日刊鹿島アントラーズニュース

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2024年7月18日木曜日

◆佐野海舟容疑者逮捕の不同意性交容疑は「原則執行猶予にはならずに実刑となる可能性が高い」若狭弁護士の見解(報知)






「起訴されて有罪になると5年以上の拘禁刑となる。原則、執行猶予にはならずに実刑となる可能性が高く、重い犯罪です」
「契約内容にもよるが、犯罪などで信用を失墜させたとして損害賠償の責任が発生する場合もある」


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◆佐野海舟容疑者逮捕の不同意性交容疑は「原則執行猶予にはならずに実刑となる可能性が高い」若狭弁護士の見解(報知)





 東京都内のホテルで30代女性に性的暴行をしたとして、警視庁本富士署が不同意性交容疑でサッカー日本代表MF佐野海舟容疑者(23)=ドイツ1部マインツ=と、知人の20代の男2人を逮捕していたことが17日、署への取材で分かった。署は3人の認否を明らかにしていない。逮捕容疑は、共謀し14日午前2時から同4時半頃、文京区湯島のホテルで女性に性的暴行をした疑い。佐野容疑者は今月、ドイツ1部のマインツがJ1鹿島から獲得したと発表したばかりだった。

 * * * * *

 元東京地検特捜部副部長の若狭勝弁護士は、佐野容疑者ら3人の不同意性交容疑での逮捕について「起訴されて有罪になると5年以上の拘禁刑となる。原則、執行猶予にはならずに実刑となる可能性が高く、重い犯罪です」と説明した。

 犯行手口が暴行、脅迫に限定されていた強制性交等罪が昨年7月に不同意性交等罪に法改正。処罰対象が8項目に拡大され「昨今の性犯罪への世間の厳しい見方を踏まえ、刑が重くされた」と若狭氏。佐野容疑者ら男性3人が女性1人を性的暴行した疑いで「1対1より犯人が複数の方が情状は相当悪い」と指摘した。

 サッカー界では日本代表MF伊東純也が昨年6月に女性2人に同意なく性行為をしたなどとして今年1月に刑事告訴され、今月に伊東が準強制性交致傷の疑いで、女性2人は虚偽告訴容疑で書類送検した事案がある。若狭氏は「時がたつと双方の記憶が薄れたり示談ができなくて訴えるなど、さまざまな可能性が出てくる。今回は被害直後に警察へ訴えており、より犯罪が認められる可能性が高い」。

 佐野容疑者は今月4日に鹿島からマインツへ移籍したばかり。若狭氏は「契約内容にもよるが、犯罪などで信用を失墜させたとして損害賠償の責任が発生する場合もある」と話した。

◆【独自】佐野容疑者「間違いありません」サッカー日本代表 性的暴行疑いで逮捕(テレ朝news)






佐野容疑者と、山本容疑者、竹内容疑者の3人は同学年。岡山県津山市で活動するジュニアサッカークラブのチームメートでした。高校は全員別々で、佐野容疑者は、鳥取県のサッカー強豪校に進学しました。


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◆【独自】佐野容疑者「間違いありません」サッカー日本代表 性的暴行疑いで逮捕(テレ朝news)





サッカー日本代表の佐野海舟容疑者(23)が、女性に性的暴行をしたとして逮捕されました。

佐野容疑者は、サッカー日本代表として、今年のアジアカップに出場。今月、J1・鹿島アントラーズから、ドイツ1部リーグ・マインツへの移籍が発表されていました。21日からはチームに合流し、背番号『6』を背負う予定でした。

捜査関係者によりますと、佐野容疑者は、13日に六本木で、男女5人で飲食をしていたといいます。佐野容疑者といたのは、同じく不同意性交等の疑いで逮捕された山本泰己容疑者(24)と、竹内迅人容疑者(23)。3人は知人です。残りの2人は、男らの知人女性と、通報した30代の女性です。5人は、六本木から文京区のホテルに移動しました。ホテルで飲み直しをしていた5人ですが、そのうち男らの知人だった女性は帰宅し、残ったのは容疑者3人と30代女性1人でした。

14日午前4時過ぎ、30代女性が110番通報しました。通報を受け、ホテルに駆けつけた警察官が、ホテルを出た佐野容疑者ら3人を確保。その後、逮捕しました。

佐野容疑者と、山本容疑者、竹内容疑者の3人は同学年。岡山県津山市で活動するジュニアサッカークラブのチームメートでした。高校は全員別々で、佐野容疑者は、鳥取県のサッカー強豪校に進学しました。高校卒業後、FC町田ゼルビアに加入。2023年に、鹿島アントラーズへ移籍しました。

鹿嶋市で行きつけだった飲食店の店主らは、こう話します。

『レストラン野口』の店主
「真面目そうな感じの人じゃないですか。残念としか言いようがないですね」

『御食事処 たる平』の女将
「印象は見るからに寡黙ですね。3、4人で来ていても、話を聞いている感じです。彼女かな、1回、見えたことがある。去年かな」

守備的ミッドフィルダーの佐野容疑者は、試合をコントロールするボランチとして、レギュラーの座をつかみ、日本代表に招集。そして今月、ドイツ1部リーグ・マインツへの完全移籍を発表しました。

逮捕を受け、所属していた鹿島アントラーズは…

鹿島アントラーズ
「既に移籍手続きは完了しておりますが、元所属選手に関する事案であるため、クラブとしても、大変、憂慮しております。事案の性質上、クラブでは詳細について把握できないため、今後の状況を注視してまいります」

ドイツの大衆紙は「ブンデスリーガのスター、性的暴行で逮捕」との見出しで報じ、今月21日から、トレーニングを始めることになっていたが、実現しそうにないとしています。

マインツのコメント
「新加入の佐野海舟が、母国で逮捕されたという日本のメディアの報道に、マインツは驚いている。情報が不足しているため、評価やコメントはまだできない。できるだけ迅速に、かつ包括的に問題を解決するよう努めたい」

◆佐野海舟容疑者とは、どんな選手なのかでしょうか。

岡山県出身で2019年に当時J2・町田ゼルビアでプロ入り。2023年にはJ1・鹿島アントラーズに移籍。11月のミャンマー戦で日本代表としてデビューします。

そして、今月、アントラーズからドイツ1部リーグ・マインツへの移籍が決まっていて、「日本を代表する選手になれるよう、全力で頑張ります」とコメントしていました。
  
佐野容疑者のほかに逮捕されたのが、いずれも都内在住の会社員・山本泰己容疑者(24)、自称アルバイト・ 竹内迅人容疑者(23)。3人は同じ岡山県出身で、かつて、同じジュニアチームでサッカーをしていました。

事件に至るまでの行動を改めて整理します。
捜査関係者によりますと、今月13日、六本木で、佐野容疑者ら3人と、女性2人が会食していました。被害者ではない方の女性は、男らと知人でした。会食後、文京区のホテルに5人で移動し、部屋で飲みなおしていたそうです。その後、被害女性でない方の女性が、先にホテルから1人で帰宅。部屋に残った佐野容疑者ら3人が、被害女性である30代女性を性的暴行したとみられています。
      
被害者は14日午前4時過ぎ、「性的暴行を受けた」と110番通報。その後、3人がホテルの中や、ホテルから出てきたところで、それぞれ逮捕されました。


◆社会部・石出大地記者から捜査の最新情報です。
   
捜査関係者への取材で、佐野容疑者らの供述が新たにわかってきました。佐野容疑者は「間違いありません」などと、容疑を認めているということです。山本容疑者は同様に「間違いありません」と話す一方で、「1人だけだったら同意はあった」と自分に対してのみ同意があったと考えている旨の供述をしているということです。一方、竹内容疑者は「納得できない」といった容疑を否認する趣旨の供述をしているということです。

3人は、サッカーのチームメートで幼馴染だったわけですが、供述としても「地元の幼馴染のような関係で、交友関係がずっと続いていた」といった話をしていることがわかりました。

その一方で、3人と被害女性の関係についてですが、友人といった深い関係性ではなく、知り合ったばかりの間柄だったということです。事件現場となったホテルについては、長期間にわたっておさえられていたわけではなく、予約された日数は短期間で、容疑者側が予約していたもので、警視庁は、どういった経緯で六本木から文京区のホテルに移動したのか、そして、ホテル内で何があったのかなど、慎重に調べていく方針です。

2024年7月17日水曜日

◆鹿島に復帰のMF三竿健斗がチームに合流!「勝つために帰ってきた。自分ができることを全て出す」と意気込み(サッカーダイジェスト)






「今回、勝つために帰ってきたので、自分ができることを全て出して、目の前の1試合、1試合、チームとして勝っていけるように力を尽くしていきたいと思います。スタジアムで、皆さんの声援を聞けるのが楽しみです」


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◆鹿島に復帰のMF三竿健斗がチームに合流!「勝つために帰ってきた。自分ができることを全て出す」と意気込み(サッカーダイジェスト)







「まずは自分のコンディションを高めることが一番大事」


 鹿島アントラーズは7月16日、公式YouTubeチャンネルに最新コンテンツを公開。約1年半ぶりに復帰したMF三竿健斗の合流初日の様子を公開した。

 東京ヴェルディの下部組織出身の三竿は、2015年にトップチームに昇格すると、翌年に鹿島に加入。その後、22年12月にポルトガルのサンタ・クララに移籍し、23年7月からはベルギーのルーベンでプレーしていた。

 そんな28歳は合流初日、鈴木優磨らに歓迎され、談笑。ランコ・ポポヴィッチ監督から紹介され、選手やスタッフの前で「ピッチのなかで、みんなの信頼をまた、勝ち取れるように。そして、このチームのために頑張ります。お願いします」と挨拶する。

 また、トレーニング後には、久しぶりの鹿島の印象や自身の状態についてこう語った。

「素晴らしい環境ですし、素晴らしい選手がたくさんいると思いました。僕自身、まだ時差ボケだったり、コンディションがトップではないので、練習のなかで自分のパスの感覚だったり、ボールも違うし、ピッチも違うので、そこに少しずつ慣れていって。周りがどうこうより、まずは自分のコンディションを高めることが一番大事だと思うので。日々、ちょっとずつ調整して良くしていきたいです」

 そして、ファン・サポーターには「今回、勝つために帰ってきたので、自分ができることを全て出して、目の前の1試合、1試合、チームとして勝っていけるように力を尽くしていきたいと思います。スタジアムで、皆さんの声援を聞けるのが楽しみです」とコメントした。

構成●サッカーダイジェストWeb編集部

◆「(内田)篤人さんの“SB絞りすぎるな論”、よくわかります」日本代表DF町田浩樹の守備哲学が面白い「欧州に来てからもずっと鹿島の…」(Number)





鹿島のサポーターからしたら『タイトルを置き土産にして、海外へ行けよ』という気持ちは少なからずあったと思うんです。
 それはヨーロッパに来てからもずっと頭の中にあって……。


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◆「(内田)篤人さんの“SB絞りすぎるな論”、よくわかります」日本代表DF町田浩樹の守備哲学が面白い「欧州に来てからもずっと鹿島の…」(Number)




 日本代表DF町田浩樹インタビューの第3回。自身のSNSで結婚発表した翌日の6月13日、ディフェンダーとしての興味深い守備哲学を語ってもらった。<全3回の第3回/第1回第2回も配信中>


 2023年10月13日。次回のW杯開催国カナダとの試合で、日本はホームゲームであるにもかかわらず、劣勢を強いられていた。昨年6月から今年1月アジアカップ初戦までの10連勝した試合のなかで、もっとも苦しい立ち上がりだった。

 理由は、守備が上手く機能しなかったからだ。

 そのせいで、前半20分過ぎにはVARのチェックが入った末にPKを取られてしまった。ただ、主審が映像を確認している間に、守備をどうすべきかを選手たちはピッチ上で話し合った。

 そこで挙がった改善点をプレーで表現し、試合の流れを変えたのが町田浩樹だった。


トミなら後ろを任せても大丈夫だろうと


 前半32分、相手陣内まで出ていき、縦パスをカット。味方につないだシーンは敵・味方の双方に大きな影響を与えた。

「マンツーマン気味にマークをつかみに行ったほうが、自分たちの守備がハマる感覚がありました。それにセンターバックでコンビを組んでいたのがトミ(冨安健洋)だったので、後ろを任せても大丈夫だろうと考えて。それで計2本くらい良い形でボールが取れたから、『これで行けるな』という感じになりました」

 センターバックが後方に構えてロングボールを跳ね返していれば良い時代は、とうの昔に終わった。時に、勇気をもって前へ出ていき、相手の攻撃の芽を刈りとり、自分たちの攻撃につなげていく。それが現代のセンターバックには求められている。あのプレーのように。

「やはり、前からのプレッシングを上手にはめられるチームは、強いと思います。もちろん、前からプレスに行く分、後ろが数的に同数になるので、広大なスペースを守らないといけないので大変ですよ。ただ、高い位置で取れれば取れるほど、自分たちの攻撃を高い位置からスタートできるというのもまた事実なので」

 実は、こうしたプレーは町田が23-24シーズンのユニオン・サンジロワーズで求められてきたものでもあった。


ベルギーで体感した「プル型」のプレス


 ライプツィヒの育成年代を網羅する形で指導してきたブレッシン監督は、オーステンデとジェノアを経て、ユニオンへやってきた。

 彼が求めてきたのが、前線の選手からスタートする「プル型」のプレスだった。

 これについては説明が必要だろう。

『ナーゲルスマン流52の原則』(ソル・メディア)のなかで、ドイツ代表監督のナーゲルスマンが現オーストリア代表監督のラングニックから〈プレスには2種類あると教えられた〉というエピソードが出てくる。

 1つが、後方の守備組織を整えてからDFが前線に指示を出してプレスをかける「プッシュ型」。もう1つが、前線の選手がプレスをかけるのに合わせて全体で連動していく「プル型」だ。

 ブレッシン監督は「プル型」をつきつめる指導者だった。

 昨シーズンのユニオンでいえば、プレスに行くための合図は主に2つ。2シャドーの選手がプレスをかけに行ったときか、サイドハーフの選手がプレスをかけに行ったときだった。彼らのプレスが合図となり、彼らにプルされる(引っ張られる)ようにチーム全員でプレスをかけていく。


「やられても大丈夫」くらいの心持ちの方が


 町田は鹿島アントラーズのユース出身だが、ユース年代ではそのような守備はほとんど求められなかった。ただ、その後に変化を感じた。

「(2020年に指揮した)ザーゴ監督はレッドブル系のチーム(*レッドブル・ブラジル)を率いた経験があって。あのあたりからヨーロッパの現代サッカーを学べました。今シーズンのユニオンではドイツ人のブレッシン監督の下でプレーしました。彼もレッドブル系のクラブ出身でプレッシングをだいぶ重要視する監督なので。そこでさらにブラッシュアップできたと感じます」

 ただ、センターバックである以上はデュエルの能力を上げなければいけない。

 2023-24シーズンの収穫はデュエルの部分でも手応えがあったことだ。一対一の局面で良い対応をすれば良いか。そのコツがつかめてきた。今では、以下のように言語化できるようになった。

「守備ってやはり、心持ちの方が大事だなと考えるようになりました。一対一になったときに、焦って『ヤバい』と思って取りに行くと、大体、抜かれるんですよね(苦笑)。逆に『やられても大丈夫だ』とか『相手の攻撃を遅らせらればいいんだ』というくらいの気持ちでやるとボールを取れたりするんですよ」


適切なポジションを“あえて取り続けない”ワケ


 それが成熟なのかもしれない。8月25日、27歳になる町田は「ようやくベテランのマインドを持てるようになったということですかね」と笑顔を見せる。

 昨シーズンは大きな怪我もなかったため、所属クラブでは国内のリーグやカップに加えて、ヨーロッパの大会にも参加した。リーグ戦はプレーオフも含めて31試合。国内カップが3試合で、ヨーロッパの大会は、ELプレーオフやカンファレンスリーグも含めて11試合。そして日本代表戦では10試合にプレーしたから、1シーズンで計55試合に出場したことになる。

 コンディショニングには気を配っていたが、1年間のなかでは良い時期も悪い時期もあった。ただ、思うようにコンディションが上がらない試合や疲労が抜けきれない状況で中心選手としてピッチに立ったからこそ、発見があった。

「『効率性』を学べました。どこで、“良い意味で”手を抜けるのかが大事だなと」

 適切なポジションを、あえて“取り続けない”ことも大切だと町田は気づいた。具体的にはどういうことか。本人の解説を元にまとめると以下のようになる。


篤人さんの「SB絞りすぎるな論」、わかります


 3バックの左センターバックに入った町田をイメージしてほしい。

 相手が右ウイングの選手を起点とした攻撃を繰り返してくると、町田を含めたユニオンの左サイドの選手は、その対応に追われる。それが続けば乳酸がたまり、疲れてくる。そんなとき、町田はあえて、セオリーから外れたポジションを取ることがあった。

 たとえば、相手のボランチがボールを持っているとする。その際、町田は右ウイングにボールが入ったときに対応する上で最適なポジションから〈少し右ウイングに近いポジション〉を取るのだ。こうなると、相手はパスを出すのをためらい、逆サイドからの攻撃などを模索する。そうなれば、相手の攻撃が続いて苦しんだユニオンの左サイドは、少しだけ息をつける。

 90分、もっと言えば長いシーズンのなかでは、そういう細かい駆け引きが必要なのだ。実際、町田が尊敬する鹿島の先輩・内田篤人などは「逆サイドにボールがあるときに、あえて内側に絞りすぎない」ような工夫も必要だと唱えているが、「篤人さんの『サイドバック絞りすぎるな』論などはよくわかりますよね」と町田は言う。


相手のレベルが高いリーグでどう改善していくか


 そうした駆け引きをしていくべきだと考えたきっかけは、過密日程以外にもある。

「一つあるとしたら……」

 町田が例に挙げたのは、2022-23シーズンのEL、シャビ・アロンソ監督率いるレバークーゼン戦である。対峙する右ウイングはディアビだった。23-24シーズンはアストン・ビラに移籍し、マンチェスター・ユナイテッドやチェルシーを抑えてCL出場権獲得の原動力となった選手だ。

「前半に一度、ディアビに縦へ突破されてしまったんです。そのシュートは外れたのですが、縦への突破を何度も許したらまずいと考え、ポジションを少しディアビ寄りに変えました。そうやって工夫するだけでもだいぶ変わりましたから」

 こういった手ごたえを積み重ねていく一方で、ステップアップが確実視される今後にむけて、課題もある。

「正直(レギュラーシーズンで1位だった)ユニオンの場合、ベルギーリーグでは下位チームが相手だと、ある程度手を抜いてもやれてしまうところがあって。ただ、相手のレベルが高いリーグではそうはいかなくなります。そこをどう改善していくかですよね」

 課題はあるが、ハッキリと認識できているからこそ、克服にむけて取り組むことができる。サッカー選手としての成長はその繰り返しだ。


鹿島への思いがあるからこそ、カップ戦制覇は…


 そんななかで、一つだけ、嬉しかったことがある。

 鹿島サポーターへの後ろめたさや申し訳なさを少しだけ克服できたかもしれないと感じられたからだった。

 かつて常勝軍団としてならした鹿島の先輩である内田は、Jリーグ3連覇を含めた4つのタイトルを置き土産にヨーロッパへ渡った。それに引き換え、自分は……。

「JリーグやACLを取ったときにはピッチに立っていなくて。2020年の1月1日、国立競技場のこけら落としの試合では左サイドバックとして先発しましたけど、ヴィッセル神戸に負けてしまいましたから。鹿島のサポーターからしたら『タイトルを置き土産にして、海外へ行けよ』という気持ちは少なからずあったと思うんです。

 それはヨーロッパに来てからもずっと頭の中にあって……。だからこそタイトルを取りたくて、(23-24シーズンの)ベルギーカップ優勝は個人的にも意味のある1つのタイトルでした。しかも、カップ戦の決勝では自分のゴールでチームを勝たせられたので、この上ない喜びでした」

 町田は今夏に移籍する可能性が高い。

 所属するユニオンは名選手の宝庫で、2年前には三笘薫がレンタル元のブライトンへ戻り、大活躍をした。昨年は、エースのボニフェイスがレバークーゼンへと移籍して、初優勝の原動力となった。ブレッシン監督などはわずか1年で引き抜きにあい、新シーズンからブンデスリーガ1部に昇格したばかりのザンクト・パウリを率いることになった。

 地元メディアなどからは、次は町田だと見られている。本稿執筆時点では移籍先は未定だが、新しいサイクルを迎え、成長するスピードをさらに上げたとしても決して不思議ではないのだ。

第1回第2回からつづく>



◆「妻も幅広く…」新婚・町田浩樹26歳が語る“起業と日本代表DF”の二刀流「英語の契約書チェック」「最近は“マチなら大丈夫だろう”と」(Number)






「アジアカップのときは『コイツをこの場面で使うのは怖いな』と考えられていたのだと思います。でも、最近は『マチなら大丈夫だろう』と森保監督やコーチのみなさんが思い始めてくれているのではないかとも感じていて。」

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◆「妻も幅広く…」新婚・町田浩樹26歳が語る“起業と日本代表DF”の二刀流「英語の契約書チェック」「最近は“マチなら大丈夫だろう”と」(Number)






 日本代表DF町田浩樹インタビューの第2回。自身のSNSで結婚発表した翌日の6月13日、知られざるオフザピッチの素顔に迫った。〈全3回の第2回/第1回第3回も配信中〉


 6月12日、26歳の町田浩樹はインスタグラムで結婚を発表した。

 そこに添えられていたのが、現在住むベルギーにある世界遺産グランプラスの前で撮った、純白のウエディングドレスを着た妻との写真だった。

「あそこに人がいない時間は早朝しかないので。あれを撮ったオフの日は朝の3時起きでしたね」



 早朝3時に起きてヘアメイクをしてもらい、5時に撮影は始まった。「世界で最も豪華な広場」と称される広場で、2人きりで撮った写真はきっと一生の記念になる。


妻も事業を…すごく理解してくれるんです


 鹿島時代の先輩である西大伍のYouTubeで〈僕はベルギーにいたので、1年間LINEと電話だけで〉とハートを射止めるまでの経緯を明かしているが……。

「妻も、幅広く事業をやっていたりするので。自分の活動にもすごく理解をしてくれるんです」

 これまでにプレーしたチームのカラーを中心に作られた花束を受け取った町田は、パートナーへの思いをそう明かした。

 ヨーロッパのカレンダーに合わせて、7月に始まり、6月に終わった2023-24シーズンを漢字一文字で振り返ると、こうなる。

「『充実』の『実』ですかね」

 種をまき、芽を出して、花が咲き、実がなった。そして今度は、その実が種となって次のサイクルを始める。そんな循環を想定しているからこそ『実』を選んだ。心から『充たされた』と感じるのはまだ先でいい。

 なぜ、そう考えるのか。

「ベンチャー投資もしたし、会社も設立しました。何より、日本代表にデビューして、アジアカップにも参加した1年でしたから」

 サッカー選手としての学びは後ほど詳しく触れるが、町田は、ピッチを離れたところでも2つの新しい取り組みをスタートさせた。

 1つ目が、ベンチャー投資だ。

 投資先となったのはスタートアップ企業のMurasakiだ。ブロックチェーンゲームを開発する会社で、GameFiを扱っている。GameFiとは、あるゲームをプレーすることで、NFTや仮想通貨を得られる。スポーツベッティングの新しい形とも言える。

 GameFiとして代表的なのがファンタジースポーツのゲームだろうか。スポーツ界に実在するアスリートをゲーム上で集めてチームを作る。それは仮想のチームであるが、登場する実在する選手たちの現実世界での成績やパフォーマンスがリアルタイムに連動して反映されるのがポイントだ。


なぜ町田は投資をしようと決断したのか


 Murasakiの代表取締役の一人である村田晋之佑は、ベルギーのシント・トロイデンで、かつてCOO(最高執行責任者)として働いていた経験がある。

 村田と知り合ってから投資を決めたのには、明確な理由があった。

「日本と海外のスポーツ界とを比較して、日本が追いついていない分野がありますよね。そういうところで何か手助けできればなということでジョインしたんです。スポーツベッティングについては色々な意見はありますけど、近年はカナダでも合法化され、G7ではスポーツベッティングを合法化していない国は日本だけらしいんですよね。

 そういう規制によって……たとえばホリエモン(堀江貴文)などもよく主張されていますけど、『富の海外への流失』が起きてしまっていますよね。それはやはり、もったいないじゃないですか? 僕が投資することで、注目も集まれば良いなと思ったんです」


契約書を一つひとつ英語でチェックしていった


 スポーツベッティングはもはや、サッカー界と切っても切れない関係にある。ベルギーのジュピラーリーグでもおよそ半分のチームで、スポーツベッティングの会社がユニフォームの胸スポンサーを務めている。先日、日本代表の鎌田大地が移籍したことで注目を集めるイングランドのクリスタルパレスの胸スポンサーも、ベッティングの会社だ。そうした状況を知ることで、町田は投資する意味を感じていった。

 ただ、投資を決めてから思わぬ苦労があった。契約書は全て英語だ。契約の際には弁護士に間に入ってもらうとはいえ、契約書を一つひとつ英語でチェックしていった。

「さすがに大変でした」と振り返るが、それでも最後まで頑張ろうと思えたのには理由がある。

「日本を出て海外で暮らすことで、日本の良さがわかりますけど、逆に、日本に物足りなさを感じる部分も出てくるじゃないですか。今回のことはそれを感じたからなんですよ」


サッカー少年少女のために…起業もした


 そんな町田がこの1年でスタートさせたもう1つの取り組みが、未来のサッカー少年少女たちの支援をするプロジェクトだ。この活動を始めるために、自身の会社も立ち上げた。

 まず、アンバサダーという形で関わることにしたのが「UNLIMITED GOALS 2024」というプロジェクトである。

 これは12月にバルセロナで行なわれる国際大会に、山梨県の小学5年生を無償で派遣するプロジェクトである。彼らが参加するのは一部では「小学生年代のチャンピオンズリーグ」とも言われる「TICTAC CUP」だ。U11やU10の子どもたちが参加する大会で、EURO準決勝で衝撃ゴールを決め、中学を卒業したばかりのヤマルや、カタールW杯メンバーのガビもかつて参加した。

 鹿島アントラーズユースの先輩から誘われ、町田が参画を決めたのには理由がある。

「僕は、小学6年生のときにオランダで行なわれるサッカー大会に出てチェルシーやアヤックスの下部組織のチームと対戦して、1-8で負けた経験もあります。中学生のときにはブラジルで『ジーコカップ』という大会に参加しましたし、高校ではスペインへ行き、バルセロナB(バルセロナのセカンドチーム)と試合をしたことがありました。

 ただ、それは鹿島のバックアップがあったから経験できたわけで、僕は恵まれていた方だと思うんです。だから今度は、Jリーグの下部組織に入れていないような子たちに似たような経験をさせてあげたいんですよね。僕もそういう経験を通して、身体の大きさや脚の長さ、技術レベルの違いを本当に、身に染みて痛感しましたから」


無償派遣にディテールまで…お飾りの参加ではない

 ポイントとなるのは、「無償派遣」だ。

「海外留学や海外の大会に参加しようとすると、普通に考えて、親御さんにかなりの負担がかかりますよね。だから、子どもの実力というより、家庭環境に左右されることになってしまう。才能があったとしても経済的な理由で参加できない子がいたら、やはり、もったいないじゃないですか。だから、スポンサーの方々にも協賛していただいて、こういう活動になりました」

 大会に派遣されるのは、山梨県内のチームに所属する10人程度の子たち。選手のセレクションは8月末から9月2週目までに始める予定になっている。そして、協賛スポンサーの「星野リゾート リゾナーレ八ヶ岳」の施設を借りて10月に最初の合宿を行ない、そこから月に1、2回集まって練習をした後、12月中旬にバルセロナで行なわれる大会に参加する予定だという。

 ただ、町田は単なるお飾りとして参加するわけではない。サッカー選手としての立場からディテールにもこだわった。

「山梨県で活動する1つのサッカーチームをそのまま派遣するほうが、ひょっとしたら手間がかからないかもしれません。でも、プロサッカーの世界では、パッと集まったときに、自分の能力を発揮したり、周りの良さを引き出すことが求められますよね。代表チームの活動などはまさにそうですし。だから、このような形にさせてもらったんです」

 まずは山梨県でスタートさせるものの、将来的には町田の故郷である茨城県をはじめとして、この取り組みを全国に広げていこうとしている。夢はふくらむばかりだ――。


アジア杯で味わった「歯がゆさ」


 ただ、町田がそうやって様々な取り組みに身を投じることができるのも、本業であるプロサッカー選手としての活動で結果を残しているからに他ならない。

 この1年を振り返ると、9月に日本代表デビューを果たし、今ではDFの定位置をめぐってチームメイトと日本史上最高レベルのレギュラー争いを繰り広げるまでになった。

 しかし、今年のアジアカップでは、最終戦となった準々決勝のイラン戦で、最後までピッチに立つ機会を得られなかった。

 練習からそれなりの手応えもあったし、その前の2試合では安定したパフォーマンスを披露していた。クラブレベルでも、アジアカップのおよそ1年前に行なわれたELのレバークーゼン戦では、イランのエースストライカーであるアズムンが途中出場してきたが、しっかり対応できた感覚があった。「アズムンとはいつかアジアで戦うことになるはずだ」と意識しながらプレーしていた。

 あれから時間が経った今、町田はこう振り返る。

「感じたのは悔しさというより、歯がゆさというか。ピッチに立たないと何もできないので。ただ、あの状況で、自分をピッチに立たせるという選択肢が監督の頭になかったということですから。自分は、まだまだ、だったなと……。信頼が足りなかったということですよ」

 ピッチに立った者には悔しさが残った。それとともに、1分もピッチに立てない者として、直接チームの役に立てない無力さや歯がゆさを覚えた。


森保監督やコーチが「マチなら大丈夫だろう」と


 苦い経験をさらなる成長のためのモチベーションに変えているわけだが、あの大会以降は変化も感じている。

「アジアカップのときは『コイツをこの場面で使うのは怖いな』と考えられていたのだと思います。でも、最近は『マチなら大丈夫だろう』と森保監督やコーチのみなさんが思い始めてくれているのではないかとも感じていて。何か明確なキッカケがあったわけではないですけど、雰囲気などから感じ取れるものがあるというか。

 なんだろうな……。練習での序列とかもあるかもしれないですね。今まではずっとサブ組にしかいなかったのに、たまに、スタメン組に入るとか。そういう変化はあるかもしれないです」

 この1年で、代表デビューを果たし、そこから出場試合数も10まで伸ばした。プレーの精度も上がったし、最先端のサッカーについて学んだ。この1年で、周囲にそう思わせるだけのものは積み上げてきたという自負がある。

 そして、日本にいたときに置き忘れてきたものも……。

つづく



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