哀想だと思うよ。もちろん名誉なことだけど、モチベーションという意味では正直、各チームと(レアル・マドリーとでは)差があると思う。そのなかでもアジアを制し、日本を代表して臨む以上は勝ちたい。相手のモチベーションがどうこうというより、自分たちとしてはやっぱり勝ちたいよね」
ならば、内田がクラブワールドカップよりも天皇杯制覇を上に位置づけた理由はどこにあるのか。来シーズンのACLにはJ1を連覇した川崎フロンターレと天皇杯覇者が本戦から、J1の2位および3位のチームはプレーオフからそれぞれ参戦する。
アントラーズが描き直した青写真は2位もしくは3位に食い込んでJ1を終えたうえで、天皇杯を制して通算21個目のタイトルを手にすること。ただ、必然的に新チームの始動も早めなければいけないプレーオフを回避できることだけが、内田が天皇杯優勝を強く望む理由ではない。
「あと2つだし、日本でやるからね」
短い言葉に込められた内田の思いを確認した。「ファンやサポーターの目の前で、喜びを分かち合えるからですか」と。内田は笑顔で「そうそう」とうなずきながらバスに乗り込んだ。常勝軍団アントラーズを、そしてファンやサポーターを、心の底から愛し続ける内田の素顔が垣間見えた瞬間だった。
(取材・文:藤江直人)
【了】