◆◆ワールドサッカーダイジェスト増刊 / 2020年1月号
後半の逆転劇に「周りが連動して高い位置に仕掛けたことで僕がサイドで受けやすくなった」
2戦連発とはいかなかったが、これまで大島僚太(川崎)、名古新太郎(鹿島)、旗手怜央(順天堂大→川崎)、渡井理己(徳島)ら錚々たるメンバーが受け継いできた伝統の静岡学園のエースナンバー10を背負う松村優太は、何度も5万7千人で膨れ上がった埼玉スタジアムを沸かせた。
前半こそ青森山田の鋭い出足の前に後手に回り、彼がいい形でボールを受けることができず、チームも2失点。だが、前半終了間際に1点を返すと、ハーフタイムには川口修監督と静岡学園の礎を築いた前監督である井田勝通コーチからの檄を受け、後半は高い位置で松村にボールが入る場面が増えた。
「泣いても笑ってもラスト45分なので精一杯やろうと思った。周りが連動して高い位置にどんどん仕掛けたことで、僕がサイドで受けやすくなった」
右サイドバックの田邉秀斗、MF浅倉廉、井堀二昭、小山尚紀、1トップの加納大に加え、後半から左サイドに投入されたMF草柳祐介がフリーランニングとドリブル、ショートパスを組み合わせて、青森山田の守備陣を揺さぶったことで、松村のいる右サイドが空いた。
ボールを受けると一瞬でトップギアに入るドリブルと、フィジカルコンタクトを受けても倒れないボディバランスを駆使し、松村が相手ディフェンスの2、3枚を交わすことで、よりアタッカー陣がゴールに近い位置で前向きにボールを受けられるようになった。
そして61分、草柳の左からのカットインからのクサビのボールを、加納が青森山田CB藤原優大を背負って受けると、そのまま反転シュートを沈め、同点に追いついた。この同点弾を巻き戻すと、スタートになったのは自陣でのビルドアップから右サイドで3人をかわして中に入っていった松村のドリブルで、一気に相手のディフェンスラインを押し下げた。これによって出来た中盤のスペースで選手間の距離を詰めながらポゼッションし、最後は左サイドの草柳にパスを通してからの展開だった。
ラインブレイクのドリブルというより、運ぶドリブルが多かったが、彼が10~20メートルを複数枚のマークを剥がして持ち上がることで、青森山田のスプリント回数は増え、それがボディブローのように青森山田の運動量を奪っていった。
選手権前までは他の同期内定の二人の陰に隠れがちな存在だったが
そして、85分に相手のお株を奪うセットプレーから決勝点。冒頭で触れた通りゴールは奪えなかったが、サッカー王国静岡復活の狼煙を上げる、静岡学園初の単独優勝の立役者の1人となった。
「静岡学園に来たことで、年代別代表にも選ばれたし、プロにもなれたし、選手権優勝もできた。でも、これに満足せずに次のステージで活躍したい。鹿島ではスピードとドリブルという武器を磨くのはもちろんですが、シュートとクロスの精度をもっと高めていきたい」
大阪から静岡にやってきて3年間。大きく成長を遂げることができたからこそ、ここでピークを迎えるわけではない。次は鹿島アントラーズという名門クラブでの厳しい生存競争が待っている。
「より注目されるし、その分結果を見られると思うので、それに伴うプレーと結果を出していきたい」
選手権前までは荒木遼太郎、染野唯月というこの年代トップレベルの同期内定二人の陰に隠れがちな存在だったが、『選手権チャンピオンの10番』として、一気に注目のルーキーとなる。もう『無名』の存在ではないし、自分のストロングを多くの人に知ってもらったからこそ、プロでもそれが出来るかに目は集まる。
「鹿島の関係者にも『うちにいないタイプの選手だ』と言われているからこそ、プロでも相手が2、3枚いても突破するところは武器として出していきたいです」
Jリーグの舞台でも唯一無二の存在となるべく。静岡学園の高速ドリブラーはユニホームを緑から赤に変えて、さらに疾風のようにプロのピッチを駆け抜けるつもりだ。
取材・文●安藤隆人(サッカージャーナリスト)